第19話 旅立ちの季節(1)
夏の暑さもピークが過ぎ、秋風が吹きはじめる頃に、ミキナリーノの両親が長い出張から帰ってきた。
ミキナリーノからしてみれば十分に長いのだが、本当に長ければ一年近くも家を空けることがある彼らにとっては短めである。
ヨシノゥユー、もとい、裕がこの町に来た日、つまり、襲撃のあった日には両親は既に長旅に出ており、使用人を失ったミキナリーノは弟のカトナリエスとともに神殿に一時的に世話になることにしたのだ。
「ミキナリーノ! カトナリエス! どこだ!」
荒れ果てた邸内を見て、ミキナリーノの父ミドナリフフは顔面を蒼白にして叫ぶ。
「カヤロマ! トルグーヨ! 返事をしなさい!」
叫んだところで返事が帰ってくるはずもないことは、邸内の様子を見れば分かるだろう。それでも人の親としては、叫ばずにはいられないのだろう。
あちこち血に汚れ、床には埃が積もっているのだ。しばらく人が出入りしていないことは一目瞭然だ。
「旦那様、奥様、これを!」
従者が見つけてきた木片には、ミキナリーノが書いたと思われる文字があった。
『神殿にいます』
「神殿に? 何があったの? あの子は無事なの!?」
ミキナリーノの母サヤモリータは従者に詰問するが、この従者とて町にやっと帰ってきたばかり、状況など分かるはずもない。
「とにかく、神殿に行ってみましょう。ただならぬ様子ではありますが、書置きを残すことはできているのですから、おそらく無事なのでしょう。」
ミドナリフフとサヤモリータは頷き、外へと向かう。
「お前たちは済まないが、家の中の掃除をしておいてくれ。場合によっては宿の手配も必要だ。手早く頼む。」
ミドナリフフは従者たちに言い残して、サヤモリータとともに神殿へと向かった。
実の親が無事に帰ってきた以上、神殿から出て行くのは当然のことだった。
ミキナリーノはミドナリフフと共に神官達に深々と頭を下げると、弟のカトナリエスにもきちんと礼をするように言う。
お姉ちゃんっぷりを発揮するミキナリーノであるが、神殿に来る前はそんなに『できのいいお姉ちゃん』ではなかった。寧ろ、礼儀と落ち着きが足りない、そんなどこにでもいるお転婆な女の子だった。
ミドナリフフはそんな娘の変化に驚き、戸惑っていた。成長した、と単純に喜べない程に変わっていた。
神殿で子どもたちの無事を確認し、喜び、安堵したミドナリフフは、当然、ミキナリーノとカトナリエスがそのままついて帰るものと思っていた。
だが、ミキナリーノは迷いもせずそれを拒否したのだ。
「な、何故だ? 大変な時に側にいてやれなかった私たちを恨んでいるのか?」
「そうではありません、お父様。挨拶は後日でもできますが、お仕事の引継ぎはしなければなりません。今までお世話になっておきながら、知らん顔で出て行くわけにはいかないでしょう。」
動揺し慌てふためくミドナリフフに対し、ミキナリーノの方が落ち着いた応対をしていた。結局、家の掃除もできていないこともあり、ミキナリーノとカトナリエスが神殿を出ていくのは翌日にということになった。
カトナリエスはともかく、孤児たちのまとめ役であるミキナリーノの仕事は多岐にわたる。掃除、洗濯、畑仕事の管理に加え、孤児たちに字や計算を教えているのだ。子どもの働きっぷりとしては目を見張るものがある。
その仕事を数人に振り分けて神殿の役目を終えると、翌日は朝食も摂らずに、神殿を出ていった。
数ヶ月ぶりの家族水入らずの昼食で、ミドナリフフはミキナリーノとカトナリエスに頭を下げる。
家を守れなかったことを。そして、長い間、その事を知りもせずに家を空けていたことを。
ミキナリーノは父親の留守中にあったことを話した。
襲撃の日、助けてもらったこと。二度目の襲撃のこと。歌を歌ってもらったこと。みんなで紙を作っていること。竹細工を作ったこと。明かりの魔法を教えてもらったこと。薬草摘みに行ったこと。
何故かヨシノゥユーのことばかりだ。ミドナリフフが、冗談半分にヨシノゥユーとは将来結婚の約束をしているのかと訊くくらいに。
「お父さん何を言っているの? ヨシノゥユーはまだ六歳だよ。」
ミキナリーノの返事にミドナリフフは目を丸くする。
「いやいや、お前こそ何を言っているんだ? 六歳の子がモンスターと戦って勝てるわけがない。」
「町の人はみんな知ってるよ。」
六歳児が狼やオーガと戦っていたなど、俄かに信じられるはずもない。
だが、膨れて言うミキナリーノが嘘を言っているようには見えない。
――多少の誇張はあるにせよ、子どもが獣や魔物の退治に参加し、活躍していたのは事実なのだろう…
そう思うと同時に、ミドナリフフには一つの疑問が生まれた。だが、それを娘に問うても答えは得られまい。
早めに組合にでも話を聞いておいた方が良いと判断した。
「私がいない間に色々とあったようだし、組合の方からも詳しく話を聞いておいた方が良さそうだな。ちょっと行ってくるよ。」
そう言って立ち上がるミドナリフフにミキナリーノが珍しいことを願い出た。
「私も一緒に行って良いですか?」
大人の難しい話に興味も示さなかった娘が、真剣な顔をして言っているのだ。
「分かった。準備なさい。」
ミドナリフフはそう言って出掛ける準備を始める。
ミドナリフフは商業組合支部に着くと、支部長への面会を申し出た。
予定よりも早い時間の来訪に驚きつつも、支部長のエミフィルテはミドナリフフを歓迎する。
「久しぶりだな、エミフィルテ。それで早速なんだが、町の状況を聞かせてくれないか? 色々大変だったと聞いたのだが。」
「ちょっとお父様、焦りすぎです。そんな早く話を進められたら私が挨拶できないじゃないですか。」
挨拶も早々に、ミドナリフフが本題を切り出すが、すかさずミキナリーノが遮り、父親に文句を言う。そして一礼し挨拶をする。
「こんにちは、エミフィルテ様。」
エミフィルテが挨拶を返して二人に席を勧めると、改めて本題に入った。
はじまりは六月九日、次いで十五日にモンスターの襲撃があり、百九十六名以上の犠牲者が出たこと。
さらにその際に、街門の扉が破壊され、先日ようやく修理が完了したこと。
モンスターは、ハンター達とヨシノゥユーという子どもの活躍によって辛くも撃退できたこと。
「最初の襲撃で、トルグーヨやカヤロマが狼に殺されてしまったのです。」
暗い表情でミキナリーノが付け加える。
「それで、どうしたのだ? お前たちはどうして助かったのだ?」
「ヨシノゥユーが狼を退治してくれたのです。」
「莫迦な。六歳の子どもなのだろう? 狼を退治などできるはずがない!」
「だって、わたし、それを見ていたんですよ?」
信じ難い話にミドナリフフは目を剥く。
だが、さらに信じ難い話が、エミフィルテから語られることになる。
ヨシノゥユーは一人で何体ものオーガを倒したらしいのだ。
「莫迦な! あり得ん! いくら何でも脚色しすぎだ!」
「だが、これも何人もの目撃者がいるのだよ。」
興奮するミドナリフフに、苦笑いしながらエミフィルテは首を横に振る。
「まあ、落ち着け。驚くのはまだ早い。」
そして、エミフィルテは記録を確認しつつ、その後に起きたことを説明していった。大概がヨシノゥユーが絡んでいる。ヨシノゥユーの名前が出てこないのは、例年の夏祭りや街門修理に関してのことだけだった。




