教育実習生が来ました。〜話の決着〜
九十九の強い眼差しに芽上は一瞬目を丸くするもすぐに小さく笑い余裕のある顔になる。
「そうよね。友達を悪く言われたくないわよね。ごめんなさい。」
黒賀の批判をしておいてその一言だけで終わらせる芽上に怒りがこみ上げてきた。
いくら彼女から見た自分が子どもだからといって笑いながら謝られたその言葉が本心でないことくらいわかっている。
しかしこれ以上、黒賀の悪口を言われると怒鳴り散らしてしまいそうなので九十九はグッと唇を噛み耐えた。
「あとね。勇也のこと…。本当は実習生の身でこんなこと言うのはダメだとは思うんだけど、そんなにしょっ中、彼に会えるわけではないし少し気になるから話してもいいかしら。」
「……………どうぞ。」
ついふてぶてしい言葉になってしまうのは仕方がない。九十九は目を芽上から晒しながら言った。
「勇也の生い立ちは知ってる?この学校に来た理由も。」
「……少しだけは。」
「そう、そこはちゃんと話してるのね。……私、あの子が可哀想でならないの。」
「え、」
「だってそうじゃない。施設から早く出たいって、よほど嫌な日々だったのかなって思えて。」
「…………。」
「それにこの学校の勇也の姿を見てもそう思って。無理してこの学校に合わせて完璧なキャラクターを演じているみたいで、なんだか見てられない気持ちになる。」
九十九は芽上から発せられる言葉に何だか違和感を感じ気持ち悪くなる。
「それは本人が言ったことですか?」
「え?」
「山下くんから言ってきたことですか?」
「えぇ?勇也がそんなこと言うわけないじゃない。」
九十九の言葉を馬鹿にしたように芽上が返す。
「なら、その言葉は違うと思います。彼には恩師がいるって言ってました。それに自分はいろんな人から支えられてるって嬉しそうに。そんな山下くんが可哀想なわけないです。」
『可哀想』その言葉は九十九にとって好きな言葉ではない。
何をもってその言葉を言ってるのか。多分それは自分の価値観に当てはめての言葉だろう。
確かに『可哀想』と言われていた頃の九十九は本当に可哀想な時代を過ごしていた。
しかしだ。それを本当の意味で理解して言葉として発していいのは九十九と九十九の近くでツライ思いを知っている人達であって、噂話をただ聞いて同情した人達ではない。
もちろんそれを自分の中で感じて思う分には構わないが、本人やその周りの人に言うことではないと思っていた。
(だってそんな言葉言われたくない。)
本人がツラさを共鳴してほしいなら話は別だが、今までの山下の話を聞く限り、彼は同情などされたくない方だと思う。
だったら彼は可哀想ではない。本人がそう思わないのならそうではないのだから。
「そ、それとは違うでしょ?支えてくれる人がいたからって彼の生い立ちが可哀想なのには変わらないじゃない。」
「施設で育ったら『可哀想』なんですか?それは偏見です。」
「違うわよ!そうじゃなくて……もういいわ。…でもこの学校で勇也が素の姿でいられないのは事実でしょ?そんなのツライに決まってる。」
「……素の…姿…。……山下くんは結構、自分勝手に学校生活おくってますが……。」
九十九のその言葉に芽上は声を出して笑う。
「そんなわけないじゃない!頭も良くて運動もできて誰にでも優しい王子さまみたいな人なんているわけないでしょ?あの子、本当はすごく図々しくて、口悪くて、態度も悪いのよ?」
「………はぁ。結構その通り…ですが…。」
「えぇ?」
九十九の中の山下のイメージは言われた通りだ。
図々しくて、物言いは柔らかいが言ってること自体は結構、横暴だ。プリプリ怒っているときは態度も良くないこともある。
「……ま、まぁいいわ。多分あなたの言っていることは違うと思うけど。……ねぇ彼が本当は女性が嫌いなのはわかってる?」
「え、」
「勇也は女性が嫌いなのよ。あなたとも無理して付き合ってるかもしれない。完璧なキャラクターを演じるために。」
「…女性が…嫌い…。」
九十九は首を傾げた。
今までに彼に何度と触れられてきた。
手を繋ぐことも、腰を抱かれ引き寄せられたことも、キスをされたことも。
あまりにも手馴れたその仕草に過去の女性を思い浮かべてヤキモチを妬いたのはつい先日のことだ。
そんな彼が女性を嫌いと。
そんなことを彼が言えば、世の中の半分ほどの男性が激怒するのではないだろうか。
「だから、彼はキスが嫌いでしょ?」
九十九はその言葉に衝撃を受けた。
彼がキスを嫌いなら、世の中の男性は四六時中、相手にキスをしてなければならない。
九十九の怪訝な表情に芽上はなぜかフフンと勝ち誇った顔をした。
「あ、もしかしてそこまでの関係じゃなかったかしら。だったらこんなこと言ってごめんなさいね。」
そんな言葉を言ってきた芽上に「いえ、キスはしてます」とは言えず黙っていると、何やら廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「ぷぷぷ!もう無理!もう無理だから!あははは!まじウケる!」
「ちょっと!大きな声出さないで!」
「いや、オメーの声もでけーっつーの。」
「…………。」
九十九はスゥーと感情が冷えていくのがわかる。
こんな元気よく騒いでいるのは彼らしかいない。
廊下へと続く扉をガラリと開ける。
そこには顔を固まらせた山下、土間、津々見。
床をバンバン叩きながら大笑いしている黒賀がいた。
「……ついて来ちゃーダメって言ったよね?」
「や、その、違くて。黒賀が…」
「黒賀さん。」
「え?私はついて来たわけじゃーないよ。たまたま通りかかったとこに2人が話し出したから盗み聞きしただけ。盗み聞きはダメって言われてないし。」
いや、人としてダメだろう。
その場にいた皆が思ったが、スンとした表情で堂々と言い張った彼女にツッコメる人はいなかった。
「はいはいはーい!芽上先生に質問で〜〜す!私たちずっと、ずーっと2人の会話を聞いてたんですが〜先生は山下くんの一体どこを見てそんな風に思ったんですか〜?」
黒賀は誰からもツッコまれなかったことをいいことにずんずんと進路指導室に入ってきた。
「芽上先生はちゃんと2人が仲良くしているとこをちゃんと見ましたか〜?見たんならそんな勘違いしないと思うんですが、それとも視力が悪いんですか〜?」
「…っ!…っ!」
黒賀の言葉はとても攻撃的だ。笑顔で圧をずんずんと芽上にかけていく。
「それに最近はほとんどの生徒が山下くんの九十九さんへの溺愛ぶりは知ってるはずですが、ちゃんと情報収集しましたか?もしかして、そんなこともせずに九十九さんだけを責めるようなことをしたわけじゃーないですよね?」
「し、したわよ!でもそんなこと信じらるわけないじゃない!だって勇也は人に興味を持ったりしない!いつだって人と距離をとっていたもの!」
「……?…それは今もそんなに変わりませんよ?」
「え!?」
黒賀の言葉に芽上が顔をしかめる。
「誰に対しても仮面のような笑顔で一定の距離を保って接していますよ?…山下くんが表情を変えるのは九十九さんとその周りの人にだけです。」
「……はぁ?」
芽上がさらに怪訝な顔をしながら山下の方を向くと、山下が九十九を背中から抱き込むように引き寄せているのが見えた。
あまりにもあり得ない行動に芽上は唖然とし、口が閉まらない。
「そもそも芽上先生は、人に興味を持たない山下くんの彼女を捕まえてどうしたかったの?」
「…っ!…それは…話をして…勇也のことを……わかってもらおうと……」
「あはは!芽上先生は何を根拠に九十九さんより自分の方が山下くんのことを知ってると思ったの?芽上先生ってただの知り合いでしょ?」
「…っ!」
黒賀が暗く笑う。いつもひょうひょうとしている彼女には珍しくかなり怒っている様子だ。
「勇也の為、勇也のこと、だって勇也は…って自分のしてることが全部、迷惑なエゴだって気づかないの?」
「……な!」
「や、違うか。エゴなんかじゃないよね。本当は自分のことしか考えてなかったでしょ?精神的に弱そうな九十九さんなら叩けばすぐに折れるって、そうしたら彼のことをよくわかっている自分が彼の隣に立てるってそう思ったんじゃないの?」
「はぁ!?そんなわけないでしょ!!なんで私が!」
「じゃー何で九十九さんを1人で呼び出したの?2人は付き合ってるんだよ?どちらか片方だけに理解を求めるのはおかしいでしょ?」
「それは…」
「…九十九さんはね。とても強い人だよ。」
「え、」と九十九は黒賀の言葉に顔を上げた。
「自分のことをすごく卑下することがあるけど、本当はとても強い、芯のある人だよ。芽上先生が上辺だけの言葉を言っても彼女に太刀打ちできるわけがないんだよ。」
「………っ、」
芽上がチラリと九十九を見る。
山下の腕の中にスポリと入った彼女は一見、山下の庇護下でぬくぬくと守られているように見える。
でもどうしてだろう。
先ほどまで芽上の言葉のすべてに彼女は強い意志で返事をしていた。それを体験したからだろうか。
今は山下が彼女にすがって離さないでいるように見えた。
「…何で!何でその子なの!だってその子、何にも持ってないじゃない!普通の子じゃない!」
どうしてあんな可愛くもない、特別じゃない、普通の子の為に自分が否定されなければならないのか。自分は彼を思ってしてあげたことになぜこんな風に責められなければならないのか。
芽上は強い反発心を声に出した。
「何を言ってんの?お前には普通に見えても、俺には大切な子だから。女神だから。それに…九十九って結構、普通じゃないけど…」
「…まぁ普通じゃないな…」
「…そうだな。」
なぜかそこにいる仲間にうんうんと頷かれ九十九は「え?どこが?」と首を傾げる。
「美冴先生。お前がどんな感情を俺に持ってようが構わない。『可哀想』ならそれで別にいいけど、今の俺の幸せを壊そうとするのは許さない。いくら芽上先生の子どもでも俺の女神に手を出すことは許さないから。」
「………っ!」
「これからの実習期間、言動には気をつけてね。九十九に余計なことしない方がいいよ。教員免許とれなくなるよ?」
「何を!」
土間が持っていたケータイを取り出し、画面を芽上に見せる。それは録音画面になっており今現在も続いているのが見えた。
「と、録音するなんて!」
「え?録音されて困ることを生徒と話してた方が悪いんじゃい?…大体、何の権限もない教育実習生が生徒呼び出して私情はさみまくりの説教するなんておかしいだろ。」
「……っ!」
芽上は憎たらしげにその場にいた黒賀、土間、山下、九十九、津々見を見た。
「子ども馬鹿にしてんじゃねーよ。」
そのまま芽上を残し、全員で進路指導室を出た。
読んでいただきありがとうございます。
誰にでも誠意を持って接していきたいですね。
それでは、久しぶりに。
《うちの猫》
「私は彼女を尊敬してます。彼女の書く記事も。…彼女は大切な友達です。侮辱しないで。」
そう進路指導から彼女の声が聞こえてきた。黒賀は真っ赤になる顔をうつむかせバレないようにした。
「ね、猫パンチが強烈すぎる…」
「何だそれ。」
土間のあきれた声がした。
「彼には恩師がいるって言ってました。それに自分はいろんな人から支えられてるって嬉しそうに。そんな山下くんが可哀想なわけないです。」
その後にそう言った彼女に山下が顔を両手で覆い呟く。
「うちの猫がカッコよすぎる…」
「……………。」
土間と津々見はそんな2人にドン引きするしかなかった。
その後、芽上に今までの会話をケータイに録音したことを告げた。
あ、そういえばあの会話も入ってるな…
つい4人は思ったのであった。




