4話
「ん……。むぅ…………」
起きる。という行為は本当に自分自身が行っているのだろうか。
私はそう思わない。
起きたとき、「まだ眠い」「もっと寝たい」という欲求が必ずしも発生するものだ。
それなのに、何故わざわざそんな状態で目を覚ますのか。
人間の体というのは不思議だ。
私なら、永遠に眠ることを選ぶのに。
あ、決して死にたいとかそういうのではないよ。
昨日までなら死にたいと思っていただろうが、今は違う。
昨夜、母が私を甘えさせてくれた御陰で少し元気になれた。
まあ、少し恥ずかしかったが、エミリーとしての甘え方はあんな感じだ。
ぼやける視界の端に、忙しなく影達が動いている。
カチャカチャと、ティーカップとソーサが音をたてている。
私の侍女達が朝の紅茶と着替えの準備をしているのだろう。
ああ、起きなきゃな、と思うと同時に、もっと寝たいという矛盾した思考が頭の中でボンヤリと浮かぶ。
フワッと、紅茶の良い匂いが漂ってきた。
もう準備が出来たんだろう。
多分、あと数秒もしないうちに侍女の一人が私を起こそうとするだろう。
どうせ起こされるのなら、せめて一秒でも長く目をつぶったままで……。
「お嬢様、起きてください。朝食に遅れてしまいますよ」
無情にも、私の快眠を妨げられてしまった。
無念である。
朝食に遅れるのは流石にまずいので、私は渋々と起き上がった。
「おはようございます、お嬢様。調子はいかかですか?」
「んはよぉ……。大丈夫だよ……」
侍女に上体を起こされて、私はベッドの縁に腰掛ける。
紅茶の準備をしていた侍女にカップを渡され、柔らかい湯気が立ち上っている紅茶を一口、口に運んだ。
子供向けに、味付けが甘くしてある。
砂糖とミルクが絡み合って、喉がポカポカとしてきた。
相変わらず、この人達が淹れてくれる紅茶は絶品だ。
紅茶の温度も、私が火傷しない、さりとて飲むには温すぎない温度だ。
ゆっくりと紅茶を飲んでいると、侍女二人が私の髪を弄り始めた。
しばらくして、私の髪の毛はねじれ編みにされていた。
普段のポニーテールじゃないので、三つ編みにされた髪を指先でつ弄ってしまった。
「ねえ、なんで今日はポニテじゃないの?」
「お忘れですか、お嬢様。今日はお嬢様の許嫁であるバートリー家に顔合わせしに行くのですよ」
「あ……」
だからこんな凝った髪型なのか。
その言葉を、私はグッと飲み込んだ。
そうだ。忘れていた。
今日は私の許嫁と初めて会うんだった。
バートリー家。
ブランド家と同じく、公爵家の貴族だ。
だが、家柄で言えばブランド家より僅かに下だ。
その代わり、民からの人気としてはバートリー家の方が上である。
バートリー家は難民や金のない者に食料を支給したり、子供を集め、算術の教室を開いたりしていた。 貴族としては珍しく、と言ってはなんだが、民のことを本当に大事にしている良い人達なのだ。
まあ、だからブランド家の評判が悪い、という訳では無いのだが。
何故今まで会えなかったのかというと、何でも、私の許嫁がこの前まで病気で部屋から出られなかったそうなのだ。
詳しいことは解らないが、数日前に完治したようだ。
よかったとは思うが、もう少し気もちに整理がついてからにしてほしかった。
まだ佳奈への気持ちが完全に消えたわけじゃ無いのに……。
△▼△▼△▼
「ほら、エミリー。バートリーさんの家の馬車が来たわよ」
「ホントだぁ……」
窓の外には、家の庭に見慣れない馬車が止まっていた。
そこでは既に、父とバートリー家の当主――私の旦那さんのお父さんが話をしていた。
顔合わせは私の家で行われる。
そこでこれからのことを話したりするそうだ。
まあ、気分は乗らない。
そのせいで、母への返答がすごい間の延びた物になってしまった。
改めて、庭に止まっている馬車を見る。
よく見ると、もう一人、馬車の中に居る。
小さくて、女の子みたいな男の子がいた。
線の細い輪郭。小さい鼻。大きいな瞳。
全てが女の子のようだった。
不意に、男の子と目が合った。
私は目を逸らすこともせず、じっとその子と目を合わせ続ける。
男の子も、決して私から目を離そうとはしなかった。
その瞳に、私と同じモノを感じた。
――ああ、君もなんだね。
君も。
他に好きな子がいるんだね。
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