個人情報保護法について勉強しましょう。いえ、あなたのことです。
「九十九。ご飯食べに行こう。」
4限目の授業が終わった後、すぐにそう声を掛けられる。
(…あぁ。そうですよね。もしかして金曜日だけなのかな、と思った私がお馬鹿でしたよね。)
少しの期待を打ちのめされ、九十九はいつも通り、お弁当の入ったミニバックと小説を持って……と思ったが、どうせ小説は読めないだろうとミニバックだけを持ち席を立つ。
ご機嫌な様子で、山下は珍しく九十九の前をスイスイと歩いて行く。しかし、九十九があまりにも静かに付いてくる為、不安になるのか時々 振り返って九十九の存在を確認する。
そして、いつもの場所、旧校舎の裏に到着する。
今日は九十九の許可は取らず、山下は先日座ったベンチの端に座る。
九十九もその後、ベンチの定位置に座った。
お弁当を広げ、子ども達の声を待つ。
「いたーだきます!」
「いただきます。」
「いただきます。」
九十九の後に山下がそう繰り返し、ニコリと九十九に笑いかける。
すると、急に山下の笑顔が少し緊張したように強張る。
(……な、何?)
山下の緊張が少しうつり、九十九は息を止める。
「……九十九。……………卵焼きください。」
(…私。この人を目標にして大丈夫なのかな。)
脱力したまま、弁当箱を山下に差し出す。
まぁしかし、一緒に食べることになったら そう言ってくるのでは、と予想をしていた九十九は、今日は「あっまーい」以外の言葉をもらう為、考えに考え、塩味チーズ入り卵焼きを作ってきた。
山下は嬉しそうに弁当から卵焼きを取り出し、パクリと食べる。すると、目を一瞬 大きく見開いて「チーズ!!」と、叫んだ。
(……く。……こいつ…調味料・具なしの卵焼きを食べたら平気で「卵!!」って叫びそうだ。)
それでもニコニコしながら咀嚼する山下を見ると、まぁいいか。と思ってしまう。
卵焼きを飲み込んだ山下は九十九にパックのミルクコーヒーを渡す。九十九は意味がわからず受け取る。
「卵焼きのお礼。」
(え、いらない。)
九十九は首を振り、ミルクコーヒーを返そうとするも山下は受け取らない。
「俺は自分の飲み物買ってるから、九十九飲んで。本当にただのお礼だから。」
そう言われては受け取らざるを得ない。
渋々、頭を下げミルクコーヒーを飲む。
それを見てニコニコしている山下に、少しイラッとする。
九十九の作った卵焼きにはミルクコーヒーだけの価値はない。ミルクコーヒーをもらって腹を立てるなんて傲慢だと思う。
だけどだ。九十九が今日 作った卵焼きは山下に「おいしい!」と言わせてみせる!という想いが入っている。その想いがミルクコーヒーの価値だと思われるのは、とても癪だ。
「………次、お礼の物を買ってきたら、一生 卵焼き作らない。」
ボソリと言った言葉に山下が飛び跳ねるように驚く。
「………っ!………買ってきません!」
山下のニコニコ顔が恐怖に染まったことで九十九の溜飲が下がる。
少しだけ沈黙があったが、すぐに山下がビクビクと九十九の顔を伺いつつ聞いてくる。
「…九十九。……質問を…してもいいですか?」
頷くといつも同様、質問が繰り返される。
しかも先日のことがあった為か、1つの質問ごとに九十九の顔色を伺う。
(この人、こんなにビクビクしてまで、なぜ質問してくるんだろう。…あ、あれか。『黒◯げ危機一髪』的なスリルを楽しんでるとか?)
謎は深まるばかりだった。
放課後になった。
「九十九。帰れる?」
九十九は頷き、鞄を持ち席を立つ。
今日は朝から18禁な事件があった為、早退者続出、部活動中止で放課後になった今はいつもよりとても閑散としている。
そのせいか山下がいつもより早い段階で話し掛けてきた。
「九十九。今日は何か予定ある?」
(ありませんが。…なぜですか…)
山下のニコニコ顔に素直に、ありませんと頷けない。
「今日、俺バイトが少し遅くにあって、その間に九十九にちょっと来て欲しいとこがあるんだ。………あ!大丈夫!屋外だし、ここからほんの10分くらいの所!」
余程、九十九が不審者を見るような目をしていたのだろう、途中で慌てて説明を追加しだした。
まあ、九十九に手を出すほど女に飢えてはいないだろう、という残念な理由で渋々 納得し頷く。
そうして、山下に着いて行く。
彼の言っていることは本当で、九十九の住宅街に続く大通りを真っ直ぐ10分程進んだ所で山下は足を止めた。
住宅が並ぶ中にポカリとあいた空間が広がる。広場の真ん中には小さな噴水があり、それを囲むように間隔を開けた可愛いベンチが置いてある。床は一面、白いタイルが貼られており、模様がおしゃれだ。広間の周りの建物はカラフルで可愛い建物が多く、まるで外国にいるような感覚になる。
その中にある、古いがシンプルでおしゃれな7階建の建物を山下が指差す。
「ここ!俺のアパート!」
(あれ。やっぱり危険だった?)
「や、違うから!本当そんなんじゃないから!」
最近、彼は九十九の心が読めるようになってきたらしい。…というか、九十九が顔に出し過ぎているのだが。
「俺、ここの5階に住んでるから覚えておいて。503号室な。」
(…ちょ!ちょっと!それ安易に言っちゃいけない個人情報ってやつ!)
「ん、大丈夫。あと大家のシゲさんは7階に住んでんだけど、日中は1階のそこの管理室にいるから、何かあった時はそこにすぐに逃げ込むようにして。」
(…ん?…ん?…話に付いて行けない。大家?逃げ込む?…何の話をしてるんだ?)
「シゲさんには九十九のこと言ってあるから。もし何かあったら匿って、俺の部屋に通してって。」
(…?!)
「あと、こっち。」
そう言って山下はアパートの横の小道に入り裏側の道に出る。九十九は混乱したまま付いて行くとアパートの裏側におしゃれな店がある。
「ここ、俺のバイト先な。シゲさんの息子のオサムさんが経営してるダイニングバー。もし、シゲさんがいなかったら直接ここに来ても大丈夫。オサムさんにも九十九のことは言ってあるから。」
(…………。)
意味がわからなすぎて九十九は声が出ない。いや、日頃からそうそう声は出さないが。
「何もないなら来なくていいから。…あ、来てもいいけど。……もし、何かあったら。家にも頼れないようなこととか、そんな時がもしあったらここに来て。」
山下は何を言っているんだろう。九十九にとって両親だけが頼れる存在で、両親だけが信用できる存在で、両親だけが自分の味方だ。両親を選ばず山下に助けを求めるなんてあるはずがない。
そう、本心から思う。
しかし、彼の瞳は真剣でそれを告げることは出来ない。
山下は「もし何かあったら」を何度も強調していた。九十九がここに来ることは万が一にもないかもしれないが、もし、それが起きた場合のことを言っているのだろう。
そんな彼の気持ちを無下にするほど九十九は馬鹿でも性根が腐ってもいない。
コクリと頷き「わかった。」と呟く。
山下は満面の笑みを浮かべた。
その後、山下は九十九を住宅街まで送り、九十九のメールを確認してからバイトに向かったようだ。
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