教育実習生が来ました。〜2人の関係〜
「あいつ、なんつってた?」
山下が肩を落としながら去って行った後に土間と黒賀が近づいてきてそう聞いてきた。
すると九十九が答える前に津々見が喋る。
「恩師の娘さんだってよ。元カノじゃないって。」
「恩師?…あいつに誰かを敬うって気持ちはあるのか。」
いや失礼だな、と九十九は思いつつ考えるも山下が誰かに頭を下げたりしている姿が思い出せない。
唯一…
「シゲさんくらいかな…」
「いや、誰だよ。」
速攻でツッコミが飛んできた。
まぁそれはそうだ。『シゲさん』こと山下のアパートの管理人、重之を知っている人はこの学校にはほぼいないだろう。
「ちぇ!元カノじゃーなかったか!でっかいスクープだと思ったのになぁ!」
「いや、それだけはやめてやれ。さすがに可哀想だわ。」
「別に記事なんてしないよ。そんなことしたら実習生の先生がイジメられるじゃん。もう責任を持てる、意味のある記事しか書かないし!」
キッパリと言い切った黒賀に九十九は「カッコいいな。」と目を細める。
「でもさ、中学の先生の家族にどうして会うんだろうな。俺、今まであったことねーけど。」
「私はあるよ。日曜日に家族でお出かけしてた先生とバッタリ。」
「でも、名前で呼ぶほどだぞ?」
「確かにね。それはないなぁ。でも、芽上先生とうちらって5つくらい離れてんだよね〜。いくらイケメンだからって中学生と大学生が付き合うって、なくない?」
「あ、ないな。」
「まぁ、ないな。」
九十九の目の前で土間と黒賀と津々見が話を進め、うんうんと頷く。
「あ、でもね。山下くんの片想いなら話は別だけどね。」
「………あ!!…『女神』!?」
土間が驚愕の表情で声を出した。
九十九もそれに気がついて心臓がギュッと苦しくなる。
「そう!そうなの!山下くんって理想の女の子のこと『女神』って言ってたでしょ!?もしかして、芽上先生からきた言葉なのかなって思って!」
「それ、なくないな!………ん?でも九十九も『女神』って言われてんじゃん。全然、芽上先生とはかすりもしてねーし。」
バッサリ言ってきた津々見の横腹に九十九はひとまずグーパンチを入れといた。その場が少しだけ静かになった。
「……まぁ、きっかけが芽上先生だったけど『女神』ってのはあいつにとって『好きな子』って意味なんじゃねーの?あいつ言葉の表現とか考え方とか独特だしよ。」
土間がそんな風にフォローしてくれる。
それに少しだけ笑ってしまった。
そんな九十九を見て土間は居心地悪そうに体を揺する。
「まぁとにかく、俺らがどんなに話しても意味がねーんだから、聞きたいことは本人に聞け。お前にだったら答えるだろう?今回のことは本人に悪気はねーから許してやれ。それにそんな怒ってもねーんだろ?」
九十九は土間の言葉にすぐに頷いた。
今回のことを九十九は怒っているわけではない。
ただ、つい山下の普段とは違う喋り方や昔の彼を知っている女性がキレイな人だったこと。『美冴』と彼が慣れた様子で読んだことにムッとしてしまっただけだ。
それにもし芽上が山下の元彼女だったとして、過去のことで彼を責めることなど出来ない。どんな関係だったろうとも今日ここで出会ってしまったのは偶然で本人たちに何も意図がないのなら九十九がとやかく言うことなどないのだ。
(でも妬くけどね!)
それは仕方ない。
だって九十九は山下のことが好きなのだから。
でも、それで山下を傷つけるのは違う。
それはしてはいけないことだと思っている。
(うん。ついヤキモチ妬いて山下くんを傷つけてしまうくらいなら、ちゃんと本人に2人のこと聞いた方がいいよね。)
そう思い、昼休みにでもちゃんと話をしようと九十九は決心するのだった。
しかし、その決意むなしく昼休みになるよりずっと前、次の休憩時間に九十九は山下に拉致られた。
お姫様抱っことは言えない、座っている状態を前から抱きしめられ、そのまま担がれた。
「えぇええぇえーーーー!!」
変な声を出し、無意識に助けを求めるように手を伸ばしたが、手を伸ばし返してくれたのは「え!えぇ!」と混乱していた鈴木だけだった。
(鈴木さまぁーーっ!!)
まぁそれも山下の並外れた身体能力のおかげで振り切られたのだが。
ガラガラッ!ピシャリ!
少し離れた空き教室に連れてこられ、無造作に置かれた机の上に座らされる。
「……山下くん。」
「ごめん。無理矢理つれてきてごめん。話がしたい。ちゃんと話をしよう。」
呆れて名前しか言えない九十九に早口で山下が捲し立てる。
九十九は机に座らされているのでいつもより彼と顔の距離が近い。彼はまっすぐ九十九の瞳を見ていた。
「……九十九の気になってること……教えて。」
「………………芽上先生……と仲が良い?」
「別に良くない。…め…芽上先生……とは。」
喋りながら山下が複雑そうな顔になり、少し考えだす。
「ねぇ。九十九。芽上先生って言ったら俺の中では俺の恩師の名前なんだ。だからあっちは美冴先生って言っていい?あ、嫌ならただの先生って、」
「いいよ。どんな呼び方でも。…ちゃんと教えて。」
そう言うと、山下はニカリと笑った。
「俺の中学の担任の先生が芽上先生。すっげぇいい先生ですっげぇ助けられた。俺が頑張るなら全力で手伝うって言ってくれて、忙しいだろうに俺のためにずっと手を貸してくれた。」
山下の顔がパッと輝く。喋りながら自分の身内の自慢話をしているように嬉しそうな表情になり、本当にその先生のことを尊敬しているのがわかる。
「芽上先生だけじゃないんだけど、喜山先生も野町先生も、どの先生にも助けられてたんだけどな。でも芽上先生には本当に迷惑かけてて、休みの日とかに家に上がり込んで勉強教えてもらってたりしてた。時々そのまま泊まってたりもした。そのくらいお世話になった人なんだ。」
「……泊まる…。」
さすがにそのフレーズだけは聞き流すことは出来ず、つい彼の話を切ってしまった。
「あ、うん。でも美冴…先生は大学生で一人暮らししてたから。いなかったから。」
「…そうなんだ。」
それを聞いて少しだけホッとする。
九十九の様子を見た山下も少しだけホッとしていた。
「俺、実はこの学校に転校するまでしょっ中、芽上先生のとこに勉強教わりに行ってたんだ。だから長期休暇とかで帰ってきた美冴先生とときどき会ってたんだよ。あ、その時は泊まったりなんかしてないから。だから美冴先生のこと知ってるだけ。本当に何もない。」
そうなんだと納得しかけて、でもそんなので呼び捨てにするような仲になるかな?と思ったのが顔に出ていたらしい。
サッと山下が喋り出した。
「あっちが年上ぶって『勇也また来てんの?』とか『勇也もう遅いから帰りな』とか偉そうに言ってくるからつい『うるせぇ、美冴!』って言い返してたら、この呼び方になっちゃっただけで本当に何の意味もないから。」
「……す、好きじゃない…?」
「好きじゃない。俺が好きなのは九十九だけ。」
まっすぐ目を見られ、そうキッパリと言われる。
そんな山下を見て九十九は体の力を抜いた。
「そうなんだ。…よかったぁ」
「…九十九。」
「あのね。もし、芽…美冴先生が山下くんの元カノでも、片思いの相手だったとしても、それは中学生時代のことで怒る権利なんてないんだよね。それでも美冴先生には優しくできないかもって思ってたの。ふふ、ひどいよね。でも違ってよかった。…話してくれてありがとう。」
ホッとして微笑むと、山下の顔も同じように安心したような顔になった。
「九十九……それはヤキモチ?」
「……そうだよ。」
「あは。嬉しい。可愛い。」
「嬉しくない。心臓がギュッとなるからつらいよ。」
「それなら俺はいつもしてる。鈴木に笑ってる九十九を見たときも。津々見にパンチしてる九十九を見たときも。……ねぇ九十九は名前で呼ばれたい?」
「……名前で?」
九十九は少し考え首を振る。
彼からの『九十九』が好きだ。
今まで色んな人から『九十九』と呼ばれてきた。
特別な呼び方じゃないのに彼が呼ぶから特別になる。その感覚がなんだか好きだ。
「…名前で呼ばれるのは嫌い?」
「嫌いじゃないよ。……でも恥ずかしい。」
「…凛花。」
え、と九十九は彼の顔を見る。
山下はすごく穏やかな顔をしていて、九十九は顔をボボッと赤くした。
「あは。本当だ。真っ赤になった。」
「も、もう!やめて!恥ずかしいって言ったでしょ?」
「じゃー呼ぶのは特別なときだけにする。仲直りしたときとか。大切なことを言うときとか。」
「や、やだよ!絶対テンパっちゃう!」
「…凛花。」
「…っ…っ!…だからやめてって!」
「凛花、好き。」
山下が九十九の頬を両手で覆い、そう呟くように言ってきた。九十九は全身がゾクゾクとする。
「凛花が好き。」
「……や、山下くん…」
彼の顔がゆっくり近づいてきて、フワリと瞳にキスを落とした。そしてそれを離すと唇にキスをする。瞳のときと同じようにフワリと優しい触れるだけのキスだ。
「可愛い。凛花。」
とろけるような山下の表情に九十九は全面降伏したい気持ちになった。
こんな彼に勝てる女子がいるのだろうか、いっそいるなら勝ち方を教わりたい。
まさかのヤキモチの罰がこんな風にやってくるとは思いもしなかった九十九だった。
読んでいただきありがとうございます。
九十九さん。
そこは罰ではなくご褒美と思ってもらいたい。笑
社会人になったら5歳差なんてなんてことないですが、学生の5歳は大きいですよね。
でも、もし中学生と大学生のカップルがいたらごめんなさい。お話中の会話は偏見とかではないです。いっそステキ。お話にしたい。笑




