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第7話 孤児と一緒に神殿ぐらし(1)

 裕の目が覚めた。

 暗い部屋。薬の臭い。頭を振り意識を呼ぶ。

 裕には自分がどれくらい眠っていたのかは分かっていないが、丸一日以上眠っていた自信があった。


「ここは何所ですか? 化け物どもはどうなったのです?」


 誰にともなく呟き、ベッドを下りて窓を開けると、外は穏やかな青空が広がっていた。

 裕は視覚・聴覚・嗅覚をフルに使って外の状況を確認する。


 近くに戦闘の気配はない。血の臭いも感じられない。

 漂うは緑の匂い、そして料理の匂い。


「お腹がすいたでござる。」


 裕は呟いてポケットの中を探る。

 なんと、チンピラから盗んだ僅かなお金がなくなってしまっていた!

 戦いの最中に落としたのだろうか。


 痛恨の表情を浮かべながら、裕は部屋の中を改めて見回す。八畳程度の部屋に、ベッド以外の家具は何も無い。

 裕は部屋の扉を開けて、廊下へと出る。廊下は左右のどちらにも長く続き、似たような扉が並んでいる。


「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんか?」


 裕が声を張り上げ、呼びかけてみると誰かが出てきた。

 神官と思しき服を着た若い男である。裕を町から追い出そうとした人なのかは分からない。裕は人の顔を覚えるのが苦手であった。


 裕が廊下に出ているのを見つけ、神官は驚いたような顔をして近づいてくる。

 裕は半歩足を引いて身構える。ただし、相手を無用に刺激しないように戦闘態勢には入らない。


「ハナジルキホネェノ。」


 神官が何か言った。言葉が通じないことを思い出し、裕は和かに挨拶をする。


「おはようございます。」


 だが神官は変な顔をしているだけだった。


「グッドモーニング」「グーテンモルゲン」「ズドラーストヴィッチェ」「ニーハオ」「アニョンハセヨ」


 何か途中から意味が違っているが、裕の知っている限りの各国の挨拶を試みると、神官は一瞬だけ顔を顰めて「こちらだ」と言わんばかりに歩きだす。

 廊下を折れて進み、一つの扉を指すので、裕は開けてみる。そこが何の部屋なのか見た目では分からなかった。が、すぐに臭いで分かった。


「おトイレでございますね。」


 どう見ても水洗式ではないが、汲み取り式の酷い臭いもない。どんな仕組みなのか気になるところだが、今はそんなことは重要ではない。


 そう。今ここで最大の問題は、紙が無いことである!

 木の葉や砂など、用を足した後に使用するものは古今東西色々あるが、ここには何もない。


「いや、これ、マジでどうするの? 小は良いとして、大の後拭かないの……?」


 裕の疑問と不安は尽きないが、とりあえず、今は小だけ済ませることにした。


 そして。

 手を洗う所がない。室内のどこにも。


「不潔! なんというお不潔!」


 裕は泣きそうになるのを堪えながらトイレを後にする。一般家庭に水道がなく、共用の井戸を使用していることは分かっているのだから、手を洗う場所が離れていることくらいは事前に想像できてもよさそうなものである。

 それでもやはり用を足した後に手を洗うことができないのは、日本で生まれ育った裕にはショックが大きいものであるようだ。


 裕がトイレを出ると、廊下で待っていた神官が歩きだす。

 テーブルの並んだ部屋に入ると、椅子を引いて促してくるので、裕は素直に座ることにする。

 神官が奥に消えていき、戻ってくるとトレイを手に持っていた。裕の前に置かれたそれは、食事らしきものが載っている。


「食べて良いのですか?」


 裕が問うと神官は頷いている。


「その前に手を洗いたいのですが。」


 だが神官は、どうぞ食べてくださいと言わんばかりに手を差し出している。


 どうやら、食事の前に手を洗う文化も無いようである。衛生概念と言うものが欠落しているようにも感じるが、それにしては糞尿の処理は行われているのだ。裕には理解できない価値観である。

 裕は諦めて食事に手を付けることにした。

 堅いパンに焼き野菜、そしてスープ。栄養のバランスが悪い。肉も魚も無いメニューは、どう考えてもタンパク質が足り無さそうだ。もしかすると、この世界には栄養の概念も希薄なのであろうか。病気が切実なまでに心配である。


 そんなことを思いながらも、パンを齧り、スープに口を付ける。


――とても美味しくない。


 食べられない程ではないが、あまりにも原始的な調理だ。

 野菜やキノコを切って水で煮ただけ、調味料が入っておらず、これといった出汁も無い。子供がおままごとで作ったような代物である。焼き野菜もナスやカボチャを切って火で炙っただけだ。

 あまりにも酷い食文化である。衛生観念もデタラメだし、裕の頭の中は「日本に帰りたい」でいっぱいである。


 裕が食べ終わると、神官は一人の男を連れてきた。その男は、いきなり裕の袖を掴み引っ張る。


「一体何ですか? 挨拶もなしに失礼にも程がありますよ!」


 裕が強く抗議すると、通じたのか神官が男の腕を掴み、何やら言っている。


「ケンタヒルナ。」


 男の子がボソッと言うと、神官が苦い顔をして彼を指して繰り返す。どうやらそれが彼の名前のようだ。

 裕は自分を指して名乗る。


「好野 裕。」


 笑顔で言って裕は握手を求めて手を出した。ケンタヒルナは裕の手を取り、歩き出す。握手という文化は無いのか、ケンタヒルナが礼儀知らずなのかは定かではない。

 裕は、俯きながらケンタヒルナに手を引かれてついて行く。建物の外に出て、裕は少し不安になる。前回はそれで町の外まで連れ出されたのだ。それは本当にショックだったのだ。


 今回はさすがにそんな非道な真似はしないようで、丸太が積み上げられた場所に来た。

 ケンタヒルナは丸太の一本を引っ張り出し、斧を力いっぱい打ちつけはじめる。


「危ないなおい! 一体これをどうするのです?」


 だが、返事はない。

 裕は周囲を見回し、状況的に薪割をすれば良いのだと理解するが、だからこそケンタヒルナの行動が理解できない。

 伐採した丸太を短く切る作業、いわゆる玉切りは普通は(のこぎり)でやるものである。事実、斧が並んでいる横には鋸もいくつか置かれている。そして、作業用らしき革手袋も棚に並んでいる。


 ケンタヒルナは手袋もせず斧を握りしめ、掛け声とともに斧を振り下ろしている。

 斧が打ちつけられるたびに木の破片が激しく飛び散り、とても危険である。服から露出した肌に当たれば怪我もするし、目に当たったら最悪失明しかねない。

 斧を振り廻すケンタヒルナにドン引きしながら、裕はブカブカの革手袋を装着して玉切りを始める。もちろん、ケンタヒルナから可能な限り距離を取ってである。


 裕が丸太一本の玉切りを終え大きく伸びをする。横のケンタヒルナを見ると、親の仇とばかりに斧を振るっている。武術のトレーニングにも見えないそれは、ただの無駄な労力としか思えなかった。


「それ、本当に何をしているのですか? 筋トレですか?」


 ため息交じりの裕の質問は無視された。言葉が分からないにしても、振り向きすらしない無視っぷりに裕は少々不機嫌な顔をする。


 裕は普通に斧を振るい、薪割りを進める。キレイに割れやすい木は楽しい。丸太一本分の薪割りを終え、転がる薪を置き場に積み上げる。空を見上げると、太陽は天高く昇っていた。遠くで鐘が鳴っている。


「ふう、まだ丸太一本ですか。ノルマは何本なのでしょうねえ……」


 裕は一人呟く。

 もうケンタヒルナには期待をしていない。用具置き場の隅に箒があるのを見つけた裕は、木屑を掃き集めてから一度休憩を取る。

 一息ついていると、神官が現れて裕に問いかけてくる。



――

 この男は何を言っているのか?

 見た目、怒っている様子はない。

 ならば、単に進捗確認だろうか。ここに連れてきたのは仕事をしろってことなのだろうから。

――



「丸太を一本、私が、割りました。」


 裕は丸太、自分、割った薪を順に指して、最後に人差し指一本を立てる。

 しかし、神官は「わからなーい」という顔をしている。裕はもう一度丸太を指し、横に置いてある鋸と斧を指し、薪を指す。そして最後に親指一本を立てる。


 眉を寄せた神官は、ケンタヒルナをちらっと見る。そして、掃き集められた木屑を見て、最後に薪に近寄って見ている。

 何とか伝わったのか、神官はぶつぶつ言いながら、裕の使用していた斧と鋸を片付ける。そして手招きをすると、来た道を戻っていった。

 裕は手袋を元の場所に戻してから神官を追いかける。取り残されたケンタヒルナはひたすら斧を振るっていた。

感想などよろしくお願いします。

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