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第九話 語り部

 その男が村に来た日は、ちょうど収穫の祭りの日だった。村の中央にある広場には、たくさんの人が集まっていた。広場のそこかしこで、芸人たちが歌ったり踊ったり大道芸をしたり、持ち芸を披露している。人気のある芸人のところには、すでに人だかりができていた。観客たちは自分の感心した分だけ、芸人の前に貴重な穀物を置いていくのだ。

 人気のある芸人のところは混みすぎているためか、男は人が少ない方、少ない方へと歩いて行く。やがて、広場の隅っこに座っている一人の老人の前に来た。

「目の前に御祝儀盆ごしゅうぎぼんがあるところをみると、あんたも芸人かい?」

 問いかけられた老人は男を見て、ゆっくりかぶりを振った。

「へえ、それじゃあ、何だ?」

「わしかね。わしは語り部じゃよ」

「かたりべ?」

「そうさ。おまえさんは文字というものを知っておるかね?」

「文字なら知ってるさ。この間、山向こうの村で大きな板に書いてあるのを見たよ」

「そうか。まだ多少は看板が残っておるのじゃな。まあ、いずれ時間の問題じゃろうが」

 老人はぶつぶつ言いながら、遠くの空を見ている。

 男は老人の心を現実に引き戻すため、再び質問した。

「語り部ということは、何か面白い作り話を聞かせてくれるんだろう?」

「残念ながら、それは違う。わしの話は面白くないし、作り話でもない」

 そう言われると逆に、男はちょっと聞いてみたくなった。

「とりあえず話をしてみてくれ。面白いかどうかはおれが判断するさ」

「変わったお人じゃな。この辺りではあまり見かけぬ顔じゃが」

「おれは旅人さ。好きであちこち歩いてる。すると、いろいろ頼まれ事をされるんだ。離れて暮らす家族の安否を伝えたり、よその地方の情勢を聞かれたり、場合によっては珍しい薬草を探したりもする。たいした収入にはならないが、何とか食うに困らない。まあ、おれのことはいいだろう。話を聞かせてくれよ」

 老人はうなずいた。

「わしが子供の頃、この世界は今よりずっと繁栄していた。食べ物も豊富にあったし、様々な便利な道具もあったよ。言葉は話されるだけでなく、文字という目に見える形であふれていたんじゃ。当時はまだ紙がたくさんあったしの」

「カミって、商人あきんどが品物の数を書きつけておくのに使う、石版みたいなものかな?」

「そうか、知らんか。紙とは、木材などの繊維を薄く膜状にばした、白いものじゃ。これに文字を印刷していたのじゃ。ああ、印刷というのは、文字の形を紙の上に黒くる技術のことじゃよ。もっとも、わしが十代になった頃にはほとんどデジタル化、あ、いや、電気や磁気を使った目に見えない形に変わりつつあったがね。そんな時に、あの『太陽の大嵐』が来たのじゃ」

「ああ、それは聞いたことがある。大変だったらしいな」

「そうじゃ。それは、学者たちの予想をはるかに超える、強烈な電磁波の襲来しゅうらいじゃった」

 男はチラッと太陽を見た。

「だけど、人間に害はなかったんだろう?」

「肉体にはな。じゃが、電気や磁気で書かれた文字はすべて消えたよ。ありとあらゆる記録が、一瞬のうちにな。契約も、銀行の預金残高も、個人情報も、国家機密も、すべてじゃ」

「おれにはわからない言葉がたくさんあるが、まあ、平たく言えば、とても困った、ということだな」

「うむ。だが、本当の災厄さいやくはその後じゃった。デジタルな情報だけならまだしも、残っていたアナログな、つまり、紙に印刷された記録も、パニックにかられた民衆によって、ほとんどが破壊されたり、焼かれたりしてしまったんじゃ」

「ほう、それは何故なぜだい?」

「例えば、おまえさんが誰かに穀物を預けていたとしよう。ところが、記録はすべて消えてしまった。ところが、別の誰かは、預けた記録を書いた紙を持っている。どう思うかね?」

「なるほどなあ」

「各地で暴動が起こり、文明は一気に何百年も逆戻りしてしまった。今では、細々と穀物を作ることで人類は生き延びている。しかし、少しずつでも言葉が蓄積されれば、また文明のはなが咲くこともあるじゃろう。そのためには、今はこうして誰かに語りぐしか方法がないのじゃよ」

 男は布の袋から一にぎりの穀物を取り出して、老人の御祝儀盆に入れた。

「確かに面白くはなかったけど、大切なことを教わった気がするよ。本当はコメの方がいいんだろうが、おれがこの間までいた地方ではソバが主流でね。少しですまないが、おれもあまり手持ちがないんだ。それじゃ、そろそろ行くよ。ああ、そうだ。旅先で今のことを話してもいいかい?」

「もちろんじゃ。それより、祝儀はらぬから、わしの頼みを聞いてくれんか?」

「ああ、いいとも」

「この世界のどこかに、文字を印刷した紙をじたものが残っていないか、探して欲しいんじゃ」

「ほう、それは何だい?」

 老人はあこがれを込めて答えた。

「それは、『本』、というものじゃよ」

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