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タイプ・マイナス -『科学特区』の雨は今日も笑わないー  作者: 九蓮 開花
青海・寿限無の異常な日常。または、彼は如何にして絶望するのを止めて、犯罪を愛するようになったか。
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第三話 悪戯の問題二


 店のドアの前に立つ二人の人影を見て、吉平はいかにも頭が痛そうに蟀谷こめかみを押さえた。


 そこに居たのは、後藤ごとう基嗣もとつぐ蛇目じゃのめ茉莉まつり


『組織』が誇る”掃除屋”の中でも、特に優秀な能力を持つ二人だ。

 後藤は、体格が良く筋骨隆々とした寡黙な大男で、黒スーツに身を包んだその姿は、正にギャング映画の中から出て来た殺し屋と言った風情だ。

 一方、蛇目はパンクファッションに身を包んだ二十代半ばの女性であり、顔にはパンクロックバンドの様なペインティングを入れて、風船ガムを咬んでバーのドアが閉じないように足でドアを開けている。


「……これはどういうことかな?後藤ごとう蛇目じゃのめ。私はまだ君たちに召集を掛けた覚えはないはずだが?」


 呻くように呟く吉平の言葉に対して、蛇目は膨らませた風船ガムを割りながら気怠そうに答えた。


「知らねえよ。私らの方こそ、休日だってのに勝手に駆り出されて迷惑してんだ。給料はずめよな」


「駆り出された?誰に?」


『僕だよ』


 吉平の質問に答えたのは、蛇目が無造作に突き出した左手首だった。より正確に言うならば、左手首に巻かれた小型液晶画面式ウェアラブル・コンピューター『リストトップ』。通称、『腕時計』からの音声だった。

『腕時計』から流れる音声は、明らかに未成年どころか、十代にも満たないような少年の声であり、その声を聴いた途端に、吉平は渋面を増々深くして蛇目の手首に巻かれた『腕時計』の画面に向かって苦い声をかけた。


「翼!お前は一体、何をしているんだ!お前が私の仕事について色々と知っているのは承知しているが、首だけは突っ込むなとあれほど何時も口を酸っぱくしているだろう?」


『だって、お父さん。この前テストで百点取ったら新作ゲームソフト買ってくれるって言ったのに、全然帰ってこないじゃないか。だから、茉莉まつりさんと基嗣もとつぐさんに連絡して、迎えに行ってもらったんだよ』


「ああ、あれは今日だったか。済まないな。だが、それとこれとは関係ないだろう!大体、この二人がどういう人間かを、お前は知っているはずだ!下手に首を突っ込めば、例え私の息子と言えども命はなかった所だぞ?それを判っているのか!」


『大丈夫だよ。僕がしたのは、あくまでも知り合いに電話をかけて、お義父さんを迎えに行ってもらっただけ。一応、お金は多少は渡したけれど、法に触れることは何もしてないよ。例えその後、何が起ころうともね』


「問題はそう言う事じゃない。これは大人の話だ。いいか?私の仕事と言うのは、――――」


『じゃあ、僕はもう寝るね。できるだけ早めに帰って来てね。朝帰りになると、ママが不安がるから』


「あ、コラ!話はまだ途中だぞ!翼!翼ー!」


 思わず蛇目の左腕を握りしめながら日影は大声を上げるが、蛇目の腕に巻かれた『腕時計』は、それ以上はうんともすんとも言わずに黙り込み、ただ液晶画面に時計の文字盤を映して時刻を刻むばかりだった。


「はあ……。少し前までは聞き分けの良い子だったのに、一体いつからこんな図々しい子になってしまったんだ……」


「ははは!流石の日影も子供の前じゃあ、形無しだな。喜べよ。中々の大物じゃねえか。裏の『組織』の幹部をここまで手玉にとれる奴なんざ、早々いねえよ。ありゃあ、相当なろくでなしになるぜ?」


「全くもって嬉しくない賛辞をどうも。と言うか、私としては、良からぬ人間から悪い影響を受けた所為だと思うがな?例えばそう、政治家の裏家業についてよく知っていて、夜中にバーに通う不良高校生とかな?」


「そうか。今度そいつを見かけたら始末しておいてやるよ」


 息子から切れた通信に大きく肩を落とす吉平に向かって無責任に笑う寿限無を、吉平は鋭く睨みつけながら遠回しに責め立てるが、当の寿限無は白々しい答えを返すだけだった。

 そんなコントの様な二人のやり取りを眺めて、蛇目は呆れ果てた溜息を深く吐いた。


「んな事よりさあ、いつまで私の腕を握ってんだよ?そろそろ痛てぇんだけど?大体アンタ、私のタイプじゃねえんだけど?」


「ん?ああ、そうだな」


 蛇目の言葉に我に返った吉平は、深い溜息を吐きながらその手を離した。


「はあ。私の人生最大の恥だ。こんなつまらない女の手を握りしめてしまうなどとは。はあ、今週の運気は最悪だ」


「おウォオイ!ぶっ殺されてぇのかテメエ!」


 額に指をあてながら嘆息する吉平の姿に、思わず青筋を立てて茉莉はツッコミを入れ殴りかかろうとするが、それは傍にいた後藤が茉莉の肩を掴んだことにより、阻止される。


「放せ!放せえ、後藤!テメエ、こいつ等を殺せねえだろうが!」


「ふむ。毎度毎度よく働いてくれるな後藤。それでは、そろそろ仕事に行くとしようか。きちんと車は用意してくれているんだろうな?」


「……こちらに」


 茉莉を取り押さえたまま後藤は静かにバーの外に出ると、店の前に駐車されているエンジンのかかった、四人乗りの黒い高級車の前に吉平と寿限無の二人を案内する。


 しかし、後藤の用意した車を見た寿限無は、軽く眉間をしかめると、深く溜息を吐いて後藤を振り返った。


「後藤……。おめー、車選びのセンスねえな。音に紫と緑が混ざってるぞ?」


「……どういう意味でしょうか?」


「あー良い。こっちの話だ悪かった。それより久我さん。これ。会計とは別に取っといて。迷惑料プラスアルファ。多分、これから先も貴方の店は使うと思うから、その分先に払っとくよ」


 寿限無の言葉に、思わず不愛想な顔を怪訝に歪ませて後藤は寿限無の顔を見るが、寿限無は軽く右手を振ってこたえると、店の出入り口までやって来た久我を振り返って、懐から取り出したカードが無造作に久我に渡しウィンクをする。


 寿限無からカードを受け取った久我は、店を出て行こうとする寿限無と吉平に向かって恭しく腰を折って頭を下げると、何の感情も感じさせない、けれども確かな意志の籠った声で答える。


「お心遣い感謝いたします、青海様。では、皆さま。又の御来店をお待ちしております」


 バーテンダーの久我の、深々とした礼と共に繰り出された静かな挨拶に、寿限無はどことなく含みのある笑みを浮かべ、吉平は興味深そうな表情で笑うと、ああまた来るよ。と言い残して、ゆっくりとバーの扉を閉めた。


★☆★☆★


「なあなあ、イマイチ今回の話が見えねえんだけど?そろそろ説明してくんない?」


 軽自動車の後部座席で、頭の後ろで手を組みながらパンクファッションに身を包んだ美女こと、蛇目・茉莉まつりはそう言った。

 その隣では寿限無が、肩ひじを突きながら車窓の外に流れる夜景をぼんやりと眺めている。


 助手席では日影・吉平が几帳面に夜景の映るフロントガラスを向いて、タブレット端末を弄りながら何事かの計画を立てている。


 大方、明日の仕事の手配だろうか。と当たりをつけながらも、茉莉はどこか警戒の滲み出た顔で質問する。


「頭が悪いな、今回のターゲットは伊庭・明昌。科学特区を含む裏社会では名の知れた極悪人だ。こいつを消して、その利権を科学特区に還元する。いつもの通りの、簡単な仕事だ」


「だぁかぁらぁ、そう言う事を聞いてんじゃねえよ。何でわざわざそいつを殺すのか、ってことを聞いてんだよ?」


 吉平の肝腎なことははぐらかして質問の内容には消して答えていない口調にイラつきながらも、茉莉は彼女にしては辛抱強く、会話を続けていく。


「私だって、伊庭の名前を知らねえわけじゃねえ。それなりに裏の方では名の通った名前だ。

 実益重視のリアリストで、仁義もクソも欠片もねえ、人間のクズってな。けど、その分、金の臭いに敏感だってのもな。見た目はうだつの上がらねえ癖に、お上にゃ頭の上がる奴がいないって聞くぜ?あいつの首を取ったら、お上もあいつとズブズブのスジモンも纏めて敵に回すことになる。

 だから、アンタ等だって、今まで放っておいたんだろう?いや、そもそも論として、この人数でカチコミを掛けるのは、自殺に逝くようなもんだ。私はな、刺激は好きだが、危険は嫌いだぞ?私の興味は、酒が飲めるのかと、その酒が美味いか不味いかだけなんだ。それ以上のことに、首を突っ込む気はねえぞ?」


 どこか投げやりな口調ながらも、核心を突いたその質問をする茉莉に対して、吉平は答えを返す訳でもなく、ただ冷淡の笑みを浮かべた。


「ほう?そんなことを聞いていいのか?この世界では、余程の人間でない限りは、物知りになった奴から死んでいくものなんだがね?君だって、妹に断りなく先立ちたくは無いのだろう?」


「はッ!アンタの方こそいいのか?この状況で、この距離で、私がしくじるとでも思ってんじゃねえだろうな?私の前で調子に乗ってる奴ってのは、そのままあの世まで運ばれて行くんだぜ?」


 分かりやすい挑発の言葉を並べて脅しにかかる吉平に対して、茉莉は冗談めいた仕草で、右手を拳銃の形にして助手席の吉平の頭に照準を合わせるが、その眼と口調だけは決して笑ってはおらず、言外にその言葉が本気であることを伝えていた。


 だが、


 いつの間にやら吉平は体の周囲から幾筋もの白煙が立ち上がらせると、その燻り続ける白煙を纏わせながら、バックミラー越しに茉莉を睨みながら冷淡に告げる。


「……君の方こそ、忘れてはいないだろうな。私は別に、伊達や酔狂でこの仕事を続けている訳では無いと言う事を。少なくとも、どこぞの小娘が生まれる前から、それなりの修羅場をくぐっていると言う事を」


 と、


「第一に、」


 唐突に、剣呑となった車内の空気に水を差す様に、寿限無が右手の人差し指を一本立てて、口を開いた。


「奴の銀行口座に多額の金が振り込まれていた。この事から、奴が最近かなり大きな取引を行ったことは明白だ」


 そう言うと、寿限無は静まり返った車内の人間に見せつける様に、右手の中指もゆっくりと立てていく。


「第二に、科学特区の貿易会社が、国外の軍需企業と取引をしていた。取引先は東欧の小国だが、その国はロシアとの繋がりが強い。その企業に科学特区の技術が流れた場合、まず確実にロシアに流れる」


 そう言うと、寿限無は薬指も立てた。


「第三に、東欧の小国から感謝状が贈られてきていた。宛名は、伊庭・明昌だ」


 そこまで言って寿限無は右手を下げると、以上の事柄考えられる最も『らしい』結論を口にする。


「これらの三つの点を一つにつなぐと、ある一つのストーリーが見えてくる。即ち、」


「伊庭がダミー会社を作って、それを通してロシアに最新技術を横流ししようとしてたってのか?」


 だが、寿限無が全ての言葉を口にする前に、茉莉は短く答えた。

 寿限無は飾り気の無いその言葉を端的に肯定する。


「ご名答」


「成程な。それが本当だったら、確かにデカイ。国賊っつー大義を盾にすりゃ、政治屋連中は黙ってるし、お上が動かねえ以上、スジモンがわざわざ役人の為に働く義理も道理もねぇ。これだけの頭数でカチコミを掛ける事にもうなずける。けどな」


 茉莉はそこまで言うと、納得したように体を後部座席に凭れかけたが、すぐに寿限無を振り向いて反論する。


「その後ろに伊庭がいるという証拠が無い」


 茉莉は、聴いているのかいないのか判然としない態度を取って、未だに夜の車窓を楽しむ寿限無の顔を、窓ガラス越しに睨みつけながら、話しかける。


「ダミー会社が実際に存在してたとして、国外の軍需企業と取引したとして、それが理由で伊庭がロシアに特区の技術を横流ししていた証拠にはならねえ。寧ろ、パイプ役っつー伊庭の役目を考えれば、そこまで不自然でもない。何より、彼奴にとってダミー会社を経由しての取引は、十八番なお家芸だった筈だ。今更それで尻尾を掴ませるとは考え難いんじゃねえか?」


「ああ。だが、ここに第四の要素が加わる」


「第四の要素?」


 寿限無の言葉に怪訝な顔をして茉莉は訊き返すと、寿限無は心底楽しそうに笑顔を浮かべて四本目の指を立てた。


「これだけの証拠を、掴んでいる人間がいる。もっと言えば、これだけの証拠を掴み、かつ、それをこちらに流して来ることのできる人間がいる」


 寿限無の言葉に、一瞬だけ考え込んだ茉莉は、すぐに喉の奥をくつくつを震わせて、今度こそ後部座席に深く座り込んだ。


「……ああ、成程。そりゃ安心だ」


「どうした?その人間の正体については、聞かないのか?」


「冗談言ってくれるな。私は刺激は好きだが、危険は嫌いなんだ。そいつの正体が何者だろうが、どっちみちヤバい奴だってのは分り切ってるんだ。だったら、何事もなかったことにするのが無難ってもんさ。ただ、話の要点だけが分かりゃいい。つまりは、伊庭の奴は上の奴から捨てられたんだろ?上司の女に手を出したか、余計な経費を使ってバカ騒ぎでもしてたのかは知らねーが、余計な事をして怒らせた。それさえ分かれば充分だ」


 そう言うと、未だ見ぬターゲットの死に様でも想像したのか、愉快げに口角を歪ませた茉莉は、ふと気になった事を尋ねる。


「ただ、最後に一つだけ聞いときてえのは私らが伊庭をどう『処理』するかだ。『事故死』か?『自殺』か?一応、やり方の注文も受けてるんなら、最大限ご希望に合うように努力はするが?」


「やり方についてはこれから聞くところだな。『処理』の仕方については残念ながら、どちらも違う。いや、この場合、喜ばしいことに、と言うべきかな?」


「てぇと?」


 口角をネズミを甚振る猫の様に歪めて笑う茉莉よりもさらに意地悪く、寿限無は愉快そうにまなじりだけで笑いながら答える。


「『失踪』だ。伊庭・明昌には『失踪』してもらうことになる」


 その言葉に、茉莉は軽く口笛を吹いて楽しそうに笑った。


「き・ら・わ・れ・た・も・ん・だ・ねェ。あのタコ。一体どんな悪行を積めば、そこまでされるんだ?考え得る限り、最悪の部類じゃねえかよ」


「いいや、違うね。あいつにとって最悪だったのは、」


 どこか音楽的に節をつけてそう言う茉莉を見ていた寿限無は、不意にそう言って言葉を切ると、バックミラーを睨みつけながら茉莉の言葉に応える。



「僕に目をつけられたことだ」


 



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