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第8話 孤児と一緒に神殿ぐらし(2)

 神官に案内されたのは先ほどの食堂。子どもから大人まで、何人もの人が席についている。匂いから察するに、食事タイムに違いない。

 裕は神官に手を見せて、洗わせてほしいと言ってみる。

 分かってくれたのか、井戸まで案内してくれた。

 水を汲み、桶に移して洗い場に運ぶ。なんと不便なことか。ふと見ると石鹸がある。


 裕は石鹸を使って手と顔を洗って「サッパリしたー!」と言ってから気付いた。そう、タオルが無いことに。

 余りの不便さに落ち込み項垂れながら、食堂に戻る。神官は裕が落ち込んでいる理由が全く分からないようで、困った顔をする。


「分からないですよねー。分からないでしょうとも……」


 裕はひとり呟き、神官に促されるまま空いている椅子に座ると、男の子が食事の乗ったトレーを持ってきた。

 昼食のメニューは朝とあまり変わらない。神殿の食事はベジタリアンなのであろうか。肉や魚の類が入っているように見えない。主食はやたらと堅いパン。他の人を見ると、スープに浸けて柔らかくしてから食べるもののようである。


 食事をしながら、裕はふと気づいた。

 ケンタヒルナが来る気配がない。神官も普通に食べてるし、周りには似たような背格好の子も食事をしている。彼は昼食を摂らないのであろうか。

 そして、もう一つ。

 周りの子たちは何故か一言も喋らず、無言で食事を摂っている。食事が終わった子も雑談を始める様子がない。まさか、他の子どもたちもみんな言葉が通じないということないであろう。


 食事中に喋るのはマナー違反ならば、神官連中も黙々と食べているはず。しかし、彼らは普通に会話をしながら食事をしているのである。

 微妙な空気のなか、食事を終えて一息ついていると、どこかで鐘が鳴りだした。


 それを合図にしたかのように、というか合図なのだろう、端の神官からトレイを手に立ち上がる。

 下膳は、もしかしなくてもセルフのようだ。朝の食事は出しっ放しで席を立った裕は若干気まずい思いをする。だが、あれはケンタヒルナが引っ張っていったのが悪いのだと、自分を納得させる。


 大人たちから下膳を済ませ、それぞれ散っていく。子どもは偉い人の邪魔をしてはいけないのだろう。小さい子も大きい子も座ったままで順番を待っている。


 裕が次の指示を貰おうと神官の姿を探すが、もう既に行ってしまったようだ。子ども達も幾つかのグループに分かれて移動している。


「どなたか、私が何をしたら良いのか聞いている方はいらっしゃいますか?」


 言葉が通じないとか構わずに訊いてみる。このような場合、何もしないのが一番良くない。

 掛けられた声に振り向くと、十二、三歳くらいの女の子が手を上げて裕を呼んでいる。言葉はよくわからないが、たぶん、呼んでいるのだ。

 裕が近づくと、小さな子たちを連れて歩き出す。


「ふむ。この子らの子守をしろと言うことでしょうか?」


 裕は激しく勘違いをしている。六歳にしか見えない裕は、子守をされる側である。


 幼児の一団を連れた少女は、並ぶ部屋の一つに入ると棚から木箱を取り出した。

 何をするのかと見ていると、それは紙芝居のようだった。もっとも、紙ではなく木の板に絵が描かれているのだが。



――

 紙は無いのだろうか? それとも耐久性の問題で木の板が使用されている可能性もある。日本でも木製やプラスティック製の紙芝居は売られているし。

――



 裕が下らないことを考えていたら、少女に怒られた。

 少女はぷんぷんと早口に何か言ったあと、裕を指してあーうー言っている。きっと名前が分からないということなのだろう。


「好野 裕。」


 察した裕は自分を指して名乗ると、少女も同じ様にした。


「ミキナリーノ。」


 紙芝居が終わると沈黙が訪れる。とても気まずい。なぜか、だれも、一言も喋らないのだ。


 子どもってのは普通、騒ぐものだろう。この状況は一体何なんだと考え込んで、裕は今さらになって気付いた。

 ここにいる子はみんな孤児なのだということに。


 みんな元気がないのは分かるが、ただ黙っているのが辛くなり、裕は紙芝居を片付けるのを手伝う。昔、幼稚園で歌っていた歌を歌いながら。


「かたづけ、かたづけ、たのしいなー♪」


 子どもたちが一斉に顔を上げ、驚いたように裕を見ていた。ミキナリーノも手を止めてポカンとしている。


「え? あれ? 煩かったですか?」


 裕が戸惑っていると、ミキナリーノが何か必死に裕に訴えかける。


「片付け? 楽しいな?」


 何がまずかったのかと、裕は言葉を繰り返してみるが、反応は薄い。


「変な歌を歌うなと言うことですか?」


 では、変ではない歌を歌ってみよう。選曲は、幼児を相手にと言うことで童謡から。


「一番。チューリップ。」


 裕は子どもたちの前に座って手拍子をしながら歌ってみると、みんなが目をまん丸にしている。


「二番。およげたいやきくん。」


 裕は立ち上がり、高らかに歌う。童謡から、と始めたことは既に忘れている。


「ラストです! 三番。翼をください。」


 何故か、大盛況である。開けっ放しの扉から神官たちが覗いていたりもする。


 歌い終わった裕は軽く眩暈を感じ、激しいアンコールを振り切って部屋を出る。

 ミキナリーノまで手を掴んでくるので、裕は小声で告げた。


「ニーハオ。」


 ミキナリーノは目を丸くすると下を向いて手を放す。いったいどんな意味なのだろう? 首を傾げながら裕はトイレに向かった。


 裕は胸の不快感からトイレに来たが、今すぐ嘔吐するほどではない。とりあえず小用を足して井戸に向かう。そこで手と顔を洗い、水を飲む。サッパリするとともに、頭の靄も晴れていくようだった。


 裕が部屋に戻ると、ミキナリーノと子どもたちの間に木の札が並べられていた。

 様子を見ていると文字の学習のようで、「あ、え、い、お、う……」と繰り返している。

 並んでいる札は三十五枚。全て表音文字のようである。アルファベット二十六文字より多いが、平仮名四十六文字よりは少ない。


 ミキナリーノはさらに札を並べる。

「ハク、エン、サン、ギム、リズ、モト、ザト、ロナ、ワナ、ソー、ポー、ノキ、メイ、ジユ」

 零から数えて十三まで。まさかの十四進数である。

 余りの文化の違いに裕は項垂れる。



――

 どうせ一年が十四ヶ月なのでしょう。そして、一日は二十八時間なのでしょう。

 角度は一周で三百九十二度で直角は九十八度。

 そして、九九ではなくジユジユ。一の段は除外するとして、覚えるべきパターン数は十三×十二÷二。つまり七十八パターン。

 さらにそれが足し算と掛け算それぞれあるので、百五十六パターン。


 とにかく、まずは数字を覚えないと……

――



 半ばウンザリしながら、裕は呪文のように「ハク、エン、サン、……」を繰り返す。


 裕は、文字・数字との戦いに疲れ、立ち上がって伸びをする。



――

 勉強も良いけれど、子どもは外で遊ぶものではないですか? 天気も良いのですし、暗い室内に籠っているのも不健康でしょう。

 目いっぱい体を動かしていたほうが、嫌なことも忘れられるでしょうに……

――



 そんなことを考えながら、裕は窓から外を眺める。

 陽が傾いて影が伸びてきている。


「ゴムボールでもあれば色々出来るんですけどねえ。」


 裕は呟き、空を見上げる。今日もよく晴れている。空に向かってため息一つ。裕はホームシック気味だった。そしてその自覚があった。


「カルチャーギャップが激しすぎるんですよ。」




 夕食も粗食であった。やはり肉や魚は影も形もなく、味付けという概念すらないのか、塩の一つまみすら入っていない。それでも裕は、食事が出てくるだけマシだと思い、残さず平らげる。

 もともと、裕は味の薄い食事は大して苦にしない性質である。それでも不満に思うくらい、神殿の食事には味がないのだ。


 夕食が終わると、もう日没が迫っていた。神殿の居住部には照明が無いため、日が沈んでしまうと室内は真っ暗になってしまう。そのため神殿生活は、日の出とともに起きて、日の入りとともに寝るのが基本である。


 食事を終えて部屋に戻ろうとした裕は、神官に生活用品一式として替えの服・手拭・ナイフなどを渡された。

 あまり歓迎されていない雰囲気を感じていた裕は驚きながらもありがたく受け取って部屋へと戻っていった。


「歯ブラシはないのですね。」


 一式の包みを開けて見てみるが、タンブラーやナイフはあるものの、歯ブラシや歯磨き粉の類は入ってはいなかった。

 日本人の裕としては、食後、あるいは寝る前にくらいは歯磨きをしたいところである。


 裕はベッドに倒れ込み、半ば不貞腐れながら、どうしようか、と考える。

 現代日本で普及している歯ブラシが発明される前は、どのようにしていたのか? 江戸時代の人たちは歯磨きをしなかったなんてことはないはずである。諸外国でも、歯磨きはしていたはずだ。でなければ、みんな虫歯で大変なことになっている。


 何かあったはずだ、と裕は記憶を掘り起こす。


「思い出した、楊枝だ。爪楊枝じゃない方の!」


 ぽん、と手を打ち身を起こすと、部屋から出ていった。


 向かった先は、薪割り作業場だ。

 ケンタヒルナが大量に生産した木の破片を拾い、それをナイフで細く削って楊枝を作る。その先端を噛み潰してそれで歯磨きをするのだ。

 さらに、顔と手足を洗って、部屋に戻る頃には完全に日が暮れていた。


 こうして、裕の長い一日が終わった。

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