3話
なんかめっちゃはやく書ける。何故……?
喉が枯れるまで泣き叫び続け、不意に、涙が止まった。
――もう、疲れたな。
羽上琉生として生きるのも。もう、止めにしよう。
俺は……私は、エミリーだ。
過去は捨てろ。
私はエミリーだ。
なら、残りの余生を女として生きよう。
過去は足枷。未来は盲目。
いつだって先が見えない。
後ろだけしか、わからない。
………………。
だから、これで、最後だから。
「佳奈……。ホントに、ホントに、愛してるよ――」
△▼△▼△▼
「……………」
「……………」
そういえば今日は私の誕生日だ。
いつまでも辛気臭いのはダメかと思い、無理矢理笑顔を作っているのだが、どうも両親にはバレているような気が。
「え、エミリー。目が真っ赤だが、なにかあったのか?」
「な゛ん゛て゛も゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛」
「声もガラガラだけど……。もしかして泣いていたのか?」
「な゛い゛て゛ま゛せ゛ん゛」
父が心配しているような表情で問うてくるが、私は思いっきり頬を引きつらせながら笑顔を作った。
そんな私の気迫に押されたのか、父は「そうか……」と言ってこれ以上聞いてくることはなかった。
私のお着きのメイド達も心配そうに私を見ている。
こんな祝いの席で、当事者である私がこんな状態なのは申し訳無いが、どうか許して欲しい。
薄切りにされたローストビーフを口に運ぶ。
塩胡椒でよく味付けされていて、とても美味しい。
赤ワインで作られたソースともよく合っている。
美味しいな。
美味しいはずなんだ。
なのに、なんで。
(味がしないんだろう……)
皆に気づかれないように、こっそり涙拭った。
そんな私の様子を、母だけが、無表情で見ていた。
△▼△▼△▼
あの後、食欲が無くなったと理由をつけて、自室のベッドに飛び込んだ。
最高級のベッドが、柔らかく私を包んでくれる。
このまま寝てしまいたい。でも、お風呂にも入りたい。
私は枕元にあるテディベアの人形を抱き寄せる。
フワフワの毛の感触が心地よい。
と、ここまでして気づいた。
本当に嗜好が女性になっているなと。
少なくとも、琉生には人形趣味がなかったはずだ。
琉生が消えたことに満足感を覚えると同時に、やはり満たされないことに対して苛立ちを覚える。
ダメだ。考える度に死への渇望が際限なく溢れてくる。
考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな。
考えたくない。
なのに、脳裏に焼き付いて離れない笑顔。
思い出してしまう。
輝いて離れない、忘れてはならない。
ああ。いっそのこと。
貴女に出会わなければ――
「エミリー、起きてる?」
「――っ。はい、お入りください。お母様」
思考を中断し、居住まいを正す。
控えめにドアを押し開け、母は私の座るベッドまで近づき、静かに腰を下ろした。
しばらく、互いの顔を見つめる。
先に根負けしたのは私だ。
「あ、あの。お母様……?」
弱々しく尋ねると、母は優しく私の頭を撫でた。
子供をあやすように、優しく、温かく。
頭を撫でていた手は、離れたと思いきや、今度は頬を撫でてきた。
くすぐったい。
母の手の温度が心地よい。
もっと撫でて欲しいな。
そうして、先程からの暗い思考は、いつのまにかポワポワとした、温かいものに変わっていった。
「なにか、悲しいことがあったの?」
「――」
「隠さなくても解るわよ。貴女はどんなことがあっても、微笑みを絶やさなかったのに、今は違う。触れたら壊れてしまいそう」
母はそう言うと、私の鼻をツンとつついた。
「なにがあったのかは解らないわ。きっと、言えないことなのでしょう? なら、私に出来るのは一つだけ。――存分に甘えてきなさい」
そう言って、私をギュッと抱きしめた。
氷に覆われた心が、溶けていくのを感じる。
ああ。暖かいな。
どうして人の抱擁というのは、
こんなにも、
心が温かくなるのだろう。
なら、今まで通り甘えよう。
いっぱい甘やかしてもらおう。
眠くなるまで。
「膝枕して」
「頭撫でて」
「ほっぺ撫でて」
「もっかい頭撫でて」
「好きって言って」
「オヤスミのチュウをして」
「ええ」
「これでいい?」
「うん」
「はいはい」
「大好きよ。エミリー」
「オヤスミ。いい夢を見られるようにね」
「私を、一人にしないで」
「勿論。ずっと隣に居るわ」
ブックマーク、ポイントよろしくお願いします。