第23話 旅立ちの季節(5)
裁判が終わり、ミキナリーノが手招きをしているのが見えた裕は、裁判官たちに一礼してからそちらに向かう。そして、ミドナリフフに隊商と一緒にと誘われるが、裕はそれを断った。
「三日以内に出なければ、良くないことが起きるらしいです。」
ミドナリフフはそれを言う裕の表情を見て、諦めた。脅され怯えているのであれば、引き下がるつもりは無かった。だが、裕はそんな様子は欠片も無く笑顔で自分の境遇を受け入れているのである。
「せめて送別会を開かせてくれ。」
ミドナリフフの言葉に、裕は目を輝かせて肉を所望した。
神殿の食事はとても質素なのだ。現代日本の食事に慣れた裕にはとても物足りなく寂しいものであった。もっとも、一般庶民の食事は同様に質素なのだが、裕はそんなことは知らない。
この地域では肉を得るために家畜を飼育するということはされていない。多くの肉は狩猟で得たものなのだが、その主な狩場である森は骸骨兵の騒ぎで鳥獣がいなくなってしまっているために、肉の流通量は極端に少なくなっていた。
そのことをミドナリフフに説明され、裕はがっくりと肩を落とした。
裕の送別会は魚料理がメインに据えられていた。
ハンター組合、農業組合、商業組合の各支部長が資金を拠出することとなったため、かなり豪勢な食事が振る舞われる。
魚を香草で包んで焼いたもの、木の実を挟んで焼いたパイ、野菜と魚のマリネ、そういった文化的な料理と言えるものを目にして、裕は目を潤ませる。
食事をしながら、ミドナリフフは気になっていたことを裕に訊いた。紙が不完全であることについてである。
「材料や道具。後何が足りないのだ? どのような工程が必要だ?」
裕はこれまでにそんな質問を受けたことが無い。裕の作る紙は、この町で一般に知られている羊皮紙と比較して決して劣ってはいない。
「最高の紙を作る手順をお伝えするのは構わないですが、その方法だと作るのに九十八日掛かります。」
驚いたミキナリーノが横から口を出す。
「そんなに? 今は四日で作っているじゃない。」
裕は笑いながら答える。
「普通はそれで十分ですよ。」
ただし、と裕は付け加える。板と簀を良いものに替えれば紙の品質は上がる、と。
翌日、裕は旅に必要な物を買いに町に出る。背負い鞄やナイフや小型の鍋などアウトドア用品を揃えなければ、町を出たら次の町に着くまで食事すらできない。
テントを背負うのは不可能だと諦めた。重力遮断を使える裕に重量は関係ないのだが、嵩張りすぎると運び辛いし、風に煽られるのは防ぎようが無い。
諸々合わせると銀貨二十八枚にもなったが、褒賞の金貨十四枚からすれば大したことはない。まだ金貨十三枚に銀貨七十枚残っているのだ。
神殿の部屋に戻った裕は、荷物の整理をする。神殿から支給されていた服やナイフを返却し、最初から履いていたサンダルを処分する。そして、自分用にと確保しておいた紙を出し筆を執る。七枚を使ってミキナリーノに異国の知識の補足と発展のさせ方を。他三人に一枚づつ知識に関して補足と注意事項を。
すべきことを全て終えた裕は、三人に向けた手紙を持って子ども部屋に向かう。裕は明朝早くに町を出る予定であるため、子どもたちとの時間はこれが最後になる。
夕食後、裕は製紙作業場に来ていた。現在の製紙方法を試してからちょうど三ヶ月。改めて見回すと中々に感慨深い。特に漉き枠と板はど根性の力作である。
「またこれを作るのか?」
裕の背後から声が掛かる。
「たぶん、これとは違うものを作ると思います。」
裕は正直に答える。
ここにあるのは、高品質で大判の紙を作ることなど全く考えていない、いわゆる『子ども向け』の物だということ。
次にやるときはもっと大掛かりな、大人を雇用することも視野に入れた事業になるだろうこと。
神官は声を上げて笑う。六歳の子どもが大人を雇って事業を行うなど聞いたことがない。だが、不敵に笑うこの黒髪の子どもならばできてしまいそうだった。
日の出前。
東の空が白みかける頃、裕は目を覚ました。
裕は荷物の見直しをして扉を出る。無人になった部屋に一礼し、扉を閉める。大礼拝堂に着くと、神官達が勢揃いしていた。
「おや、みなさん。おはようございます。」
裕は、神官達に挨拶をすると、神殿の祀る主神の像に向かい、礼をする。軽く黙禱を済ませ、神官達に向かって礼をする。
「今までお世話になりました。」
裕はこの国の言葉で言い、日本語で繰り返す。
神殿を後にした裕は、街門に向かって歩く。東の空が眩しい。日の出はもう直ぐだ。夜中に雨が降ったのだろう、水溜りの跡が残っているが、空は良く晴れている。
「ヨシノゥユー!」
朝っぱらから近所迷惑な大声が上がる。ミキナリーノである。裕は苦笑いしながら歩み寄る。
「本当に行っちゃうの?」
裕は黙って首肯し、紙の束を取り出す。四十九枚の紙には細かい文字がびっしりと書かれていた。数学に物理学の初歩からはじまり、紙や材料加工の技術的なことが。
「お父さんと一緒に読んでください。」
目を丸くするミキナリーノに、裕は笑いながら言った。
「これで、この町でやる事は全て終わりです。ミキナリーノ、今まで本当に色々とありがとうございます。」
言って、裕は深々と頭を下げる。
「では、お元気で。」
裕は再び歩き出す。
もう夜は明けている。街門も開いているだろう。
裕は歌を口ずさみながら歩く。
重力遮断魔法で飛んでいくなんて無粋なことはしない。
旅立ちとは、自分の足で行くものである。
裕の冒険は、今始まった。
これで終わりだけど、まだまだ終わらぬよ!
『チート能力が無くても無双する!それが異世界ライフでしょ!』に続きます!
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