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第3話 仏の子(1)

 裕は防壁の上に身をかがめながら外を見回す。


 意外なことに、獣や魔物どもは道なりやってきている。

 何でだろう? と裕は首を傾げるが、そんなことは考えても無駄だと三秒で思考を切り替える。


 さて、遠目に見た限りでは、オークやゴブリン、オーガ達は手に棍棒らしき武器を持っているが、弓などの飛び道具を持っているのはいなさそうである。

 ならば防御は考えない。あいつらは近距離専門! と決めつけると裕は堂々と立ち上がり、大きく深呼吸をして、矢を番える。


 彼は高校時代、弓道部に所属して大会では優秀な成績を収め、といったエピソードは無い。高校時代は帰宅部だったし、弓なんてやったことがない。当然、狙いのつけ方も分からなければ、そもそも矢がどれだけ飛ぶのかも威力の程も分からない。

 だが、とにかく今はやってみるしかないのだ。


「当たれーー!」


 裕は叫んで矢を放つ。

 だが、スキル『弓術』レベル十とか、そんな都合の良いモノも無い。私はそんなチート能力をホイホイと与えるほど安い神ではない。

 これはゲームではないのだ! 真剣にやってもらわねば困る。

 まあ、そんなわけで、初心者の裕の矢は、無情にも明後日の方向に飛んで行っただけだった。


 だが、何度かの失敗からある程度は学んだようで、狙い通りに狼の群れに向かって矢を放てるようになってくる。素晴らしい学習能力だが、いくら学習能力が高くても、訓練もなしに動いている相手に矢を命中させるなど、できるはずがないのだ。


 裕は開き直って、当たろうが、外れようがお構い無しで、次々と射かけていく。まぐれ当たりに期待をした、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる作戦である。

 持ってきた半分以上を撃っていると、運良く数本は当たったようで、時折、狼の悲鳴が上がる。

 しかし、群れ全体の勢いは弱まっていないどころか、先頭を走る一番大きい狼は雄叫びを上げて加速してくる。


 そして。


 大狼が跳躍する。高さ五メートルはある防壁の上に立つ裕に向かって。

 だが、裕は恐れも慄きもぜずに大狼を睨み弓を引く。


「飛んで火に入る夏の虫ィィ!」


 叫んで至近距離から、大きく開かれた狼の口の中を狙って渾身の矢を放つ。

 そのまま横に倒れ込みながら狼の腹を力一杯蹴り上げて、狼をそのままの勢いで防壁の内側に落とす。


 悲鳴とも雄叫びともつかない鳴き声をあげる大狼のことは無視して、裕は立ち上がると直ぐ外に向かって弓を構える。

 恐ろしい合理判断だ。

 大狼の動きとして考えられる可能性は大きく三つある。

 一つ目は、大狼は致命的なダメージを受けていて、もう戦うことはできない。

 二つ目は、多少のダメージはあるものの、五メートルジャンプは不可能。

 三つ目は、ほとんどダメージは無く、再度ジャンプして裕に襲いかかることができる。


 一番目なら何の問題もないし、二番目でも、少々放っておいても直ちに大きな問題にはならない。当面の危険は排除できたと言えるだろう。

 問題は三番目だ。この場合は、裕には事実上、打つ手が無いことになる。至近距離からカウンター気味に打ち込んだ矢が効かないならば、もはやどうすることもできない。


 したがって、考えるだけ無駄、ということなのだ。



 壁の外では、大狼に倣って後続の狼も次々とジャンプするが、防壁の上に届くことはなく壁に激突して落ちていく。

 勝手にダメージを受けて、動きを止めている狼に向かって裕は直上から矢を放っていく。情けも容赦もないが、当然だろう。

 裕の矢を受けて二匹が悲鳴を上げ、残りの狼も逃げるように遠ざかっていく。その狼を無視して、裕は熊に狙いを定める。


 門に向かって体当たりをしているのは、豊かな灰色の毛並みを持つ、体長二メートルは軽く超えている巨大熊だ。

 矢を三本ほど射ってみるが、この熊に通用しているようには見えない。裕は熊を狙うのは諦めて、その後ろのオークに向けて残り少ない矢を射かけていく。


「あ、やっぱりダメですね。」


 矢を全て撃ち尽くし、裕は空になった矢筒と弓を捨てると、防壁の内側に降りて別の武器を探す。

 とは言っても、剣では敵に届くはずもないし、斧は重すぎる。結局のところ弓か槍しかない。


 裕は兵士が捨てていった槍を拾うと、低い唸り声に振り向く。道端に転がり苦しみもがいていたのは先ほどの大狼だった。どうやら、一番目の可能性だったようだ。


 大狼にゆっくり近づき、裕は持っていた槍を突き刺す。

 狼が動かなくなるまで何度も突き刺している裕の頭に、「狼 刃物でメッタ刺し」という新聞の見出しが過ぎる。


 既に無力化されている狼に、今とどめを刺す必要は無い。放っておいても、数時間後には死ぬだろう。

 そんなことは裕には分かっている。それでも裕には、今、止めを刺すべき理由があった。


 簡単なことである。

 槍が武器として最低限の機能を有するかの確認、そして、生き物を殺す経験をしておく、ということだ。


 裕は今までハエや蚊、アリなどの小さな虫しか殺したことがなかった。目の前に牙や刃が迫っている時に、()()()()で手が弛むことがあれば、それは死を意味することになる。


 たがら、ある程度安全な所でそれを乗り越えておく必要がある。そう考えた上でのことである。



 裕は門扉を見て、まだ少し持ちこたえられそうだと判断し、槍を抱えて再々度防壁に登っていく。


 防壁上から外を見ると、狼や熊から少し遅れていたオークやオーガが既に壁に取り付いて、棍棒や剣らしき武器で壁や門扉を殴りまくっている。少し離れたところに、狼が一匹倒れている。不運にも裕の矢が命中してしまった奴だ。


 雄叫びを上げて物凄い勢いで棍棒を振り廻しているオーガの一団は怖いので避けて、裕はオークの頭上から槍で突く。

 予想通り、痛手を与えるどころか当たりもせず、嫌がらせ程度にしかならない。しかし、オークの意識を裕に向けるには十分だった。


 裕は槍を繰り出しながら門扉から離れる方向に防壁の上を移動していく。その動きにつられ、数匹のオークが裕に向かって叫び、棍棒を振り回す。裕も何とかオークの目でも潰せればと必死に槍を突きだすが、子供の力などたかが知れたもの。細かく狙いを定めての攻撃など、そう上手くできるものではない。


 結局、体力の無駄だと槍を戻して睨んでいると、オークが肩車をしはじめた。そうすれば攻撃が届くとでも思ったのだろうか。


「莫迦なの?」


 そう。それは格好の的だった。

 二匹の協力プレイで攻撃力二倍! になんてなるはずがない。安定感を失い、振り回す棍棒にも力が入っていないし、移動速度も遅くなっている。

 少し高いところに手が届くようになっただけで、それ以外の要素は全部ガタ落ちで、どう考えてもデメリットの方が大きいのだが、オークの知能ではそんなことも分からないのだろうか。


 肩車オークが近づいてくるのを待ち、裕は改めて槍を繰り出す。こちらも力なく、よろよろとした突きだが、狙い違わず上のオークの首を捉えた。


「ラッキー!」


 裕は自分の戦果に満足して、そろそろ撤退しようかとも考える。一人で五匹も退治しているのだ。十分すぎる働きのはずだ。


 身を隠す場所は無いかときょろきょろと見回していたその時、轟音が響き、門扉が破られた。

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