表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界詐欺師のなんちゃって経営術【SS置き場】  作者: 宮地拓海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

532/535

ノーマの休日

※はじめに。

本編とは異なるパラレルな世界軸のお話ですので

本編との矛盾が発生しても、そっと目をつむってくださいね☆

異世界詐欺師のSSは、

そーゆーものです(^^)


なお、このSSは2022年2月24日(本編では三幕、ウィシャート騒動の真っ只中、湿地帯でカエルを見たとか大工が騒いでいた時期)に公開されたものです。

その後の本編の展開との齟齬があるかもしれませんがご容赦ください。

「ノーマちゃん、いい加減休まなきゃ死んじゃうわよ!? 寝て! もう寝て!」


 そんな会話を、ゴンスケとしていた。……気が、するさね。

 たしか、綿菓子器の注文が増えて、それと同時にアッスントから鉄鍋と鋤の大量注文が入って、あとセロンから『ろくろ』の修理が重なって火事場がフル稼働していた時期にマーシャが『この前のイカリがすっごくよくて~、またノーマちゃんに作ってほし~の~☆』って指名注文を寄越してきたんさよねぇ……


 で、注文品を全部納品して……それから、アタシはどうしたんだったかぃね?


 やけに重いまぶたを持ち上げると、よく見知った天井が見えた。

 ここは、アタシの寝室。

 どうやら、なんとかかんとか家に帰り、布団に入って寝たらしいさね。


 あぁ、そういえば、昨日意識が遠のく寸前に、「明日ノーマちゃんは強制休日だからね!」ってゴンスケが言っていたっけねぇ。

 まったく、心配性のヒゲ筋肉さね。

 まぁ、折角だからありがたく休ませてもらおぅかぃね。


 二度寝なんて、ここ数年やったことがないし。

 少し腹が減った気はするけど、寝ちまえばそれも気にならない。

 どうせ、何か予定があるわけでなし、家に誰がいるわけでなし。

 ゆっくりと惰眠をむさぼるのも、たまにはいいさね……


「ん……むぅ……」


 足元にまとわりつく布団を蹴り退ける。

 ふとももの付け根がだるく感じ、掛け布団に足を絡めて抱き枕にする。

 ……むふぅ、これ、楽なんさよねぇ。

 寝間着の前がはだけちまうのが玉に瑕だけれど、どうせ誰が見ているわけでなし……



「ありがとうございますっ!」



 突然ヤシロの声がして、思わず飛び起きた。

 体を起こせばなぜかそこにヤシロがいて、盛大に乱れた寝間着の胸元を見て、もう一度凄まじい勢いで頭を下げた。



「重ね重ね、あざーっす!」

「ふなっ、ちょっ!? み、見るんじゃないさね!」


 慌てて、大きく開いた寝間着の前を合わせる。


 なんでヤシロがここに!?

 というか、み、見られたかぃね!?


「ヤ、ヤシロ……み、見た、かぃね?」

「うん! ……え、なんのこと?」

「とぼける直前に本音が剛速球で口から飛び出してたさよ!?」


 あぁぁ、ああぁぁああ、やっちまったさね……

 ぐぅ……しかし、ここで取り乱しては余計に恥ずかしいことになりかねないさね……ここは、大人の女性らしく余裕を見せつけて……


「……ふにゃぁあああ!」


 なんか、変な声が出たさね!?

 クールに「まったく、そんな嬉しそうに見てんじゃないさね」とか言ってやるつもりだったのに!

 顔、熱っ!?


 思わず布団に潜り込み、丸まって身を隠してしまったさね。


「あぁ、悪い。ノーマが相当無理したって聞いたから、朝飯でも作ってやろうかと思ってな」


 ゴンスケさね?

 ヤシロにアタシの世話を焼くように言いに行ったのは。

 ……ったく、余計なことを。


「もうすぐ出来るから、一緒に朝飯食おうな」


 一緒に朝飯食おうな。



 ……一緒に朝飯食おうな。






 一緒に、か、……ふむ。







 もう一回だけ。


 一緒に朝飯食おうな。




「くふー!」


 脳内で何度もリフレインするその言葉が妙にくすぐったくて……

 ゴンスケには、今度お肌がすべすべになる入浴剤のセットをプレゼントしてやるさね。

 レジーナとミリィの共同製作の、花の香りのするいいヤツを。


 とはいえ、ヤシロに全部を任せるのは悪い気がするさね。

 それに、その……


 ヤシロはアタシの料理を食べると、いつも決まって「美味い」って言ってくれるから……


「ア、アタシも手伝うさね!」

「いいよ。もうすぐ出来るから」

「けど一品くらいなら、スグに――」

「今再びのあざーっす!」

「ぅなぁああ!?」


 勢いよく布団から飛び出すと、寝間着が盛大にめくれた。

 飛び出した時の四倍の勢いで布団に潜り込んださね。


 ……寝間着、ネフェリーみたいなパジャマに代えよぅかぃね。


「まぁ、今日は休んでろよ。そこまで大したもんじゃないが、それなりに食えると思うからよ」


 言ってから、ヤシロが炊事場へ向かった。

 ヤシロの気配が遠ざかり、アタシは布団からゆっくりと這い出る。

 寝間着の前を押さえ、そろりと起き上がる。


 トントンと包丁がまな板にぶつかる音。

 カンカンと鉄鍋がかまどにぶつかる音。

 パチパチと脂が高温で跳ねる音。


 自分ちの炊事場から、自分が立てたのではない音が聞こえてくる。


 そこに、人がいる。

 そんな雰囲気に、なんだかすごく心がほっこりする。


 あぁ、こういうの……いいさね。


 今度は、アタシがヤシロに朝食を……



 ――ヤシロ、もうすぐ朝ご飯が出来るさよ。早く起きるさね。



「ごふぅっ!」


 想像したら咽た。

 それは、あまりにも……あんまりにも…………っ!


「き、着替えるさね!」


 ヤシロの前でいつまでも寝間着姿をさらすわけにはいかない。

 さっさと着替えて、いつものアタシになるさね。


 こんな姿、そうそう見せられるもんじゃないからね。

 ……特別な人にだけ、見せるもんさね。こういうのは。うん。


「なら、もう少し寝間着のままで…………いや、着替えるさね」


 一瞬、思考が迷子になりかけたけれど、慌てて軌道を修正する。

 きっと疲れてるんさね。

 疲れてるから甘い妄想に取り付かれてしまうんさね。

 シャキッとするんだよ、自分!


 着替えて、髪を梳かし、唇に軽く紅を差して、炊事場へと出る。


「お。起きてきたか。ちょうど出来たところだぞ」


 リビングのテーブルに、ほかほかと湯気を立ち昇らせる美味しそうな朝食が並んでいた。

 ヤシロが教えて広まった、ふわふわの食パン。

 改良版の小型トースターでこんがりと焼いて、たっぷりのバターを塗ってある。

 近くにはリンゴのジャムが添えられている。


 そして、平皿にベーコンと目玉焼き、ちぎったレタスとスライスしたキュウリ、プチトマトが載っている。

 彩も綺麗で、半熟の卵がキラキラと朝陽を反射していた。


「……美味しそう、さね」

「簡単なもんだけどな」


 その簡単なものを美味しそうに作れるヤシロの腕前は相当なものだと思う。

 アタシも負けてられないさね。


「じゃ、食うか」


 言いながら、さりげなく椅子を引いてくれる。

 腰を下ろす際、絶妙なタイミングで椅子を押してくれるからいい位置にお尻が下ろせる。

 こういうのをさりげなくやってのけるのがヤシロさねぇ。さすが、器量のいい男さね。


 ……と、そこでふと思う。

 …………椅子?

 ……あれ? テーブル?


「コーヒーでいいか?」

「へ? あ、……そうさね」


 妙な違和感に頭をひねっていると、大きめのマグカップにコーヒーが注がれて湯気を昇らせる。

 コーヒー……か。

 実は、そんなに得意じゃないんさよねぇ。

 どっちかっていうと、アタシはコーヒーよりお茶の方が好きなんさよねぇ。

 コーヒーの香りはいいんだけど、あの苦みが……


「あとでデザートもあるからな」


 向かいの席に座り、ヤシロがそんなことを言う。

 嬉しそうな顔で。

 そんで、アタシの顔を見て一層笑みを深める。


 まるで、デザートと聞いて思わず嬉しさが表情に滲み出してしまったアタシを見て「してやったり」と思ったように。

 なんだか、アタシを喜ばせるためにサプライズをしてくれたようで、少しくすぐったい。


「そ、それじゃ、いただくさね」

「召し上がれ」


 照れながら言えば、笑いながらそんな返事を寄越す。

 話しかければ返事が来る。

 話してなくても、目の前にいる。そこにいるって空気が伝わってくる。


 こんなのが、毎朝続いたら、それはきっと幸せって言葉で表現しても間違いないはずで。

 知らず、尻尾が一回りほどふわりと膨らんだ。

 嬉しいと、つい……ね。


「美味いか?」

「あぁ。大したもんさね」


 ヤシロの朝食はどれも美味しくて、華やかなインパクトはないものの、毎日食べても飽きの来ない安心感を与えてくれる味だった。

 あっという間に平らげて、向かいでコーヒーを片手に一息つくヤシロを見つめる。


 そこにあるのが当たり前のような風景。

 そんな風になれば、どんなにいいか。


「ん? どした?」

「へ!? あ、いや……」


 見つめ過ぎたようで、ヤシロに気付かれた。

 マズいさね。なんとか誤魔化さないと……


「ヤ、ヤシロは、本当に美味しそうにコーヒーを飲むさね」

「まぁ、好物だからな。苦手なら残してもいいぞ」

「残さないさね」


 ヤシロが入れてくれたコーヒー。

 ちゃんと最後まで飲む。飲みたい。飲まなければ。

 ヤシロの朝食は、コーヒー一滴たりとも残せないさね。


「…………ぅぐ」


 とはいえ、コーヒーは苦いわけで。

 実は、まだ二口ほどしか飲めていない。


「苦いなら、ミルクを入れればいいぞ」

「……買い置きはなかったはずさね」


 ここ数日、まともに家にも帰れていなかった。

 牛乳なんて傷みやすいものは買い置きしていない。

 今、ウチに牛乳なんかないさね。


「じゃあ、今から搾……」

「すぱー!」

「食事中に煙管ふかすのはやめないか、ノーマ?」


 またろくでもないことを言い出しかけたヤシロの前で煙管に火をつければ、慌てて自分の発言を取り消す。

 ……まったく。いつになったら学習するのやら。

 …………出ないさよ、ミルクなんか。


「砂糖でも入れるかぃね?」

「砂糖は逆に苦みが引き立つことがあるからなぁ。お勧めしないぞ」

「けどねぇ……」


 ヤシロが席を立ち、テーブルを回ってこちらに来る。

 苦くて飲めないことはバレているようなんで、もう正直に白状しちまう。

 そうすれば、ヤシロが何か解決策を示してくれるかもしれない。


「口の中に苦みが残って、次の一口に手が出ないんさよねぇ……」


 お茶のように、がぶがぶと飲めない。

 舌の付け根に、コーヒーの苦みが残っている気がして。

 その苦みが、どんどん積み重なっていくようで。


「それじゃあよ」


 ぽんっと、ヤシロの手が肩に置かれ、振り返るとその手が今度は頬に触れる。


「……へ?」


 さらりと撫でるように頬を滑った指先は、アタシのアゴを摘まんで持ち上げる。

 アタシを覗き込むヤシロと、それを見上げるアタシの視線がぶつかる。


「ミルクより甘いもので口直しをさせてやろうか?」


 囁きが消えると同時に吐息がぶつかって、ヤシロの顔が近付いてくる。

 抵抗する気も起きないままヤシロを見つめていると、あっという間に二人の距離は近付いて、ヤシロの唇が紅を指したアタシの唇に触れ――




「ほにゃぁあぁあああ!?」




 ――飛び起きた。


 …………ゆ、夢、かぃね?


 ドッドッドッドッドッドッドッ! と、心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 鼓動で胸が揺れてるんじゃないかと思うほど、激しい血の流れを感じる。

 思わず見下ろした胸元は、まだ寝間着のままで、先ほどまでのすべてが夢だったんだと確信する。


「……あぁ」


 しんっと静まり返る一人きりの寝室で、アタシは――


「なんちゅー夢を見ちまったんさね!?」


 布団を抱きかかえてもんどりうった。

 掛け布団を抱きしめゴロゴロと転げ回り、尺取り虫の動きで部屋中を徘徊し、最終的に天井へ向かって遠吠えをした。



「ぅにゃぁぁああああ!」



 尻尾は、これまで見たこともないくらいに毛羽立っていた。


 ……疲れてたんさよ。

 そうさね。アタシは疲れ過ぎてたんさよ!

 だから、体が、脳が、糖分を欲していたんさね!


 だから、あんな甘ったるい夢を……





「ほにゃぁぁああああ!」





 全オールブルーム掛け布団抱きかかえ尺取り虫レースが開催されれば間違いなく優勝が出来るくらいの速度と勢いで部屋の中を何周も回遊し、体力が尽きたところで倒れ込んだ。


 這う這うの体で寝室を抜け出すと、畳の上にちゃぶ台が置かれた見慣れた居間が見える。

 ……そうさよ。フローリングにテーブルと椅子だなんて。ウチの居間はそんな小洒落た内装じゃないんさよ。

 そこで夢と気付けたはずさね……


「ふーっ……ふーっ……」


 朝から妙に疲れ、自分で朝飯を作るのが嫌になった。

 きっと何を作ろうが、夢の中の朝食には見劣りしてしまう。


「今日が休日なら、徹底的に休ませてもらうさね」


 一人呟いて、アタシは寝間着を着替えることにした。



 とりあえず、朝食は陽だまり亭でいただくことにしようと、胸に誓いながら。





「だから、ウチの居間を改装させてやるっつってんさね」

「それが他人に物を頼む態度ッスか?」


 陽だまり亭に行くと、早朝だってぇのに間抜け面を晒したキツネ顔の大工がいた。

 暇人さねぇ、この男は。


「あんた暇なんさろ? 仕事をくれてやるっつってんだよ」

「お前んとこと違ってこっちは大忙しなんッスよ!」

「はぁ~あ!? ウチは大忙しで昨日まで四連続徹夜してたさよ!」

「こっちは五連続ッス!」

「いや、お前ら、寝ろよ」


 睨み合うアタシと大工の間に、ヤシロが割って入ってくる。

 アタシらの前にコーヒーが二つ置かれる。


「それ飲んで落ち着け」


 ヤシロからコーヒーを勧められた。

 今朝の夢のように……


「に、苦いからって、ダメさよ!?」


 思わず、口を両手で押さえてヤシロから距離をとっちまった。

 だって、今朝の夢が鮮明に……


「ノーマはまだコーヒーが苦手だっけ? じゃあミルクを入れるといいぞ」


 夢と同じようなことを言う。

 ただ、夢とは違って、ここは陽だまり亭。

 牛乳がないなんてことはあり得ない。


「じゃあ、今から搾……」

「すぱー!」

「食堂内は禁煙だっていつも言ってるだろう、ノーマ?」


 大丈夫さよ。

 火はつけてないからね。


 ……状況が違うってのに、どうして同じ行動を取るんだろぅねぇ、ヤシロって男は。


「ノーマさん、ミルクをお持ちしました」

「あぁ、ありがとぅね、店長さん」


 小さなミルクピッチャーを、店長さんが持ってきてくれる。

 たっぷりとミルクを注げば、コーヒーは黒から褐色に変わる。

 これで、幾分飲みやすくなるさね。


「ノーマさん、お家をリフォームされるんですか?」

「ん? いや、どうしてもってわけじゃないんだけどね?」


 夢で見た風景が素敵過ぎて、いつかの日のために居間をリビングに変身させようかと思っていることは伏せておく。

 こういうのは、他人に話すんじゃなく、自分の心に秘めておくのが乙女の慎みさね。


「ノーマん家の居間、畳の匂いが落ち着いて好きなんだけどなぁ」


 と、ヤシロが言ったから、リフォームは中止。


「大工はもう用なしさね」

「なんでッスか!? お前ん家のリフォームくらい、片手間で出来るッスよ!」


 人の家のリフォームを片手間とは何事さね!?

 まったく、信用の置けないキツネだよ!


「キッチンをリフォームすると、お料理が随分と楽になりますよ」


 店長さんがそんなことを言う。

 なんでも、ウーマロにリフォームしてもらった厨房が機能的で快適なのだとか。

 ま、ほとんどがヤシロのアイデアなんだろうけどね。

 言われたことを言われた通りにやっただけなんだろぅ? えぇ、キツネ顔。


「ちなみに、やるとしたらどんなキッチンにしたいッスか?」

「オシャレなキッチンがいいさね」

「具体的に言うッスよ!」

「都会的で洗練された、ワンランク上のハイソなキッチンさよ!」

「今出てきた言葉、全部抽象的ッスよ!?」


 なんで分かんないんかねぇ!?

 鈍い男さねぇ、まったく!


「じゃあ、対面型キッチンとかどうだ?」


 鈍ちんのキツネ顔とは違い、ヤシロはすぐに案を出してくれる。

 こういうところを見習うんさよ、キツネ!

 しっかりするさね、キツネ!

 ヤシロはあんたの一歩、二歩、いや、百歩は先を行ってるさよ!


「対面型キッチンというのは、どんなものなんですか?」


 店長さんの問いに、ヤシロが説明を始める。

 アタシもウーマロも、興味津々でその話を聞く。


「流しや作業台って、だいたい壁に向いてるだろ? そうすると目の前は壁だし、料理する時は一人ぼっちになるよな」


 確かに、料理は一人でやるものってイメージが強いさね。

 店長さんとは、たまにここの厨房で並んで料理してるけどさ。それでも、個人戦って印象が強い。


「キッチンをリビングとの境に作って、向こうが見渡せるようにしておくと、リビングにいるヤツと話をしながら料理を出来るし、リビングから見える外の景色がキッチンからも拝めて開放感がすごいんだ」


 頭の中で想像してみる。

 いつもの、少し暗い我が家の炊事場が生まれ変わって、光の差す明るい対面式のキッチンに――




 あ、いい……かも。


 アタシが料理をしてて、そんでリビングにはソファでくつろいでいるヤシロが……




「夕飯、もうすぐ出来るからちょぃと待ってておくれなね」

「手伝うか?」

「いいや、構わないさよ」


 アタシの料理を食べさせて「美味い」って言わせたいしねぇ。くふふ。


「ヤシロは座って情報紙でも読んで……あれ? ヤシロ?」


 身を乗り出してリビングを見るけど、ヤシロの姿はない。

 どこ行ったんかぃね~? と、探していると、突然目の前にヤシロの顔が現れる。


「きゃっ!?」


 どうやら、しゃがんでこっそり近付いて、キッチンの向こうに身を潜めていたらしい。


「もう、イタズラはヤメておくれな!」

「あはは。『きゃっ』だって。可愛いな」

「か、かわっ!? か、からかうんじゃないさよ!」


 可愛かったらしいさね!

 これは……密かに練習して咄嗟の時に出せるように体に刻み込んでおかなければ!

 火事場で驚いた時は「ぉうどゎぁああ!?」って太い声が出がちだけれど、徹底的に練習すれば矯正できるはずさね!

 アタシはやるさね!


「なぁ、ノーマ。見てていいか?」

「へ?」

「ノーマの手料理の、美味さの秘密を探ろうと思ってな」


 にこにこと、アタシを見つめるヤシロ。

 秘密ったって……


「特に何もしてないさよ。味付けだって、いつも感覚でやってるしさ」


 アタシの料理はプロのそれとは違う。

 毎日繰り返している、素朴なものだ。

 カウンターを回り、キッチンに入ってきたヤシロが、アタシの後ろから手元を覗き込む。

 いくらヤシロが探そうとしたって、特別な秘密なんかありゃしない。


「じゃあ、ノーマが俺に作ってくれる手料理が一際美味いのは、隠し味のせいなのかもな」

「隠し味なんか入れちゃいないさよ」


 そこまで手の込んだことをやっているわけではない。

 アタシはいつも、普段通り――


「いつも入れてくれてるんだろ?」


 不意に、背中から抱きしめられる。

 ヤシロの吐息が耳に当たり、少し低音の声が鼓膜に響く。



「愛情っていう、隠し味を」




「ほにゃぁぁああああ!」

「ビックリしたッスね!? なんなんッスか、急に!?」


 一気に妄想の世界から引き戻された。

 ……妄想?

 はっ!? 妄想だったんかぃね、今の!?


 ……はぁ、やけにリアルな妄想で、心臓がどきどきしてるさね……


「む、胸がどきどきするさね……」

「え、どれどれ?」

「ちゅぴぃ!?」


 突然、現実のヤシロが視界に飛び込んできて変な声が出た。

 たぶん、生まれて初めて口にした、「ちゅぴぃ」なんて。


「もう、ヤシロさん。ダメですよ」

「お、おぅ……まさか、そんなに驚かれるとは思わなくて……悪いな」

「い、いや……大丈夫、さね」


 こっちが勝手に勝手な妄想しちまってただけだから。

 ただ、心臓が痛いんで、しばらく視界には入らないどくれな。


「そんで、対面キッチンにするんッスか? どうしてもっていうなら、今日からでも作業にかかってやってもいいッスよ」

「そんなの、まだ心の準備が出来てないのに無理さね!」


 あんな、心臓に悪いこと……まだ、無理さね。


 とことん空気の読めない鈍ちんなキツネ大工を突っぱねて、アタシは陽だまり亭を逃げるように飛び出したさね。


「……なんなんッスか、あいつは?」


 なんて、ウーマロの呆れたような声が聞こえたが無視をする。

 あんたには分からないんさよ。

 ちょっとしたことで揺れ動く、繊細な乙女心なんてもんはね。



 ただ、若干イラっとしたので――


「マグダに嫌われればいいんさね」


 ――足早に引き返して、一言だけ言ってすぐに出てきてやったさね。


「なんてこと言うんッスか、お前はー!?」


 なんて叫んでいたけど、いい気味さね。


 せっかくの休日。

 アタシは少し四十二区の中を歩くことにしたさね。


 対面式キッチンの導入時期を入念に脳内シミュレートしながら。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ノーマはワタシノヨメデスヨ?
ゴンスケさん、優しい……やはり乙女なだけありますね。 実は私、ゴンスケさん&トヨシゲさん&ゴリレアスさんの乙女トリオも好きなので、出番があって嬉しかったです。 それにしてもノーマさん、とんでもない夢…
ノーマが1番可愛い。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ