教育実習生が来ました。〜彼女との話し合い〜
「ねぇ九十九。恵美子さんと則文さんに今日のこと言ってくれた?」
登校中、手を繋ぎながらニコニコと笑う山下にそう聞かれた。
昨日から少しだけボンヤリとしていた九十九は彼の言葉をゆっくり咀嚼してハッと我に返った。
「言い忘れてた!」
「え!!」
昨日、山下からバイト中にメールをもらっていた。
『明日お休みもらったよ。アパートデートしようね。』と。
そのメールをもらった瞬間に不安や引っ掛かりを思い出して落ち込んでいたらウッカリと両親に報告することを忘れていた。
「待ってね。学校ついたらメールするね。ゴメンね。」
「………九十九、アパートデートが嫌なわけ…じゃーない……よね?」
尻つぼみしていく彼の声に「え、」と振り返ると眉を八の字に下げた彼が不安そうにこちらを見ていた。
自分の行動で彼を不安にさせている。
そう気がついて九十九は心臓がギュッと締め付けられた。
「嫌じゃないよ。」
「…でも俺、アパートじゃー九十九にキスするよ?」
「う、」
そんな堂々と言われると言葉に詰まってしまう。
その表情を見た山下が少しだけ無表情に近い顔になった。
「俺3日間、頑張ったんだけど。」
「…………はい。」
「……でも九十九がキス嫌いなら…今日は……おうちデートに変えていいよ。」
九十九は心臓が嫌な音を出した。
山下の言葉が以前、想像した『ならもういい』と類似していたからだ。
このまま山下から『もう付き合えない』と言われたらどうしょう、と九十九は焦った。
「やだ!変えない!アパートデートするから!」
「………九十九?」
あまりに必死な九十九の表情に山下はいぶかしげに思う。
「…どうしたの?…何がそんなに不安?…俺に話して。」
「…なんかね。わかんなくて。自分の心が…でも…」
「うん。でも?」
「山下くんに嫌われたくないよ。」
「俺が九十九を嫌うわけないよ。」
「…………。」
「九十九。」
不安を口にしても山下は九十九を否定することなどない。
多分、どんなことを言おうと彼は九十九を肯定しかしないことを知っている。
(まるでそう言わせてるみたいだ。)
彼の言葉を信じてないわけではない。
でも彼が信じて真っ直ぐ想ってくれている自分のことが信じれない。
彼にすがって生きていっているようで、まるで自分に芯がないようで、
そんな微妙の空気のまま学校へ到着した。九十九の不安そうな表情に山下も不安そうだ。
どうにかしたかったが、自分の気持ちもままならないのでどうにもできなかった。
「じゃーコレわかる人!渡部くんわかる?」
「カ行の上一段?」
「そう!素晴らしい!正解です!」
芽上の明るく声が教室に響いた。
実習の芽上も授業の最後に少しの間、教壇に立つようになった。
彼女の授業は明るくて楽しげだ。まるで友達とお喋りをしているように進んでいく。
しかし、生徒巻き込み型の授業は九十九の苦手な方法だった。もともと人と話したり突然、名前を呼ばれるのは好きではない。
それに今は芽上を素直な気持ちで慕えなかった。
九十九はこっそりとため息をつく。
「じゃーコレわかる?九十九さん!」
「え、……………『ゆっくり、静かに、そっと』…という意味です。」
「そう!さすが!正解です!」
「…………先生、それ習ってねーけど。」
他の皆と同じように明るく芽上が返事をしたとこで津々見が突っ込んできた。
「うん。でも九十九さんって学年1位だし、答えられるかなって思って問題出してみたの!そしたら迷いもなくアッサリ解くなんて本当にさすがだね!」
彼女はケロリとした表情でそう言ってきた。
クラスの何人かがピリッと神経に障るような表情をするのが見えて九十九は変な汗が出る。
さらに口を開こうとした津々見の服を引っ張り、「余計なことは言わないで!」と小声で言った。
その後の授業は何事もなく終わった。
ホッとしていると「九十九さん」と声をかけられた。振り返ると先ほど教室を出ていった芽上がなぜか教室の後ろの扉から顔を出していた。
「さっきはゴメンね。あと、ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「それは何の話っすか?俺も付いていっていい?」
九十九が答えるより先に隣の席の津々見が答えた。
「え?女の子同士で話したいんだけど。」
「じゃー私ならいいですか?」
いつのまにか近くにいた黒賀が手を挙げながら近づいて来た。
「九十九になんか用?」
最後には山下も近くに寄ってくる。
それを見た芽上は一瞬だけ驚いた顔をしてクスクスと笑った。
「九十九さんってすっごく皆に守られてるのね。お姫様みたい。」
その言葉に少しだけカチンとくる。
「……話、聞きます。どこでですか?」
「え?いいの?ナイトさんたちが心配してるし無理にとは言わないんだけど。」
「…別にナイトじゃないです。」
「なら、ちょっとだけ。昼休み前にいい?」
「…はい。」
そう言って芽上はニッコリ微笑んで去って行った。九十九は全身に入れていた力を少しだけ抜く。
「何あの女。ねぇ、どういうこと?」
黒賀が低い声で山下に向かって話し出す。
「や、知らないよ。何で俺に言ってくんの?」
「山下くん関係じゃなかったら何で芽上先生が九十九さんを呼び出すの?山下くんがしっかりしてないからでしょ?」
その言葉に山下がキュッと唇を締める。
「ちょ!ちょっと黒賀さん。山下くんは何も悪くないし、関係ないかもしれないし、」
「そうやって九十九さんが甘やかすから、彼女が不安がっても何も出来ないこんな男になるんだよ!」
山下が黒賀の言葉に衝撃を受け、そのまま落ち込む。
「黒賀さん!」
「猫を可愛がってる場合じゃないから。これはあんたの役目だから。」
「………はい。」
九十九は「猫?」と頭を傾けながらもオロオロしかできない。
ボソリと「こえー。」と津々見の声だけが響いた。
4限目が終わり、九十九は席を立った。
「お前、本当に1人で行くのかよ。」
そう言う津々見に頷き、教室を出ようとして振り返る。
そこには山下と土間と黒賀が揃っていた。
「………。来ちゃダメだよ。」
「……はぁーーい。」
黒賀の信用ならないような返事を聞いて、少し不安になりながらも九十九は教室から出た。
彼らは九十九のナイトではない。
大切な恋人と大切な仲間だ。
確かに今現在、彼らに守られていることは事実だが、いつか彼らが大変なときには自分も全力で彼らを守るつもりだ。
それに彼らは九十九を守るだけじゃない、新しい考え方を教えてくれるし、九十九をさとしてくれるときもある。逆に九十九の意見に納得してくれることだってある。
そう。彼らは九十九と同じ場所で共に考え行動してくれる『仲間』なのだ。
芽上が言っていた『ナイト』や『お姫様』のようにメルヘンでフワフワしている物に例えられるのは何だか不快だった。
だからつい「話を聞く」と言ってしまった。
結果としては完全に芽上の口車に乗せられている。
「…芽上先生。」
職員室に入り、芽上を呼ぶと彼女はニッコリとした笑顔を作って進路指導室に案内してくれた。
「九十九さん。さっきは授業でゴメンね。悪気はなかったんだけど嫌味になっちゃったかしら。」
その言葉に九十九は首を振る。
そんなことはどうでもいいのだ。
「……九十九さんは男友達多いのね。元から仲が良い?」
「……?」
どういう意味だろう。元からとは?皆と仲良くなったのは山下との罰ゲームからだけど。
そう九十九は頭を傾ける。
「もしかして元は勇也の友達だった子かな?」
「………いえ、違いますが…」
あぁ、なるほど。と九十九は少し納得する。
彼女は九十九の周りにいる人達が元は山下の友達で、九十九は彼の恩恵をもらっているとそう言いたいのだろう。
しかし、そうではない。土間は罰ゲームの発起人で山下よりも先に関わっていたし、津々見も転校生で女子に話しかけられないと九十九に近づいてきたし、鈴木はその関係で巻き込むように仲良くなった人だ。
それにどちらかといえば山下は彼らから九十九を引き離そうとしている。
「そうなんだ。でも九十九さんは女の子だし、彼氏もいるんだから女友達を作る方がいいと思うの。」
「…友達に男の子か女の子か…そんな風に分ける必要はありますか?」
「えー。だって、男友達が多い彼女は彼氏からしたら心配じゃない?」
九十九はそれについては「確かにそうかもしれない」と思った。彼が津々見や鈴木に対して良くない感情を持っているのは知っている。
しかし、九十九にとっても彼らと仲良くなるつもりはなく、気づいたら大切な仲間になっていただけだ。
九十九にとって友達や仲間は、作ろうと思って作れるような簡単なことではない。
「…女の子なら黒賀さんがいます。」
「えー。でも彼女は本当に仲のいい友達じゃないでしょ?」
「………………どういう意味ですか?」
「だって、元は彼女って他のグループの子じゃない。九十九さんと常に一緒にいるわけじゃーないでしょ?いい時だけ側にいるなんてそんなの本当の友達って言わないでしょ?」
芽上の言葉にカッと頭に血がのぼるのがわかる。
「それに彼女は新聞部でしょ?何か勇也のネタがないかって九十九さんに近づいてる可能性だってあるわけだし。」
「ずっと側にいてもずっと仲良くしていても急に裏切るような子もいます。そんなベタベタするだけの友達はいりません。……黒賀さんは確かに新聞のネタを聞いてくるようなことがあります。でも彼女が私のことを損得勘定なしに助けてくれるのは事実です。そんな風に言われたくない。」
「でも、新聞のネタにされてるのよ?」
「私は彼女を尊敬してます。彼女の書く記事も。」
以前、黒賀からはヒドイ記事を書かれた。
そして彼女は山下から自分の夢や信念を全否定されている。
それでも彼女は自分を貫いている。
新聞を書くことを諦めず、でも山下からの言葉も真摯に受け止めている。「責任を持てる、意味のある記事しか書かない」そう宣言する彼女を憧憬するのは当然だ。
何も知らない人に彼女を否定されるのはとても腹が立った。
「彼女は大切な友達です。侮辱しないで。」
九十九は強い瞳で芽上を見返した。
読んでいただきありがとうございます。
また変なとこで止まってしまったなぁ。
配分というのはいつ頃できるようになるのだろう。謎。




