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第9話 脳みそグルグル(1)

 翌日、裕が目を覚ますと、まだ日の出前だった。

 トイレに向かい、用を足した後着替えを済ませて井戸に向かう。手と顔を洗い、洗濯を済ませて裕は部屋に戻る。途中で食堂を覗いて神官が何人かいるのを確認した裕は服をハンガーに掛けると食堂に向かう。


「おはようございます。朝ご飯を頂きたいのですが、どうしたら良いですか?」


 裕は丁寧に頭を下げて挨拶し、朝食を要求してみる。もちろん、日本語でである。


「ソルヴィンメ。」


 神官の一人が裕に向かって言う。裕が何のことか分からずに首を傾げていると、神官は同じ言葉を繰り返す。


「そ、ソルヴィンメ?」


 裕がオウム返しに言うと、これが朝の挨拶なのだろうか、他の神官も同じ言葉を返す。

 それに満足したような顔で神官の一人が立ち上がり、裕を手招きする。裕が従って奥に行くと、神官がトレイや食器を指して一つ一つ単語を発していく。裕が指差し復唱しながらトレイに食事を取っていくと、神官はとても満足そうな顔をして、戻っていった。


 朝食を食べていると、他の神官や子どもたちが「ソルヴィンメ」と挨拶を口にしながら食堂にやってくる。神官たちは雑談をしながら賑やかに食事をしているのに対し、やはり子どもは静かである。


 会話することも無いならと裕は食べ終わるとトレイを下げ、席を空ける。

 神官が何も言わないので、先に食べ終えることは問題ないのだろうと考え、裕は薪割りに向かった。


 作業場にはまだケンタヒルナは来ておらず、静かなものである。ケンタヒルナには片付けや掃除をするという考えがないのか、地面には木の屑が散らばったままになっている。


「掃除くらいしろよ……」


 不満げに呟きながら裕は箒を取り出し、木屑を掃き集めていく。

 集めた木屑をどうすれば良いのかは分からないが、取り敢えず集めておくのだ。

 裕はそれほどきれい好きとか潔癖症というわけではない。単に作業環境としては不適切、端的に言えば、斧や鋸を持って作業をしている最中に転んだりすれば危ない。それを心配してのことだった。


 軽く掃除を終えた裕は、丸太を引っ張り出す。六歳児である裕の腕力では、直径二十センチ足らずの丸太を引っ張り出すのが限度だ。

 手袋を着けて、鋸を手に作業を始めると、ケンタヒルナが現れた。裕が顔を上げて挨拶しても無言で睨んでくるばかりである。何を怒っているのか全く分からず、裕はため息をついて作業に戻る。


 ギコギコギコギコと玉切り作業を終えたら、鋸から斧に持ち替えて縦に割っていく。何という種類の木なのかは裕には全く分からないが、とてもきれいに割れやすく、割と楽しそうに作業を進めている。


 丸太一本の薪割りを終えて裕は一息つく。昨日よりも早い時間に開始しているうえに、作業ペースも上がっている。空を見上げ、太陽の位置を確認してみるが、お昼まではまだ時間がありそうだった。


 次の丸太を引っ張り出す。裕の腕力では、この作業が一番大変である。ケンタヒルナは手伝うどころか見向きもしない。えんやこらさと掛け声をかけながら、押したり引いたり転がしたりして、丸太を何とか作業位置まで運んでくる。


 玉切り作業は、台は使わず、丸太を地べたに置いたままでやる。丸太を台の上に持ち上げる腕力が無いのもあるが、裕の体格では台に載せると高すぎるのだ。


 鋸を手に、裕はふと思い出し、数を数えながら作業をすることにした。

 ハク・エン・サン…… とサンゴザ(二十八)まで数えるのを繰り替えす。まるでお風呂に入っている幼児のように。


 そんな裕をケンタヒルナが睨んでいるが、そんなことは全く気にせずに、カウントアップを繰り返しながら玉切り作業を進めていく。


 そして、玉切りが終わる前に昼の鐘が鳴った。



――

 バッドタイミングぅぅ。なんてこった。

 玉切りだけ終わらせて食事にするか、頑張って全部割るところまで済ませるか。


 少なくとも、中途半端に鋸を入れた状態で放置するのは嫌な感じだ。

 切りが悪いとは正にこのこと!

――



 とりあえず玉切り作業だけは終わらせることにして、裕は鋸に力を籠める。ケンタヒルナは相変わらず斧を振り回しているが、そちらはどうでも良い。


 裕が玉を切り終えて顔を上げると、既に神官が見に来ていた。棚に積まれている薪を見て、ケンタヒルナの様子を見ると、裕に声を掛けて手招きして歩き出す。


 もう良いから食事にしろということだろうか。裕は鋸と斧と片付けて、手袋を棚に戻して作業場を後にした。


 途中、井戸に向かい、手と顔を洗う。食事の前に清潔にするのは当然のことだ。裕は衛生意識が高いのだ。

 汗と木屑で汚れた顔を石鹸で流し、手拭を忘れたことに気付く。

……裕の衛生意識は大したことが無かったようだ。



 ベジタリアンな昼食を終えた裕は、作業場に向かおうとしたところでミキナリーノに捉まった。ぷんぷんと早口に何か言って、裕の手を引っ張っていく。誰がどう決めているのか、今日は紙芝居も無く、ひたすらお勉強の時間だった。


 ミキナリーノは裕に言葉を教えようと頑張っている。それが神殿の判断なのか、ミキナリーノ個人の判断なのかは裕には確認のしようが無かったが、とにかく生活に必要な言葉を叩き込まれることになった。


 まずは室内の色々なものを指して、その名称を覚えるところからだ。


 ミキナリーノ先生は、とても厳しい。勉強の時間は怠けることも甘えることも許されない。裕のほかにも何人か、文字や数字、算術を仕込まれている。

 トイレ休憩以外は全て勉強の時間とされ、夕食の頃には、みんな疲労困憊であった。




 裕が神殿生活を始めてから五日目。そろそろ、神殿孤児院での暮らしにも慣れ始めてきたかという頃合いである。


「全ッ然慣れへんわ! トイレの後、拭きもしないってどないなっとんねん! 飯は不味いわ、風呂は無いわ、やっとれへんにも程があるっちゅーの!」


 裕は、不満を、怒りを薪に叩き付けてどんどんと割っていく。しかし、裕に私の声が聞こえたのだろうか? 何の能力も無い子どもの筈なのだが……


 ケンタヒルナは相変わらずだ。ひたすら丸太に斧を打ち込んでいる。木材を無駄にしまくるのはどうなんだろう。神官は指導をしないのだろうか。それとも既に指導を諦めたのだろうか。


 裕も少しづつ言葉を覚えてきてはいるが、まだ単語を並べるだけで、文章表現になっていない。苦情を伝えるにはほど遠いレベルだ。悪口を言うことすらできない語彙力では何にもならないだろうと、無視を決め込んでいる。



 午前中は薪割り、午後からは勉強。この生活リズムは完全に固定化されてきていた。他の子どもたちは午前中は掃除や洗濯をしているらしい。


 薪割りは快調に進むが、勉強は進まない。

 当然と言えば当然である。紙も鉛筆も無ければ、自分用の教材も無い。日本の子どもたちのような勉強する環境など全くないのだ。



 紙と鉛筆があれば一時間でできるようなことが数日掛かる。

 無い物ねだりをしても仕方が無いとは分かっていても、裕のフラストレーションは大きい。

感想、ブクマよろしくお願いします。

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