卵焼きとお肉
厨房で鼻歌交じりにフライパンを火をかける上半身裸の男ギリアムである、飲食店でその格好はどうかと思うのだがエプロンも彼につけさせると涎掛けにしか見えない。油が跳ねても熱くもなんともない強靭な肌を持っているので気にならない。絵面を抜けばの話だが。
「朝飯と言えば卵焼きと白飯だな」
卵を取り出そうと業務用冷蔵庫を開ける。
卵、普通の卵はもうこの国には無い。あるのは
「よし、味的にも鶏と変わらないコカトリスの卵にしよう」
そう、魔物の卵だ。それもダチョウの卵と同じぐらい大きい。
鶏が変異した結果がコカトリスだと思っているが果たしてどうなのだろうか?
養鶏場なんてもう地獄絵図なのではないだろうか、狂暴かつ猛毒を持つ魔物だ。大異変直後では鶏を飼育していた人が食い殺されたなんて話をネットで見かけた。それがコカトリスなのかどうかわからないのだが獰猛な魔物には違いない。
しかし、コカトリスの卵がなぜここにあるのか。
「んん?在庫がもうねぇな。狩りにいかねーとな」
一言で言うと彼は毒が効かない。コカトリスなんてただの蛇の尻尾の大きな鶏である。
しかしながらコカトリス本体は一度も仕留めたことは無い、巨体に見合わない逃げ足で去ってしまうからだ。
コカトリス側からすると、一番の武器の毒が効かないうえ羽を広げても自分より大きな体ときたら逃げに徹するであろう、卵も孵ってはいない。また雄を見つけて安全な所で育てればよい。
異変後野生の動物いや魔物は知能が軒並み高くなったと感じられる。
握りこぶしを作りそのまま振り抜いた。卵に向かって。
卵の殻とは思えない硬質な音が厨房に鳴り響き卵にヒビが入る。
前にシンクの角で卵を割ろうとしたのだが卵とは思えない硬質な殻、見た目通りの硬さでシンクの角の方が卵に負けて変形してしまったのだ。残り3つの角とも試してみた結果。厨房で転んでも致命傷になりにくい丸角になってしまった。この事態に頭にきたギリアムは怒り任せに卵に拳をぶつけた結果がコレである。
両手で卵を掴みヒビを広げるように横に引っ張る。異常な破砕音を立てる卵の殻の中から黄身と白身が出てきた。
サラダボウルに入れて普通の卵焼きを作る。因みにギリアムは醤油派である。
「毎回思うがでけぇな!2人だとぺろりとくっちまえるんだがな」
ギリアムはふと思った事がある。今日は自分含め4人分である。
だとすると足りない。冷凍庫を開けると凍った肉塊を取り出した。
「解凍する暇がねぇな。奴らには卵を食わせておこう。おっとっと卵が焦げる」
あとは適当に冷凍サラダを解凍して缶詰のシーチキンやらを使っておけば女性陣には文句は言われまい。
さて、あとはあの寝坊助を起こして娘2人を呼ぶだけだ。
「おい寝坊助いつまで寝てやがる。あの卵の音で目が覚めないなんてどうかしてやがるぜ」
ホールの隅に丸まっている布団の塊が一つ。
ギリアムは布団を引っぺがすと窮屈そうなスーツの青年が出てきた。
「おいヨルン起きろ飯が出来たぞ、顔洗ってこい。」
「もうそんな時間かおはよう」
大きなあくびをするヨルン、渋々と言った感じに立ち上がると厨房の方へと入っていった。
前はあんなに朝が弱い奴ではなかったはずなのだけどな、だんだんひどくなってきているな。
ギリアムは心配に思った。これも変質による影響だと思うのだが、そのうち日中は動けなくなるのではないかと思うぐらい動きが鈍い。動けなくなったらたたき起こすしかないな。とギリアムは深く考えるのをやめた。不安な気持ちで始まるのは勘弁してほしいからである。
「娘っ子共!飯が出来たぞ!」
キッチンで顔を洗っているヨルンを横目で見てその奥の扉へと向かった。
厨房の奥扉を開けて大声で呼ぶ。聞こえてはいるだろう。前もこうやっていたのだから。
「朝食が出来たと聞いて。」
「おいしそうな卵焼きの香りですねぇ」
シアとユキが呼ばれてすぐに部屋から出てきた。
服装を見てギリアムは吹き出しそうになってしまったがそんな失礼な事をしたらきっと目線と口撃で殺されてしまうだろう。ぐっと我慢だ。
2人の服装は似合っているのであるが、唐突すぎる。手荷物は無かったはずだ。
「飯食う前に聞いていいか?」
ユキはシアの私物を貸してもらっているという事。物質圧縮収納パーツの事を説明した。
彼は「そうか、なるほどそういう事か」と、言っているのだがそういう事を言う人に限り全く理解していなかったりする。大して重要ではない話なのでそういう物もあるという形だけで終わろう。
「その圧縮収納の中に大きめの男物は無いか?ヨルンの服装が少しかわいそうになってきた」
「人の心配する前に自身の上半身の服を考えたほうがよろしいかと思いますが…。」
「俺のはどうせサイズがない。分かっているからあえて聞かなかったんだ」
確かにギリアムの立派過ぎる上半身は肩辺りでつっかえて敗れてしまいそうだ筋肉的な意味で。
シアは「わかりました。」と、一言。検索をかけ始めた。
「検索結果2件、本人が居ないのでおおよその結果ですが上下セット2着とも出しておきます。」
「朝から騒がしいなー、なにやっ…!?」
ヨルンはタオルで顔を拭きながら登場してそのまま固まった。きっとリアクション芸人の素質があるのだろう。
飛び切りの反応を見せてくれた。痛快痛快。
「その服…」
先ほどと同じ説明をし、ヨルンの方は完全に理解できたようだ。
シアが先ほどの服2セットをヨルンに渡す。
「さすがにその意味の分からない窮屈そうな恰好では訓練できないと思い用意しておいたので。それに着替えてください。」
意味の分からないって所は余分だろう!と、ユキは思ったのだがヨルンの反応は意外な物だった。
「やっぱり変だよな!助かる!やっとこの服からおさらばだ!」
怒ると思っていたのだが、思わぬプレゼントに喜んでいるようだ。悪い方に転がらなくてよかった。
シアの方も挑発したつもりだったのだが喜ばれてしまい少々残念そうだ。
「メシ冷めちまうからあとから着替えろよ?」
「ああ、わかっている。とりあえず朝飯にしよう」
すでに配膳は済んであるようであったので適当な席でと言っても自然と男と女に席は別れるものだ。
ユキが座ったらその隣にシアが座りと言う感じになった。
白いご飯とシーチキンサラダと卵焼き。
んん?卵焼きがある。あれ?卵って日持ちしないはずでは?まさか…聞かずにはいられぬ!
「卵って鶏も漏れなく変質しちゃったのではないのですか?」
「こいつはコカトリスの卵だ。でかいがふt」「ええええええ!!」
ユキの素っ頓狂な声が店内に響き渡る。
かなりの声量だったのであろう正面に居たヨルンとギリアムが両手で耳を押える程だ。
「ユキ、大丈夫ですよ?これには毒は入っていない。むしろ美味です。」
シアの冷静な分析に落ち着きを取り戻したのだが、驚きは隠せない。日本に居た頃ゲームで見たことがあるあの鶏の化け物の名前が出てきた。得体の知らない魔物の卵が食卓に並ぶ光景。口にする前だが正体を知ってしまうと、おいしいと言われていても疑ってしまうものだ。味覚は人それぞれなのだ。
「ユキさん、普通の鶏の卵と変わらないから食べてみるといいぞ」
「うっ…は、はい。少々抵抗がありますが、食わず嫌いは良くありませんね…」
ゲテモノを食わされる芸人の気持ちがすごく分かる気がする。唯一の救いは見た目が普通の卵焼きと言う点であろう。3人に注目されながら意を決して口の中に黄色い欠片を入れる。
「ふぁれ?…んっ…普通の卵焼きの味…よりも味が濃くておいしいです!」
「そりゃよかった。地域によっては砂糖入れるところもあるからなそこが心配だったぞ!」
ユキが心配したのはそこではないのだが…とシアが小言で言っていたがユキ以外聞こえてはいない。
魔物でも食用出来るものがあるのだろうか?気づいたら自分の皿の卵焼きは無くなっていた。
「さてそろそろ焼けたかな?朝から重いかもしれないが今日は訓練があるからな。肉も用意しておいた!」
そう言いながら厨房へ向かい大きな皿を持って帰ってきた。
確かに大きな肉だ。肉塊とも言えるものだろう。豪快にオーブンで焼き上げただけの肉塊だ。
「ちなみにこれは何の肉なのですか?」
「これは変異前の牛肉だ!今は絶滅してるのかもしれないがな!こんな日だ力を付けて行こうか!」
「むっ、これは貴重。近々食べれなくなる絶滅種の肉。」
「これは貴重だ…本当に食べていいのか?」
もちろんよ!と、言わんばかりに笑顔で親指を立てる仕草をする。テンション高くなるとただの陽気なおっさんになるのか。シア以外の人物像がいまいちつかめない…。
とりあえず今はこの貴重なお肉を食べて練習に励もう。
誤字脱字は脳内補完してくだちい。
あと卵は醤油派です。