第一話 殺人鬼は犯罪者の夢を見るのか。
不定期更新になります。
また、是は同時に連載している別な作品。
『ファントム・オブ・ゼロフェイス』という作品から百年後の世界の話であり、彼の子孫の話です。
どちらの作品も気に入ってもらえるように頑張ります。
夢を見ていた。
三歳年上の兄と一緒になって、一歳になったばかりの妹の世話をする夢だ。
生まれてから一年が経ったばかりの妹は事あるごとに泣き、三歳年上の兄はすぐにかっこつける癖に、全く頼りにならなくて、ベビーベッドの上で泣き喚く妹を前にして、どうしていいかわからず右往左往している。
そんな二人を見ながら、自分は兄に輪をかけて何をしていいのか判らず、とりあえず妹にミルクを作ろうとして、食器棚の中にある粉ミルクの缶を取ろうとして椅子の上に乗り、そこでバランスを崩して、食器と一緒に粉ミルクまで落としてしまった。
それを見た兄は、泣きそうに歪めた顔を増々泣きそうに歪めると、床にぶちまけた粉ミルクと壊れた食器を片付けようと雑巾と箒を探し出し始め、なかなか見つからない雑巾に、手当たり次第にいろいろな物をぶちまけていく。
そうして、部屋がごちゃごちゃに汚くなったところに、母が大慌てで帰って来て、大きな声でごめんねを繰り返して、玄関の中に入ってきた。
そうして、滅茶苦茶な部屋の様子を見た母は、自分と兄と妹の三人が怪我している様子が無いのを確認して、安堵すると、軽く苦笑して自分と兄の二人の頭を撫でて、泣き喚ている妹のおむつを替えて、妹が泣き止むまで優し気に抱きしめてあやしていた。
するとそこに、早上がりの父までもが顔を出してきて、部屋の様子に驚きながらも母から事情を聴き、自分達が無事であることを確認して安堵すると、母に対しては呆れ果てたように溜息を吐いた。
そうして、帰って来たばかりの父と母と一緒になって、兄とともに家中を片付けると、皆でデリバリーのピザを取って、騒ぎながら夕飯を食べた。
そこで、夢が覚めた。
☆
「…………もう少し、マシな夢を見ればいいのに」
青海・寿限無は、カーテンの隙間から漏れ出る月光に照らされながら、起き抜けにそう呟いた。
今見たのは、記憶だ。
自分が覚えているだけの、最も古い記憶だ。
けれどもその記憶には、懐かしさよりも、切なさよりを感じよりも先に、どうしようもないほどの怒りを覚える。
寿限無は、月明かりだけが溢れる部屋の中で、ぶつけようのないそんな感情の波を頭を振って振り払うと、電球の紐を引っ張って電気をつけ、寝ている自分の傍に置かれた卓袱台の上に置いていたペットボトルを手に取り、一息に半分ほどまで飲み干す。
「ぷあ。……全く、これなら、この前見たゴキブリに追っ掛けられて成仏する幽霊の夢の方がマシじゃないか…………。そうでもないか」
そうして、ペットボトルを片手に意味もないことを呟くと、ちゃぶ台の上に置かれた目覚まし時計を見た。
時刻は十字を少し回っていた。
帰って来たのは、夕方の六時で、ちょっとした仮眠のつもりで布団に潜り込んだのだが、どうやら思ったよりも眠り込んでしまっていたらしい。これでは、シャワーを浴びる暇もない。約束の時間にも、ギリギリ間に合うかどうか。
寿限無は、軽く舌打ちをすると、目覚まし時計の隣に置いていたスマホを手に取り、待ち合わせ場所にいる筈の人物に向けて電話を掛けた。
「もしもし、日影か。あゝ僕だ。済まない。少し寝坊してね。三十分ほど、そこに行くの遅れると思う。何だったら、予定は別日に変えてもらっても構わないが、どうする?そうか。済まない。ありがとう。すぐにはそこに行けないから、悪いが適当に時間を潰していてくれないか?ああ、悪いな。済まない。ありがとう。それじゃあ、またあとで」
六畳一間のボロアパートの茶の間から電話を掛け終えた寿限無は、軽く伸びをして立ち上がると、シャワーしかついていない風呂場に入り、約束の時間に向けて身だしなみを徒と絵の初めた。
今、寿限無が暮らしているのは、幼い日の懐かしい記憶が残るマンションではない。此処には、優しかったあの両親はいない。もちろん、カッコつけるばかりの兄も、騒がしかった妹も、いない。
この小さな部屋で日がな一日を暮らしているのは、ただの十七歳の男子高校生だ。
否。
ただの、では無かったか。
身だしなみを終えた寿限無は玄関から出ると、雲の切れ間から覗く三日月を眩しそうに見上げた。
「さて、と。今日も又、人殺しに行くとしますか」
寿限無は、そう言って月光を照らす三日月を見上げながら、薄く微笑んだ。