第20話 旅立ちの季節(2)
「それで、そのヨシノゥユーはどのように扱われているのだ? いや、神殿の世話になっていることは聞いている。その、評判とか、どう思われているのかなど……」
声を落とし、ミドナリフフが訊く。それに対しエミフィルテは少し考え込み、「難しいな」と前置きをする。
「まず、我々商業組合の立場としては、彼を歓迎し、友好的な関係を築いていきたいと思っている。もっとも、敵を作りたい商人など居るはずも無かろうが。」
エミフィルテはさらに言葉を続ける。
「だが、世の中には、大きな力を持つものを恐れ、嫌う者がいる。功績を上げる者を妬む者もいる。大きな声で誰とは言えぬがな。」
ミキナリーノが眉を顰め、唇に指をあてながら小声で言う。
「小さな声で教えてください。」
苦笑しながらもエミフィルテは手招きをして、ミドナリフフとミキナリーノが顔を寄せる。
「一番は領主様だ。噂が本当なら、領主の兵ではヨシノゥユーに勝てぬからな。」
目を見開き、声を上げようとするミキナリーノを手で制してエミフィルテは続ける。
「次は神官長様だ。あの方はヨシノゥユーが魔の者ではないかと疑っている。」
組合で話を聞くと、状況はかなり悪そうであった。
ヨシノゥユーに直接的に助けられた者、家族や友人を救われた者、感謝している市民も多くいるがそれが全てではなく、市民の中にも気味悪がる者、恐れる者もいること。神殿の中も神官長をはじめとした排斥派の方が多いこと。
そして、領主は完全に排斥派であり、いつどんな難癖をつけてくるか分かったものではないこと。
ミドナリフフは一通りの情報を得ると、商業組合を後にした。一度、自宅に帰ると、すぐに領主邸へと挨拶に向かう。土産の品などは従者がすでに準備してある。
いくら豪商と言われても、ミドナリフフは一介の商人である。領主への挨拶と言っても、直接に領主本人に会うわけではない。執事や秘書に挨拶の品を渡し、少々の話をして終わりである。
早々に終わらせると、ミドナリフフはミキナリーノを伴って神殿に向かう。長旅から帰ってくるなり、大忙しであるが、それはいつものことでもある。
応接室に通された二人ば神官長が来るのを待つ。
ミドナリフフが神殿に行く理由はいくらでも作れる。食料をはじめ、生活に必要な物の多くを購入や寄付によって賄っている神殿は、周辺の町の情勢は大切な情報だ。
さらに、ミキナリーノとカトナリエスが世話になっていた礼金を、と言えば神官たちも無碍にすることはないだろう。
通された応接室は、ミキナリーノには見慣れた部屋だ。この辺りの掃除は彼女の担当だった。
「今は誰が担当しているんだろう。今度ちゃんと言っておかなきゃ。」
細かい掃除の粗を見つけて、ミキナリーノはまるで小姑のようなことを呟く。そんな娘の様子に笑顔を見せていたミドナリフフだが、ノックの音が聞こえると、急に引き締まり、真顔を正面へ向ける。
返事をして入ってきた神官長たちの手には、ヨシノゥユーが作った数々の品があった。
これはミドナリフフの来訪の口実の最後の一つである。
ミドナリフフは遥か遠い異国にまで行って貿易をしている。彼ならばヨシノゥユーの故国を知っているかもしれない。行ったことはなくても、聞いたことはあるかもしれない。ヨシノゥユーが作った品を見れば、どこの地方の物か分かるかもしれない。
ミドナリフフは裕を神殿から、この町から出す方法を教えていた。
これまでに聞いた話をまとめると、ヨシノゥユーはとても強く、正面から戦って勝つのは困難であることが予想される。
だが、亡き者とするには、何も正面切って戦う必要はどこにもない。端的に言えば、食事に毒を混ぜ込めばそれで終わりだ。英雄や王が毒殺された話など幾らでもある。
ヨシノゥユーが作った品が本当に知っている国の物であれば、そこに連れていく。それが一番分かりやすく、角が立たない。
それがダメなら、引き取る方向で話をする。護衛でも何でも、隊商に同行して貰えばメリットは大きいはずで、話の筋は通るはずだ。
ミドナリフフがミキナリーノから見せられた紙は、彼も見たことがない種類の物だったが、それだけで判断することはできない。
単純な話だ。
本来、使う材料がこの辺りでは手に入らない、ということは十分に考えられる。手近なもので代用した結果、本来とは異なる姿になってしまっていても何の不思議も無いのだ。
ミドナリフフは、一つ一つ手に取って見定めていく。竹籠はこの辺りではあまり使用されないが、広く使われている地域もある。簾も見たことが有る。しかし、豆鉄砲や竹馬は見たことが無いものだった。
しかも、使用方向が見当もつかない。
どう使うのかは、ミキナリーノが教えてくれた。
豆鉄砲は豆や小石を飛ばす玩具。誰が作った物が一番よく飛ぶのか競うのだと言う。
そして、二本の棒に乗って器用に歩く娘を見た時は、驚きを超えて呆れてしまった。
「お転婆は治っていなかったか。」
笑いながら言うと、ミキナリーノは真面目な顔で果物の収穫に便利なのだと言う。
結局、見た事もないような物もいくつかあり、ヨシノゥユーの故郷は分からずじまいであった。
ミドナリフフはヨシノゥユーの話の前に、個人的に興味があることを聞いてみる。
「紙はどうやって作っているのですか? 作っているところを見せて貰えないだろうか。」
断られるかとも思ったが二つ返事で了承され、作業場に案内され、ミキナリーノが説明を始める。
匿さなかった理由は簡単だった。必要な道具、材料、工程、その全てをミキナリーノが説明できるのだ。そもそも、すべての工程を子どもがやっているのだ。何も難しいことがない。
「やはり、あの紙は不完全なものである可能性が高いな。叶うならば、完全版の紙を見てみたいものだ。」
ミキナリーノは自分達の紙が莫迦にされたような気がして不機嫌な顔をして言う。
「あの紙一枚でパンが四十個も買えるの!」
その金額は商人への卸価格である。市価で買おうとするとその五割増しになる。そして、それを子どもだけで作ることができてしまうのだ。この方法が広まったら紙の価値が変わってしまう。
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