暗殺者の娘~ブライトネス・プリンセス~
『お前、死にたがりなのか?』
どこをどう間違ったのか、幼き娘の頃はとても大人しく、それでいて純真無垢の塊で出来た子だったのに。
俺の教育が誤りだったのか、あるいは血は譲れないものなのか。
娘は俺に向けて、ザグナルと呼ばれる鎌を眼前に振り下ろしながら、らしからぬ言葉を吐いた。
柄の先に直角に接合された鎚頭を備え、両端のどちらかで相手に……この場合は俺に向けてだが、打ち付けるつもりがあるかのように鋭利な刃面を、俺に向けている。
思い出すこと半年前のこと。俺はごく普通の宿屋の主人をしていた。
冒険に出たことはほとんどなく、狩りをしたこともない……だがかつては、依頼を忠実に守って来た暗殺者だった。
一瞬の強さこそあれど、沢山の武器を使いこなす冒険者に比べれば、遥かに弱い暗殺者。
唯一の巧みは鎌のみ。
しかし退いて数年も経てば、そこらの村人よりも弱くもなり、果たして本当に暗躍していたのだろうかと自分を疑ってしまうほどだ。
そして今は鎌で草を刈りながら、旅人を待つただの親父だ。
来るもの拒まずな宿屋として、通りすがりの冒険者くらいしか訪れることのない宿屋。
辺境でひっそりと暮らしながら、平穏なる世の終わりまで過ごそうとしていたのだが、辺境が災いしたのか、まさか魔の者が訪れようとは誰が分かることか。
◇
「へい、らっしゃ――っ!?」
「……ぐぅぅ、す、すまぬが……一夜だけでいい……我と我の子を預かれ」
「へっ!? あ、あなたは?」
「我が娘を……た……のむ――ガッ――グガァッ……」
「ちょっと、お客さんっ!?」
急なことで何が何やら分からなかった。
宿屋に来たのは紛れもなく魔の者で、それも名のある風体をしていた。
来た時にはすでに虫の息で、傍らには絹か何かに包まれていた女の子が大事そうに守られていたのを覚えている。
後々の伝えに寄れば、魔王なる者が力を持つ冒険者によって傷を負わされ、行方を追われたのだとか。
それがまさか、俺の宿屋に訪れて息を引き取った挙句、娘を頼んで行くなんて。
魔王の娘だとして、俺は暗殺を忘れたただの宿屋。
か弱き魔の娘を預かったとて、魔王に育てるつもりはさらさらない。
願わくば、看板娘に……などと淡い夢を見ていたつもりだった。
それが何故こうなったのだ。
◇◇
輝きを保って欲しいがために、見映えのいいモノを与え続けてきたつもりだ。
だが育て方を間違った。
何でも素直に聞いて、素直に与え続け、望むものを全て叶えたはずなのに。
殺傷能力の乏しい剣、槍、鎌……光って反射するそれらの武器では、野兎すら傷つけられない……そう思っていた。
「くく……鎌がいい。キサマ、もっと切れ味のいい鎌を寄こせ」
「だ、駄目だぞ。女の子に持たせられるものではないんだ。アドネには、刃を知らぬ世界を知って欲しい」
「――貴様、死にたいのか? 死にたがりか? 我が刃は草ごときを刈るものではないはずだ。虚しい音で空を斬らせるなど、武器が悲しむ」
殺め方を教えたことなど無かった。
それがどうしたことか、魔の血に抗えないのか、俺の娘アドネは齢14にして、暗殺者たり得る台詞を言い放ち始めたのだ。
魔王の娘は、教わらなくても暗殺の道を行くのか……この俺はとうに退いているというのに。
「輝きを望むのが悪いことではないのであれば、錆をつけることなく輝きを放って、貴様の意志を貫いてみせるぞ! だからザグナルを磨け!」
魔王からの預かりである娘アドネ。
血の抗いは、錆びれた鎌でも断ち切れない因果。
こうなれば、元暗殺者として娘を育て、輝きを放とうとする娘を育ててみるとするか。
お読みいただきありがとうございました。
長編で書こうとしたものを短編に留めたものになります。