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第4話 仏の子(2)

 凄まじい地響きは、門扉が内側に倒れたときのもののようだ。防壁内に雪崩込んでくる敵を見ながら、裕はその戦力を確認する。


 狼が十一、一頭どこいったのか、熊が何故か二に減っている。 オーク十六、オーガ七、ゴブリン二十以上。

 これをどうするかと裕は作戦を考える。



――

 ゴブリンあるいは狼だったら、一対一なら何とかならなくもないだろう。

 しかし、複数を同時に相手にするのはどう考えても無理だ。勝てるはずがない。一匹ずつ釣り出して、自分に有利な場所・戦い方で相手をすればなんとでもなる。

 武器はどうするか。槍や斧を取り扱うには腕力が足りていない。弓は矢が尽きた瞬間に役に立たなくなる以前に、まともに狙いもつけられないので却下。

 手頃なサイズの剣や鉈、投石用の紐や棒を探すべきか。

 兵士詰所に良い武器が有れば良いのだが……

――



 ふと見ると、ゴブリンが四匹、防壁の梯子を上ってきている。


「お前たち、莫迦なのですか? いや、莫迦なのでしょうね。」


 裕は通じないと知りつつも言葉を投げかける。

 防壁の上まで登ってきたゴブリンは、奇声を上げながら山刀のような武器を振り回す。


 それに対し、裕は冷静にゴブリンの間合いの外から槍で攻撃を仕掛ける。

 裕とゴブリンでは、そもそも得物の間合いが違う。そして、横に回り込むだけの幅がない壁の上では、槍の長さを活かして、懐に入れさせなければ負けることはない。

 複数の相手に取り囲まれたり不意打ちをされる心配も必要ない。これほど有利に戦える条件が整っていれば、そう簡単に負けはしない。ワザと攻撃を大きめに外して隙を作ってゴブリンを誘い込み、後ろに下がりながらのカウンターで致命傷を与える。


 意外と危なげなくゴブリン四匹を倒した裕は、ゴブリンの武器を確保して、ゴブリンを防壁の外に落とす。

 そして、大きく息を吸い込んでわざとに悲鳴を上げてみた。獣や蛮族というのは、悲鳴に群がるものだ。有利に戦える場所で撃破数を稼ごうと呼び寄せることを試みたのだ。

 そして、やってきたのは思ったよりも少なく、ゴブリン×三、そしてオークが一匹だった。


「お莫迦(ばか)さん、いらっしゃいませ!」


 ゴブリン三匹を余裕綽々で倒して、防壁の上で裕はオークと対峙する。


 とにかくオークの足元を狙って攻撃を繰り返す裕。その攻撃は貧弱でオークを倒すことなどできそうにないが、狭い壁の上で足元を狙われ、オークは間合いを詰めることができなくて苛立ちをみせる。


 互いに攻めあぐねている状況を変えたのは裕だった。

 突如、オークの横、何もない空中に向かって走り込んだのだ。


 咄嗟の反応でオークは体の向きを変えて足を踏み出し、いや、踏み外した。

 次の瞬間、オークは背中から地面に落ちていた。

 一方の裕は、積み上げられた荷箱の上に着地している。


「ジャンピングスピアスティング!」


 何やら謎の必殺技を叫んだ後、オークの胸の上に槍が深々と突き立てられていた。



 周囲に敵がいないことを確認した裕は、武器回収のために防壁の上に向かう。

「私の分は十分戦ったような気はしますが…… 他の住民はどうなったのでしょう? さっきから悲鳴が聞こえるということは大丈夫ではなさそうですが……」


 裕はゴブリンが持っていた山刀の素振りをしながら、町の様子を伺う。そしてふと、熊が一頭足りなかったことを思い出した。


「おーい、クマさーん、どこに行ったのですかー?」


 問いかけるが返事は無い。そして、壊れた門扉の前で倒れている熊を発見した。

 気を失っているだけならば、目覚めたら厄介だ。ということで転がっている槍を拾って止めを刺す。



――

 勝手に倒れていた熊はともかく、狼とゴブリン、オークは戦果のはず。もう十三匹も倒したのですから、少々サボっても罰は当たらないでしょう。

 なんか、怒声だか悲鳴が聞こえるような気がするけど、きっと気のせいだ。

――



 裕はそう考えて一旦休憩を取ることにする。


「自分は一人で戦っているのに誰も助けてくれなかったのだから、助けに行ってやる義理も義務も無い。」


 一人呟く。言っていることは確かに間違っていない。しかし裕は、自分が全く助けを求めてなどいなかったことには気付いていないようだ。

 六歳児である裕は、物理的にはどう考えても弱者のはずなのだが、弱者の精神は持ち合わせていない。目が覚める前の裕は三十四歳。厨二病が抜けきっていないオッサンだった。


 暫くの間、防壁の上に座ってやたらと晴れた空を見上げていたが、ふと立ち上がり周囲を見回す。どうやら喉の渇きと尿意を感じたようだ。


 防壁を下りて手近な家に入り、トイレを探す。が見つからない。台所の水道も見当たらない。何軒か入ってみるが、やはりない。


「上下水道が無いのか…… くそぅ。いや、マヂで(くそ)をどうするんだよ……」


 古代から下水道という概念は存在していたらしいのだが、ヨーロッパでは近世までは道端に人糞が転がっているのが普通だったという。だから、ある程度以上の規模の町は悪臭に覆われていたとか……

 だが、この町は汚物が堆積している様子も蔓延する悪臭もない。それは何らかのし尿処理が行われているということである。


 裕は仕方なしに物陰で用を済ませ、井戸を探す。常識的に考えれば、共用の井戸は使いやすい場所にあるはずだ。

 苦労することもなく井戸を見つけた裕は、埃や血に汚れた手足を洗い、喉を潤す。


 そして休憩ができる場所を求めて近くの家に入り、動きを止めた。


 血の臭い。そして、何者かが息を潜めている気配がそこにはあった。



――

 逃げ遅れた人が隠れているなら問題ない。けど、敵が隠れているならば、殺す。

 無理だったら逃げる!

――



 裕は、山刀を構えて気配に向かう。廊下には明かりがなく、玄関からの光では奥まで見通せない。薄暗い廊下を進み、ゴソゴソと何者かが動き回る気配のある部屋に近づく。半ば空いた扉から中を覗き、裕は即座に扉を閉めた。

 中にいたのは狼。獲物に気付いた狼は間を置かずに飛び掛かってきた。

 だが、扉が閉まる方が早かった。物凄い衝突音がして、扉が震える。狼が扉に激突したのだろう。

 一拍置いて、扉を開けると狼は再び突進してくる。


「面!」


 裕は大上段に構えた山刀を、渾身の力を込めて振り下ろす。

 狼は必殺の一撃を受けたものの、それでその突進が止まるわけでもなく、裕は壁と床に叩きつけられて呻く。



 少女は弟と一緒に部屋の隅で縮こまっていた。家の中に入り込んで来た狼が女中に飛び掛かるのを見て、弟と一緒に近くの部屋に逃げ込んだのだった。両親は現在、隊商を率いて遠方まで交易に行っていて不在の折のこの事態である。


 突如、激しい物音が家中に響き渡った。狼が吼え、激しい物音が続いている。

 恐る恐る扉を開けて様子を見た少女の目に入ったのは、部屋から飛び出てきた巨大な狼。そして、その体当たりを食らって吹っ飛ぶ子どもの姿だった。


 少女が動くこともできず、悲鳴を上げることすらできずに固まっていると、子どもが剣を手に狼に向かう。

 少女は信じられないものを見て愕然とした。

 狼が唸り声をあげ、子どもが吼える。剣と牙が、互いに相手の命を奪おうと何度も飛び交う。


 不意に狼の目が少女の方を向いた。息を飲み、少女は身を竦める。

 その一瞬の隙を突いて、子どもの剣が狼の腹を抉った。

 悲鳴を上げて転げまわる狼の喉元に子どもが止めの一撃を放って、戦いの幕引きとなった。


 大きく息を突いたのち、子どもは他の部屋の扉を開けて中を覗いていく。一通り部屋を覗いた後に、少女に手を振って家を出て行った。



 裕は歩きながら考える。



――

 逃げ遅れたのか、単にそういうものなのか、家の中に隠れている人間がいる。そして、それを探して襲おうとしている敵がいた。だけど、今の戦いの音に引かれて出てきた獣はいない。

 怒号の中心点、おそらく主戦場は、ここからは結構離れている。


 襲撃してきた敵の総数は六十から七十程度だったはず。そして自分が倒した敵の数は十四プラス一。

 あれ? もしかして既に二割近く倒してるのでは? まあ、弱い奴ばかりだけど。


 このくらいで満足して、あとは兵士たちに任せるか?

 何にしろ、まず休憩だ。さっきから全然休めていない。

 興奮レベルが高すぎて疲労度が分からない。けれど客観的に考えれば、相当に疲れているのは確かなはずだ。

 さっきの狼でダメージも受けている。

 肝心なところで動けなくなるのはマズい。どこかで休むべきだ。

――



 裕は大きな看板の出ている扉をくぐる。中に明かりはなく、人の気配もしない。ついでに、獣の気配もない。

 目を凝らしてみると、室内にはテーブルがいくつも並び、奥にはカウンターがある。

 足を踏み入れて、ソファか何かないかと探していると階段を見つけた。

 二階に上がってみると、廊下の左右に扉が並んでいる。

 裕は、ノブに手を掛ける。鍵は掛かっていない。中に入ると、二段ベッドが並んでいた。


「失礼しまーす。」


 裕はベッドの一つに横になると、やはりかなり疲労していたようで、急速に眠りに落ちて行った。

感想・評価・ブクマをおねがいしますだ。

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