第21話 旅立ちの季節(3)
ミキナリーノとミドナリフフが応接室で話をしているころ。
章旗を掲げた十数名の兵士が神殿の前に現れた。彼らは領主の抱える正規軍である。
「ヨシノゥユーを引き渡して貰いたい。」
隊長が告げると神官達は顔を見合わせる。いくら彼らが裕を疎ましく思っていたとしても、理由も示さずに「引き渡せ」と言われて応じることはできない。
言われたからホイホイと応じていたのでは、彼らの立場が落ちるばかりだ。領主や貴族たちからの怪我や病気の治療要請も、ちゃんと謝礼を要求しているし、今まではそれは支払われてきている。
理不尽なことでも命令すれば言うことを聞く。
それを一度通してしまえば、その後、謝礼が支払われることはなくなるだろう。
そのようなことは避けなければならない。
そうは言っても、領主の兵が来ているのを無視することはできない。来客中であるとは知っていても、神官長への報告に走ることになる。
急な報せを受けると、神官長も慌ててやってきた。
「一体何ごとですかな?」
「ヨシノゥユーがこちらにいるのは間違いないですな? 彼に他国の工作員の嫌疑が掛かっている。」
神官長の問いに、硬い表情を崩さずに隊長は答える。
「そんな莫迦な。あれはまだ幼い。あんな子供を工作員にして、何ができるのでしょう?」
「今すぐにヨシノゥユーを連れて来たまえ。」
傍らにいた神官が反論するのを遮り、神官長が命令する。
――領主が何を考えているのかは分からないが、自分達が恨みを買わずに済ませられるならば都合が良い。
そう考えた神官長は、内心を悟られぬよう顰めた表情を作る。
「あれが何か悪さをしているようには見えなかったが、領主様が疑われるのならば仕方あるまい。本人にやましいところが無いのであれば、堂々と取り調べを受ければよいのだ。」
そして、神殿としてはおかしな人物を匿うつもりはないと言いながらも、協力する見返りを暗に要求する。
神官長とは中々したたかな人物のようだ。
程なく、神官が裕を伴って戻ってくる。
「貴様がヨシノゥユーか。領主の名の下に貴様の身柄を確保する。一緒に来てもらう。」
隊長が一方的に宣言し、数人の兵士が裕を取り囲む。子ども相手に厳重なことだが、町での噂からすると、これでも足りないくらいだろう。
「お断りします。と言ったらどうしますか?」
状況が分かっているのか分かっていないのか、裕は兵士達を見回して言う。
兵士達が一斉に緊張した面持ちで身構える。隊長は無言のまま裕を睨みつけている。だが、口元は引き攣り、焦りの色がありありと見て取れる。
一触即発の圧に呑まれて神官達が身動きすらできないでいると、ミキナリーノとミドナリフフがやって来た。
「一体何があったのですか?」
怪訝な表情で兵士たちを見回しながらミドナリフフが問う。
「罪人を捕らえています。危険ですので下がってください。」
隊長が怯えたような掠れた声で返す。そんなに裕が怖いなら、敵対しなければいいのにと思うのだが、彼も仕事なのだろう。
「ヨシノゥユーが何をしたって言うのですか?」
そう問うミキナリーノに、神官長が一喝する。
「子どもには関係無いことだ。さっさと退がれ!」
「関係あります。私は昨日までその子の面倒をみていました。彼は罪人と言われるようなことなどしていません。」
丁寧な言葉は崩さず、しかし口調を強めて言う。
「ヨシノゥユーには工作員の嫌疑が掛かっている。」
隊長は先程の言葉を繰り返した。
「それはどういう事ですか? 彼は先日町を救ったのではなかったのかな? 我々の恩人を不用意に罪人呼ばわりしないで頂きたいのだが。」
ミドナリフフの言葉に何か思う所があったのか、隊長は軽く頭を下げる。
「済まないが私も話を詳しくは聞いていない。申し開きは裁判の際にしてくれないだろうか。」
隊長の言葉に納得はできないが、これ以上ここで言い争うメリットは無い。そもそも、隊長には裕を連れて行くという選択肢しかないのだろうから。
「では、私も同行しよう。」
「私も行きます。」
そういうミキナリーノに、ミドナリフフはそっと言った。
「いや、ミキナリーノは組合に行って、組合長にこの事を伝えてくれ。味方は多いほうが良い。」
ミドナリフフの言葉に、ミキナリーノは町へと駆けだす。
――やはりお転婆は治っていないな。
走り行く娘の後姿を見て、父親は一瞬だけ目を細めて、隊長とヨシノゥユーに言う。
「では、行きましょうか。」
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