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【43話あとがき】ヤシロの探し物[ネタバレ&小説形式]

 ――教会でのあれこれが一段落し、ある程度時間が経過した、ある日のある午後。

 俺は、床にひれ伏し、深々と頭を下げ頬を床にぺたりとつけていた。


 土下座――ではない。


 一体何をしているのかというと……


「きっとあるはずなんだ。一粒……いや、最低でも三粒くらいは絶対に……っ!」


 場所は、陽だまり亭の二階、俺の部屋。

 木箱にワラを詰め込んだベッドと長持だけが置かれた簡素な一室。


 その床に這いつくばって、俺はあるものを探している。


 香辛料だ。


「絶対、落ちてるはずなんだ……」


 一袋で五十万Rb、日本円で五百万円もの価値がある香辛料。

 それの扱いは、とても慎重に、限りなく丁寧に行っていた。

 だが!

 人間とは愚かなる生き物である。

「ついうっかり」なんてことが多々ある不完全な生き物なのだ。


 一粒くらい落としているに違いないのだ!


 よ~く思い起こしてほしい。

 チョコフレークを食べている時……あれって結構食べにくいよな? 一塊ずつ摘まんで食べるのはちまちまして面倒くさい。まぁ、大方の人間がガッと鷲掴みにして口へ放り込んでいるはずだ。まぁ、テーブルマナーみたいなもんだ、あれは。

 でだ、そんな食べ方をしていると気付かないうちに落としていたりするもので……三日くらい経った時に机の脚の陰、棚の隅、キャスター付きのラックの下、枕元、洗濯物の隙間、その他、思いもよらないところからひょっこりと「やぁ、僕はあの時のチョコフレークだよ、覚えてる?」みたいな感じで出てくることがあるはずだ。

「あれ? 俺、落としたっけ?」と不思議に思うことも多いだろう。

 何度思い出そうとしても、落とした記憶がない。

 しかしヤツは落ちている。実際に落ちて、俺の目の前に現れたのだ。

 ならば、こう考えることに聊かの疑問を抱く余地はないだろう。


 ヤツらは、自分で袋から逃げ出したのだ、と。


 で、あるならば、香辛料だって袋から一粒くらい逃げ出していたっていいではないか! いいやきっと逃げ出しているに違いない。

 元々強奪されてきた香辛料だ。「おウチに帰りたいよ~」と夜な夜な寂しさのあまりに泣き濡らし、「分かった。俺が連れていってやるよ。お前を、お前の故郷までな」みたいなカッコいい香辛料と出会っていたとしても不思議ではない。

 事実は小説より奇なり。俺たちの日常とは、自分を主人公にした壮大なストーリーなのだから。

 そうして、二粒の香辛料は、夜中、俺が寝静まった頃にこっそりと袋を抜け出したのだ。

 ってことは二粒だな。これは一粒よりも見つけやすいに違いない。

 なにせ、危険を顧みず泣き濡らすヒロイン(香辛料界の美少女的存在)を連れて冒険に出ようとしていた主人公(香辛料界のイケメンヒーロー)なのだ。ヒロインを一人ぼっちになどさせるはずがない。


 今、俺がこうして探しているのを察知して――

「こっちだっ!」

「きゃっ!」

「しっ! ……静かに。見つかるとマズい……」

 ――的なことを、どこかの物陰でやっているはずだ。

 どこだ? どこの物陰だ?


 くそ……見つからない。

 これはひょっとしてあれか?

 誰か情報を伝えているサポート役でもいるのか?

 つまり――

「おい!」

「無事だったか!? そっちはどうだ?」

「ダメだ。こっちは監視の目がキツい」

「……そうか。しばらくはここで身を潜めていた方がいいな」

 ――的なことだ。


 お、ってことは三粒落ちてるのか。

 俄然やる気が出てきたぜっ!


「あのぉ……ヤシロさん? 何をされているんですか?」


 突然背後からかけられた声に驚いて振り返ると、そこにはジネット、エステラ、レジーナ、ロレッタ、そしてマグダがいた。


「ベッドの下に、何かを隠していたのかい?」

「あぁ、男子がベッドの下に隠すもんちゅぅたら……」

「ま、まさか、お兄ちゃんっ! エ、エッチな書物を……っ!」

「おい、待てこら! なに勝手なことを言ってんだ!? 隠してるか、そんなもん!」


 つか、こっちの世界ではお目にかかったことすらねぇわ!


「……ヤシロは、そんなもの、持っていない」


 マグダが俺の前まで来て、俺を守るように他の連中に立ち塞がってくれた。

 さすがマグダだ。俺のことをよく分かってくれている。


「……前に調べ尽くした。けど、なかった」

「お前、いつの間に、なに仕出かしてくれてんだ!?」

「……この件とは全く関係ない話だけれど、マグダのパンツが一枚行方不明」

「関係ない件を今このタイミングで言う意図はなんだ!? 盗ってねぇからな!?」

「ヤシロ……君ってヤツは……」

「お兄ちゃん……」

「こんな幼女にまで手ぇ出してからに……」

「違ぇわ! なんならお前ら探してみろよ! マグダのパンツなんか、どこにもねぇから!」

「……なくなったから、探していた?」

「違ぁぁぁぁああうっ!」


 ダメだ。こいつらは何を言っても信じてくれない。


 だが、そんな中、たった一人、俺を擁護してくれるヤツがいた。

 そう、ジネットだ。


「みなさん。ヤシロさんはそんなことをする方ではありませんよ」


 さすがジネット。いい娘だ! 俺の中のジネット株がストップ高だぜ!


「いくら同じ家に住んでいるからといって、ヤシロさんはそのようなことをされたりはしません。わたしは信じます」


 いいぞジネット、もっと言ってやれ!


「仮に、目の前に女性用の下着があったとしても、ヤシロさんがそれを盗るなんてこと…………………………」


 ジネットの動きが停止した。


 なんだよ!?

 なんで止まるんだよ!?

 はっきり言ってやれよ。

「ヤシロさんは女性の下着を盗んだことなんてたったの一度もありません」って!


 ……下着を………………あっ。


「……盗ったことが、ありますね、過去に……」

「違うぞジネット! アレは、『落ちて』いたんだ!」

「『干して』あったんですっ!」

「でも、凄く可愛いパンツだったし」

「理由になってませんよっ!? もう、懺悔してください!」


 おかしい。

 なぜこうなった?


 ちらりと他の面々の顔を窺うと……「あぁ、やっぱり……」な顔でこちらを見ていた。


 違うんだ。

 俺は、俺はただ……囚われのヒロインを、命がけで救出したヒーローと、ちょっとお調子者だけれど義理人情に厚いサポート役の大冒険の行く末が知りたくて……それだけなのに…………


 けれど、格好をつけて渡した香辛料を、「もしかしたら一粒くらい落ちてないかと必死に探していた」なんて格好悪くて言えるわけもなく…………俺は、教会で小一時間懺悔をすることになったのだった…………







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