彼は見た。彼女は気づいた。
だいぶ遅くなりました。すみません。
蛍光灯が照らす廊下に響き渡る音がした。それは誰かが扉を閉めた音だ。
乱暴に扉を閉めた張本人は焦っていた。まさかシャワー室の扉を開けっぱなしだと思っていなかった。鍵は管理人と言うよりギリアムの部屋にまとめてあるのでそれを拝借してきたのだ。
着替えを渡すのを忘れていた事、うっかりしていたのは認めよう。
どうせさっき下着を見たばかりだ。脱衣室に少し入ろうが向こうも平然としているだろう。甘かった。
自分自身がこんな状態になるとは思っていなかった。
「ノックもしなかった俺が悪かったのもある…!だが、だが…!」
脱衣場手前の廊下、壁を背もたれにして座り込む男、ヨルンである。
すでに頭の中は真っ白で誰に言い放っているかもわからない言葉を放つ。
だが普通に考えてあそこの扉は閉めるものだ。なぜ開いていた?
考えるだけ無駄だろう、見てしまったものはしょうがない。人形の様な後姿だった。眼福眼福…。
運がいいのだと自分に言い訳をしたのであった。
(うーん、それにしてもキレイだったな。俺はロリコンではない…。明らかにあれは発育不足だろう。)
とてもユキ本人の目の前では言えない失礼な話を心の中でする。いつの間にか胡坐をかいて廊下に座っている。脱衣場前で目を閉じ首を傾げウンウン唸っているヨルンの姿を傍から見るとアブナイ人に思える。
先ほどの出来事を回想していたヨルンの鼻息が少し粗くなったと共に目がカッと見開かれる。これでは完全に危ない人だ。
「そういえば尻尾。あの奇麗な尻尾…あの尻尾触りたい…でも…」
思わず声に出してしまう。慌てて口を噤む、シャワーの音が聞こえる。足音も無し。気配はシャワー室のみ。どうやら聞こえてはなかったようだ。
これは人には言えない、恥ずかしくて言えない。
ヨルンは、そう、尻尾フェチである。それも重度の尻尾フェチだ。
異変前の世界でも犬、猫、トカゲ、終いには尻尾と呼べるかも微妙なところの魚の尾。
見る、触る、嗅ぐ。変態的に尻尾を愛してやまないのである。
余談ではあるが、小学校の時の将来の夢は『しっぽ収集家になる』っと、いう一風変わった物であった。 先生に意味が分からないから他ににしなさい。と、言われ続けていたのだが、彼の父親は『小学生の夢だろう?その事が夢であるから何も問題はないだろ?俺なんて普通に夢はサラリーマンだったんだ。普通すぎるより良い事だ』との事、親は何も問題はないと逆に先生を抑え込んだこともあった。
それがいけない事ではない事にしろこっそりと変態チックに育ってしまったのは確かであろう。
群を抜いて奇妙な趣味を持つヨルン。そんな彼がユキのしっぽに興味を示さないわけがない。
「どうにかしてあの尻尾を触りたい。どうすれば…どうすれば…」
再び目を瞑り思考の海にダイブする。
痺れを切らせたのかギリアムがホールの扉からこちらに向かってきていた。だが瞑想中のヨルンは気づかない驚くべき集中力である。
「お、おいヨルンなんでこんなところで胡坐書いて座ってるんだ?おい。おい!…ダメだなたまにこいつ瞑想スイッチ的なのが入って何も聞こえなくなるんだよな…意味が分からんわい」
どうやら初めてではないようだ。ギリアム自身は何がキーでこの瞑想モードに入るのかわかっていないようだが数分もしたら帰ってくるだろう。いつもそうだから。
彼は本来のすべきことを忘れてはいけないと思い。ギリアムは扉の向こうのユキに呼びかけヨルンを一瞥しその場を去る。瞑想モード中は何をしても無駄なのだ。
ヨルンは瞑想中に幾度も尻尾を触るためのシチュエーションを考える。
『尻尾をちょっとでいいから触らせてくださいませぇ!!』『無理矢理でも触るぞ…?』『先っぽだけでいいからね?ね?』などなど、数々のシーンを予想しているのだが…。
当然だが会って間もない女の子に『尻尾触らせてくれ』なんて言ったらセクハラみたいな感じになりそうだな。…『みたい』ではなく確実にセクハラだろう。
嫌われたら尻尾が遠のく、それだけは避けたい。その事態を避けるべくこの衝動を全力で抑え込まなければならない。このヨルンの衝動をわかりやすく例えるに三大欲求が四大欲求に増えたと言えばわかりやすいだろう。抑えることは出来る、だが、限界という物が何れ訪れる。
(そうか、尻尾の事を考えるから駄目なのだ。そうだな…)
真っ先に浮かんだものは奇麗な後ろ姿のユキ。いつもクールぶっているものの欲求には忠実である。
一瞬ではあるもののしっかりと眼に焼き付いている。白い肌、尻尾、形の良いおしり。
歳も見た目的には近いだろうし…たぶん。ロリコンではないぞ俺は。
やはり健全な男の子であることは確か。彼の中でユキという者は完全体。尻尾と美女の終着点。すなわち神とも言える存在であった。
鼻の下を伸ばして妄想をしていると不意にドアが開いた。もちろん更衣室のドアである。
いつの間にかシャワーの音が消えていた。またもやユキとばっちり目が合ってしまった。
ユキが不意ににこりと笑い言葉を発しようとした。
それに反応したヨルンは慌ただしく立ち上がり。固く目を瞑り瞑り頭を下げたた。確認不足が故の事故であったわけでヨルンにすべて非がある。彼自身もそれは分かっていた。
「あの、先ほどのは事故みたいなものですから気になさらないでくださいね?」
「先ほどは申し訳ない。デリカシーが全く無い俺が悪い。許してもらえるだろうか?」
同時に言葉を発した。数秒目が合った状態で固まっている二人。双方どう動けばいいのかわからないのだ。ユキの方は『言い訳が来る』と思って、いじり倒してやろうかと思っていたからだ。
こう頭を下げて許しを請われると『なぜノックしなかったのか?』と聞けない。
一方ヨルンの方は、責め苦が来るのではないかと思っていて拍子抜けの硬直であったからだ。
この謎の沈黙を破ったのは二人ではなくギリアムの声であった。
「おい、お嬢ちゃんやいい加減飯が冷めちまう早く髪の毛乾かしてきな!」
ホールの扉越しに聞こえる大きな声だ。怒ってはないだろうがもう少し待たせたら怒るであろう。
ユキの脳裏に先ほどの失態が浮かぶ。急がなければ。
「ああ、すみませんでした!でも、ドライヤーなんてこの部屋になかったですよ?」
この声量、下手すれば近所迷惑だ。ギリアムは「あー、そうだった!」と、一言。
「すまんかった。滅多に使わないから娘の部屋にドライヤーがあると思う。1分ぐらい待ってくれい!」
娘…ムスメがいるのか。と言う事は既婚者?
娘さんは生きているのか?それは聞きづらい。お亡くなりになっていたらそれはもう地雷トークであろう。
そうこう考えてるとヨルンもやっと頭を上げた。心なしかヨルンの頬が赤い気がする。
加虐心を煽る表情だ。
「本当に私は怒っていませんので…ヨルンさんも気にしないでください。でも、ノックはしてくださいね?」
「うっ、ああ…まさかあそこの扉が開けっぱなしだと思わなかったんだ…本当に済まない」
ギリアムがドライヤーを持ってきてくれた。異様な光景になっている二人の空間を見て眉を顰める。
「なんだ?何が起きたんだ?二人はもうイチャイチャしてたのか?そりゃ申し訳なかったガッハッハ」
「おっさん話を勝手に盛るな!進めるな!それにな俺はロリコンじゃないからな!」
グサッと何かユキに刺さった気がする。なぜだろう。確かにユキ自身もロリコンではない!ではなぜ心に刺さってしまったのか。ユキは分からない。
体が変わって心にも変化が訪れている事にユキは気づいていない。
だがユキは分かっている事が一つあったのだ。
結城と言う人物がユキと言う一人の人物に変化している事を彼女は気づいていた。
仕事上の都合と体調的な都合と自堕落的な都合で執筆がかなり遅れてしまいました。スミマセン…
ボケてるところがあるのでご指摘と脳内補完をお願いいたします。
なるべく4日更新…期待しないでください^q^