6話
「エミリー、準備はいい?」
「はい、お母様。忘れ物はありません。いつでも出発できます」
私は、玄関の前で、母から忘れ物チェックを受けていた。
アルテッド達が訪問してきてから二週間あまりの時間が経っていた。
そして、今日は学院の入学儀式の日である。
また再び小学校(?)に通うことになるとは思わなかった。しかも女子として。
家の外には送りの馬車が既に準備されており、いつでも学院に向かうことが出来た。
「学院では気をつけるんだぞ。エミリーが最高爵位の人間だと知ったら、すぐに取り入ろうとしてくる家が出てくる。そういうのは微少を浮かべて、適当にあしらっておけば大丈夫だ」
「解りました、お父様。気をつけます」
「それじゃあ、行ってらっしゃいエミリー」
「行ってきます!」
馬車に揺られ、母と父の姿が見えなくなるまで、私は二人に手を振り続けた。
今から行くのは貴族の子が集まる、まさに貴族と民の格差がはかれる場所だ。
気を引き締めなければ、家の格を落とすことになりかねない。
今のうちに笑顔の練習をしておかなければ。
「ん……。ふふふ。うふふ。おほほ。ほっほっほ」
指先で口角を持ち上げ、上品に聞こえる笑い方を模索する。
その間、御者台の操縦者から、怯えたような目で見られた。
△▼△▼△▼
「お嬢様、到着いたしました」
「――ぅ? あ、はいはい」
声を掛けられ、意識が覚醒する。
どうやら居眠りをしてしまっていたようだ。
しばらく口角を無理矢理上げていたから、少し頬が痛い。
馬車から降りると、目の前にはとても綺麗な学舎があった。
白を基調とした構造で、名門の大学のような作りになっている。
「ほえぇ……」
流石は貴族だけが通う学校だ。あらゆる所に贅がこらされている。
思わず感嘆の息を吐いてしまった。
「邪魔よ」
すると、ドンと、後ろから何かに押され、前のめりに倒れそうになった。
その場から数歩足を踏み出す事で、何とか無様に転ぶことを回避出来た。
無意識に後ろを見ると、金髪の高圧的な美少女が、お連れの少女を数人連れて私を睨んでいた。
身に纏っている制服のリボンは赤色で、私は黄色だ。
確か赤色は最年長クラスが付けている色で、次に青、そして最年少に黄色だ。
なら目の前の少女は私よりも年上なのか。
まあ、精神年齢で言えば私の方が上なのだが。
「そんな所に立っていると、邪魔になりますわよ。また今みたいにぶつかられたくなければ、次からは気をつける事ね」
そう素っ気なく言って、私の横を通り過ぎていった。
てっきりいびられるのかと思ったのだが、あの子、案外良い子なのでは?
邪魔だったのは本心なのだろうが、高圧的とはいえ一応は注意をしてくれた。
てっきり『調子にお乗りではなくて?』的な、お嬢様いびりを食らうかと思ったが、その心配はなさそうだ。
△▼△▼△▼
校舎の中も、案の定と言うべきか、綺麗な作りになっていた。
歩く度にコツコツと、耳に心地よい音が鳴るから、ついつい小股で歩いてしまう。
教室は三階の階段を上ってすぐだ。
ちなみに、全学年を合わせても、生徒数は百いくかいかないからしい。
だから全部の学年はたった一クラスしかない。
まあ、金持ちか貴族しか通えないのだから、しょうがないのだろう。
席は自由なようで、皆思い思いの席に着いている。
私も、目立たないように一番後ろの更に端の席に陣取った。
アルテッドもいるはずなのだが、どうやらまだ来ていないようだ。
なら、教師が来るまで読書でもしていようと思い、鞄の中から本を取り出そうとし、
「ね、ねえ君! 名前はなんて言うの?」
顔を上げれば、そこには茶髪の少年がいた。
顔は、アルテッドには及ばないがかなりの美少年だった。
まあ私の趣味ではないので、とくにときめいたりはしない。
そんな風に考えていると、気づけば私の二十人ほどの生徒が私を囲んでいた。
八割ほどが男で、どうにも私にいかがわしい感情を抱いている気がする。
口々にいろんな事を聞かれているが、同時に喋られてはどれに答えれば良いのか迷ってしまう。
落ち着け。私は聖徳太子じゃないぞ。
いや、聖徳太子は十人だったから、その倍じゃないか。私に聖徳太子を超えろという挑戦状か? 無茶言うな。
そんな投げやりな思考で、かけられた質問に笑顔で返しているうちに、周りの人達を割って入る少年が目に入った。
その少年も、かなり美男子だった。
切れ長の目は、形容するなら鋭利な刃のようで、校門で出会った金髪美少女と同じ髪色と、彼女によく似た高圧的な雰囲気を纏っていた。
もしや、姉弟か?
「お前、名は何という?」
「エミリー・ブランド。エミリーと呼んでくれて結構です」
少年は、あくまで高飛車な雰囲気を崩さない。
初対面だというのに、この態度。もしや相当位の高い家柄か?
まあ、私より高い身分にいるのは王族だけなんだが。
まさかホントに王族? 王族って学院来るの?
「ふぅん。俺の名はビリー・ロンド。公爵家の出だ」
まさかの同じ爵位だった。
マジか。この国の公爵家と言えば三家しかないのだが、もう他の二家の息子さん達と面識が出来た。
ビリーもブランド家が自分と同じくらいの爵位だと気づいているのか、興味深げに私を眺めている。
他の私の周りを囲っていた子達と言えば、私達が自分たちより上の家柄だと解って、少し身を引いている。
爵位なんて気にしないで話しかけてくればいいのに。やはり貴族というのは難しいものだ。
ところで、このビリーという少年は何が目的なのだろうか。
見た感じは悪印象を持っていないはずだが、果たして。
ビリーが何かを言うのを待っていると、視界の端にアルテッドの姿が映った。
どうやらちょうど今着いたばかりのようで、鞄を肩にかけたまま、こちらの様子を窺っていた。
アルテッドとも話したいが、今はビリーの相手をする方がいいだろう。
そう思い、視線をビリーへと戻すと、ビリーは至って真面目な顔で、こう言った。
「お前、俺の元に嫁ぐ気はないか?」
その場が凍ったし、私とアルテッドは思いっきり吹き出した。
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