女王陛下のメイド
「嘘よっ、その力は、ヒロインの私のものになるはずなのにっ、断罪イベントの後で、わかるんじゃなかったのっ。」
は、何言ってるんですか? このビッチは。
皆さま、初めまして。婚約破棄騒ぎを起こした馬鹿王子――今は平民ですが――の姉である至高の主、ヴィオーラ殿下に使えております、メイドのリリーと申します。先程は驚きのあまり可笑しな言葉を使ってしまい申し訳ございませんでした。
あの、馬鹿は殿下の親友でもあるグリシーナ様も困らせたではありませぬか。まったく、馬鹿のくせに身の程をわきまえてもらいたいですね。今は市井にいますから大丈夫だと思いますが、いざという時のために暗器ぐらいは用意しましょうか。それから、ナナとかいうあの娘、馬鹿のほかにも手を出していたそうです。隣国の貴族から始まり、それはもう節操も無く。それもあって、馬鹿の醜聞は広まりませんでしたが、ナナももしそれを役立てるところで役立ててくれたら国が馬鹿との結婚を認めたのかもしれないのに。
ま、今は仲良くやっていますけど、いつまでそれが持つでしょうかね。片や恋人を裏切っていたビッチ、片や王子として今まで甘やかされていた馬鹿、長く市井で暮らせると思いません。
そんなことを考えているとベルの音が聞こえてきました。どうやらヴィオーラ様が呼んでいるそうです。私は『風』の魔法を使えるので瞬間的に移動できます。
「相変わらず早いわね、リリーは。」
「ありがとうございます。殿下。なんの御用でしょうか。」
「先ほど、セラスの従者が来てお菓子と花を置いて行ったんだけど、どうやら花が風泣草で下手に活けれないのよ。」
「分かりました。殿下は花言葉を気にしてませんよね。ついでなので教えておきます。【あなたを信頼しています】【お慕いしております】ですよ。それに、一緒にあるのは芍薬ですね。この場合は花言葉云々ではなく、牡丹、つまり花王がこよなく似合うセラス様が芍薬、花の宰相を殿下に渡すということに意味があります。」
意味が分からないのかきょとんとしている殿下、いつもは凛々しいのにグリシーナ様の弟君であるセラス様がかかわると年相応の可愛らしさがうかがえます。ああ、それから風泣草はあまり馴染みがない花だと思います。とても希少な花で、触れると花が銀に変わってしまうために魔法を使わなければ活けることができないのです。
「殿下は将来女王になられます。そして殿下の夫は王になるといっても過言ではないでしょう。政治は二人が関わってなされると思いますし。それで、セラス様はご自分をよく周りからたとえられる牡丹として殿下を芍薬に例えることで求愛してるんですよ。こんだけまめなのだから、殿下もいい加減受け入れたらどうなのです?」
「なっ、何言ってんのよっ、リリーっ。もういいわ。お菓子あげようと思ったけど、私が一人で食べてしまうわっ」
「はいはい。殿下は今おふとりになられると戴冠式のドレスが着れなくなりますが、国民の税を使って作ったドレスを無駄にするのですね。」
「うう、リリーの意地悪。でも、とにかく、戴冠式が終わって国が落ち着くまではセラスに返事はできないのよ。」
「そうですね。では、紅茶を持ってこさせましたからお茶にでもしてください。では、私はこれで。」
「ありがとう。」
殿下に一礼してから廊下に出て、自分の部屋へ移動します。私は小さいころから、ここで働かしていただいております。昔からある程度は強かったので護衛として殿下付きになったのが始まりで、殿下には良くしてもらっております。そのため、殿下には幸せになってもらいたいのです。それには、セラス様に頑張ってもらうしかありませんね。
私はもう仕事を全て終えたので、これからは自由時間です。殿下が及びになったらすぐに参りますが、殿下は基本他に人がいなければ自分でやってしまう人なので、それはないでしょう。なので、訓練をします。元から体を動かすことは好きだったので見習い騎士の訓練もかねて騎士団のみなさんと手合わせをしたり、市井のほうに行って犯罪者を捕まえたりします。今日は騎士団のほうで、見習い騎士五人を相手に魔法を使わず、打ち合いをします。うーん、まだまだですね。
「やっぱり、リリーは凄いな。一応、そいつら将来有望なんだが。」
「リュシアン、来ていたのですか。ほら、あなた方も挨拶なさい。騎士団長さんですよ。ついでに私から頼んであげますから訓練つけてもらいなさい。」
「「「はいっ」」」
声をかけてきたのは、騎士団長のリュシアン。一見優しそうに見えますが、戦場に行けば、大剣を片手でふりまわしながら雷の魔法連発しますからね。強いですよ。ついでに敵につけられていたあだ名は『雷将軍』そのまんま、と思いますが雷は神鳴りですから敵から恐れられていたんでしょうね。
「別にいいんだが、その前に、リリー少し打ち合おうぜ。」
「わかりましたが、私は正攻法で行きませんよ。勝ったらケーキおごってください。」
「ああ。こっちが勝ったらいつの間にか敬語になっていた、その口調をどうにかしてもらうからな。」
「行きます。」
私は、手にもっていた剣を横に払い、リュシアンが飛びのいたところで剣を首に向かって突き出します。が、流石は十八で騎士団長になっただけあります。かわされた後、剣を弾き飛ばすため大きく振りかぶり、打ち付けてきます。私とリュシアンでは、流石に力の差がありますので後ろに下がります。で、剣を投げます、勿論顔を狙って。向こうは驚いていますね。ま、普通は剣が手から離れた時点で負けですから。しかし、私は最初っから正攻法で行かないといっています。リュシアンの後ろに回り込むと隠し持っていた短剣――勿論刃が丸くなっている練習用のものですが――を首に当てます。
「! 分かった。ケーキを奢ればいいんだな? 俺の財布が空にならなきゃいいんだが。」
「ありがとうございます。リュシアン。あ、買いに行く前にこの子達に訓練をつけてあげてください。たぶん、夕方ぐらいに終わるでしょうからそのくらいにまた来ます。」
「分かった。よし、お前らやるぞ!」
「「「はい。ありがとうございます!」」」
さて、あの子達はどこまであのリュシアンの訓練について行けるのでしょうか。ついていけたら、近衛兵とか副団長とかへの道も開けますよ。というか、ベテラン勢および上位の武官は皆あの訓練の恐ろしさを知っていますからね。それを受けたというだけで目をかけてもらえるんではないでしょうか。リュシアンが訓練をつけるのは有望な人だけですし。
私は夕方まで本を読んでいます。本当ならば私のような中流階級の者が読めるような本ではないのですが、殿下に貸していただいたのです。この国が生まれた理由を書いたものです。おとぎ話用に直されたものならばこの国の人ならばほとんど知っているでしょうが、直されていないものを読めることはほぼ無いので楽しみです。
本を読んでいるとドアがノックされました。ドアを開けると立っていたのはリュシアン。まだ、夕方ではないのですが、どうしたんでしょうか。
「リリー、訓練が早く終わったんで、迎えに来たんだが。」
「そうだったんですか。では、今すぐ用意いたしますのでもう少しお待ちいただけますか?」
「ああ。」
私は、一旦ドアを閉め、お仕着せから普通の服に着替えます。リュシアンは強くて若くして騎士団長になるほどの実力の持ち主ですし、スタイルもよく、イケメンなため女の人にもてます。なので流石に服がダサいと後で何されるかわかりません。なので、一応私にしては飾りのついたものを着ておきます。
「お待たせしました。リュシアン、ケーキは最近できた店の物がすごくおいしかったためそこの物がいいです。」
「分かってるって。それから、今日は少しはおしゃれしてんだな。いつもは飾りなんかまったくついてないだろ?」
「幼馴染なのですから、少しは私の性格わかっているのでしょう? 私は服にあまり頓着いたしません。が、今日はリュシアンの隣を歩きますから女の方にいろいろ言われたくないんですよ。」
「そうか? そういや、女っていやナナっていう奴いただろ? そいつのことなんだがなんかおかしいんだよな。」
「あのビッチがどうかしたんですか?」
「ビッチって、あってるけど。そのビッチが最近、殺されたんだよな。しかも、元馬鹿王子が行方不明ときたもんだ。しかも、ナナはちゃんと働いてたんだよ。病院で癒しの力を使って。でも、馬鹿王子とは別れていたんだ。正しい選択だけど馬鹿王子は働いてなかったんだよ。だけど相も変わらず羽振りは良いまま。リリーも警戒しといてくれ。」
「わかりました。門番やその場にいなかった使用人には王子は市井に降りて施しをしているというだけにしてますからね。もし、門から入られたらそのまま通してしまうでしょうから。にしても、ここまで馬鹿だとは思っておりませんでしたよ。」
「ほんとにな。あ、外に馬車を待たせてある。」
「ありがとうございます。」
私は歩きながらそれを聞きます。私とリュシアンは幼馴染です。二人とも修道院にいたのですが、魔法の才能があることがわかり、私は元々頭が良かったので殿下のお話し相手に、リュシアンは戦いの才能があったために騎士団に入りました。私のような者が王族の方の話相手になるなんて普通はありえないのですが、私の魔力は様々な精霊に好かれるらしく契約はしていない精霊でも力を貸してくれるのです。そのために、話し相手になることができたのです。
歩いていくと裏門が見えてきました。私たちはそこを使って城の外に出て、馬車に乗り込みました。ちなみに、馬車というのは持っているだけで一種のステータスになります。それ自体もそうですが、維持費がとても高いため、まず上流階級の人しか持てません。リュシアンは騎士団長になる際、伯爵の地位を賜っております。そのため、一応領地もあるのですが、優秀な副団長に任せてしまっているそうです。ちなみに私は階級でいえば労働者階級、つまりは最下層に位置するのですが、殿下が立太子なされた後私を直接雇ってくださったため中流階級の扱いを受けております。私には身に余りますが。そのため、本当ならば私がリュシアンに対して敬称をつけずに呼ぶなどありえないのですが、リュシアンに様付けで呼んだところ反対されまして、敬語の敬称なしで今のところ落ちついております。
城から城下町までは馬車で三十分ほどの時間です。その間には貴族のタウンハウスが立ち並びます。私はいつもはそこを歩いて町に行っているため馬車は楽ですね。魔法を使う時もあるのですが意外と疲れるのです。
しばらく話していると風景が変わってきました。タウンハウスばかりだったのから活気ある街並みへ。そのあたりで馬車を止めてもらい、ドアを開けます。するとリュシアンが先に降りて手を差し出してきます。何度も言いますが、彼は上流階級、私は中流階級です。私がリュシアンにエスコートされるのはどうなのか、ということです。それを不思議に思ったのか声をかけてきました。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありません。」
私はリュシアンの手を借りて降ります。それから、店に歩いて行ったのですが、周りの女性の視線に殺気がこもっていて怖かったです。リュシアンはきれいな緑色の髪に青色の目を持っていて日の光に当たるととても輝くのです。一方私はクリーム色の髪に黄緑の目。髪に艶があればブロンドともいえたのでしょうが、どう見てもクリーム色です。それから、この国ではいろいろな髪や目の色をした人がいます。殿下であれば金髪にボルドーの瞳、グリシーナ様であれば紫の瞳に虹色――見る角度や状況によってさまざまな色に見えるのです――の髪です。
殺気立った視線の中、やっと店につきました。店員さんも女性の方でサービスしてくれましたが、視線が怖かったですよ。流石にそこで食べる勇気はなかったためお持ち帰りにしてまた馬車のところに戻って乗り込みました。
「今度からは、リュシアンと出かけないようにします。」
「なんでだよ。俺今日何かしたか?」
「あなたが隣にいると視線で殺されそうになるのです。それから、あなたは上流階級なのですから簡単にエスコートしない。」
「別に、リリーならいいだろ。」
あっけらかんと言うリュシアンに脱力します。そうやってなんやかんやと過ごしているうちに城についてしまいました。
「とにかく、今日はありがとうございました。」
「こっちも楽しかった。また行こうな。」
「考えておきます。」
私はぺこりと一礼すると部屋に戻りました。で、午後用のお仕着せに着替えて殿下のところへとまいります。
「失礼します、殿下。ただいま戻りました。」
「お帰り。リリー。リュシアンとのお出かけは楽しかった?」
「はい。まぁ、視線が怖かったのですが。それよりも殿下。ナナのことはお聞きなられましたか?」
「ええ。あんなのが弟だとは考えたくもないわね。一応警戒はしておきましょうか。リリー悪いけど、今日からこの部屋で寝てくれないかしら。」
「寝るかどうかはともかく、夜は警戒しますからご安心を。それから、リュシアンにケーキを買ってもらいました。殿下もいかがですか?」
「あら、それはあなたのものだものリリーがお食べなさい。ただし、夕食が食べられる程度にしておくこと。」
「わかりました。失礼を承知で言いますが、これを期にメイドと夕食を食べるというのをおやめになられてはいかがでしょうか?」
「いやよ。」
私は毎日殿下と夕食をとっております。最初は毒見で私がいたのですが、なぜか殿下が一緒に食べるように仰って。殿下はいつもはわがままが少ないのですが、たまにわがままを言うととことん貫き通しますから。
私は一旦部屋に戻ってケーキを堪能したあと、いろいろと準備をします。そのあとに時計を見ると夕食の時間でしたので殿下と夕食を取り、就寝しました。
真夜中に廊下を歩く音が聞こえたので起きて、そこに向かいます。そこにいたのは、馬鹿――元王子――がいました。
「なぜここにいるんです?」
「俺は王子だ。ここにいるのが当たり前だ。それから、ヴィオーラを殺」
馬鹿が殿下を殺すとか言い出し始めましたし、剣を持っていますので話している途中ですが向こうを気絶させます。それから髪を縛っているリボンを使って手首を拘束、剣を奪っておいてからリュシアンに紙の鳥を飛ばします。これは小さいときに使っていた連絡方法で今は緊急事態に使っています。ほどなく、リュシアンと騎士の皆さまがやってきました。
「リリー! 何があった!?」
「これが侵入していたため、気絶させて剣を奪いました。さっさと牢屋に連れて行ってください。あまり騒がしくしないように、殿下が起きてしまいます。あと、この手柄は全部騎士団長がやったことです。いいですね。」
「わかった。連れていけ。朝になったら殿下に会いに行きたいと話しておいてくれ。」
「わかりました。」
私は殿下の部屋に戻ります。殿下は起きていらっしゃいました。
「何があった? 予想はついているが。」
「馬鹿を倒しました。以上です。殿下はお休みなさってください。あと、朝になったらリュシアンが来ます。」
「わかった。リリーも寝なさい。」
「はい」
翌朝、身支度を整え、殿下の身支度を手伝います。そのあと、リュシアンが部屋に訪れました。
「殿下、昨夜のことはご存知ですか?」
「ええ。リリーから聞いたのだけど、この処罰はどうしましょうか。一応、精霊に好かれていることですし、地下牢に一生幽閉するというのはどうでしょう。ですが、ナナを殺した処罰は重い。人殺しは魔力剥奪の上、終身強制労働です。いくら元王子だからと言ってこれは変わりません。というか、王子だったからこそもっと重くてもいいくらいです。」
「では、魔力を剥奪の上、強制労働ですね。ナナの件に関してはどうされますか? 他国との関係もありますし。」
「そうですね。病院で働いていたのでしょう、ならば福祉に力を入れたとして、葬式を執り行います。迅速に行いましょう。」
「わかりました。」
「お二人とも失礼いたします。そうおっしゃられると思いましたので、大臣に話は通してありますし、日程も決めときました。」
「あら、流石リリーね。何時かしら?」
「明後日です。葬式のため、なるべく早くがいいかと。」
「ありがとう。では、リュシアン、罪人の魔力剥奪を行いなさい。これは、次期女王としての命令です。」
「承りました。」
リュシアンが部屋を出ていきます。私はその間に用意していた各国への葬式の知らせを送ります。と言ってももう王様には魔法で知らせてありますから形だけですね。昨日のうちに伺うという返事が来ているため殿下にお伝えしておきます。さあ、忙しくなってきました。
今日は戴冠式。殿下の頭の上に代々伝わる王冠が載せられました。グリシーナ様は巫女となられました。相も変わらずセラス様の求愛に陛下は戸惑っておられますがね。
私は陛下にこれまでと変わらず雇われておりますが、騎士団に正式に所属することにもなりました。馬鹿元王子をとらえたことによる功績と、女性の社会進出のためだそうです。グリシーナ様と私でセラス様と陛下の恋路を今日もからかいます。
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