教育実習生が来ました。〜九十九の引っかかり〜
山下が腕の中にいる九十九の頭にチュとキスを落とす。少しずつ彼の唇が降りてきて、おでこに、眉に、瞳に、頬に、そして、
チラリと彼が九十九の表情を伺うように覗き込んで来たので、九十九は山下から目をそらした。
「……………。」
彼が少しだけ何かを耐えるようにキュッと唇を締めるのが見え、すぐにぎゅーと抱きしめられる。
キスの件は保留。
そう言って2日経った。
彼から唇にキスをされそうになっては態度でそれを阻止してきたが、そのキスについて九十九は思うところがあった。
(ってか、山下くんにとってのキスって唇同士のことを言っているようだけど、今チュチュされているコレはキスではないの?いや、これもキスでしょう。私はキスだと思う。学校ではキスしないっていうのはコレも含めてのキスなんだけど、そこんとこ理解してないよね?ってかいっそ顔中にチュチュされてるのに唇はしませんって何が意味あるのかな?他の生徒に見られて恥ずかしいのはおでこのキスでも唇のキスでも同じなんだけど。)
そう思っているが、あえて言わないのは山下が唇のキスを必死で我慢しているのがわかるからだ。
ここで他のキスもダメ、と言えば流石の彼も怒り出すだろう。
じゃーいっそ唇以外にはされているし、さして変わらないから人に見られない場所ならいいと許してしまおうかとも思ったが、今は少しだけそんな気持ちにならなかった。
先日の「慣れたら…」のくだりが九十九の中でくすぶっていた。
彼のような超絶イケメンで頭も良くて運動もできるパーフェクトヒューマンが今まで彼女がいないわけがない。
転校してきて半年の間に彼に告白をした美女、美少女は何人いるだろう。それほどまでに彼はモテるのだ。いっそ彼女がいない方が有り得ない。
それはわかっている。
しかし、それは頭の中で理解しているのであって、生々しく彼の口からそれを言われるのはとてもショックだった。
(過去の彼女で培われたテクニックを私に伝授してくれると。…あ、そうですか。それは素晴らしいですね。)
自分がどれだけネガティブで面倒なヤキモチを妬いているのかはわかっている。
でもこのイライラムカムカを抑えることができないのだ。
(私の初めてを全部欲しがるくせに。ズルイ。)
そしてそんな風に沈んだ後にさらに自分のバカな思想に落ち込む。永遠に続くループだ。
(何でそんな面倒な考えをするの?山下くんがキスしたいって思ってくれてるのに不毛なヤキモチで拒否して、このまま嫌われたらどうするの?「ならもういい」って言われたらどうするの?)
急に不安になって、自分から山下の首に腕を伸ばして抱きつく。
彼は驚きながらも抱き返してくれた。
「九十九?」
「……おうちデートいつ?」
「え、」
「移動教室のとき言ってたアパートデート。」
「九十九が本当にいいんなら明日休めるかオサムさんに聞くよ。」
「………………明日………。」
「………九十九?」
(明日までにこのモヤモヤをどうにかできるかな?だってこんなドロドロした気持ちのまま山下くんとキスなんてできない。)
「………大丈夫?」
「…うん。大丈夫。」
そうは言うが九十九の顔は思うように笑顔が作れず、それを見た山下も眉を下げるのだった。
「黒賀のせいだからね!黒賀が余計なこと言ったからこんなことになったんだからね!」
「だからゴメンって言ってんじゃーん。」
午後の休憩時間に黒賀を呼び出した山下は真っ先に愚痴を言った。
「軽いよ!九十九に拒否されて俺がどんだけ傷付いてるか知らないからそんなこと言うんだ!九十九がニコニコ笑ってくれなくて俺がどんなにツライかわかってないからそんな軽いんだ!」
「あーはいはい。まぁあれを言っちゃったのは悪かったと思うけど、知らない人から聞くよりマシだと思ったんだよ。大体、事の発端は山下くんのうっかり発言が原因でしょ?」
「…う…そうだけど。でもキスがダメって言われて混乱してなきゃー俺だってあんなこと言ってないし!」
「……そうかな。九十九さんの前じゃー山下くんってポンコツだから。」
「ディスるのやめて。」
黒賀がわざとらしいほど大きなため息をつく。
「…で、どうしてほしいの?」
「…九十九がおかしいから話を聞いてきて。多分、男じゃーダメだと思うし。」
「…おかしいってどう?」
「猫っぷりがいつもよりひどい。可愛いけどすごくつらそうだから。」
「相談に惚気を入れてくるな。」
「入れてないから!!九十九が可愛いのはもう仕方ないことだから!」
2人の話し合いはヒートアップし、チャイムがなるまで怒鳴りあっていた。
「ねぇ九十九さん。ちょっといい?」
「ん?」
掃除の時間になり、黒賀は九十九に話しかけた。
少しだけ教室から抜け出し人通りの少ない階段で話をする。
「隠すと面倒になるから言っちゃうけど、山下くんが九十九さんのこと心配して話を聞いてきてってさ。」
一瞬だけポカンとした顔をした九十九が笑う。
「ふふ、黒賀さんはおもしろいね。」
「心配してるよ?それに反省もしてる。まだ怒ってる?」
「……う〜ん。怒ってるというより自分の中でヤキモチがうまく処理できなくて。……恥ずかしいね。」
「九十九さんが今引っかかってるのはヤキモチのことだけ?学校でのキスの件はもう大丈夫になった?」
九十九は少しだけ考え、ポツリと呟く。
「………正直よくわかんない。別に本当は学校でのキスが嫌なわけじゃないよ。でも…人前でそういうことしたくない。山下くんにしかしない言葉や態度を山下くん以外の誰かに見られたくない。…ってそんな考えも山下くんには通じなくて。彼との考え方の差が埋まらないからつい端的に『学校ではキスしない』って言っちゃって。」
「うんうん。要は全部、山下くんのせいだよね。」
「や、違うよ。私の考え方がネガティブで今までずっと隠れるように過ごしてきたからどうしても堂々と出来ないだけで。山下くんと付き合うって決めたくせに覚悟が足りなかったっていうか…」
「その覚悟は山下くんも持たなきゃならないものだよ?九十九さんだけが彼に合わせることじゃない。……でもまぁ山下くんって言っても通じないとかあるからなぁ。」
黒賀の頭を覆うような仕草に九十九は笑いがこみ上げた。
「……ふふ、でもよかった。そんなふうにわかってくれる人がいると思うと少しだけ軽くなったよ。もう一度山下くんにその件について話してみる。」
「…そだね、あとは、ヤキモチの件?」
「うん。でもね。それもどうしようもないってわかってるの。だって過去のことグチグチ言っても仕方ないのに。」
「まぁねぇ。」
「でもこんなドロドロした気持ちのまま、山下くんと過ごしちゃーダメだなって、傷付けたら嫌だなって思って。」
「でもさ、世の中の女子は結構、同じこと思ってるよ?もちろん自分が初めての彼女じゃなかった人の場合によるけど。九十九さんだけじゃない。」
「え、」
「誰だって好きな人の元カノは気になるよ。どんな人かな、キレイな人かな、まだ好きなのかな。…って。」
「……そっ…か…」
「そうだよ。元カノとどんな雰囲気だったのかな、自分が言われたみたいな言葉を言ったのかな、大切にされてたのかな、どうして別れたのかな、…そんな感じのこと。」
黒賀が言ったことが自分の思っていたことと重なりジワリと染み込んでくる。
「皆、心の端にそんな気持ちがありながら好きな人の側にいるんだよ。だから大丈夫。ドロドロした気持ちのままでもいいよ。山下くんの側にいていいよ。」
「みんな…一緒…?」
「一緒。ただ、前を向くために努力はしてるかもね。元カノより好かれる努力。」
「……そっ…かぁ…」
九十九がやっとフワリと笑う。
黒賀はそれを見て少しだけホッとした。
彼女の周りに人が集まるようになったのはここ最近だ。それまでたった1人でたった1人だけの世界にいた彼女が恋愛の些細な気持ちの揺れに戸惑ってしまうのは無理もない。
それに相手が相手なだけにその気持ちの揺れは些細ではないのかもしれない。
しかも彼女の周りには無神経な男ばかりだ。恋愛の話など持ち出せないだろう。
あんなにも色んなツライ過去を持つ彼女に自分が少しでも役に立てたなら良かったと単純にそう思った。
「あら、もうHR始まるんじゃない?こんなとこにいて大丈夫?」
突然、声をかけられ驚き振り向くと、そこには芽上が立っていた。相変わらず、パンツスタイルが似合うキレイで品のある女性だ。
「あ、はーい。話し込んじゃって、すみません。戻りまーす。」
黒賀が声のトーンをわざとらしく上げ、九十九に「行こう」と目線で促す。九十九も芽上に軽く会釈をして行こうとする。
「あ、あなた、九十九さん?勇也の彼女?」
「………………。…はい。」
九十九は体を固くし、サビた機械のようにギギギ…と芽上の方へ振り向いた。
「わぁ。本当なんだ。ふふ、意外、あいつがこんな可愛い子と付き合うなんて。」
「……………。」
「………。芽上先生!もう時間なんで行きます。」
「あ、ごめんなさいね。また今度、話を聞かせて。」
そう言って彼女は違うクラスの方へ歩いて行った。
黒賀は九十九の方をチラリと見る。
先ほどまで柔らかく笑っていたのが嘘のような無表情だ。
「あの先生、何考えてんの?」
黒賀の舌打ちと呟きを小さく吐いた。
読んでいただきありがとうございます。
意外と仲のいい黒賀と山下。w
『黒賀情報』
土間や津々見に山下の愚痴を言いだすと何時間でも話せることを最近、発覚。
ストレス発散のために定期的に山ディス会(山下を永遠とディスる会合)を開こうと口約束まではしているがまだ日付は決まっていない状態で止まっている。
その会合にはぜひ呼んでください。w




