第5話 仏の子(3)
「やべえ! 爆睡した!」
裕は叫びながら目を覚まし、飛び起きる。
とはいっても、実際に眠っていた時間は千五百秒ほどなのだが、時計も持っていない裕にはそんなことは分からないのだ。
裕は急いで外にでて、周囲の様子を確認する。
影の向きやサイズは寝る前とそう大きくは変わっていない。
「ん? そういえば、一日の長さって何時間……? まさか百時間とかそんなことはないよね……?」
一人恐ろしい想像をして青くなる。
が、考えても意味が無いことは考えない! と三秒で気持ちを切り替えると、戦場に向かう。
相変わらず怒声だか咆哮だかが聞こえてくるので、戦いはまだ続いているのだろう。
裕はとりあえず井戸に向かい、喉を潤す。太陽は天高く昇り、その日差しが強い。気温も先程よりも上がってきている。
現在は摂氏二十八度くらいだろうか。湿度が低いため風が吹くと心地よい天気と言えるのだが、町の状況からして、あまりのんびりと寛いでいるわけにもいかないだろう。
だが、裕は散歩でもするような足取りで怒号のする方へと向かって行った。
ハンターの手によって大通りにバリケードが築かれ、その手前にオーガやオークが群がって暴れている。
音をたよりに裕が目指しているのはこの場所、ここがこの町の最終防衛ラインである。
近辺には矢を受けて蹲っているオーク、地に伏して動かなくなっている獣たちがある。その周りをゴブリンたちがキーキー喚きながら走り回っている。
現在は、どちらの陣営からも矢が飛んでいる様子は無い。
その百メートル以上も離れたところで、裕は様子を窺っていた。
減っているとはいえ、相手はまだ三十以上が残っている。しかも、残っているのは大きく強い物が多い。今までのようにゴブリンや狼と一対一ならばともかく、囲まれてしまえば勝ち目など有るはずがない。
裕は思考を巡らせる。
――
矢が刺さって倒れている獣がいる……、が矢を射ている者がいない。
既に矢が尽きたのだろうか?
今もバリケードの隙間から矢を射っている、ことはまず無いだろう。バリケード前には敵が密集しているのだ。あれなら槍で突いた方が効率が良いだろう。
さっきの詰所には、矢はまだ大量に残っていたはず。それを向こうに渡してやるのが得策だろうか。
この辺りに人の死体が見当たらないということは、弓兵はバリケードの内側にいるか、そこらの建物の中に隠れているか、死んでいるか。
ここらの建物の中を一々探し回ってなどいられないし、死んでいるなら探すだけ無駄。
ならば、バリケード内に居ることを期待して動いた方が良さそうか。
問題は、何を、どうするか。
矢を束で放り込んでやれば良いだろうか。他の重量級の武器を投げ込むのは危険だろう。やめておいた方が良いような気がする。
投げ込める場所は。あった。
バリケード手前の青屋根の三階建て。おそらく窓から投げれば届くだろう。
――
裕は急ぎ街門の横手にある詰所まで戻る。
スタコラと歩くこと約六百秒。裕は息を切らせながら、戸棚を開ける。
そこには束になっている矢と矢筒が並んでいる。
山刀を手に持ち、矢筒四つを抱えて詰所を出た裕は、再びバリケード方面へ向かう。
歩くこと約九百秒。目星をつけていた建物に忍び寄り、玄関の扉に手を伸ばす。
ゆっくりと引いてみると、幸い鍵は掛かっていなかった。鍵の確認せずに矢を取りに行ったのは失敗だったと反省しつつ、周囲を見回してモンスターに見つかっていないことを確認してから静かに扉を閉める。
扉を閉めると家の中は真っ暗だ。全ての窓は木製の扉で閉ざされており、ランプでも点けない限り、昼間でもかなりの暗さになってしまう。
裕は暗い家の中で手探りで階段を見つけると上階に上がっていく。
やっとのことで三階まで辿り着き、窓を開けてバリケードの様子を確認するも、内側の様子は見えなかった。
相変わらずバリケードのすぐ外でオークやオーガが騒いでいるということは、すぐ内側に人がいて何かしているのだと予測はされるが、それが何人くらいでどんなことをしているのかまでは分からない。
裕は矢筒をハンマー投げの要領でブン回し、バリケード内側へと放り投げる。放物線を描いて、矢筒がバリケード内に落ちていくのを確認して、二つ、三つと投げ込んでいく。
仕事を終えると一休みし、呼吸を整えてから一階に降りていく。建物の入り口から周囲の様子を確認すると、バリケードから離れたところにいるオークが一匹近づいてきていた。
裕が慌てて建物の中に隠れたその時、そのオークが悲鳴を上げた。
何事かと再び裕が外を覗くと、オークの背中から数本の矢が生えている。矢の供給を受けた弓士が戦列に復帰したようだ。
攻撃を受けたオークは怒りの形相で振り向き、敵を探す。背後を向けたその隙を逃さず、裕はオークに駆け寄り、膝裏の腱を狙って山刀の刃を打ちつける。
腱を切られて盛大な悲鳴を上げて倒れるオークに、裕は容赦なく襲い掛かる。迷いもせずに首へと止めの一撃を放ち、すぐさま次の敵に向かって投石攻撃をはじめた。
弓士が仕事をし、敵が全体的に混乱している今がチャンスなのである。
全力で投げた石が放物線を描き、ゴブリンの後頭部に直撃する。
「十六!」
石が命中した個体は倒れて動かない。裕に気付いて向かってくる三匹のゴブリンに向かって走り出す。調子に乗りすぎであることを自覚しつつ、裕はあえてそれを無視する。今ならば弓の援護も期待できる。その今、調子に乗らずして何時調子に乗ると言うのか!
裕は低く構えた山刀を左端のゴブリンに向かい振り上げるが、ゴブリンはその刃を受け流す。が、そもそも一撃目は相手の動きを誘導するためのもの。歪んだ笑みを受かべるゴブリンに向かってさらに踏み込んで袈裟懸けに切りつけ、その横を駆け抜ける。
悲鳴を上げて転がるゴブリンを無視して、二匹目へと突きを繰り出す。だが、やはり躱されてしまった。しかし、次の瞬間、裕は山刀から手を離してゴブリンの頭と腕を掴む。そしてそのまま大外刈りに持ち込んだ。
頭部を掴んでの大外刈りは、当然のように頭をそのまま体重を掛けて地面に叩きつける危険極まりないというか、相手を殺すための技である。当たり前だが柔道としては反則なので絶対に真似をしてはいけない。だが、裕が今しているのは殺し合いであり、柔道の試合ではない。
大外刈りで倒れ込んだ勢いそのままに転がって三匹目からの攻撃を躱し、急いで立ち上がると三匹目のゴブリンと対峙する。ゴブリントリオはもう残り一匹だけだ。
二呼吸の後、ゴブリンが動いた。裕の手には山刀は無い。先ほど放り投げたままになっている。その素手の子供に臆することは無いとでも思ったのであろうか。
ゴブリンが耳障りな奇声を上げて山刀を大きく振りかぶる。その丸分かりな攻撃軌道を見切って裕が動く。
裕がゴブリンの間合いに入る直前、ゴブリンの肩に矢が突き立った。
ゴブリンが悲鳴を上げて振り返っている隙に、裕は落ちている山刀を拾って突撃する。
走りながら大上段に構えた山刀を野球のバットスイングの要領で横薙ぎに振り抜く。裕の裂帛の気合いに誘われて上段防御の体勢に入っていたゴブリンは、防御も回避も間に合わずに腹を切り裂かれた。
うずくまり苦しむゴブリンを蹴り倒して頭を踏み抜き、先の意識を失っている二匹にも完全に止めを刺していく。
「十九!」
裕はさらに調子に乗ってゴブリンを釣り出しては倒していった。
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