第22話 旅立ちの季節(4)
町を一望できる小高い丘の中腹に領主邸は築かれている。裕を連れた一行は、そこに向かっていた。
兵士達は裕を囲みつつも、少し距離を取っている。彼らも裕の実績は聞いている。裕の力を恐れないはずが無い。
「私が本当に暴れたら、どうするおつもりだったのですか?」
裕は余計な事だと思いながら聞いてたが返事は無い。
「いえ、暴れませんよ。あなた達が大人しくしていれば。」
それは自分達への脅しととらえ、兵士達は身を固くする。平然と余裕の笑みを浮かべている裕と比べると、どちらが連行されているのか分からない様相である。
「恐ろしいと思うなら、仲良くして味方にした方が良いと思うんですけどねえ。」
誰にともなく言う裕の言葉に、ミドナリフフは笑って言った。
「君は商人に向いているな。力のある者とは可能な限り友好的な信頼関係を築いた方が良い。全く同感だよ。」
「敵を増やして良い事ってあるんですか? 私には分かりません。」
「私にも分からないな。敵は少ない方が良い。」
裕とミドナリフフの雑談を、兵士達が恨みがましい目で見る。兵士とは別に戦闘狂なわけではないのだ。敵なんていない方が良い。命を張るのは彼ら自身なのだから。
審議場に着いた裕は、中央に行けと言われたので、そこにある台に座る。未だかつてそこに座った者は無い。そんな事は知らない裕は、自由であった。
隊長は何か言いかけたが、此処に連れて来るまでが彼の仕事であり、暴れだしたりもしない限り、その行動に口出しするものではない。
兵士達が審議場を出て持ち場に戻ろうとすると、傍聴希望者の一団とすれ違う。各種組合の幹部がいることに驚きはしたが、特に何をするでもなく、そのまま通す。
兵士達はヨシノゥユーの審議が非公開という話も聞いていないし、大勢の傍聴者がいるのも珍しくはない。武装してもない者を拒む理由など無いのだ。
審議場の傍聴席は人で溢れていた。ミキナリーノからの報せを受けた商業組合から各方面に速やかに伝達され、極短時間で驚くほどの人が集まった。そんな中、裕は中央の台に座ったまま、周りの様子をみていた。
裁判官が開始を告げると、場内が静まり返る。
「ヨシノゥユー、起立せよ。」
裁判長が苦々しい顔で言う。かつてこの様な態度の罪人がいたであろうか。太々しいのか、子ども故に単に何も分かっていないのか。
裕は、言われて立ち上がり、真っ直ぐに裁判官の顔を見る。
「ヨシノゥユーで間違い無いな?」
裁判官の問いに、裕は肯定の返事を返す。
「お前は何所から来たのだ。」
裁判官がさらに問う。裕は神殿の正式名称も住所も知らないことに今更気付いて言葉に迷う。
「えっと、神殿から来ましたが……」
裕の返答に、傍聴席から爆笑が上がる。
裕は話の流れ的に、この質問は取り違え防止のための一環としての住所確認であると認識したのだが、この国の裁判では被告の住所確認などのプロセスは無い。裁判官の意図としては裕の出身国・地域を問うているのだ。
……裕には全く伝わっていないが。
「お前は何故此方に来た?」
裁判官は怒りの混じった声でさらに問う。しかし、やはり裕には意味が分からない。
「何故って、そこの兵士さんに来いと言われたから来たのですが。」
「どうやって来た?」
「普通に歩いてきましたよ。飛んだりはしていません。」
噛み合わない問答が続く。傍聴席に笑いの嵐が吹き荒れている。
「貴様は私を莫迦にしているのか!」
裁判官の怒鳴り声に場内は静まり返る。
「私は莫迦になどしていません。あなたが愚かなだけです。」
もともと裕はこの決め台詞を、数か国語で言うことができる。今ではこの国の言葉もその一つに入っていた。
得意満面の裕であるが、場内は凍り付いていた。
「ヨシノゥユーを某国の工作員と判断し、打首とする。何か申し開きはあるか?」
沈黙を破った裁判長の発言に、傍聴席から一斉にブーイングが飛ぶ。裕はと言えば、言葉が半分も分からず、どうしたものかと考え込んでいる。
「静粛にせよ!」
裁判官が机を叩きながら何度も叫び、やっとブーイングが収まる。
腹立たしく思っていても、裁判長は、自分が、そしてこの町が裕の怒りを買うようなことは避けたかった。領主は打首にせよと言うが、それは現実的に無理がある。
恐ろしい化物を倒したと言うこの子どもが本気でその怒りを撒き散らしたのなら、どんな被害がでるのか想像がつかない。
「ヨシノゥユーがこの町に来たその日にモンスターの襲撃があった。これは偶然なのか?」
この嫌疑に関して、誰も肯定の根拠も否定の根拠も持っていない。
原告側の主張は『モンスターを嗾け、町を襲った凶悪な者』であるが、その根拠は無い。
被告側の主張は『モンスターと戦い、町を守った善良な者』であるが、やはりその根拠は無い。
ならば、釣り合う程度の賞と罰の両方を与えてしまえば、なんとか上手く治まるのではないか。
打首は論外だが、百叩きでは見合う賞が思いつかないし、何より絶対に領主が納得しない。
裁判長が必死に脳みそをフル回転させて考えた結果、領外への追放と褒賞金の授与という結論に達した。
端的に言えば、立退料を払うから出て行ってくれ、ということである。
そこへ至るための幾つかの問答を経て、裁判長は判決を言い渡した。
町を襲い脅かした懲罰として、領外への追放を。
ただし、町を守り救った褒賞として金貨十四枚。
金貨十四枚は、銀貨にすると一三七二枚、銅貨だと二六万と八九一二枚だ。一人暮らしの子どもなら、二年くらいは生活できる金額である。旅費、そして着いた先での生活基盤を整えるための資金としては十分である。差し引きゼロどころか、賞の方が上回っているかも知れない。
裁判長は報奨金を革袋ごと裕に渡し、小声で告げる。
「済まないが、三日以内にこの町を出て行ってほしい。そうすれば誰も傷つかずに済む。」
そして裁判長はドヤ顔で裁判終了を告げる。傍聴者たちは、一体何がどうなっているのか分からずに呆けた顔を見合わせているのだった。
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