第17話 神を畏れぬ子ども(1)
神官ズドニフィルは神殿の物資・財政状況を報告する。神官達定例の月末会議である。
いつも通りに、薬草や食糧、木材などの在庫状況について。そして収益について。いつもと違うのは、それらが一枚の紙に纏められていること。
それを聞く神官長は、何故か苦い顔をしている。
「何か問題があったでしょうか?」
ズドニフィルは神官長の表情を見て尋ねる。
彼の報告している内容は、それほど悪いものではない。
モンスター襲撃や、それに伴う孤児の増加、さらに交易経路の寸断の影響で一時期は物資が尽きかけたが、現在は回復してきている。紙の売却の利益もあり、資金にも不安は無いはずである。順風満帆とまでは行かないまでも、そう悪い状況ではない。
「問題は、それらの課題を解決したのが全てヨシノゥユーだということだ。」
ズドニフィルは、神官長が言っている事を理解できずにいると、別の神官が付け加える。
「怪物を倒し交易を復旧したのも、紙を作って利益を上げたのも、我々ではない。領主殿でもないどころか、この町の者ですらない他所者だ。」
「ヨシノゥユーとは何者なのだ? 一体、どこから何のためにやって来た?」
更に別の神官が語気を強める。
「紙を作ったのは、まあ良い。パン屋の子が見様見真似でパンを焼けるようになるのはそれほど不思議なことでもない。紙屋の子が紙を作れることもあるだろう。」
ここで言葉を切り、睨みつける視線に対して、木を伐採することは横に置いて、技術や知識の話だ、と念を押す。
「だが、彼の魔法は一体何だ? 見たこともない冷たい光を灯し、巨大な丸太を何本も宙に浮かせて運ぶ。あれはどれ程巨大な魔力があれば成せるのか? 紙屋というのは魔法に優れた者が就く職業なのか?」
これにはズドニフィルら、裕の存在をメリットとして捉える者たちにも返す言葉がない。
眉間に皺をを寄せ、神官長が言う。
「私はあの子どもが恐ろしい。あれは伝承にある魔の者ではないのか?」
答える者は誰もいない。
ひと時の沈黙を破り、一人の神官が低い声で言う。
「やはり、追い出しておくべきだったのだ。あの子どもを神殿に迎えるなどすべきではなかった……」
彼こそが最初に裕を町から出した張本人である。そして、彼はさらに言葉を続ける。
「骸骨を一掃したという浄化の魔法もその後話題にも出てこぬし、第一、あの子どもが神に祈っているのを見たことがある者はいるのか? 骸骨兵を浄化したというのも眉唾ものの話ではないか?」
神官は揃って難しい顔をする。実際、彼らは誰も裕の成仏魔法を見てはいないのだ。
「経緯はどうあれ、今は神殿にいるのです。現在折角築けている友好的な関係を壊すべきではないでしょう。強い力を持っているならば、尚更です。」
ズドニフィルは正論で返す。
「魔物を神殿に置くなど正気の沙汰ではない。いつ裏切るかも分からんのだぞ!」
話は完全に平行線である。神官長は大きく息を吐く。
「この件はまた後日話すとしよう。次の議題に移る。」
裕についての話を一旦打ち切って、神殿の運営についての話に戻した。
裕がこの世界に来て二ヶ月も過ぎた頃、季節は夏の盛りを迎える。
冷房は勿論、扇風機すら無い夏に裕はダウンしていた。
温度計もないので、裕には正確なところは分からないのだが、夏の日差しは厳しく、気温は摂氏三十度は軽く超えている。そんな中で木を煮込むのは苦行であった。
「プールは無いのですか。水浴びとかしないのですか。何で、みんなそんなに元気なのですか。」
裕の口からは愚痴しか出てこない。
「アイス食べたい。かき氷食べたい。冷やしラーメン食べたい。ビールが飲みたい! 冷凍庫はありませんかああ。」
贅沢に慣れた現代人は我儘なのである。
そして裕は、閃いたのだった。
「冷凍魔法ですよ! 何故今まで思いつかなかったのでしょう! ヒャドとかブリザドとかコールドとかあるじゃないですか!」
突如叫び声を上げて、周囲を驚かせる。
――
物理現象として冷却しようとした場合、古くから知られている方法は大きく二つ。
一つは断熱膨張。もう一つは気化熱。
シリンダー内で強制的に気体を膨張させれば温度は下がる。中学理科で習う現象だ。
水が気化して水蒸気になるときに周囲の熱を奪う。というのは小学生でも知っている現象のはずだ。
この二つを利用してやれば冷蔵庫やクーラーができあがる。
それを踏まえて!
冷却魔法とはいったい何だ? どのようなプロセスを経れば実現できるのか。
簡単に言えば原子の熱振動を小さくすればいい。
原子に作用する力といえば、原子を破壊する小宇宙が有名だが、それは今は関係ない。
とにかく、何を加えれば熱振動を抑えることができるのか?
結論。マイナスのエネルギーを加えれば良い。魔力SUGEEEEE!
で、マイナスのエネルギーって一体何なの?
……マイナス。負。闇?
闇の力?
冷却魔法の力は、所謂『闇の力』とか言われるものと何がどう違うのか。本当に闇の力とやらを使って物質の冷却ができるのだろうか。
――
裕はオーバーヒート気味の脳みそを頑張って回転させる。暑さのせいか、時々、明後日の方向に思考が飛ぶが、そこは気にしない。
――
そもそも魔法とは何だ?
陽光召喚はどうしてできた?
消費した魔力とやらがあの光になっているのだろうか?
自動車のクソ眩しいハイビームが五十ワット程度、あれの指向性をなくして全方位に放射しようとしたら、掛けることの二十程度だろうか。
ということで、合計一千ワット……
一千だと!? 一キロワットじゃねえか! つまり、八六六キロカロリー。
かなり激しい運動だろそれ。一時間ジョギングしてもそんなにならんはずだ。
とすると、明らかに使ったエネルギーより、光として放出しているエネルギー量の方が多い。エネルギー保存則はどこにいった?
どこからエネルギーが湧いて出てきた?
ならばあの魔法の正体は何だ?
結論。
どこからかエネルギーを転送している、と考えれば辻褄が合う。
どうやって空間を超えているのかは知らないが、魔力を使えば少ないエネルギーでそれができるのだろう。
ならば物質はどうだ? 地球文明が誇る天才、アインシュタイン博士によると、物質とはエネルギーの形態の一つらしい。ならばそれも転送可能なのではないか?
――
「出でよ、氷!」
裕は『かき氷』を思い浮かべて、氷を呼び出してみようとする。一瞬、氷山が頭に過ぎったが本当にそんなものが出て来たら死人が出る。
しかし、裕の不安を余所に、何も起きなかった。
「出でよ、冷たい空気!」
今度は冬景色を思い浮かべて、冷えた空気そのものを呼び出してみようとした。
魔法は、多分成功した。
ただし、ひんやりした風がふわっと。それだけである。
「万策尽きた……」
裕はがっくりと膝をついた。
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