B5サイズの紙に手書きしてラミネートしただけのメニュー表
今日も程々の客数で、程々の利益を出した私の店。
創作家庭料理という要するにただの家庭料理なジャンルの料理を売りに、店を始めてそろそろ2年が経つ。
そんな私の城にこの日、そう珍しくもないお客様がいらっしゃった。
彼らはなぜか吸い寄せられるように私の店にやってくるのだ。
それは人生に疲れはてた人であったり、枯れ木のような身体をしている人であったり、時には全くもって健康そうな人であったりした。
そんな一見無関係な彼らの共通点。
「お客様、申し訳ございませんがお客様に当店の料理のご提供は致しかねます。」
私は、彼らに料理を提供することができない。
頭を下げた。
少年はふぅんと溜め息をついて、それから言葉を紡いだ。
「やっぱりね。そうだと思った。」
少年は、別に残念そうでもなく、かといって怒りもしなかった。着ている服のポケットにそれぞれ両手を突っ込んで、自然体で立っている。
「まぁ、出してもらったところで食べられるわけでもないから、いいよ。」
つまらなさそうな顔で、少年は机に手を伸ばす。
その手は B5サイズの紙に手書きしてラミネートしただけのメニュー表に触れることなく、すっとすり抜けていった。
少年は、すり抜けた自分の手をじっと見ている。
彼らは死人だ。
その魂だけが何故か私の店に集まるのだ。
自殺した人、病気で死んでしまった人、そして事故で死んでしまった人、殺された人。
彼は綺麗な顔で、細身の健康そうな姿をしていた。事故か、殺されたか、自殺のどれかだろう。
「変なの。身体はちゃんと在るように見えるのに。」
おかしいなぁ。
そう言う彼の顔に浮かぶのは自嘲するような笑みだった。
歪んだ表情。何かに対する諦めを覚えるそれ。
私よりずいぶん若いくせに達観した、老成した雰囲気。ちぐはぐな、少年には相応しくない表情に思えた。
だからだろうか。
私は咄嗟に口を動かしていた。
「また……また、生まれ変わったら、是非お越しください。その時は、必ずご提供致します。」
なんの確約もない口約束だ。
子供だましどころではない、ましてや死人の彼は少年とはいえ簡単に頷いてくれるような年代ではないはずだ。何を言っているんだ私。
年甲斐もなく慌てた。
背中に冷や汗をかいている。
ちらりと少年を盗み見た。少年は口許を緩めて、今度は少しだけ背伸びしたくらいの大人びた笑みを顔に浮かべていた。
「生まれ変わったら、俺、覚えてないかも。それに、顔も、体格も、性別だって変わってるかもしれない。ひょっとしたら、人間じゃないかもしれない。」
若くして死んでしまったからか、やけに悲観的だった。
ようやく落ち着きを取り戻した私は何でもないような口調でくすりと笑いながら言う。
「もしどんな形であれまたお越しくだされば、同じ魂を持つ方はわかります。たとえ貴方がワンちゃんになっていたって、ふさわしいお料理をご提供いたしますよ。まぁ、お越しくだされば、ですけれど。」
私はおどける。
あの表情を、少年にさせないために。
少年は笑う。少年らしい、素直な笑みを顔に湛える。
「随分軽い口約束だね。」
「だって、どうしようもないですから。」
「それもそうだね。……まぁ、期待しないで待ってて。」
彼はふらりと店の出入口に向かって歩きはじめた。
私はそれを、頭を下げて見送る。
「また、お越しくださいませ。」
ぜひ。ぜひとも。
私はそう祈らずにはいられなかった。
知っているのだ。
彼らは皆、この店を出たときに生まれ変わる準備を始めるのだと。
以前、前世の記憶を持ったままの女性がやってきて、そう教えてくれたのだ。
「何をしても報われなくて、希望も見出だせなくて死んだの。それなのに、死んでからあんな美味しそうなものを見せられてさ。そりゃあ何がなんでも生まれ変わってこのお店の料理を食べてやろうって、そう思うわけよ。で、決意してお店を出たらカミサマに生まれ変わらせてもらえたの。」
そう言った彼女は自殺者だった。今は、旦那さんと二人の子供に囲まれて、幸せに暮らしているらしい。2ヶ月おきに家族で来てくれる常連さん。
彼女曰く、
カミサマは絶望の内に死んで生まれ変わることを受け入れられない者が、この店に自然と引き寄せられる、らしい。
私は偶々霊感というか、そういうものがあったからその人たちと会話が出来ただけ、らしい。
カミサマは喜んでいる……らしい。私の店を経由して来た迷える魂が、生まれ変わりを望んでくれるから。
『食欲』って、原始的な欲でしょう?だから抗い難いのかもね……
彼女が微笑んでいたのを思い出す。
なんだか胡散臭い三流ストーリーみたいな話だ。それもらしい、という不確定な言葉でしか語ることの出来ない陳腐なお伽噺。
私は意味もなく苦笑しながら、閉店の準備を進めた。
カランカラン
店の出入口のドアが開き、100円均一で買ったチープな音のドアベルが鳴る。
「生まれ変わるのって時間軸無視なんだね、初めて知った。」
淡々とした、あの少年よりちょっと低い男の人の声。
さも可笑しそうに、楽しそうにそう言った。
私は息を吸い、満面の笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ、ようこそ」
彼は真っ先にB5サイズの紙に手書きしてラミネートしただけのメニュー表を手に取り、それから席に着く。
「ねぇ、どれがおすすめ?全部美味しそうだから決められない。」
「時間はまだまだ有りますから、全品制覇を目指して先ずは一番上のチキンクリームドリアからどうでしょう?」
「あぁ、それ美味しそうだね。じゃあそれで……」
久しぶりに書いた小説は幽霊とのほのぼのハートフル(?)ストーリーです。
お粗末様でした。