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九十九は男の絶滅を祈る  作者: 英知 圭
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こちらの世界とあちらの世界。


「ねえ、勇也。今日、他校の子とお出かけなんだけど、髪してくれない?」


5限の終わりに学年一の美少女、芹川さんが山下にクシとコテを持って話しかけてくる。


山下は少し考えた後に九十九に向かい「九十九。いい?」と聞いてくる。

話を全く聞いておらず、小説を読んでいた九十九はクラス中が注目するような声に眉を寄せた。


「芹川さんの髪をあたっていい?」


質問内容を明確に説明しなおし、山下は再度、聞いてくる。

そんなん勝手にして下さい、とばかりに九十九は「どうぞ。」のポーズをし、小説を読み出す。


「いいって!勇也。」


嬉しいそうな芹川の声が教室に響いた。



山下は新人美容師さんのカットモデルをしていた時があったそうだ。新人の為、切るのは遅いし、ベテランに指導されながらなので特に時間がかかる。その間、手持ち無沙汰なのでモデルウィッグ…あの首だけマネキンで髪のアレンジの仕方を教えてもらっていたそうだ。あと一緒になって髪の切り方を教えてもらったり、パーマに使うロットの付け方などを学んだらしい。

そんなことを、以前、芹川が自分のことのように自慢していた。


(社交性のある人は、色んな勉強ができていいなぁ)

九十九は純粋にそう思った。


山下の社交性は特殊能力と言っていいほど高い。知らない相手でもスイスイ懐に入り、いつの間にか皆で大笑いしている。

(詐欺師のようだ。)

そんな風に嫌味を呟くも、九十九にとってそれは心から熱望する能力だ。あの事件以来、人と積極的に関わることが出来なくなってしまった彼女だが、本来は色んなことを吸収して、色んな体験をしてみたいと思うような女の子だった。


特に、山下を見ていると、九十九の理想が出来上がっているようで劣等感と焦燥感がジワジワと込み上げてくる。


九十九は深くため息をはく。

根暗なのは自覚済みだが卑屈にはなりたくない。

九十九は何度もループしていた小説の行を再度、読み直し、その世界に戻れるよう集中した。




「熱かったら言ってね。あ、火傷したら危ないから動かないで。…髪はハーフアップでいい?」


山下はそう言い、芹川の髪の根元を緩く巻いていく。機嫌良く、芹川は「うん。」と可愛らしく答える。


周りの女子は羨ましそうに、その光景を眺めているが、これには山下に髪を触られても平気なことと、髪に自信があることが前提となっている為、安易に「私もして。」とは言えないのだ。


コテで巻いた髪の根元にワックスを塗り、細かく編み込んでいく。耳の下あたりでやめ、ゴムで結び、編み込んだ髪をほぐして、バレッタを付けて完成する。


「終わり。」


「わぁ。ありがとう勇也。可愛い?」


「うん。」


興奮したせいか頬を少し赤くした芹川が山下に振り向きながら聞いてくる。その姿が本当に可愛く、クラスの男子がヘニャンと笑っている。


山下がワックスの付いた手を洗いに席を立ち、チラッと九十九を見る。周りの喧騒などもろともせず、小説を読む姿が目に入った。

苦笑して、山下は手洗い場に急いだ。




HRが終わった。

明日は土曜で休みの為、勉強に必要な物を考え荷物を詰め込む。


「九十九。帰れる?」


すぐそばで立って待っている山下の言葉に頷き、席を立つ。


「荷物……」


いつもの定番の台詞が来そうだったので呆れた顔をして山下を見ると、慌てて口をつぐむ姿が見えた。

それが、ちょっとだけ可愛いかったので九十九は少し満足して歩き出す。


昨日同様、生徒がいなくなるまで無言で歩いた。


「ねえ。九十九。」


(…はいはい。何でしょう。)


「土日は何するの?」


(…………………。え、喋らないとダメですか?)


昨日だと、九十九が質問に黙っていると「家で勉強?」「出掛ける?」と、答えやすそうな言葉が付け足されていたが、今日のお昼からはそれらがない。


「九十九?」


それどころか「早く答えて」的な催促がある。


(面倒臭いなぁ。喋りたくないなぁ。)


自分の足元を見ながら、ため息をつく。

なんだか、山下と陽気に喋る気分にならない。


「九十九?」


あぁ。うるさいなぁ!とイラッとした気持ちで「勉強。」と呟いた為、言葉はひどく冷たく響いた。


「………………。」


一瞬にして、空気が固まる。2人の歩く音と遠くで聞こえる子どもの声だけが聞こえる。


「………………ごめん。……しつこかった?」


山下の情けない声がする。多分、昨日と同じような情けない顔でこっちを見ているんだろう。チラチラと九十九の顔を覗こうとする様子が視界の端に見える。

それすらも九十九をイライラさせた。


(はいはい。悪いのは私ですよ。わかってますよ。なのに、悪くない人に謝らせて、これで頷けないのは私が精神年齢低いせいですよ!)


卑屈にはなりたくないと思ったばかりなのに。今の状態がそれでなく何なのだろう。

あまりの自分の情けなさにジワリと目頭が熱くなったが、必死で目に溜まるそれを誤魔化した。


「……ごめんね。九十九。ごめん。」


山下が焦ってさらに謝り出したのは、涙がバレてしまったのだろうか。兎に角、九十九は山下に顔を見せないよう歩いた。


その後も無言で歩く。

時々、山下が九十九の様子を確認するようにチラッと覗いているが、それすら視界に入らないように前だけ見て歩く。

ゲートに着くと山下は足を止めるが、九十九はそのまま住宅街の中に入っていく。

昨日のように、ゲートで止まって「さようなら」の一礼があるかと思った山下が慌てて九十九を追いかける。


「…九十九。…あの、着いたら連絡してね。それまで待ってるから。…20分してもなかったら心配だし探しに行くから。」


そう、山下が言うも、聞こえているのかわからない無表情で山下の方を一切、向かず九十九は歩いていく。


山下は広場途中で足を止め、九十九の姿が見えなくなるまで見守り、その後ゲートに戻る。


ゲート端でしゃがみ込み、両手で顔を覆い「……やってしまった…」と呟く姿は誰にも見られることはなかった。





家に帰り着いた九十九は、部屋に入りケータイと対峙していた。


(最低だ、私。八つ当たりした挙句、あんな態度のまま別れてしまった。)


自分が悪いことはわかっている。山下の能力と存在に嫉妬した。その上、彼が九十九に質問に答えるよう命令をしているように感じた。

多分、彼にそんな気はないだろう。必死に謝っていた。


単に、悔しかっただけだ。

九十九は想像してしまった。


自分の手の届かない世界にいる彼が、その世界から自分を見下ろし、同情して声を掛けてくれている。

彼と九十九を表現すると、そのような形にしかならない。

「バカにするな!」とそれを振り切って吠える自分の姿が人間を威嚇する子犬のようだ。


情けなくて、目に涙が溜まっていく。

ケータイを持つ手が震える。


(あ、いけない。20分経ってしまう。)


バイトの時間がどんなに迫っていても、彼は20分は必ずゲートで待っているんだろう。時間が過ぎると本当に九十九を探しに来るだろうし、もしかして家のチャイムを鳴らすかもしれない。


確かな確証はないのに、そう思ってしまうのは、彼が九十九の憧憬する世界の住人だからなのかもしれない。


数度、深い深呼吸をし、親以外の人に初めてメールをうつ。手が震えた。


『着きました』


一言、それだけを送信する。


すると返事はすぐ返ってきた。


『メールありがとう。

無事に着いてよかった。

今日はごめん。また月曜日。』


どこまでも優しい山下に、自分の醜さを晒されたようで、涙がポタリとケータイに落ちた。



読んでいただきありがとうございます。

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