第11話 子どもは弱者のはず(1)
戦いの翌朝、裕は神官に揺り起こされて目を覚ました。
裕は戦闘が終わった直後に道端で眠ってしまったのだったが、いま目覚めたのはベッドの上だ。
神官が裕をベッドまで運んでくれたようだ。裕は一瞬の混乱の後、寝過ごした事に気付き、急いで朝食を済ませて薪割りに向かう。
いつも通りで良い。いつも通りが良い。
そしていつも通りにケンタヒルナが斧を振り廻していた。
裕もいつも通りに玉切りを始め、そしていつもとは違って神官が裕を呼びに来た。
神殿の会議室には、現状の把握と今後の方針の検討をするべく、商業組合や魔術師協会、ハンター組合などの有力者が集まっていた。
本来ならば、町の防衛は領主主導で兵を中心に行われる。だが、前回の騒動で領主や兵士の信用は地に落ちているのだ。だれも兵士を当てにしようとはしていない。
加えて、今回は裕の意見も聞きたいということで、神殿が会議の開催場所として選ばれた。
裕が住民たちの先頭に立ってオーガと戦い、勝利していることは既に多くの人に知れ渡っている。
裕が部屋に入り、挨拶をして空いている椅子に座ると、現在の状況を神官が簡単に説明する。
地図の一点を指し示し、そこから指を移動してある箇所を囲んで叩く。
おそらくこの町、そして骸骨兵のいた場所なのだろう。そして口頭で何かを説明する。
神官が説明を終えると、一同は黙っている。裕の発言を待っているのだろうか。
話が分かったのか分かっていないのか、裕は大真面目な顔をして日本語で意見を述べた。
「まず、第一にすべきは町の防衛体制を整える事でしょうか。他の町から応援を呼ぶことはできないでしょうか。そして、何が起きているかの調査が必要です。索敵と遁走に優れた者を数名見繕って、骸骨兵の数、分布範囲、そして可能であれば大量発生の原因を突き止めること。駆除隊を組むのはその後です。」
裕はドヤ顔で喋るが、誰もその言葉を理解できる者はない。
たまらず、恰幅の良い中年の男が怒鳴り声を上げる。多分「何を言っているのか分からん! 分かるように言え!」とかそんな感じなのだろう。
仕方が無いので、裕は地図上の幾つかの町らしき場所を指し、それを集めるようなジェスチャーをしてみる。
要点を絞り、三つのことを何とか表現する。
物資や援軍を集めること。
守りを固めること。
情報を集めること。
たったそれだけのことを説明するのに四苦八苦し、やっと認識の統一が図られたと思われる頃には疲れきっていた。
だが、大人たちの話し合いはそこからさらに深まる。当然である。物資を集めるにしても、街道が無事なのかの確認もしなければならない。
大人たちの話し合いについて行けず、裕は欠伸を漏らす。
それに気づいた神官が、裕を退室させ、議論に戻る。
部屋から出た裕は、見かけない子どもたちを連れたミキナリーノを見つけた。
昨日のオーガ襲来によってさらに孤児が増えていたのだ。ミキナリーノは子どもたちに神殿での生活を教えているようだった。
「私は何も教わっていないような気がするのですが。やはり私は嫌われているのですか?」
ぼやく裕。
実は裕は孤児扱いを受けておらず、半ば見習いの丁稚のような扱いなのだ。
これは最初の襲撃の際に、骸骨兵の一団を一人で浄化したことによるものだった。裕がやったところを目撃した者はいないが、現場の確認をすると間違いようのないことだ。
もっとも、裕はそんなことは完全に忘れ去っていたのだが……
そのため、寝室も孤児とは別で個室を与えられていたのだが、その辺りには裕は全然気づいていなかった。
裕が午後は孤児と一緒に過ごしているのは、裕はいくら何でも幼すぎるし年が近い者と過ごさせた方が良いという判断からなのだ。
柄にもなくショックを受けたのか、裕はとぼとぼと薪割りに戻り、作業を再開するとともに気持ちを切り替え、すべきことを考える。
――
紙の生産、言語の習得、そして魔法。
あの会議では、誰もメモを取ったり議事録をつけたりしていなかった。
恐らく紙は貴重品なのだろう。子どもの勉強に回して貰えるとは思えない。
戦闘中に使用しているところを見たことが無かったからあまり気にしていなかったけれど、治療の魔法は以前に見た。
他にどんな種類があるのだろう? 言葉が分かるようになる魔法なんて無いのだろうか? いや、そんな便利なものがあるなら、とっくに神官が使っているか……
とにかく、まずは紙とペンだ。それの有無で知的活動の効率が全く違う。
紙を作るとすると、製紙の道具は何が必要だっただろうか。木を長時間煮込むための竃と鍋。
たしか、和紙は、繊維を柔らかくするのにアルカリ煮するはず。西洋紙は知らん。
そして漉くためのアレ。名称は知らない。知らないことばかりだ。
プレス&ドライには板が必要。
釘ってあるんだろうか? 木を組むのはできなくはないだろうが、サイズが大きくなり過ぎないか心配だ。
――
裕は一度考え出すと止まらない。ああだこうだと考えながら薪を割っていく。
昼食後、裕は思い切って町の外に竹を採りに行くことにした。
町の外とは言え、畑のすぐ外側である。然程の危険は無いだろうと勝手に決めつけたのだ。
最低限として、革装備を身に付け鋸片手に出掛ける。
数時間後、竹を二本伐採し、裕は少し後悔していた。
伐採した竹を運ぶのは思っていた以上に重労働だった。
ぐったりしながら、それでも竹を引き摺って神殿に辿り着くと、神官に怒られた。
どこから現れたのかミキナリーノまでそれに加わるのだった。
たっぷり絞られて項垂れながら竹を作業場に運ぶと、ケンタヒルナが薪割りをしていた。
「コイツ、どんだけ斧が好きなんだ?」
裕は呆れながら竹をカットしていく。
幾つかの長さに切り分け、更に用途ごとに割る。
裕が作業をしていると、神官が三人でやってきたので、また怒られるのかと思ったが、神官達は切り落とされた竹の葉を指してなにか言っている。
「葉っぱ? 私は要らないですよ。」
言って、裕は葉を集めて神官に渡す。
神官達は残っていた葉を全て掻き集めると、裕に礼を言って去って行った。
既に陽は傾きかけている。
夕食までに、残りもやってしまおう。
裕は張り切って竹を割っていった。
翌日、昼食を終えた裕は神官に呼び出された。
どうやら、竹の葉の採取に付き合えということらしい。
準備を整え、二人の神官と昨日の竹林に向かう。
なんと、今日は小型の荷車つきである。
竹林に着いた三人は、竹を伐採しまくる。
地下茎で殖える竹は、一帯全部刈り取ってしまわない限り、来年また生えてくる。
二十八本の竹を荷車に積んで、来た道を引き返していく。
竹を引き摺るよりマシだが、やはり重労働だ。
「今日の晩御飯、大盛りにして貰えないかしら?」
夕食の鐘が鳴り、裕が食堂に行くと神官に欲しい物がないかと問われた。
「肉! 大きいの!」
迷わず即答すると、神官が笑いながら首を振る。
残念ながら夕食の話ではないようだった。
「鍋! 大きいの!」さらに「布! 糸! 紐!」
裕はまだ少々の単語しか分からないが、その中で欲しい物を挙げる。
神官が訝しげな顔をしながらも頷き、裕は嬉しそうに席に着いた。
製紙用の道具の調達が何とかなりそうだと気を良くした裕は、魔法の練習も始めてみることにした。
部屋の中で安全に、かつ他の人にも迷惑が掛からない、害のない魔法。
更に言うならば、神官が使用しているのを見たことがある、すなわちこの世界に存在すると分かっているもの。
照明。
これならば、効果も分かり易いし、人の身に害を及ぼす心配もない。
ということで、裕は光をイメージする。光と言えば太陽だ。その力の一端を呼び出す。
「大いなる太陽、天空にありて昼を司りしもの。その光を以って夜の闇を払え。」
呪文と言うほどのものではない。単に集中とイメージを明確にするために言語化して口にしただけである。そして気合いを込めて力を解き放つ。
「光よ!」
魔法は成功した。いや、大失敗した。
裕の寝室の中は、目を開けていられないほどの、凄まじい白光で溢れていた。
「ぎゃあああああ! 何ですかこれは! 光りすぎです! 物には限度というものがあるでしょう!」
裕は自分の魔法に文句を言う。
根本的に、灯りの魔術とは全身全霊の集中力を以って行使するものではない。しかも、太陽の光を呼び出すものではない。
太陽を以って夜の闇を払え、なんてのは『夜を昼にする』と言っているのと同じである。局地的・一時的なものではあれ、それが実現してしまったのだ。
「もう良いです! ごめんなさい! お天道様、有難う御座いましたあああ。」
裕は泣きながら太陽に謝り、お帰り頂くようお願い申し上げると、光は音もなく消えていった。それは願いが聞き入れられたのか、魔法の効果が切れたのかは定かではない。
室内が再び闇に包まれると、色々な意味で疲れ果てた裕はぐったりとベッドに倒れ込む。
そしてすぐに眠りに落ちて行った。
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