001 初旅行?
本編後、それぞれのいちゃいちゃばなしです。
とあるゲームのイベントにつられました。
「なんだこれ」
グレーの薄い七分袖のシャツ、黒くて細身のスラックス。右目には眼帯をしていて、少々使い古された風格のあるスカーフを首に巻いている男。ブルーベージュの癖づきやすい男性にしてはながい髪の、その襟足からぴょろんと出た一束だけの腰まである長い髪には、朱色の玉石が光っていた。……揺れるたびにその髪はあり得ない鮮やかな空の色に変化する。
脇には今しがた取り出したのだろう新聞を挟んでいた。
怪訝そうに一緒にポストに入れられていた封書をぴらぴらと確認し、宛名より先に差し出し人に顔を顰めた。
「……、獣人商会懸賞部……」
頭に浮かぶのはあの胸にたっぷりのパッドを詰め込んだ、にゃーにゃー煩い女装野郎だ。
ミーグレヒの首都シルビアの中級住宅街、最近塗り替えたピカピカの赤い屋根は、奔放に旅をする前、その眼帯スカーフ男のレオとその妹たるフィーが暮らしていた家だ。もちろん家主のロリコン色情魔こと、ヴァンパイアのアッシュも一緒に。といっても、もうひとり同居人は増えているのだが。
レオは困ったとばかりに頭を掻く。関わりたくねえ。
その左手の薬指、世間一般で結婚指輪などが収まる場所に、太めのシンプルな銀色の指輪があった。
ゆっくりと家の扉が開く。新聞を取りに行っただけにしては遅い、とでも言いに来たのだろうか。
夕焼け色の下ろせば地面に堂々広がる長い髪をきゅっとポニーテールにした、夜空の紫紺に、その中心にきらりと反射するような金――そんな星空色した目の子供とも大人ともとれるような顔付きに、よくよく邪魔と言う大きな胸、レオの肩の下にはなる身長で、エプロンをつけ片手にフライ返し、……その視線は物言いたげにレオを見ている。
「……ルキ」
「おそくない? おかげでボクひっさしぶりに目玉焼き焦がしてるよ?」
「目玉焼きを認識できるように焼けるだけ進化してると思うぞ」
フォローなのかフォローでないのか。少々小ぶりではあるがレオと同じ指輪をつけたの女――ルキは、レオのその唇に一気に不機嫌になる。ぎろっとレオを睨む目は、向けられている本人は見慣れて飄々としているが、浮気をされて今にも相手を殺さんとする女のタイプの怖さがある。
ひょいひょい、とレオが態とらしく手に持った封筒を振ると、ルキはあっさりその目付きを止め、首を傾げた。
「で、……何その手紙?」
「知らん。宛名はミエールキイで、差し出しは……獣人商会懸賞部。なんか出したのか?」
「ああ! 最近雑誌の懸賞にたまーに出してるアレかな? あははっ、あんなの本当に抽選してるんだ!」
「……確率論の計算はやめとけ。まーた誰かが職を失う」
「なになに、ということは計算ミスをそのまま公式につっこんだヤツを知ってるとでも言いたそうだね!? はやくおしえて! そして、その手紙をあけて何等確認してそれを元に計算してごく自然に事実を世に知らしめるから!」
ひょいっとその封筒を、レオは持ち上げる。ぴょこぴょこルキは跳ねて取ろうとするが、もとからある身長差からして取れるはずなどないのに、やけに必死だ。
玄関からひょこっと、白髪のヴァンパイア、アッシュが顔を出す。
「おーい、レオニード。君のだっていってミエールキイの焼いてる目玉焼き、ダークマター化してるよー?」
「こっちだって言うことあんぞアッシュ。料理を教えるのはいいけどな、食材を無駄にすんのやめろ」
「あははっ、やだなぁ、レオ。実験に置いてロスはつきもの、だろう?」
「料理は科学っていうのは認めるが、失敗する余地ねえもんで失敗してんじゃ実験といえんのか? 手順ミスだよな?」
以前よく使っていたいいお姉さんな口調で正当化しようとするルキ。レオはその額を小突いてから、ルキのエプロンの大きなポケットへ封書を滑り込ませ、さっさと家に戻っていく。なにそれと興味を示したアッシュがレオと入れ替わりで出ていき、ルキと一緒に封書をあける音がした。
家の中で確認すりゃいいのに。
入った途端焦げ臭かった。顔を顰めつつ調理用ヒーターを確認するが、もうすでにきってあった。
ちゃんと椅子に座ってご飯を待つフィーの横に座る。フィーはなんだか照れたように話しかけてきた。ああこれ、惚気だ。レオは確信した。しかし白々しく話を進める。
「ねー、レオー。昨日蝶手紙がねー、きてたの!」
「お? 誰から――は要らねえか。エルフの王だろ」
「うん! なんかね――」
「は?」
「え?」
玄関の方からやけに大きな疑問の声が聞こえた。フィーはそれに気を取られ、首を傾げながらそちらを見る。ダダダダッと、外に居た二人が手荒に扉を締めつつ、戻ってきて、そっと、食卓の中心に封書の中身を広げる。
「……当選おめでとございます、はテンプレだからいいとして」
「んー、んー? これいっぱい民族語はいっててフィーよめない……あっ、ちゃんと公用語もあった!」
紙をフィーがさっと奪う。私が読む! と主張するその行動に、ルキとアッシュの視線はそちらへ。レオの視線は机に残された、四枚の爽やかな水色を基調としたとても高価そうなチケットへ。
「……んーと! 特等の、南国高級リゾート地、りりたわ? へのご招待チケットを、お送りさせていただきました?」
「……リリタワっていうと、確か」
「まちたまえレオニード。どうせ君のことだ、ロマンのない台詞が飛び出るに決まってる」
「あそこはボクも気になってたんだよねー! お遊びで作った魔法の発動だけを阻害する土地! まさかぴったりリゾート地になってあそこまで発展してるとは予想外だったけどさあ!」
「……ミエールキイも相当だったねえ……」
「でもさ! 海だよ! 海! ねえねえフィー、君も海好きだよね? シーフードいっぱい食べられるよ?」
「たこ、いか……かに……えび……っ!」
じゅるり。ただでも朝食お預けなフィーは、決壊したダムのように唾液を流し始めた。ルキも常日、「いいなあ、ボクもいろんなとこいきたいなあ」なんていうのに旅行も何もまだしたことがないのだから、それはもう大喜びでもう踊りだしている。
「……えーと、各員、私は提案したい」
この所なにかと姿を消すアッシュが静かに、静かに手を上げた。
「これは内密に、……四枚だ。いいかい、僕たちはぴったり四人……リリタワなんてそうそう行ける場所じゃないよ。よく見ろ……ホテルだって名の売れたところだ。おおよそ私の年収ほど……、レオニードの収入も合わせて余裕持っていけるかな、ぐらいの場所なんだ。いいかい、誰かに譲渡して……って、まったくもってそういうつもりなさそうだねえ、ははは」
そもそも、ルキはもう砂浜、海と呟いて目を輝かせているし、フィーはもう机さえかじりそうな勢い。レオとしては正直どちらでも良い。
何を懸念したのだろうか。大体予想はつくのだが、レオは言わないことにして、「じゃあそれで」と。
置いてあったチケットを手にとった。特別転移魔法による入場のみを、とか書いてある。一番目立つのは、ぴったりと本日の日付。
「これ、日付指定されてるな」
「えっ、嘘でしょレオ」
「えびーいつー?」
「……今日中」