第12話 子どもは弱者のはず(2)
裕は薪割りをしながら考える。
と言っても、薪割り、というか、玉切りは単調なノコギリ作業なので、考え事をしていることの方が多いのだが。
――
魔法には一体どんな種類のものがあるのか。例えば腕力向上の魔法はあるのだろうか。
しかし、試してみるのは、ちょっと、躊躇われる。
昨夜のように狂った威力で的外れな効果を出してしまったらヤバすぎる。たとえば、心臓が十倍の力で脈打ちだしたら、脳の血管が切れてしまうこと請け合いだ。
鋸や斧の切れ味向上の魔法とかどうだろうか。いや、魔法そのもので木材を切断したりはできないのだろうか。
風や真空の刃ってのは、ファンタジーではよくあるけど、物理的には無理がある。ウインドカッターなんてやりたければ、風で金属片でも飛ばすのが現実的なはずだ。
いやいや、そんなことより魔法と言えば、空飛ぶ魔法だ。大昔から魔法使いや魔女は空を飛ぶものだろう。ついでに仙人・道士も空を飛ぶ……
――
裕は近くの木片が浮くよう念じてみる。しかし、ビクともしない。
当然の結果だ。念力などこの世に存在しない。
ならば、と裕は考える。昨夜は、陽光召喚ができたのだ。それには必ず理由があるはずである。
裕は昨夜したことを必死に思い出す。
分かれば簡単である。昨夜は結果など全く考えずに、過程だけを考えていた。
ということで、裕は早速やってみる。
効果範囲を明確にイメージし、作用を口にする。
「重力遮断、開始。」
木片がスッと浮き上がる。
「重力遮断、終了。」
木片が落ちる。
意外と簡単にできてしまった。上手く制御ができれば重量物の運搬が便利そうである。
ただし、これだけで空を飛ぶことは、恐らくできない。
地球上で重力を遮断した場合、自転の遠心力で飛んで行ってしまう。
それはよく言われていることだが、実はそんなに物凄い勢いでは飛んでいかない。
遠心力の作用は、最も強い赤道でも引力の1パーセントにも満たない微弱なもので、最初は秒速二センチメートル足らずのスピードで浮かび上がる程度である。
空を自在に飛ぶためには、宙に浮いた上で任意の方向に加速する必要がある。それは複数の作用を同時に発現させるということであり、簡単ではないと予想される。
重力遮断された木片は、明らかに秒速ニセンチメートルよりも速いスピードで浮かび上がった。これは、この世界での重力加速度や遠心力は地球とは異なるということである。
万有引力定数が小さいか、この惑星は地球より大きいのだろう。
それらの測定はそのうち行うことにして、裕は次の実験に移る。
「重力九十九パーセント遮断、開始。」
だが、木片は動かない。
「重力九十九・五パーセント遮断。」
「重力九十九・二五パーセント遮断。」
遮断率を変えて試していると99.05%程度で釣り合うようだった。
本当にその精度で遮断率を制御できているのかは不明であるが、裕がその数字をイメージしたときに釣り合っていた。
小さなものではあるが、鍋を買ってもらった裕は紙づくりにも挑戦している。色々足りないながらも一歩一歩確実に進め、六日後に第一段階をクリアした。
できあがったのは、薄汚れてボロボロのボール紙のようなものだが、それでもなんとなく紙っぽい物体ができあがった。
品質が低いのは百も承知である。必要な道具が足りないのだから当たり前なのである。
「板ですよ! 平らな板が無ければ高品質な手漉きの紙はできません!」
裕は誰にともなく叫ぶ。
板は鋸で丸太から切り出すしかない。だが裕の鋸技術では表面がガタガタである。どう頑張っても、平らな板とは到底言い難い代物である。
いくら考えても良い方法が思いつかなかった裕は、石で磨くことにした。ただの根性業である。
そして、魔法でどうにかして木材加工ができないかと実験を繰り返す。
さらに八日後、板の完成を間近にして、裕は神官に木材を無駄にしないよう言われた。何をどう考えても、一番木を無駄にしているのはケンタヒルナなのだが、神官は何故かそれを考えに入れないようにしている。
作業場に積まれた丸太が残り少ないことは裕も知っていたが、それが当分補充されないのだと言う。
突如現れた骸骨兵の大群のため、森に伐採に行けないのが原因であった。そのため、街の門扉の修理・強化の目途も立っていなかった。
他の町から購入するにしても、木材を必要としているのは神殿だけではない。大量の木材を運ぶ手段などないし、大量に買い付ければ値段も高騰する。
「私が森を見に行きます。」
暫く考え込んで、裕は言った。
裕は反対されると思っていたのだが、神官の反応は意外なもので、まずハンター組合に行くよう言われた。骸骨兵の警戒、調査を行っているのはハンター達であり、一番情報を持っているのは彼らである。
裕としても、ハンターの持つ最新情報を得ること自体に異議は無いので、言葉にはまだまだ不安があるが、とりあえず話を聞きに行くことにした。
曰く、骸骨兵はとても数が多く、森からあふれ出している。
曰く、その一方で、一体の力は弱い。ただし、剣や槍などの武器を所持しているため油断は厳禁である。
曰く、骸骨兵の活動は昼夜で変わりはない。
曰く、森の奥には恐ろしい化物がいる。それが骸骨兵の元凶と思われる。
彼らの話を端的にまとめるとこんな程度だった。
彼らの話では分からないことも多く、また、自分の魔法がどの程度戦闘で使えるのかを知りたかったため、裕は出向いてみることにした。
革装備で身を包み、手に持つ武器は斧を選ぶ。神殿を出た裕は、さっそく魔法を発動させる。
「重力遮断九十七パーセント、開始!」
そして、全力で跳んだ。
家や木を軽々と飛び越えながら裕は進み、五分程度で森の手前に着く。
重力遮断をしたからといって、慣性まで消えてなくなるわけではない。体力消費がすくなくなるというだけで、スピードはそこまで出ない。
なお、この世界でいう一分は百九十六秒である。そして十四分で一時間になる。十四進数おそるべし。
森に近づくと、情報通りに、徘徊する骸骨兵が手前にも広がってうろついている。
その手前で裕は重力遮断魔法を終了し、徒歩で骸骨兵に向かっていく。
「目標補足! 重力遮断九十九・五パーセント、開始!」
裕が骸骨兵に向けて魔法を放つと、数十の骸骨兵が浮かび上がった。
裕は平然と歩いて近づき、斧で殴りつけて上向きに吹っ飛ばす。
「なにこれ、便利すぎです。笑いが止まらないですことよ!」
裕は、余りにも一方的な展開に自分で呆れてしまう。宙に浮いた状態で振り廻している骸骨兵の剣や槍など、全く怖くないのだ。普通に歩いて相手の背後を取れる。
そして、斧で殴って上に吹っ飛ばしたらそれで終わりである。重力遮断魔法の届く限界である二百メートル程度まで上昇したら魔法の効果が切れて自由落下が開始される。
二百メートル上空から落ちれば結果は見るまでもない。地面に激突して砕け散るのみである。尚、二百メートルという高さは東京都庁第一本庁舎の展望室と同じくらいである。
裕は余裕綽々で百九十六匹の骸骨兵を倒し、叫ぶ。
「さあ、もっと出てきてください。全部倒して差し上げます!」
さらに骸骨兵を倒すこと百九十六匹とちょっと。いい加減飽きてきた裕が木を伐採してみようかと森に入る。
そもそも、裕が手にしている斧は木を伐るための物であって、戦闘用ではない。
周囲に敵が無いことを確認し、本来の用途で斧を振るう。
何事もなく二本の丸太を入手し、裕は帰路に着く。もちろん、帰りも重力遮断しての移動である。重力遮断すれば、丸太だって軽々と持ち上がるのだ!
裕は、情報収集を主たる目的としていたことは完全に忘れていた。
裕が丸太二本を手に神殿に帰ると、神官に怒られた。
どこから現れたのかミキナリーノまでそれに加わる。
既視感を覚えながらも裕は頑張って説明する。森まで行ったこと。骸骨兵を三百九十二匹倒したこと。それらは意外と簡単だったこと。
話を聞いた神官は怒りながら神殿を出て町に向かっていった。
そして、ミキナリーノはさらに怒りはじめる。興奮しながら裕にクドクドと叱り付けるが、裕はその半分も理解できていない。
小一時間の説教が終わり、やっとミキナリーノから解放され、裕は丸太を作業場に運ぶ。今日は珍しくケンタヒルナの姿が見当たらない。
しかし、裕はそんなことは気にせず、手早く丸太を片付けて手足を洗いに井戸に向かう。
何しろ、夕食の時間が迫っているのだ。
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