第13話 子どもは弱者のはず(3)
夕食後、裕は呼び出された。
薄暗い部屋に通されると、中には何人かの客人が既に来ていた。
「明かりぐらい点けましょうよ。」
言って裕は光を呼び出した。以前のような陽光ではない。自分の魔法で何故か大きなダメージを受けて、裕は照明魔法を適切に使えるように練習したのである。
今回の魔法は四十ワット程度の蛍光灯の光のイメージである。
「好野裕です。よろしくお願いします。」
軽く挨拶をし、裕が適当に椅子に座ると、男たちが挨拶を返す。
「エミフィルテ。商業組合支部長だ。」
「私はキスエイノム。農業組合支部長をしています。」
「ハンター組合のヘナイチャンだ。以前にもお会いしたな。」
挨拶を終えると、キスエイノムが早速切り出す。
「森で木を伐ってきたというのは本当か? 骸骨兵はどうした? 安全なのか?」
「落ち着いてください。それらが死活問題なのは君の所だけではないだろう。その話は全員が揃ってからだ。」
興奮気味に捲し立てるキスエイノムをヘナイチャンが押さえる。
そういえば、神殿での打ち合わせであるのに、神官もまだ席に着いていない。メンバーが揃ったらまた同じ話を繰り返すことになるのだ。
勝手に話を進めるわけにもいかず、四人は黙って残りの参加者が来るのを待つ。
ほどなく、工業組合支部長のヨロミアスス、魔術師協会支部長ハバラーントが揃って部屋に入ってきた。そして神殿からは神官長が参加する。
一通りの堅苦しい挨拶の後、広げられた地図を指して裕が話を始める。
ミキナリーノの特訓の成果か、裕の話す言葉は前回よりもかなり流暢になっている。というか、少ない単語を並べることしかできなかった彼が、ちゃんと話すことができるほどにまでなっていた。
裕が行ったのは町の南方の森。その北端付近。
森から溢れ街道付近にまで出てきていた骸骨兵を三九二体ほど倒してきたこと。
それでその辺りの敵は一掃されたこと。
森の奥にはまだ大量の骸骨兵の気配があったこと。
しかし、森の入り口周辺での伐採・採集は問題なく可能であったこと。
そして、伐採した丸太を一人で持ち帰られる便利な魔法を使えること。
裕が一通りの説明を終えると、皆、ぽかんと口を開けて間抜けな顔をしている。
一呼吸の後、我に返ってヨロミアススが声を出す。
「その、三九二と言うのは本当なのか?」
「はい、多少の数え間違いはあるかも知れませんが、それくらいです。」
裕が答えると、間を置かずにエミフィルテが次の質問をする。
「街道は安全なのか?」
この質問は、『安全』の言葉の意味が通じずに苦労するが、裕があまり広範囲を見ておらず、街道の安全は改めて確認する必要があるという結論で落ち着く。
「森の中の敵の数はわかるか?」
ウェヌイアスが核心を切り出す。骸骨兵をどうにかしなければ、町は立ち行かない。
しかし、裕の答えは「分からない。とても多い。」の一点張りである。大凡で良いと言われても、根拠のない憶測で変な作戦を立てられたのではたまったものではない。裕は前回のような惨劇はもう見たくなかった。
「運搬の魔法を教えてもらえないだろうか?」
「無理です。」
他の質問がすぐには出てこなさそうなのを見てハバラーントが問うが、裕はこれを即答で却下する。
それでもしつこく食い下がるハバラーントに対して裕は言う。
「言葉が十分には分かりません。間違った魔法は何が起きるか分かりません。」
裕としては実感していることだし、魔術師協会の支部長をしているハバラーントが分からないはずもない。ヘナイチャンにも「しつこい」と言われて仕方なく黙り込んだ。
その後もいくつかの質疑があり、裕の側からの情報提供が終わると、今度は逆に裕が質問をする。
現在の町の防衛戦力、そして、そこから骸骨駆除に出せる兵力。森の偵察の状況、周辺町からの援軍の可否についてだ。
「それでは明日また、今後とるべき策についての話を行おう。」
神官長がそう言って解散しようとするのを、裕が止める。
「ちょっとまってください。私は明日から攻撃します。偵察をしてください。」
地図を示して繰り返すが、いまいち伝わらない。まあ、この言葉ですぐには分かるとは思えないが。
要するに、裕は『陽動を自分がやるから、その間に偵察を進めてくれ』と言いたいのだ。問題は、陽動を意味する言葉が分からなくて説明ができないことだ。
この辺りは紙に図を書いて説明すれば、割と簡単にコミュニケーションできるものである。だからこそ、裕は紙を渇望しているのだ。
身振り手振りをし、駒を動かして、ようやく意図が伝わり、長い会議が終了した。
部屋の中はまるで蛍光灯で照らされているように明るいが、外は完全に夜の闇が広がっていた。裕としては少し暗いと感じているのだが、普通は、照明をここまで明るくはしない。その少々過剰なまでの明るさは、裕の魔力制御が甘いからだと思われていた。
翌朝、食事を早々に終えて裕は神殿を出る。薪割りはお休みである。今日は伐採はせずに、骸骨兵の掃討だけのつもりなので斧は持っていない。荷物は水とパンだけという軽装が重力遮断によってさらに軽くなり、子どもとは思えないスピードで町の中を駆け抜けていく。とはいっても、大人の全速力よりは遅いのだが。
そして、街門を出たところで、呼び止められた。
以前の駆除隊のリーダーだ。そしてもう一人の戦士。何やら二人は裕と一緒に骸骨駆除に行くらしい。見ると二人とも槍ではなく槌矛を持っている。
リーダーの名前はオレオクジオ。もう一人はアミエーニエと名乗った。裕も名乗り、二人にも重力遮断の魔法をかける。
「行きますよ!」
言って跳んだ裕の後を、二人の戦士は子どものようにはしゃいで飛び跳ねながらついてくる。
――何のために高く跳び上がっていると思っているんだか……
裕はため息をついて二人に言う。
「敵に注意して! 遠くまで見て!」
高い位置からの方が遠くまで見通せる。当たり前の話だ。
その利を活かさない裕ではない。
森の手前で重力遮断を解除した裕たちは、森の辺縁部に沿って進んでいく。
その辺りには、裕が昨日倒した骸骨兵の残骸が大量に残っている。足早に、だが慎重に少し進むと、丘の手前に骸骨兵が何体かうろついているのが見えた。
二人のハンターが槌矛を構えて走ると同時に、骸骨兵が空中に浮かんでもがきだす。
「は?」
間の抜けた声を上げて骸骨兵を見ている二人に向かって、裕は笑いながら声を掛ける。
「私の魔法です。」
そして、裕が骸骨兵に近づき後ろから蹴り上げると、骸骨兵は空高く飛んでいく。オレオクジオとアミエーニエが呆けて見上げていると、空の彼方に飛んで行った骸骨兵が落ちてきて地面に激突する。
そこには、先ほど見た骸骨兵の残骸と同じものができあがっていた。
ハンター二人は、これほど楽な戦いは初めてだと苦笑する。もっとも、裕はこれを『戦い』とすら認識していないのだが。
裕の認識は、ただの駆除作業である。
一々倒した敵を数えるのも莫迦らしくなった三人は、片っ端から骸骨兵を倒していく。
「休憩にしませんか。疲れました。」
一時間ほど暴れた後、裕が言う。ハンター二人には反対する理由などない。裕は手頃な岩に腰かけて、リュックからパンを出して口にする。そして空を見上げてぽつりと言った。
「今日も良いお天気ですねえ。」
遠い目をしながらアミエーニエがツッコミを入れる。
「なんかついさっきまで、骸骨が降っていた気がするが……」
「まだまだ降りそうですねえ。」
「そうだな……」
遠い目をしながら、ハンター二人も荷物から携行食を取り出す。
揃って軽く食事をとって、一息つくと、骸骨兵打ち上げ作業を再開する。
ハンターも、最初は大笑いしながら骸骨兵を倒しまくっていたが、慣れるとこんなのはつまらない作業に過ぎない。三人はこまめに休憩を取りながら、無言で駆除作業を進めていく。
一人当たり二百を超えると、数えるのも面倒なものだ。ウンザリする数の骸骨兵を倒し、森の外の駆除作業はひと段落した。叫んでも騒いでも、もう、森の中から出てくる骸骨もいない。
「そろそろ帰りましょうか。」
裕は疲れの混じった声で言う。いくら浮遊の魔法の消耗が少ないとはいえ、百を超える回数を使っていれば疲れもする。
むしろ、そんなにポンポンと使えることの方が驚きだ。
「うぁー、これちょーらくちんだー。」
重力遮断して宙に浮いた裕は、ハンター二人に引かれて運ばれていた。
二人の体力はまだまだ十分に残っている。さすがに鍛えられた大人とただの子どもでは体力は段違いである。さらに言えば、彼らは魔法の一つも使っていないのであるから、裕よりも疲労度が少ないのは当然である。
町に着いた三人は、報告のため、まずハンター組合に向かう。
オレオクジオが受付に行き用件を伝えると、すぐに支部長室に通された。
三人が支部長室に入り、軽く挨拶をする。
「随分と帰りが早いな。」
ヘナイチャン支部長は何故か不満である。
「私の魔法は便利ですから。」
裕は自慢で返してソファーに座る。
ハンター二人もソファーに座り、ヘナイチャンは補佐役に紅茶を出すよう命じる。
「それで、どんな様子なんだ?」
支部長が問う。
「少なくとも七八四匹、恐らく九八〇匹ほどの敵を倒してきました。」
「昨日と合わせて一三七二匹ですね。敵の数、減りました。」
オレオクジオがとんでもない数を言うが、紅茶を口にしながらも裕はさらに足して数字を増やそうとする。
「その骸骨兵はそんなに弱いのか?」
だが、ヘナイチャンには、さっぱり状況が伝わっていない。眉間に皺を寄せて、ぐぐいっと三人に詰め寄る。
「たぶん、普通に戦ったらそんなに弱くはないと思いますよ。ヨシノゥユーの魔法がなければ、一九六匹も倒せていないでしょう。」
「うむ。あんな魔法は見たことがない。」
オレオクジオとアミエーニエが口々に答えるが、ヘナイチャンの眉間の皺は深くなる一方であった。
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