【5周年書き下ろしSS】ドキドキ☆タクティクス
それは、本当に偶然耳にした言葉だった。
「エステラを自然に誘い出せるセリフを考えてくれ」
よく晴れた穏やかなある日、トルベック工務店へウーマロを尋ねたボクは、よく聞き慣れた声でそんな言葉を聞いたのだ。
……ヤシロ、だよ、ね?
トルベック工務店の敷地を囲う塀の向こうから聞こえる声に、意識が向く。
ここの塀は、成人男性が両腕を上げてジャンプすればなんとかよじ登れるかどうか、そんな高さだ。
けれど、運動神経には自信があるボクにとっては、この程度の高さどうということはない。
軽く助走をつけて跳躍。塀の上部を掴んで、塀に足をふんばり、背の高い塀へしがみつく。ひょっこりと敷地の中を覗き込む。バレないように、こっそりと。
トルベック工務店の大きな倉庫の裏側、人が寄りつかないような一角に、ヤシロとウーマロが向かい合って座っていた。横倒しになった丸太に腰掛けて。
「エステラさんを誘う方法ならオイラよりヤシロさんの方が考えつくんじゃないッスか? ヤシロさんの方がエステラさんとは親しいんッスから」
自分のヒザにヒジをついて、不貞腐れ顔で頬杖を突くヤシロ。
はぁっとため息を吐きながら困り果てているというような声音で言う。
「親しいからこそ悩んでんじゃねぇか……」
「エステラさんなら、ヤシロさんのお誘いを断ったりしないと思うッスよ」
「んー……」
ウーマロが諭すも、ヤシロの膨れっ面は直らない。
「だってエステラさん、いつもヤシロさんを最優先にしてるじゃないッスか」
そんなことないけども!?
何を言っているのかな、ウーマロは? 見当違いも甚だしいよ!
高い塀にしがみついているせいだろう、少々顔が熱い。
……とりあえず、後日ウーマロには相応の制裁を科すことにしよう。
「けどさ、あいつは領主だからなぁ……」
「あぁ……確かに。それはあるかもッスねぇ」
ボクが領主であることが、今のヤシロの不貞腐れ顔の原因らしい。
ボクが領主だったら、一体なんの不都合があるというのか……
「あいつが領主じゃなきゃ、はっきりと言ってやるんだけどな」
背を丸め頬杖を突いていたヤシロが、すっと背筋を伸ばして真剣な顔で言う。
「エステラ。黙って俺についてこい」
――っ!?
「……ってな」
…………あ、危ない。落ちかけた。
びっくりし過ぎて手を離しかけた。
今ここで大きな音なんか立てたら、あまつさえ「痛ったぁ!」なんて声が出ちゃったら…………もう二度とヤシロと顔を合わせられないよ。
いや、分かってる。
ヤシロのことだし、どーせいつものように深い意味はなくて、言葉のチョイスがちょっとおかしいだけなんだ。
慎重なようで迂闊なヤシロにはありがちなことさ。
だから動揺する必要はない。
最後まで話を聞けば「な~んだ、そんなことか」ってくだらないオチがつくんだ。いつもそうじゃないか。
だから…………落ち着いて、心臓!
あんまり暴れると出るから! 口からぽーんって飛び出ちゃうから!
塀にしがみつき、深呼吸をして、再びそっと向こう側を覗き込む。
相変わらず真剣な表情のヤシロと、顔を手で隠して大照れしているウーマロが見えた。
「ヤシロさん、あの……それは、さすがに……外聞が……」
「だから困ってんじゃねぇか。……あ~ぁ。軽口ならいくらでも叩けるんだけどなぁ」
「ヤシロさん、……なんかいつになく真剣ッスね」
「まぁ、日頃から世話になってるし、利用価値もあるし」
ふぅ~ん、利用価値ねぇ。
「それにまぁ…………大切だからな」
――ドキッ。
「どうにも、俺のやり方は強引過ぎるからな。あいつなら、それでも『やれやれ、しょうがないね』なんて笑って許してくれるのかもしれないけどさ……あいつの気持ちを蔑ろにはしたくないんだよな」
――ドキドキ。
「あいつは幸せを独占することを罪だと思っているような節があるからな」
「平等を愛する人ッスからね」
「けど、あいつだって幸せを独占する権利くらいあるんだ」
幸せの、独占……
「ま、俺があいつを幸せに出来るかどうか、分かんねぇけどな」
あははと戯けて笑う声に、耳が熱くなる。
……なんで分かんないんだよ…………もう。
「とにかく三日後、さりげな~くエステラを俺の部屋へ誘う」
ぅぇぇええええええ!?
へ、部屋!?
へやぁぁぁああああああ!?
「けど、上手くいくッスかね? 仮にも領主で、お年頃の女性ッスし」
「だ・か・ら、お前に誘い文句の相談に来たんだろうが」
「オイラ、そんなの知らないッスよ!? 誘ったこともないッスし!」
「俺よかいい案出せるだろう!?」
「ちなみに、ヤシロさんの案って、どんなッスか?」
「『なぁ、エステラ。お前、俺の部屋におっぱい落としてないか?』」
「ないッスよ!?」
「いや、そう言ったら、『え、もしかしたら……』って見に来るかもしれないだろ!?」
「ないッスよ!?」
「分かんないだろ!?」
なんで分かんないんだよ! もう!
ないよ!
「ヤシロさん、とりあえず『おっぱい』とかそーゆー単語はなしで誘った方がいいッスよ」
当たり前のことなのに、すごく的確なアドバイスに聞こえるよ。
「じゃあ、考えてきたヤツ全滅じゃねぇか」
君の脳みそはどうなっているんだい!?
「エステラさんは理解のある人ッスから、疚しい気持ちがないことを伝えればちゃんと対応してくれるッスよ」
いいこと言った、ウーマロ!
ボクの中でトルベック工務店の株がググっと上昇した。
「疚しい気持ちがないことを伝える、か…………『なんんんんんっっっにもしないから! マ・ジ・で・そーゆーんじゃないから! 俺の部屋来ねぇ?』」
はい、アウトー!
それは最も悪い失敗例として記述を残すべきレベルの最悪の誘い文句だよ!
「そうじゃなくてッスね……『折り入って話したいことがあるんだ』とかでいいんじゃないッスか?」
「『なに? 今聞くよ』とか言われて、あいつの館に連れて行かれたらどーすんだよ? 俺は部屋に連れ込みたいんだぞ!?」
ちょっ!? ヤシロ!?
……何を、大きな声で…………
「じゃあ『他の人に聞かれたくないから』とか言って、『自分の部屋なら落ち着いて話せるから』とか、そんな感じでどうッスか?」
「で、『今日、家の人誰もいないんだ』とか言って女を連れ込んでるのか、このスケベ」
「連れ込んでないッスし、オイラ結構親身に相談乗ってる最中ッスよ!?」
ぷいっとそっぽを向くヤシロの顔には見覚えがある。
あれは、真面目な話が照れくさくなった時にそれを誤魔化そうとしている顔だ。
ウーマロを弄っているのも、そういう理由からだろう。
……なんだろう。
ボク、今、何を聞いてるんだろう?
こんな、男子の密会を…………聞いちゃってて、いいの、かな?
全身の血液が顔に集まってきているような気がする。
今、目の前の塀に顔を押しつけたら高温で融解してしまうんじゃないかとすら思える。
……これ以上聞くのは、やめておこう……かな。
気になるけれど……
これ以上聞くと…………ヤシロに顔を合わせられなくなりそうだ。
少々後ろ髪を引かれつつ、音を立てないようにそっと、そ~っと降りていく。
勢いよく飛び降りたりしない。察しがいいヤシロに勘付かれたら、それこそおしまいだ。
ゆっくりゆっくり、腕と足の筋肉を伸ばして地面へと近付いていく。
そんなゆっくりな動作の合間にも、ヤシロたちの会話は聞こえてくる。
「かしこまると緊張するッスから、楽しい雰囲気で、冗談とか言いながら誘うといいんじゃないッスか?」
「『あっれぇ、エステラ? またしぼんだ?』」
「刺されるッスよ!? 怒らせちゃダメッスから、そこは褒めるッス!」
「『どうしたエステラ!? 今日、めっちゃ巨乳じゃん!』」
「あり得ないッスよ!? カエルにされちゃうッス!」
うん。
これ以上は聞く必要がないだろう。
いつものようにバカな方向に話が脱線し始めた。
……ついでに言うと、 ボクの中でトルベック工務店の株がガクッと急降下した。
熱に浮かされたように覚束ない足取りでボクは領主の館へと戻る。
ウーマロに渡さなきゃいけない書類をそのまま持ち帰ってしまっていたことに気が付いたのは、その日の夕食の時だった。
★★★★★★
明けて、朝。
朝食の準備を待つ間、ボクは執務室で書類を広げていた。
書類の束から目を離し、窓の外へと視線を向ける。
三日後……、いや、一晩明けたから二日後だけど、一体何が起こるのだろう。
考えないようにしようと仕事に打ち込んでも、ふと手を止めた瞬間に考えてしまう。
そして、無意識に顔が熱くなる。
ないない。
そもそも、もし本当にそーゆーつもりなら、ヤシロがウーマロに相談なんかするはずがないんだよ。ヤシロはきっと、そーゆーことは秘密にして誰にもしゃべらないはずだから。だって、そーゆーことって人に知られると弱点になり得る情報だし、ヤシロがみすみすそーゆー情報をもらすなんてわけが…………『そーゆー』がどーゆーことかは、よく分からないけどね!!
頭を掻き乱して脳内に蔓延る愚にもつかない妄想を一掃する。
はぁー……はぁー……はぁー……
「エステラ様」
執務机にティーカップが置かれる。
ナタリアが、紅茶を入れてくれたようだ。
「こちら、よく効くお薬です」
「なんの薬!?」
よく見たら紅茶じゃなくて白湯だった。
「いえ、エステラ様が無言でにやにやして身悶えていらしたので、『あぁ、いつもの病だな』と」
「そんな病を患った覚えはないんだけど!?」
「とにかくお薬を。某破廉恥薬剤師が『むっふ~んで、まっふ~んなお薬やで~』と太鼓判を押したよく効くお薬ですので」
「効果が怪し過ぎるよ!? どの方面の太鼓判なのさ!?」
不吉な白い粉をぺいっと払いのけ、白湯を下げさせる。
「何かいいことでもあったのですか?」
「べ、別に!? ……たいしたことじゃ、ないよ」
ナタリアに話せるわけがない。
もし何かあったりしたら……いや、そもそも、何かあるなしの前に、ボクにはナタリアがついているから、何も起こりようがないんだよ。……帰りが遅くなったら、すぐに駆けつけるだろうしね。
「エステラ様。実は二日後にお休みをいただきたいのですが?」
「ふぁっ!?」
なんでこのタイミングで!?
「な、何か、用でもあるの、かい?」
「えぇ、モコカさんに情報紙の取材に協力してほしいと依頼されまして」
「また君の特集を組むのかい?」
「はい。是非ヌードを描かせてほしいと」
「不許可だよ!?」
どうして領主付きの給仕長が他所の区でヌードを衆目に晒さなきゃいけないのさ!?
許可出来るわけがない!
「では、取材はお断りして、その日は一日館から一歩も出ないことにしましょう」
「…………いや、ヌードじゃなきゃ、取材くらいは、いいんじゃないかな?」
節度さえ守ってくれれば、ほら、四十二区の印象を良くする効果があるなら情報紙を利用するのもいい戦略と言えるし。
別にその日は館になるべく居てほしくないとか、そーゆーわけではないよ、うん、別に。
「では、セミヌードまでということで……」
「着衣! 腕まくりすらしないように!」
まったく、ナタリアは……
「ヤシロに出会ってから、君は本当に変わったよね」
「そうでしょうか?」
「自覚がないなら、その事実にボクは戦慄するよ」
「確かに、一段と美しさに磨きがかかりましたね。『BU』で話題沸騰になるほどには」
「ふふん」と、髪を払う仕草が妙に絵になっていて鼻につく。
昔は堅物だとか融通が利かないなんて言われていたのに。
そんなナタリアも、ヤシロと出会った当初はかなり警戒していたのにね。
ボクに付く悪い虫は排除する、とか言っちゃって……ふふ。
「や、やめてください、エステラ様。かつて見た私のヌードを思い出して、そんな卑猥な笑みを浮かべるのは……」
「なんでこーなっちゃったんだろうなぁ、君は」
自身の体を抱きしめ、か弱い乙女のように『しな』を作って見せるナタリア。
儚げな美女に見えてしまうから、やっぱり鼻につく。
「最近は、随分と外部の人間に寛容になったよね、君は」
「それはそうでしょう」
ナタリアが言うには、かつては身分を隠して行動していたボクが、衆目のもと領主だと宣言したことが大きな要因なのだという。
「エステラ様を貴族と知らず、粉をかけるような不埒者は排除しなければいけませんが、領主を名乗るようになった今、みだりにエステラ様にちょっかいをかけようという無作法者はほとんどいませんからね」
あの厳しさも、ボクを思ってのことだったんだね。
ちょっと度が過ぎていると思っていたけれど、今ならその優しさが分かる。感謝している。
「それに、今は私が口を出さずとも、エステラ様を守ってくださる方がいらっしゃいますからね」
誰とは明言されていないのに、ある一人の顔が浮かんで胸が音を鳴らす。
そんなボクの変化を見て、ナタリアが目を細める。
……なにさ、その顔は…………もう。
「ふ、ふん。給仕長がそんな油断をしているとは、嘆かわしいね。これじゃおちおち安心して表も歩けないよ」
「それは、寝ぼけていたせいでズボンを穿き忘れて今現在パンツ丸出し状態だから――という理由でですか?」
「気付いた時にすぐ言ってよ!?」
っていうか、給仕ー!?
ボクの着替えを手伝ってくれていたはずだよね!?
ボクが忘れていたら指摘して!
「あら、今日は穿きたくない気分なのかしら?」――みたいなこと、絶対ないから!
慌てて七分丈のズボンを穿きながら、ナタリアの外出に許可を出す。
夜遅くなるかもしれないということだったので、必要ないとは思いつつも、暴漢に気を付けるように言い添えておいた。
「私は大丈夫ですが……、エステラ様。もし万が一、私のいない時に暴漢に襲われそうになったら――相手をがっかりさせないためにも胸だけは死守して……」
「早く朝食にしてくれるかなぁ!?」
なんなら、今日から外出して来ればいいよ?
全然いいよ!?
すっかりと残念な進化を遂げてしまったナタリアの給仕を受けて、ボクは朝食を手早く済ませた。
☆☆☆☆☆☆
この一年で、この街は大きく変わった。
それは、良くも悪くも。
……まぁ、悪い方の例は、ナタリアみたいなタイプなんだけど。
もちろんいい方向に変わったこともたくさんある。
たとえば、ジネットちゃん。
以前から思いやりのある笑顔の似合う女の子ではあったけれど、最近は以前にも増して綺麗になった。特に笑顔が魅力的になった。
一人で陽だまり亭を経営していた頃は、必死に隠そうとしていたけれどやはり不安が大きかったようで、笑顔がぎこちなく感じる時もあった。
けれど、最近は本当に楽しそうで、あの太陽のような笑顔が本心からのものだとよく分かる。
幼い頃のボクが、リカルドや他の貴族からイヤミを言われ、いじめられて腐っていた時に、優しい笑顔で包み込んでくれたのがジネットちゃんだ。
じめじめとカビが生えたような陰鬱な心に温かい陽だまりを与えてくれた。
ボクはジネットちゃんの笑顔が大好きだ。
ジネットちゃんが大好きだ。
「この関係だけは、いつまでも変わらないでほしいと切に願うよ」
何が変わろうが、どれだけ時間が経とうが、変わらないでいてほしい。
それが叶うなら、他には何も望まない。
それくらいに大切な存在なんだ。
「……あっ」
そんなことを考えながら大通りを歩いていると、買い物帰りらしいジネットちゃんを見かけた。
「お~い、ジネットちゃ~ん!」
大きく手を振って声をかける。
そうすればきっと、いつものように「あ、エステラさ~ん」と笑顔で手を振り返してくれる。
……そう思っていたのだけれど。
「エ、エステラさん……っ!? ぅきゅっ!」
びくっと肩を震わせ、驚愕に見開いた目でボクを見て、そして逃げるように走り去ってしまった。両手で顔を覆い隠すようにして。
……えぇぇ………………
ショックだ。
ジネットちゃんに避けられるなんて、これまで経験したことがない。
一体自分が何をしてしまったのか。あのジネットちゃんが返事もせずに逃げ出すなんてよほどのことをしてしまったに違いない。
なのに、心当たりがまるでない。
何かの勘違いか誤解であればいいと思いながら、ジネットちゃんが消えた曲がり角を見つめる。
両手で顔を覆っていた。
まるで、泣き出してしまった時のように……
ジネットちゃんが泣くなんて、家族や親しい人物に何かあった時くらいしか記憶にない。
……家族。
……親しい人に、何か…………はっ!? まさか。
「……ヤシロに、何か言われた?」
もし……
もしも……
もしも本当に、ヤシロがボクに……その、つまり、何かとても重要な案件で話があるのだと仮定すれば……
ヤシロは陽だまり亭を離れる決心をしているかも、しれない?
もしそうなら…………ジネットちゃんは、泣くだろうな。
もしそうなら………………ボクは……
「って! そんなことあるわけないから!」
ないない!
ヤシロがジネットちゃんを悲しませて、そのまま放置するなんてあり得ない!
きっと何かワケがあるんだ!
そのワケを、ボクは知らなければいけない。
ジネットちゃんを悲しませたままではいられない。
こんな形ですれ違ったままではいられない。
よぉし、調査開始だ!
ついでに、ヤシロが何を企んでいるのかも暴いてやる!
拳を握り締め、ボクは大通りを引き返していった。
ヤシロが何かする際に必ず話を持ちかけられる重要人物のいる場所を目指して。
☆☆☆☆☆☆
と、いうわけで。
「ウクリネス、いるかい?」
ボクは大通りに店を構えるウクリネスの店へと飛び込んだ。
ヤシロが何かを計画する度に、ウクリネスのもとへは様々な依頼が舞い込んでいるのだ。
ヤシロの動向を知るなら、まずウクリネスへ。これが四十二区の常識だ。
「……って、あれ? マグダ?」
「…………」
店の中にウクリネスはおらず、代わりにマグダがいた。
大きくて可愛らしいピンクのリボンを手に持っている。
ボクをじっと見つめた後、こてりと首を傾げる。
「……マグ、ダ?」
「いや、別人を装うのはさすがに無理があるよ!?」
「え、マグダって誰?」みたいな顔しても無理だよ!?
どっからどう見てもマグダだから!
「何してるのさ? 何か、見られちゃまずいことでもあるのかい?」
「……ふむ」
手に持った大きなリボンを見つめ、マグダは小さく頷く。
「……エステラ。エステラは口が堅い?」
「え? そりゃあ、まぁ」
領主として、人々に信用される人物であるように、ボクは誰かの秘密をみだりにバラしたりはしない。
「……そのなだらかな胸と同じくらいに?」
「ボクの胸は割と柔らかい方なんだけどね!」
この娘には、人にお願いをするという意識が欠けているのだろうか。
吹聴してやろうかな。
「……実は」
言いながら、マグダは大きなリボンを首もとへと宛がう。
「……『プレゼントはわ・た・し』用のリボンを」
「購入を再検討したまえ!」
「……いざという時のために」
「そんな『いざ』はまだまだ来ないよ!」
大変だ。
マグダの教育環境を今すぐに改善しなければいけない。
……ヤシロに毒され過ぎだよ、まったく。
「あら、あらあら。エステラちゃん」
店の奥からウクリネスが顔を出す。
片付けでもしていたのか、微かに汗をかいている。
「ごめんなさいね。今ちょっと、あの……バタバタしてて」
少々ふくよかなお腹が気になるウクリネス。
「動くと息が切れるわぁ~」なんて戯けている。
「それで、今日はどんなご用?」
「そうだ。ウクリネス。ヤシロから何か聞いてないかい?」
「な、何かってなぁに?」
「いや、それはまだ分からないんだけど」
「それじゃあ、分かったら知らせてね。私、楽しみに待ってますから」
うふふと、ウクリネスは上品に笑う。
ウクリネスに話が来ていない……のかな、この反応は?
まぁ、マグダがこうしてのんびりショッピングをしているわけだし、二日後に何かやらかそうって感じじゃないのかな?
ってことは、ボクの考え過ぎ? 見当違い?
…………じゃあ、単純にジネットちゃんに避けられただけ?
……………………いや、そんなはずない!
「ヤシロが悪いはず!」
証拠はないけど、確信している。
たまたまウクリネスが介入しない何かってだけだ。
「……エステラの思考回路は、急に直流になる時がある。……残念な娘」
失敬な。
これは帰納的推理というものだよ。
「ボク、もうちょっと調べてみるよ」
マグダとウクリネスに別れを告げて、ボクは大通りへと飛び出した。
☆☆☆☆☆☆
ヤシロが頼りそうな人物と言えば、ウーマロとノーマだ。
ノーマは金物のスキルもさることながら、あの美貌とナイスバディで着せ替え要員として重宝されている。
コンパニオンみたいなものだ。
ノーマがいるだけで場が盛り上がる。
特に男性陣が。
…………そんなに谷間が好きか、男たちめ。
ヤシロに協力を求められて、それを断れるノーマじゃない。
もしヤシロが何かを計画していたならば、ノーマはその準備に追われているはずだ。
「ノーマ~、いるか~い?」
むわっとした熱気がこもる工房へ顔を出すと――
「打つさね! 打つさね! 打つさね! 命削ってでもこの鋼をホンモノに鍛え上げてやるさね!」
「ノーマちゃ~ん、お顔、怖いわよぉ~!」
「般若みたいになってるわよ~!」
「鍛冶の鬼ねぇ~」
「あぁん、もう! そんなに振り乱したら『ぽろり』、ううん、『ばるんぶるん』しちゃうわよ~!」
「万物を切り裂く刃になるさねぇぇえええええ!」
…………けたたましい金属音を鳴り響かせて鬼が鉄を打っていた。
周りを取り囲む男たちの声は届いていないらしい。
……ノーマ、こんな男だらけの職場でそんなあられもない格好とあられもない顔を晒しちゃ、ダメだよ…………いくらその男たちが乙女たちだからって。
とても話しかけられる雰囲気じゃないので、気付かれないようにそっと工房を後にした。
うん。ボクが口を挟むことじゃないけれど……職場結婚は無理だろうな。
ノーマも、変わったよね。……若干、残念な方に。
☆☆☆☆☆☆
昼時になり、お腹が空いたボクは調査も兼ねてカンタルチカへと向かった。
パウラは隠し事が下手だから、もし何かを知っていれば情報を得やすいはずだ。
尻尾は口ほどに物を言う、だね。
「パウラ~、ちょっといいかな?」
「あ~、エステラ! いいところに来た! ちょっと悪いんだけどお店手伝って!」
「へっ!?」
「あたし、ちょっとだけ出かけなきゃいけないの! お願いね! 魔獣のフランクご馳走するから! じゃ、よろしくね!」
エプロンを押しつけられ、慌ただしくパウラが店を飛び出していった。
……いや、『よろしく』って…………。
「お~、エステラちゃん! ビール!」
「こっちはブドウ酒を頼む!」
「魔獣のフランク四つと、ビッグポークカツレツ!」
「いや、ちょっと待って! ボクに言われても、そんなに覚えられないよ!?」
「大丈夫! ウチの領主様に不可能はない!」
「そーだ! ウチの領主様はスゲー領主様だからな!」
「よっ! カリスマ領主!」
酔っ払いたちが見え透いたお世辞でボクをヨイショする。
まったく、もぅ。そんな調子のいいことばっかり言って……
「しょうがないなぁ、今日だけだよ!」
「領主様、サイコー!」
「「りょーしゅ! しょーしゅ!」」
「ふふふん……もう、おだてたって何も出ないよ! はい、ビールお待ち!」
まぁ、領主として期待されているなら、それに応えないわけにはいかないよね?
みんなの期待に応えるのが領主の役割みたいなところもあるし。
「「「単純っ娘、かわえぇ~」」」
向こうの方のテーブルでオッチャンたちがニヤニヤしていたけれど、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
とにかく忙しい。
陽だまり亭と違って追加注文が後を絶たないから、何度も同じテーブルを行ったり来たりしなきゃならない。
最初にまとめて頼んでくれればいいのに!
……あぁ、そういえば「お客さんたちは、あたしと話したいからいちいち分けて注文してるんだよ」ってパウラが言ってたっけなぁ。
パウラ、可愛いから。近くで見たいとか思われてるんだろうなぁ。
……とか、悠長に考えていられたのは最初の十分だけだった。
本っ気で忙しい!
あぁ、もう! みんなでいっぺんに注文しないで!
「もう! 今日は全員ビールとソーセージ限定!」
「「「ぅは~い! 領主権限、出た~!」」」
「横~暴~! 横~暴~!」と楽しそうにはやし立てる酔っぱらいたち相手に精も根も尽き果てた頃、ようやくパウラが帰ってきた。
「……エステラ、大丈夫?」
「…………大丈夫に、見える?」
「………………魔獣のフランク、食べる?」
「……………………食べる」
カウンターに座って、無口なマスターと差し向かいでもくもくと報酬の魔獣のフランクを食べた。
染み出す脂が堪らなく美味しかったけれど、あれこれ調査するような元気は、もうなかった。
★★★★★★
一夜明けて、ヤシロが何かを決行するかもしれない日の前日。
……大通りに近付くのはやめておこう。
なんだか、「ヤシロと一緒に何かやろう」みたいな雰囲気はまったくなく、そんなことしている暇もないんじゃないかってくらいにみんな多忙だった。
だから、今日はもうちょっと暇そうな人間を訪ねてみようと思う。
「というわけでイメルダ。何か隠しているならさっさと吐いて」
「エステラさんは、日に日に小憎たらしくなっていきますわね」
おほほと、笑顔の向こうに毒を含ませてイメルダが笑う。
ふん。君に対する遠慮なんて、あのお祭りの日に完全になくなったよ。
「隠し事とおっしゃいますけど、ワタクシ、エステラさんに申し上げなければいけないことなんて何かありまして?」
「あるかどうかは知らないけどさ、何か思い当たることはないのかい?」
「何かと言われましてもねぇ」
頬に手を沿え、お嬢様っぽく首を傾けるイメルダ。
こうして見ると、本当にいいところのお嬢様にしか見えない。
「『毎日ふらふら出歩いて、暇なのかしら、この駄領主は?』と心の中で思っているくらいですかしら?」
こーゆー可愛げがないところさえなければね!
「ちゃんと仕事を終えてから出てきてるんだよ、ボクは! 食事をとる間も惜しんで書類のチェックを終え、寝る間も惜しんで申請書の受理を終えたの!」
「そういう不摂生をしているから、いつまで経っても……」
言葉を濁して胸元へ視線を向けてくる。
……何が言いたいのかな? いや、言わなくていいけどね!
「何か気になることでもございまして?」
「ん……実はさ」
ゆったりとソファに腰掛け、こちらの話を聴く姿勢をとってくれたイメルダに、ボクは昨日の出来事を話して聞かせる。
ジネットちゃんがボクを避けるなんてこれまでなかったことも。
……ヤシロとウーマロの話は伏せておく。
「だから、陽だまり亭で何かあったんじゃないかなぁ、って」
「嫌われているんじゃありませんの?」
「そんなことないもん!」
「……『ないもん』って」
うっ、いや、そりゃちょっとムキになって思わず口をついて出ちゃった言葉だけど…………やめて、そんな呆れたような顔で見ないで。
「まぁ、あの店長さんが誰かを嫌ったり避けたりするとは考えにくいですので、何か理由があるのでしょう」
「だよね! ボクもそう思うんだよ。うん!」
「……そう思っていると言う割には、不安で仕方ないって顔ですわね」
「…………そう思い込もうとするほどに、ボクの中のネガティブが『ホントにそうかな? ケケケ』って囁きかけてくるんだ……」
「腹の黒いネガティブ人格を飼っているんですのね」
そうなんだよ!
ポジティブに生きようとしてるのに、ここぞって時にひょっこり顔を覗かせてボクの心を挫くようなことを囁くんだよ! ボクの中のネガティブが! ネガティブなことを!
「イメルダも、そういう経験あるだろう?」
「皆無ですわね!」
「いいなぁ、そのポジティブな性格!」
イメルダみたいに豪胆になれればどんなにいいか。
「……師匠と呼んでいい?」
「思いの外、ダメージが大きいようですわね」
だって……昨日からジネットちゃんと話せてないし。
それに、あんな反応を見たら、もしかしてヤシロが言ってたことって、本当にそーゆー意味合いかもって…………
「そんなわけあるかー!」
「あら、ダメージは大きくないのですか。では、さっさとお帰りになってくださいまし」
「もうちょっと話しようよぉ!」
「……なんでこんなに甘えられていますのかしら、ワタクシ?」
そりゃ、年齢も近いし、ボクに一切遠慮せずズケズケと物を言うのは君くらいだし。
「まだ若干、ウチの領民だと認めきれてないから領主としての観点で見ずに済むし」
「ワタクシ、もうとっくに三ヶ月以上四十二区に住んでおりましてよ!?」
いやいや。
君の家は四十区で、この館は別荘みたいなものじゃないか。
お客様だよ、お客様。
「来賓としての歓待を受けた記憶もございませんけれどね」
「そこはほら、御近所のよしみでさ」
「都合のいい領主ですわね!?」
は~ぁとため息をついて、「さっさと帰ってくださいませんこと?」と、イメルダが手を払う。「しっしっ」とするように。……失敬な。
「ワタクシ、明日大切な会合がございますの。今日はその準備で忙しいんですのよ」
「大切な会合? 内容は?」
「……エステラさん、口は堅い方ですの?」
「もちろん!」
「その絶壁な胸よりも……」
「もういい、もう聞かない! じゃ、さようなら! 邪魔したね!」
まったく、マグダと同じようなこと。
腹いせに、出されたお菓子を全部口の中に詰め込んで席を立った。
「貴族らしい慎みとマナーを身にお付けなさいまし!」
という、母親みたいなイメルダの小言を聞き流しボクはイメルダの館を出た。
☆☆☆☆☆☆
まったく、イメルダは……
『嫌われているんじゃありませんの?』
……不安になってきたじゃないか。
そんなことないって、信じてるのに。
「ぁれ? えすてらさん?」
ジネットちゃんのことならシスターに聞けばいい! ……と、教会へ向かっていると、背後から声をかけられた。
「ミリィ!」
振り返るとミリィがいて、くりくりした純真な瞳でボクを見上げていた。
「ミリィはボクのこと好きだよね!? ボクはミリィのこと好きだよ!」
「ぅぇえ!? ど、どうした、の? えすてらさん、なにか、ぁった?」
「いや、ごめん。ちょっと興奮しちゃって……」
ミリィの純真さはジネットちゃんに通ずるものがある。
だから、ミリィに嫌われていなければジネットちゃんにも嫌われていないはず!
……と、思ったらちょっと感情が暴走してしまった。
「ミリィちゃんを見てついつい興奮……分かるで! ウチかてミリィちゃんとおる時はいつ何時も常にはぁはぁしとるさかいな! お揃いや!」
「れじーなさん、落ち着いて! ぁと、はぁはぁとか、言ゎないで!」
くっそ~、視界に入れないようにしていたのに声はばっちり聞こえてしまう。
やっぱり、レジーナを視界から消す方法は、ボクが目を逸らすんじゃなくてレジーナを埋める方が確実かぁ。
「日中に外出なんて珍しいね、レジーナ。ミリィが穢れるから三歩下がって」
「そう言われると、抱きついて汚したぁなるわぁ、ぎゅ~って」
「思いとどまらないと自警団に突き出すよ」
「ぎゅ~…………ぺろぺろ」
「ミリィ、待ってて! すぐに自警団呼んでくるから!」
「ぁの……みりぃ、大丈夫だから。れじーなさん、そんなこと、しない、ょ?」
「はたして、せやろか?」
「しないで、ね?」
困り顔のミリィを見て、レジーナがケラケラと笑う。
レジーナも変わったよね。昔は、こうして話をすることもなかった。
レジーナの変化は、好ましいものだと思う。
……節操がなくなりつつあるのは大問題だけれども。
「ミリィは変わらないよね」
「乳かいな?」
「違うよ!?」
口を開けば余計なことしか言わない、ヤシロの亜種のような生き物の口を手で塞ぐ。
その直後、手のひらにぬるくてぬろぉ~んとした感触が這い回る。
「ぅひゃぁぁあああ!? ペ、ペロペロしないで!」
「いや、えぇんかと思ぅて」
「思うなぁ!」
レジーナを叱責して、ハンカチで手のひらをこれでもかと拭う。
あぁ……感触が残る!
「ぁ、ぁの、ね、えすてらさん」
レジーナからスススっと距離を取ると、ミリィが懸命に訴えかけてきた。
「みりぃも、ね、変わったよ」
「乳かいな?」
「違ぅよ!?」
「なんや、変化なしかいな」
「ぁう……そ、それは…………な、ナイショだょ!」
たぶん変わってない。
きっと変わってない。
仲間だね。
「そ、そうじゃなくて、ね」
レジーナから一歩距離を取り、ミリィが改めて口を開く。
「みりぃ、去年までずっと、人見知りで、知らない人とか、男の人とかとお話するの、苦手で……怖かったんだけど、ね」
確かにミリィはジネットちゃんや生花ギルドの人たちくらいとしか会話をしていなかった。
一人で出歩くことも、そうそうなかったと聞いている。
「けど、ね。てんとうむしさんとか、みんなと出会って、ぃろいろなことを経験して……みりぃ、大人になったの!」
「『いろいろなことを経験して大人になった』やて!?」
「言うと思ったけど、ちょっと黙ってて!」
「『エロエロなことを経験して大人になった』やて!?」
「それは言ってない! 自分で黙るか強制的に黙らされるかどっちがいい!?」
レジーナが両手で自分の口を塞ぐのを確認して、ミリィに先を促す。
……まったく、いちいち話の腰を折るんだから。
「あぅ、ぁの……だから、どぅって、ことじゃないんだけど……みりぃ、ね、前の自分より、今の自分の方が、好き、なの。だから、みんなに、ね、とっても感謝してるの」
あはぁ! 可愛い!
マグダともジネットちゃんとも違う可愛さだよ。
これはもう四十二区の宝だね。大切にしたい!
「そうだね。ミリィは変わったね」
「ぅん! ……ぇへへ」
「乳かいな?」
「言わなきゃ死ぬのかい、君は!?」
少しの時間も黙っていられない残念薬剤師に呆れつつ、この二人からも情報を得ておこうと思う。
「そういえば、君たちは何か聞いていないかい?」
「なんや、えらいざっくりとした質問やなぁ。なんの話なんか、よぅ分からんわ」
「いや、だからさ……近々何か変わったことをやろうとしている気配がないか、とか。ジネットちゃんの様子がおかしいなぁ、とか。ヤシロが変なことしてるなぁ、とか」
「おっぱい魔神はんが変なんは、今に始まったことやないやん」
「そうなんだけど! ……何か企んでるとか、聞いてないかい?」
「領主はんが知らへんってことは、知らんでえぇことか、知られたぁないことなんちゃうのん? 気にせんでもえぇと思うで」
「そりゃ、そうなんだけど……」
「まぁ、なんにせよ、や」
滅多に日の光に当たらないせいか、真っ白なレジーナの腕。その腕が持ち上げられ、ボクの頭をなでる。
「この街の人間は、領主はんを仲間はずれにするようなことも、領主はんを陥れるようなこともせぇへんて。……せやろ?」
「…………うん。そうだね」
普段のおちゃらけた雰囲気とはまるで違う、穏やかで包み込むような慈愛に満ちた声に、ささくれ立っていた心が癒されていく気がした。
そうだよね。ムキになって走り回らなくても、きっとみんななら、きちんと話をしてくれるよね。その時が来れば。
「ありがとう、レジーナ。悔しいけど、落ち着いたよ」
「さよか。ほならよかったわ」
にっしっしっと、とても女の子らしいとはいえない笑い声をもらし、レジーナは手をひらひらと振って帰っていった。
ミリィも、レジーナと一緒に大通りの方へと向かって歩いていく。
二人の背中を見送って、ボクは一度軽いため息をついた。
心が随分軽くなったような気がした。
「よし、帰ろう」
家に帰ればまだまだ仕事はある。
もしヤシロが本当に何かをするつもりなのだとしたら、明日になれば答えが分かるだろう。
何もないなら、何もなかったなぁって思うだけだ。
些細なことで不安になったり、変に焦っちゃったりすることがあるけれど、逆にこうやって些細なことで落ち着けることもある。
仕事をしながらその時を待てばいい。
そんな穏やかな気持ちで歩き出す。
少し進むと、前方に教会が見えてきた。
教会の入り口にロレッタとシスターとネフェリーがいた。
「やぁ、みんな」と声をかけようとしたら、ロレッタがこちらに気付いて、目を剥いた。
「ほにゃぁぁあああ!? エステラさんです!」
「大変大変! シスターは絶対嘘吐けないから、危険よね!?」
「え? え? 私、危険なのですか?」
「大至急シスターを教会の中へ避難させるです! ネフェリーさん、うまく誤魔化しておいてです!」
「えぇぇ!? 私が!?」
「エステラさん、頭いいから、あたしじゃ荷が重いです!」
「いや、私にも無理だって!」
「ん? どうしたお前ら? なんか困ってんならあたいが変わってやろうか?」
「デリアさんは一番ダメですよ!?」
「そうよ! デリアは奥に引っ込んでて! ほら、シスター連れてって!」
「なんだよぉ! あたい、割となんでも得意だぞ!」
「なになに~? なんだか楽しそうだねぇ~☆」
「マーシャさんはもっと出て来ちゃダメですよ!?」
「わぁああ、もうそこまで来てるよ! どうしようどうしよう、ねぇ、ロレッタ!?」
「ぅぁああああ、もうこうなったら、気付かなかったことにしてみんなで避難するです!」
「そうね、それが一番無難かも!」
「そうだなぁ、エステラはちょっと抜けてっとこあるから気付かないかもな」
「うふふ~、それはないと思うよぉ~、デリアちゃん☆」
「では、中に入っておやつでも食べましょうか。たくさんありますし」
「それ、試作品ですよ、シスター!?」
「ゎあぁあ、とにかく全員中に入ってー!」
バタバタと、ネフェリーを先頭に見知った顔が教会へと逃げ込んでいく。
…………
…………
…………
絶対何かある!
ないわけがない!
こうなったら徹底的に暴いてやろうと教会へ乗り込もうとしたところで、ナタリア率いるウチの給仕軍団に「仕事が残っていますよ! 帰りましょう! さぁ! さぁさぁ!」と強制送還されてしまった。
それからは夜まで缶詰状態でずっと書類仕事をさせられた。
軟禁だ。いや、監禁だ。
……一体何を企んでいるのか知らないけれど…………この用意周到さ、絶対ヤシロが裏で糸引いてるに決まってる!
ヤシロぉぉおお!
明日、覚えてろぉぉおおお!
怨嗟の念を吐き出しながら、ボクは目の前に積み上げられた大量の仕事を片付けた。
★★★★★★
そうして迎えた、決戦の日。
朝、目が覚めた時にはもうナタリアは出かけていた。……朝の挨拶くらいしていけばいいのに。
給仕に手伝ってもらって服を着替えていると、「あらあらいけない、お砂糖を切らしてしまいました。エステラ様、買ってきてください」と、凄まじい棒読みで買い出しを命じられた。
……こら、給仕。給仕長共々、主従関係について一度徹底的に講義してあげようか? 七時間くらい、ずっと床に正座で!
「誰の差し金?」
「ぴゅ~ぴぃ~♪」
「誤魔化し方、下手過ぎ!?」
「ぴぃ~ひょろりらるりらりり~♪」
「口笛は上手過ぎ!?」
おそらく、ここまで来ればボクが勘付くというところまでが計算なのだろう。
どんな理由をつけて拒否しようと、あの手この手でボクを館の外へと追い出そうとする策略が張り巡らされているに違いない。
そして、それにすら勘付いたボクが『だったらさっさとヤシロの思惑に乗った方が楽だ』と判断するところまで織り込み済みに違いない。
……まったく、腹立たしい。
癪だけれど、乗ってあげるよ、その思惑に。
「で? 本気で砂糖いる?」
「え~っと……とりあえず『買いに行こう』という『てい』で」
おそらく、砂糖が切れているというのは事実なのだろう。こんなしょーもないこととはいえ、他人に嘘を吐かせて危険を背負わせるようなことはしないはずだ。
大方、ヤシロが買い取ってウチの館の砂糖は本当に切れているのだ。だからといって、それをボクが買いに行く必要はないらしい。
ボクに求められているのは、とにかくこの館から一人で出ることなのだろうから。
「それじゃ、出かけてくるよ」
「いってらっしゃいませ」
ずらりと並んで見送ってくれる給仕たちが、ほっとした表情を浮かべている。
……変なことに利用しないでくれるかな、ウチの給仕たちを!
顔を見たらモンクを言ってやろうと決意して、ボクは館を出た。
☆☆☆☆☆☆
「よぅ、エステラ! 奇遇だな」
門を出てすぐのところに主犯がいた。
胡散臭い笑顔を貼りつけて、ひらひらと手を振っている。
「そーだねー」
「お前、目が死に過ぎじゃねぇか? 死んだ魚でももうちょっと未来に希望持った目ぇしてんだろ」
「何か話があるのかな? ボクの執務室で聞くよ、ついておいで」
「ちょ~っと待て待て待て! 折角出てきたんだから、ちょっと歩こうぜ! な! いい天気だし!」
ヒジを掴まれぐいぐいと引っ張られる。
……気安く触ってくれるねぇ、これでも貴族の娘なんだけどなぁ、ボク。
「……なんでそんなほっぺたパンパンに膨らんでんだよ?」
「ここ数日、ちょっと真剣に悩んでみたりしていた自分がバカバカしくなってね。誰かさんのせいで」
ジネットちゃんに避けられたのも、トルベック工務店でのあの紛らわしい会話も、どうせ全部君の仕組んだことなんだろう。
実に無駄な時間だったよ、まったく。
「それで、なんなのさ? 用があるならさっさと言ってよ」
「あぁ~……うん。まぁ、……そう、だな」
……え? なに?
なんなのさ、その歯切れの悪い返事。
なんで、眉を曲げてそっぽ向いて、頭とかかいちゃってんのさ?
また演技かい? ……演技、だよね?
「と、とりあえず、歩こうぜ。頃合いを見計らって話すからよ」
「え……、今すぐじゃ、なくて?」
「…………今すぐが、いいか?」
あれ?
え? あれ?
なんか……ヤシロの顔が…………真剣……だよ?
なんで、そんな、ちょっと……照れてる、の?
え?
あれ?
「すぅ~…………はぁ~」
ヤシロが大きく息を吸う。そして、ゆっくりと吐き出す。
「な、なんなのさ、もう。もったいぶっちゃって。……どうせ、大した話でもない、くせに……さ」
あれ、待って待って待って!
なんか雰囲気がおかしいよ?
違うでしょ?
ここはさ、ほら、いつもみたいにさ、「じゃんじゃじゃーん! ひっかかったなー、ばかめー!」みたいな、ふざけた空気でネタ晴らしするところでしょ?
…………なんで、黙ってんのさ。ヤシロ……
「お前には……さ」
きゅ……っと、心臓が鳴いた。
「あ、いや……お前っていうか…………エステラはさ」
な、なんでわざわざ言い直すのさ!?
いつもいつもお前呼ばわりのクセにさ!
……なんなのさ、一体。
「エステラ、今日、時間……あるよな?」
「ぅえ…………ある、けど?」
ノドの奥で変な音が鳴った。
ちょっと待って。どこからどこまでが仕込みなの?
今朝の給仕たちの行動は『バレることが前提』だったよね?
じゃあ、昨日のロレッタたちのは? ナタリアがすかさずフォローに入っていたから、あそこは想定外?
なら、ジネットちゃんが逃げ出したのは?
……君とウーマロの会話は?
あれは……聞かせるつもりだったもの? それとも……
なんだか変な空気に包まれて、口を開けても言葉が出てこなくなってしまった。
ヤシロも黙って、ボクの隣を歩いている。
何も言わない。
ボクも、何も、聞けない。
ただ、陽だまり亭に向かって歩いているのは分かる。
陽だまり亭…………というか、ヤシロの、部屋?
「エステラ」
「ひょいっ!?」
急に名前を呼ばれてびっくりした。
ちょっと噛んじゃったけど、ちゃんと「はい」って言えたはず! 言えていたはず!
ヤシロが立ち止まり、ボクをじっと見つめている。
ボクも足を止め、ヤシロを見つめ返す。
「エステラ……お前さ」
「う……うん」
「俺の部屋におっぱい落としてないか?」
それは却下されたはずだよね!?
「……あ゛?」
「いや、すまん。ちょっとチョイスを間違えただけだから、そんな金物ギルドの乙女より低い声を出すな」
両手をこちらに向けつつ視線を外すヤシロ。
もう一度だけチャンスをあげよう。次はきちんとするように。
「もとい」
こほんと咳払いをして、ヤシロが再びボクを見つめる。
「なんんんんんっっっにもしないから! マ・ジ・で・そーゆーんじゃないから! 俺の部屋来ねぇ?」
「それは最も悪い失敗例として記述を残すべきレベルの最悪の誘い文句だよ!」
まさか声に出して今のセリフを言うべき時が来るとは。
「違うんだよ! 部屋に誘うとか、お前が恥ずかしがったり、外聞的によくないと思ったから、こういう回りくどい言い方をしたわけでだな……」
「恥と外聞は一切考慮されてなかったけれどね、今の発言! ……もう回りくどいのはいいから、スパッと用件を言ってくれるかい?」
「じゃあ……、エステラ。お前、縛られて目隠しされるのとか好きか?」
「恥と外聞どこへ置いてきた!?」
好きだなんて口が裂けても言えるわけないだろう!?
……いや、違う! もとい! そもそも好きじゃないよ、そんなこと!
「むぁぁああ!」と、ボクが頭を抱えるのと同時に、ヤシロも頭を抱えて髪をガシガシ掻き毟り始めた。
「ぬぁぁああ、まどろっこしい! そもそもなんで俺がここまで気を遣わなきゃなんねぇんだ! もういい! もう搦め手はやめだ!」
ヤシロの鋭い瞳がボクを見る。
視線に射抜かれ、磔にされたように体が動かなくなる。
「エステラ」
一歩、さらに近付いて、ヤシロがすぐ目の前まで来る。
瞳はボクを見据えたまま、ピクリとも動かない。
「悪いようにはしない、だから反論はするな」
聞き慣れた声が、いつもと違う雰囲気を纏って耳へと入ってくる。
滑り込んできた声音が首筋を撫でるように浸透していって、背筋が粟立つ。
「黙って俺について来い」
「……は…………ぃ」
声を出したつもりだったけど、全然音にならなくて、こくりと頷いた。
……だからさ、ヤシロ。
それも却下されたセリフじゃなかったっけ?
まったく…………事前情報がなかったら、心臓が止まってたかもしれないじゃないか。
普段はふざけているくせに、いざという時には頼りになる。かと思えば、ふとした拍子に迂闊なヤシロ。
君を理解するにはまだまだ時間がかかりそうだよ。……まったく。
「ほら、行くぞ。あんまり時間がねぇんだから」
足元が覚束ず、歩き出せなかったボクの手を引きヤシロが早足で歩き出す。
手を引かれるままに、ボクは上の空でヤシロの部屋へと連れられていった。
☆☆☆☆☆☆
ベッドと収納と机しかない静かなお部屋に若い男女が二人きり、これな~んだ?
一大事だよ!
待って!
落ち着いて、ボク!
なんでのこのこついてきちゃったの、ボク!?
「あ、あの、ヤシロ! つ、ついてきてはみたものの、ボクは別に、その……!」
「分かってるから、とりあえず落ち着け。適当にベッドにでも座ってくれ」
「ベッドに!?」
ベッドに座ったりしたら、隣に座られて、そのまま後ろに押し倒されたら……
「むゎぁあああ!」
「あーもう! 分かったから、そんな照れるな! 照れが伝染する!」
「全然照れてないけど!? 照れる要素も皆無だし!」
「ならその、かつてお前が全裸で布団に包まっていた懐かしのベッドに腰掛けろよ」
「照れるようなエピソードを思い出させるなぁぁあ!」
アレは不可抗力!
風邪を引かないために仕方なく!
っていうか、君がそうしろって言ったんじゃないか!
「ボクに指一本でも触れると酷い目に遭うよ? これでも、暴漢対策はみっちりと叩き込まれているんだからね!」
「あぁ、がっかりさせないように乳を死守しろってやつだろ?」
「ナタリアにしょーもないこと吹き込んだのは君だったのか!?」
ウチの給仕たちに影響力持ち過ぎじゃないかなぁ、君は!?
ヤシロの思惑にまんまと乗ってボクを館から追い立てた給仕一同を思い出してため息がこぼれる。
「今度は何を企んでいるのか、そろそろ教えてくれないかい?」
「あ~、もうちょっと待て。まだ準備が出来ないみたいだから」
「準備?」
なんだか、すでにやりきったような気の抜けた表情になっているヤシロの顔を覗き込む。
――と、すいっと顔を逸らして、ヤシロはボクから距離を取った。酷く疲れた様子から、これ以上は何も企んでいないことが察せられる。
どうやら、ボクをここに連れてくること自体が目的だったようで、その後は何をするつもりもないらしい。
……何もさせるつもりはなかったけどね、最初から!
「言っておくが、俺も被害者みたいなものだからな?」
「は?」
長持ちに腰を下ろし、不機嫌そうに頬を膨らませて頬杖を突くヤシロ。
言い訳がましい目でこちらを見上げてくる。
「文句はイメルダに言ってくれ」
「……イメルダ?」
なんだか、凄く碌でもない理由な気がする。
「けどまぁ、あんま怒んないでやれよ。手段はともかく、気持ちだけは嘘じゃねぇだろうから」
「ん?」
「……まぁ、もうすぐ分かる」
はぐらかすように窓の外へと目をやったヤシロ。
それとほぼ同時に、窓の外からベルの音が聞こえてくる。
チリーン、チリーンと。
「やっと準備が出来たみたいだな」
それを待っていたかのように立ち上がったヤシロは、ボクの前までやって来て手を差し出す。
「え……?」
「エスコートさせていただきます、エステラお嬢様」
「…………へ?」
見慣れた、イタズラ坊主のような笑みでボクにウィンクを飛ばしてくる。
差し出された手に自分の手を重ねると、どこで身に着けたのか貴族然とした完璧なエスコートでボクを食堂へと連れて行ってくれる。
急な階段を下りて、土が剥き出しの中庭を歩いているというのに、まるで宮廷の赤い絨毯の上を歩いているような錯覚に陥ってしまうくらいに上質なエスコート。不信感はあっという間に霧散していった。
「足元、気を付けろよ」
そんな些細な気遣いに、思わず笑みが零れる。
「……似合わないと、自分で思わないかい?」
「うっせ」
最上級のエスコートの合間に悪態を吐き合う。
ヤシロとだから出来る極上の時間をしばし堪能して、ボクは厨房を抜けて陽だまり亭のホールへと足を踏み入れる。
すると――
「エステラさん!」
「「「お誕生日、おめでとー!!」」」
パンッパパンッと、乾いた破裂音がして、細長い紙のテープと花弁が宙に舞う。
「……え?」
そこには、よく見知った顔が並んでいた。
たくさん。
それはもう、本当にたくさん。
窓と壁を全開にしてフルオープン状態にした陽だまり亭に収まりきらないくらいにたくさんの人がいて、こちらに笑顔を向けていた。
「…………え?」
ダメだ。
脳が思考を放棄して何も考えられない。
説明を求めるようにヤシロを振り返る。
……なに、これ?
「今日は、お前の誕生日だろ」
「たん、じょう……び?」
誕生日。
うん。確かに、ボクが生まれた日は十八数年前の今日だけど、それが一体…………はっ!?
「誕生日!?」
「反応遅ぇな、お前」
これって……誕生日パーティー?
「エステラさんのお誕生日をナタリアさんに伺って、ずっとみなさんと計画していたんですよ」
にこにこと、満面の笑みを浮かべてジネットちゃんが教えてくれる。
あぁ、よかった。いつものジネットちゃんだ。
ボクを大切にしてくれる、ボクの心を包み込んでくれる、いつもの笑顔だ。
「先日はすみませんでした。エステラさんのお誕生日が近付くにつれ『喜んでもらえるかなぁ』って考えると、どうしても顔がにやけてしまって……ヤシロさんから、エステラさんを見かけたら顔を両手で隠して走って逃げろと」
「アレも君が吹き込んだことだったのかい!?」
結構ショックだったんだからね!?
「ち、違うんです! ヤシロさんだけではなく、計画を知っているみなさんに言われまして……『そのにやけ顔をエステラさんに見られたら一瞬で計画がバレる』って。わたしのせいでみなさんの努力やエステラさんのパーティーを台無しにしたくなくて……ごめんなさい」
「いいよいいよ。ヤシロの差し金だと思うと腹も立つけど、ジネットちゃんなりの思いやりだと思えば単純に嬉しいから」
「この、依怙贔屓領主」
「そーだよー。ボクは素直で可愛い子には贔屓をするんだ。ボクも人間だからね」
つーんとそっぽを向いて、改めてそこにいるみんなの顔を見渡す。
みんな嬉しそうにニヤニヤしちゃって、まぁ。
これだけの人がボクを驚かそうと、こんな計画に賛同して行動していてくれたのかと思うと……嬉しい反面、凄く照れくさい。
「エステラ様」
「ナタリア!? 君はモコカの取材で遅くなるって……」
「いいえ。『モコカさんから取材の依頼があった』『今日は帰りが遅くなる』という二つの報告を続けて行っただけです。取材は、今朝早くに済ませました」
しれっと言ってのける。
つまり、今日の計画を全部知った上でそういう紛らわしい言い方をしていたというわけだ。
すべては、今この瞬間、ボクをびっくりさせるために。
ちらりと視線を動かせば、ドヤ顔のイメルダが目に入った。
あぁ、そう。君が言っていた『会合』って、これのことだったんだね。
「随分と壮大な計画を練っていたようだね、ヤシロ?」
「今回の発案者は俺じゃねぇぞ」
「いえ、ヤシロさんですよね?」
「……そう。ヤシロが『エステラの誕生日はいつなんだ』とナタリアに聞いたのが始まり」
「それで、誕生日を知るや否や『……間に合うな』って計画練り始めたです」
陽だまり亭三人娘の指摘に、ヤシロは頬を引きつらせて視線を逸らす。
ボクがじっと見つめると、視線をきょろきょろ彷徨わせつつ言い訳を重ねる。
「違うぞ、エステラ。俺は普通にこじんまりとしたものにするつもりだったんだが、『領主なんだから規模は大きく』とか『どうせならサプライズにしよう』とか『失敗は死と同義と思え』とか言い出したのはこいつらだからな?」
ジネットちゃんが「誕生日を祝っていただけて、わたしとっても嬉しかったんです。それをエステラさんにもプレゼントしたいです!」と言い、ロレッタが「なら前回を超える規模にしないとダメです! なんたってエステラさんは領主ですから! 見劣りするのは失敗と同じです!」と張り切り、マグダが「……四十二区全体の一大イベントにするべき」と事を大袈裟にしていったという。
「ただ、領民全体を巻き込むとどうしてもボロが出るだろ? アホのモーマットとか、デリカシーのないウッセとか、存在がイラッてするベッコ辺りから」
「拙者の評価がただの悪口でござるよ!?」
叫ぶベッコにつられてモーマットとウッセもやかましく喚き散らすが、ヤシロはそれをまるっと無視する。
「だから、大詰めのラスト三日間くらいはエステラをポンコツ化させる必要があった」
「誰がポンコツだよ」
失敬な物言いをしながらも、ヤシロが落ち着きをなくしてちらちらとボクを見る。
なんだか、照れているみたいに。
「で、最大の戦犯であるイメルダが余計なことを言い出したんだよ」
ヤシロからじと~っとした目を向けられたイメルダがブロンドの髪をさらりと払い、胸を張って堂々と語り始める。
「生涯、モテたためしがないエステラさんですので、男性に好意を寄せられているかもと匂わせるだけで『えっ、ボクのことを? まさか!? でも嬉ぴ~! でもでも困っちゃう~! きゃ~どーしよー!?』とテンパって見事ポンコツ化すると踏んだのですわ! 名付けて、『どっきん! 恋の花咲かポンコツ化大作戦』ですわ!」
「悪意の塊かい、君は!?」
だ、誰がそんなことでわーきゃー取り乱してはしゃいだり…………ちょっとしちゃったけども! けどポンコツじゃない……はず!
「……で、なんでそれがヤシロなのさ?」
「それは俺も深く追求してぇわ」
「『精霊の審判』に引っかからない言葉を選びつつ、絶妙に匂わせるセリフを、さも真実のように思い込ませることが出来る自然な口調で、あえて聞かせるなんて芸当、ヤシロさん以外のどなたに可能だというんですの?」
「じゃあ、あのウーマロとの会話はわざと聞かせるための演技だったのかい!?」
まんまと騙されたよ!
ヤシロが、なんだか珍しく照れたり焦れたり真剣だったりしたように見えたのに。
あれも全部、演技?
「バ、バカヤロウ! あん時は、なんとかウーマロに押しつけようと会いに行ってたんだよ」
「オイラには絶対無理だって言ったんッスけど、しつこかったッスよねぇ、あの時のヤシロさん」
困り顔でウーマロが言う。
「そしたら、偶然エステラがトルベックの工房に来て、塀の向こうでどったんばったん音をさせるから、しょうがなく作戦決行となっちまったんだよ」
え?
バレてたの?
「塀の上からガッツリ頭見えてたもんなぁ……」
「やはは……オイラも気付かないフリするのが大変だったッス。どうしても視線が向きそうになって……」
バレバレだったっぽい?
「でもヤシロさん、あの時本気で照れてたッスよね?」
「気が重かっただけだよ」
ヤシロはよく人を騙す。
紛らわしい言い方だったり、情報を切り貼りしたりして相手に錯覚させる話術を得意としている。
けど、誰かの心に付け入るような騙し方はしない。
今回のように好意をチラつかせてこっちの心をかき乱すようなやり方は、言われてみればヤシロらしくない。
たぶんそれは、心を弄んで「残念、勘違いでした」って種明かしをした時に相手を悲しませることになるから。
ヤシロは、そういうやり方をあまり好まない。……のではないかと、ボクは思っている。
……まぁ、ボクは別に悲しんだりしないけどね!
「まぁ、そうだよね」「やっぱりね」「だと思ったよ」ってなもんさ。
……ホントだよ?
「ワタクシが『エステラのおっぱいをDカップになるまで揉みしだきたい!』と言えばエステラさんが有頂天になるのでは、と助言したのですけれど、採用されませんでしたのね?」
「イメルダ! 君はもうちょっと領主に対する敬意を持ち給え!」
「あら。ワタクシ、いまだ領民として認識されていませんのでしょう?」
くわぁあああ、可愛くない!
イメルダ、可愛くない!
「ヤシロもヤシロだよ。気が進まないなら、きっぱり断ればよかったのに、こんな役」
「うっせぇな……。会場が陽だまり亭だから、準備の間俺の部屋に閉じ込めておくのがベストだったんだよ」
領民の多くが陽だまり亭に駆けつけるため、準備が始まったらなるべくボクには表を出歩かれたくなかったらしい。
ヤシロみたいに器用な人間ばかりじゃないからね、この街は。っていうか、ヤシロみたいな卒ない人間の方が珍しいんだよ。
「それだけではありませんよ、エステラ様」
イメルダと一緒に悪乗りしている姿が容易に想像出来るナタリアが、すっとボクに近付いてくる。
きっと、嬉々としてボクの情報を教えていたんだろうね。ここ数日の予定とかも。
その上で給仕を束ねてボクを誘導するように腕を振るったのだろう。
まったく、ボクの給仕なら、有益な情報はボクにこそ流してほしいものだね。
給仕長としての再教育を考えているボクの耳に、ナタリアからの情報が流し込まれてくる。
「ヤシロ様は、ご自分以外の男性がエステラ様に思わせぶりな態度をとって、まかり間違ってエステラ様がその気になってのぼせ上がる様を見るのは非常に不愉快だとおっしゃって、最終的に引き受けてくださったのですよ」
…………え?
「ちょっと待てナタリア! その言い方は語弊があるだろ!? どこの馬の骨とも知れない中途半端な男に言い寄られて、まかり間違ってエステラがその気になったら領主って立場的に後々面倒なことになるって指摘しただけで…………ぬぉおおい、こら、エステラ! そんな面白い顔でフリーズすんな! そーゆーんじゃないから!」
「違うのになー! ホンット違うのになー!」と頭を掻きむしってのっしのっし歩き回るヤシロ。
ジネットちゃんたちがなんだか微笑ましいものを見るような目でその行動を見守っている。
……これって、結構本気でヤシロが止めたって解釈でいいのかな? 他所の男バージョンの決行を。……違うの、かな?
「んのぉおおう、そうだ、領主と言えば!」
手を叩いて大きな音を出し、ヤシロが無理やり話題を変える。
らしくもなく焦りが隠せていない。
「お前は領主だから苦労したんだぞ」
「部屋に連れ込むと外聞が悪いから、だよね?」
「連れ込む……っ、とか、じゃ、ねぇよ、アレは、隔離だ、隔離」
「そうじゃなくてだな」と、ヤシロが目つきの悪い目でボクを睨む。
なんだか、「余計なことは言うな」って言われてる気分だ。
「俺たちがお前の誕生日を盛大に祝いたいって言うと、お前は辞退するだろう? 『自分のためにみんなの手を煩わせる必要はないよ』って。『もっとささやかでいいよ』って」
それは、まぁ、そうかもしれないけれど。
「そのくせ、一人になるとジネットの誕生日と比べて『ジネットちゃんは人気者でいいなぁ。それに比べて自分は』ってうじうじするんだ」
「そんなことはないよ!?」
だって、ジネットちゃんはみんなに好かれているいい娘だし、ボクも大好きだし、人気者で、そんなジネットちゃんを祝いたいってみんなが自然と集まってくるのは納得出来るもん。
それに引き換えボクは、決して可愛げがある方じゃないし、領主としてもまだまだみんなに認めてもらえるような功績をあげているわけでもないし、四十二区の生活が改善されたのだって結局ヤシロの助けがあってのことだし、ボクなんか全然何も出来てないから……
それでもしジネットちゃんの時みたいに人が集まってくれるというなら、それはきっとみんながボクに気を遣っているからだとしか思えない。
ほら、こんなんでも一応領主だし、顔を立てて、みたいな? ナタリアやヤシロが気を利かせていろいろなところに頼んで回ってくれたりしてさ……そんな迷惑はかけたくないというか、そんなことをさせてしまうくらいならもっとささやかな会で…………あれ? ヤシロが指摘してるのって、こういうことなのかな?
「自分の心と向き合って気が付いたか? お前は自己評価が著しく低い」
「そんなことは……」
ない、と断言出来なかった。
そのとおりかもしれない。
「『自分なんかが』とか『自分だけ申し訳ない』とか考えずに、今日だけは幸せを独占しとけ」
幸せの独占……
周りを見れば、ボクを見つめる温かい瞳、瞳、瞳。
ボクは街のみんなを幸せにしなきゃって、そればっかり考えて……
いいの?
ボクが、こんな幸せを独占しても……
「エステラさん」
俯いたボクの肩に、ジネットちゃんが手を乗せる。
「ここにいるみなさん、全員が自主的に集まってくださったんですよ」
「自主的に?」
「はい。エステラさんの誕生日パーティーをしますよ~ってお知らせしたら、参加したいって」
両手を開いて大きく円を描くように動かし「み~んなが、です」と笑顔を浮かべる。
その向こうにいる『みんな』が「うんうん」と、こちらも笑顔で頷いている。
「エステラ、見ておくれな! これ、アタシが精魂込めて打ったナイフなんさよ! 自分で言うのもなんだけれどさ、超自信作なんさよ! 受け取っておくれなね!」
「あたしもね、カンタルチカを休みにするために昨日まですっごく働いたんだよ! あ、エステラに手伝ってもらった時にプレゼントも買ってきたの!」
「見てくれ、エステラ! あたい、初めてお菓子作ったんだぞ! 鮭じゃないぞ! ちゃんと甘いヤツなんだ! 食ってくれ!」
「ちょっとデリア! 『あたい』じゃなくて、『あたいたち』でしょ!? ほとんど私とシスターで作ってたじゃない!」
「ちょっとネフェリーさん! あたしも結構手伝ったですよ!?」
「私も~☆」
「ロレッタとマーシャはシスターと一緒に味見ばっかりしてたじゃない!?」
「エステラさん。味は私が保証しますよ。ネフェリーさんの言うように、たくさん味見しましたから」
見れば、みんな手に手に綺麗な包み紙を持っている。
シスターお墨付きのお菓子はちょっと楽しみだ。
あぁ、そうか。シスターもジネットちゃんと同じで、感情が顔に出やすいからロレッタやネフェリーが見張りについてたんだね。
「たんおめ、ぺたかわやで~、領主はん!」
にょきっと出てきたレジーナが「パンッ!」と音を鳴らす。
三角錐の入れ物から細長い紙のテープと花弁が飛び出して優雅に舞い散る。
これ、さっきのヤツだ。
「ぁのね、これね、れじーなさんとみりぃで作った『くらっかー』っていうんだよ。てんとうむしさんに作り方教えてもらったの」
花火に使った火の粉を使って作られたらしい『くらっかー』は、ちょっとびっくりするような音がするけれど、なんだか楽しい気分になれる道具だった。
「それで、レジーナ。さっきの何? 『たんおめ』とか『ぺたかわ』とか」
「『誕生日おめでとう』の略と、『ぺったん娘可愛い』の略やで」
「うん。前半だけありがたく受け取っておくよ」
後半は火の粉が引火して燃え尽きればいいと思うよ。
「あ、あの、オイラも、ププ、プレゼゼ……あぁああの、置いとくのであとで見てッス!」
「お誕生日の、贈り物やー!」
「領主様。僕とウェンディからもプレゼントを贈らせてください」
「みんな。……ふふ。ありがとう」
別にそんなに気を遣ってくれなくてもいいのに。
その気持ちだけで、ボクは十分嬉しいよ。
けど、なんだろうね。
やっぱ、プレゼントってもらえるとすっごく嬉しいね。
はは。現金だなぁ、ボク。
「……エステラ」
「マグダ」
……はっ!?
まさか、マグダのプレゼントって……『わ・た・し』!?
「……マグダからは、このリボンを贈る」
それは、あの日マグダが持っていた大きなピンクのリボンだった。
「これ、自分で使うんじゃなかったのかい?」
「……あれはフェイク。まさか、プレゼントを買っている現場で遭遇するとは思わず、さすがのマグダも慌てた。……ウクリネスは『ヤバい』ってお客のマグダを放っぽって一人で逃げた…………当分根に持つ予定」
あはは。
そうか、あれはそういう状況だったのか。
「けど、ボクにこんな可愛らしいリボンは……」
「絶対似合うと思います! 着けてみませんか、エステラさん!」
「えぇぇえ!? ちょ、ジネットちゃん!?」
「取り押さえるです!」
「あたいにまかせとけ!」
「ちょっと、みんな!?」
デリアとロレッタに取り押さえられ、強制的に椅子に座らされる。
ジネットちゃんを中心とした女の子たちに、マグダによく似合いそうな大きくてふわふわなピンクのリボンがボクの頭に着けられる。
……ボクには似合わないと思うんだけど。
「可愛い……。すごく可愛いです、エステラさん!」
うん。ジネットちゃんはそう言ってくれると思うけどさ。
「……うむ。マグダの見立てに間違いはない」
「これは、予想以上の攻撃力ですよ、エステラさん!」
「あんた、そういう女の子っぽいのも似合うさねぇ」
「エステラ、今度からそれ着けて街を歩けよ、似合うぞ。あたいが保証してやる!」
「エステラ、かわい~ぃ☆」
「えすてらさん、ょく似合ってる、ょ!」
「も、もう。お世辞はやめてよ……」
「ほんまや、幼女趣味が逆にエロスに……」
「レジーナは本っ気でやめてね」
女の子たちがきゃーきゃーと盛り上がってくれる。
頭の上でリボンが揺れる感触がして、なんだかくすぐったい。
なんとなく、本当になんとなく気になって、ヤシロの方へと視線を向ける。
ボクと目が合ったヤシロは少し眉を曲げた後、肩を軽くすくめた。
「あまりに人が集まらなかった場合は、ハムっ子大増員で水増しする計画もあったんだぞ。領主の初誕生日がみすぼらしいと四十二区の格が落ちるからな。だが、無駄になっちまったな」
まるで「せっかく用意したのに」ってクレームを入れるような口調で言う。
むっと口を尖らせると、ヤシロは逆にふっと頬を緩めた。
「愛されてるな、ウチの領主様は」
ぽんっと、リボンが乗った頭に手を置いてそんなことを言う。
そんな、嬉しいことを言ってくれる。
……まったく。
こんなタイミングで、ズルいことこの上ない。
「あと、似合ってるぞ。……そのリボン」
「……ぁうっ、そ……そう?」
まったく……ズルいこと、この上ない。
「じゃ、パーティーを始めるか! 食って飲んで、大騒ぎしようぜ!」
「ヤシロさん。大騒ぎではなく、お祝いですよ」
「おぉそうかそうか。じゃあ、それを始めようぜ!」
任務完了みたいな顔してボクの前から離れようとするヤシロ。
ボクをこんな気持ちにさせておいて、そのまま逃げられると思うのかい?
そんな勝ち逃げみたいな真似を、ボクが許すとでも……
「ヤシロ」
遠ざかろうとする背中に呼びかけ、服の裾を掴む。
ヤシロが振り返るのに合わせて立ち上がり、その胸へと飛び込む。
ざわっと辺りがざわめいて、ヤシロの体が一瞬で硬くなる。
ヤシロの胸に顔をうずめるようにして、心の底から湧き上がってきた素直な気持ちを言葉に乗せる。
「大好きだよ――」
言った後でトーンとヤシロの胸を突き飛ばし会心の笑みで言ってやる。
「――この街と、この街のみんなのことがね!」
んべっと、舌を覗かせてみせると、ヤシロは呆けていた顔を「してやられた」みたいな感じでくしゃっと歪めた。
ざまぁみろっ、んべ!
「さぁ、パーティーを始めようじゃないか、諸君!」
「「「ぅぉぉおおおお!」」」
本当に、紛らわしいことをしてくれたよ。
おかげでこっちはいろいろ大変だったんだからね。
けどまぁ。
「大好きだよ」と言った瞬間、ヤシロの心臓が「ドキッ」と大きな音を鳴らしていたから、今回だけは特別に許してあげるよ。――なんてね。




