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異世界詐欺師のなんちゃって経営術【SS置き場】  作者: 宮地拓海


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【4周年書き下ろしSS】突撃! 隣の家庭訪問

「ヤシロ様。あなたを逮捕いたします」


 それは、とある早朝の出来事だった。

 まどろみの中にいた俺はひんやりした手に起こされ、そしてその冷たい手の持ち主、ナタリアによって身柄を拘束された。


「領主の館へ連行します。抵抗すれば相応の対応をしなければいけなくなりますので、出来れば大人しく同行してください」

「待て待て。身に覚えがないんだが!?」

「……本当に?」

「いや……そう言われると…………なくも、ない……いや、ここまで大事になるようなことはやってない…………はず」


 しかし、パンを焼いただけで重罪に問われる世界だ。

 もしかしたら、気付かないところで何かをやってしまったのかもしれない。


「あの、ヤシロさん。これは一体……?」

「……何事?」


 騒ぎを聞きつけたジネットとマグダが俺の寝室へと顔を出す。

 つかナタリア、お前この二人に説明もなくここまで侵入したのかよ。お前こそが逮捕案件だろ、それ。


「エステラからの出頭命令だそうだ」

「……ヤシロ。エステラのパンツでも盗んだ?」

「アホか」

「そうですよ、マグダさん。ヤシロさんはそんなことされませんよ」

「エステラのパンツくらい盗ったって罪には問われん!」

「問われますよ!? えっ、本当に盗ってませんよね、ヤシロさん!?」


 ジネットがちょっと不安になってしまったようだ。

 盗ってねぇし、もし盗ってたとしても尻尾を掴まれるようなヘマはしねぇよ。


「とにかく、行かないとナタリアに酷いことをされるみたいだから、ちょっと行ってくる」

「待ってください。わたしもご一緒します」

「……では、マグダも」


 なんでついてくるんだよ。

 心配してくれてるのか?

 ……心配されるってことは多少は「やりかねない」って思われてんのかねぇ。ったく。


「では、みなさまご一緒にまいりましょう」


 ナタリアの誘導に従い、俺たちはぞろぞろとまだ薄暗い空の下、領主の館へと歩いていった。







 そうして辿り着いた領主の館。


 もうすっかり来慣れた感のある門を通り抜け、お馴染みの応接室へと通された俺は、待ち受けていたエステラによって床へと正座させられた。

 なに、この理不尽な仕打ち?


「なぜ呼び出されたか、分かっているね?」

「いいや」

「では、ボクの口からはっきりと罪状を言ってあげよう」


 少し頬に朱が差し、賢明に眉を吊り上げてエステラが俺を糾弾する。


「ボクのパンツを盗んだね!?」

「ほっほぅ、ここにもアホがいたか!」


 ソッコーで立ち上がってやったわ。

 誰が正座なんぞしてやるもんか。


「だって、今朝穿こうと思ったらなくなっていたんだよ、黒いシルクの高級なヤツが!」

「それで、なんで俺を呼びつけたんだよ。こんな朝っぱらから」

「ヤシロ。最も可能性の高いところから潰していくのが合理的というものだよ」

「よぅし、お前は二度と『合理的』って言葉を使うな」


 大騒ぎして無実の人間を引っ張り出しといて何が『合理的』だ。

 もっと先にやることは、いくらでもあるだろうが。


「あのな、エステラ。人間ってのは完璧じゃないんだ。『ついうっかり』なんてことが日常生活で嫌というほど起こるんだよ」

「ついうっかり?」

「よくあるだろう。『メガネを探していたら、おでこにあった』とか、『鍵を探していたら、実は手に持っていた』とか」

「あっ、わたしよくあります、そういうこと」

「ブラジャーを探していたらおっぱいの間に挟まっていた、とかか?」

「そんなことはないです!」


 いやいや。ジネットだったら、先月なくしたブラジャーがひょっこり下乳から出て来ても驚かないね、俺は。


「で、つまり何が言いたいのさ?」

「よく思い出してみろ、エステラ。膝の下くらいまでズラしてないか?」

「そんな状態でズボンは穿けないだろう!?」

「じゃあ足首辺りにくるくるって丸まってないか?」

「ないよ! ほら!」

「じゃあ頭に――」

「被るか!」


 うっかり身に着けていたということはなさそうだ。


「じゃあ、変態給仕が紛れ込んでるとか」

「当然、その可能性も考えました」


 言って、ナタリアが一歩前に出てくる。


「私を含めて全給仕の所持品を確認しましたが見つかりませんでした」

「部屋は?」

「そこまでは」

「荷物検査を上手く逃れて部屋に持って帰った可能性もあるよな」

「そうですね……なくはない、というところですか」

「まぁ、部下を信用したいって気持ちが強くてそこまで踏み込んだ調査が出来なかったんだろうが」

「確かに、おっしゃるとおりです。ヤシロ様の部屋は、お起こしする前に徹底的に調べ尽くしたのですが」

「俺のこともちょっとは信用して!?」


 全然気付かなかったやぁ~、そういえばすっげぇ綺麗に片付いてたかも!? 逆にね! ナタリアが掃除してくれたんなら納得だね!


「あと、そのシルクのパンツを最後に確認してからなくなってるのを発見するまでの間で、この館に来た怪しい人物は?」

「まず、ヤシロでしょ……」

「俺を含んでんじゃねぇよ」


 え、なに?

 まだ証明されてないの、俺の無実?


「そう言えば、ここ数日やたらと来客がありましたよね、エステラ様」

「そうだね。たまに遊びに来ているイメルダの他にも、ミリィやノーマ、ネフェリーやパウラ、珍しくデリアも来てたし、あ、シスターベルティーナも来ていたね」

「ウーマロさんやロレッタさんもお越しになっていました」

「なんでそんなに多いんだよ、こんな時に限って」

「いろいろ重なったんだよ、新製品のお披露目とか、申請書の提出とか」

「とにかく、そいつらが全員容疑者だな」

「まさか。ミリィやノーマがボクのパンツなんか盗むはずがないよ」

「盗んだとは限らないだろうが」


 物事は常に多角的に捉えなくてはいけない。

 どんなにあり得ないようなことでも、それが真実であるという可能性は否定出来ないのだから。


「例えば本を読んでいて、近くにしおりがない。あ、こんなところにシルクのパンツが。挟んでおこう。そんなことも考えられるだろう」

「考えられないよ!?」

「ミリィなんかの場合は、リンゴやメロンが傷付かないよう、カバーの代わりに」

「絶対しないよ!?」

「売れると思うけど!?」

「君みたいな人にならね!」


 あの発砲スチロールみたいな白い網の代わりに黒いシルクのパンツを活用すれば、高級フルーツが爆売れすると、俺は思うんだがなぁ。


「でも何かの偶然で荷物に紛れてしまったということは、あり得るかもしれませんね」

「いや、ジネットちゃん。さすがにパンツは……お客さんの来るところに無造作に置いたりしていないしさ」

「……店長はこの前、食器棚にフリルのパンツを間違って収納していた」

「わぁ、マグダさん! それは秘密のはずですよ!」

「え、マグダ。どの棚? お皿の上とかに載ってた?」

「ちゃんと全部のお皿を洗い直しましたよ!」

「ジネットちゃん、なんでそんなところに……?」

「つ、ついうっかりです! ちょっと考え事をしていて……それで、タンスにお皿が……」

「え、どのお皿?」

「洗いました!」


 ちっ。俺専用のお皿にしようかと思ったのに。


 しかし、ジネットはその類のうっかりをしょっちゅう仕出かしている。

 野菜の皮を剥いて身の方を捨てたり、湯呑みを逆にしたままお茶を注いだり。


「マグダを起こしに行くつもりが俺の部屋に入ってきたりな」

「あ、あの時は、マグダさんを起こした後ヤシロさんの繕い物をしようと考えていて、それでごっちゃになってしまったんです」

「『マグダさ~ん、朝ですにゃん。起きてにゃん。にゃんにゃん』って耳元で言われて飛び起きたよね」

「わぁ! 秘密だって約束したじゃないですか!」


 ジネットの顔が真っ赤である。

 ジネットと暮らしていると、まぁ、飽きるってことがない。


「まぁ、確かに……ついうっかりってことは、なくもない……の、かな?」


 エステラの「あり得ない!」という自信がグラついている。


「給仕の誰かがうっかり手土産とパンツを間違えて手渡したとか、あるかもな」

「……考えたくないんだけど。というか、間違うもなにも、給仕はボクのパンツを持ち歩いてないよ」

「給仕長である私は持ち歩いていますよ。ほら」

「広げるなぁ! っていうか、なんで持ってるのさ!?」

「イザという時のためです」

「没収!」


 大公開された純白のリネンのパンツが強奪される。

 ナタリアが不貞腐れ顔だ。


「待てよ……黒のシルクが行方不明で、純白のリネンがそこにあるということは……エステラ、お前今穿いてないのか!?」

「穿いてるわ! 二枚しかないわけないだろう!」

「じゃあどんな素材の何色か言ってみろ!」

「モダール素材の水色……なに言わせんのさ!?」

「マグダ、メモったか?」

「……ばっちり」

「捨てさせて、あのメモ!」


 エステラの指示が飛ぶ。が、ナタリアは動かない。

 パンツを没収されたことに対する抗議だ。ストライキだ。


「けど、もし仮に何かの間違いで誰かの手に渡っていたとして……どうやって取り返そう」

「『ボクのパンツ知らない?』って聞いて回れよ」

「出来ないよ、そんなみっともないこと!」


 お前、俺には開口一番「パンツ盗んだね!?」って言ったじゃねぇかよ。


「けど、放置は……出来ないよね」


 腕を組んで真剣に悩み始めるエステラ。

 まぁ、自分のパンツが誰かの手元にあるかもしれないとか、落ち着かないよな。


「じゃあ、容疑者の家を回ってこっそり探りを入れてみるか」

「え? ……いいの、かな?」

「別の名目を用意して、エステラが相手している間にナタリアが素早く調べればバレないだろう」

「そう……かな? ……うん、そうだね。それが一番波風が立たない気がしてきた」


 数秒悩んで、エステラが俺の提案に乗っかった。


「私が調べるとおっしゃいますが、私が他人様の家を勝手に動き回るのはどうなのでしょう?」

「家中を調べる必要はない」


 もし、何かの間違いで持って帰ったのだとすれば、それに気付いた人間の取る行動は二つしかない。

 間違いに気付いて持ち主に返しに行く。

 もしくは、どうしていいか分からずに隠しておく、つまり見なかったことにする。


 誰も返しに来ていないことから察するに、エステラのパンツを持ち出した者は言い出せずに隠し持っているか、今も気付かずにどこかにしまいっぱなしになっているか。


「だから、そいつの部屋だけ調べればいい」


 自分の荷物は自分の部屋に置くだろうし、隠したい物を家族の目に触れるところに隠すヤツはいない。

 もし故意に持ち出した者がいるとしても、保管場所はやはり自室だろう。


「なるほど。一部屋をササッと調べればいいのですね。それでしたら可能だと思います」

「けど、なんて名目にしよう。部屋に上がらせてもらわなきゃいけないし、相応の理由がないと……」


 部屋に上げてもらう方法か……そうだな。時期も時期だし、アレにするか。


「『領主様、抜き打ち家庭訪問』ってことで、どうだ?」


 春といえば家庭訪問。

 日本じゃお決まりのイベントだもんな。



 かくして、カムフラージュの名目で俺とジネット、おまけにマグダまで引き連れて、俺たちは知人の家を訪ね歩くことになった。







 まず訪れたのは、領主の館のすぐ隣。

 敷地内に併設された給仕たちの寮だ。


「うははーい! 女子寮だぁ~!」

「はーい、残念。男子禁制」


 エステラが通せんぼをする。

 お前のために協力してやってるんだろうが!


「俺の鋭い観察眼が必要になるかもしれんだろうが! いや、きっとなる!」

「けどねぇ……」

「大丈夫でしょう、エステラ様。私がしっかりと見張っておりますので」

「まぁ、ナタリアと一緒なら……いっか。今回だけ特別だよ!」

「うっひょ~い! 女子寮~!」

「やっぱ追い出そうかなぁ!」


 管理人である給仕長がいいと言っているのだ。領主の言うことに従う必要などない!

 というわけで、俺たちは禁断の女子寮へと足を踏み入れた。




 ……しょうもなかった。




「ここの給仕、しっかりし過ぎじゃない!?」


 どの部屋も簡素で、塵一つないほど綺麗に片付いていて、女の子らしい内装とかぬいぐるみとか一切なく、布団まで統一されていた。

 もっと自分色にアレンジしろよ!

 お洒落とか楽しめよ!


「規律を乱す者がいると館内の風紀が乱れますので」

「風紀乱しウーマンが何言ってやがんだ」


 一応、私服っぽい物はあったが、それくらいだったなぁ個性が出てたのは。

 楽しいのかね、給仕の生活って。


「男にアクセサリーでも貢いでもらえよ」


 苦言を呈するつもりで漏らした言葉に、「わぁ!」という歓声が上がった。

 振り返ると、室内検査を遠巻きに見守っていた給仕たちが手を取り合って喜んでいた。


「あ~ぁ、ヤシロ」

「『ヤシロ様から給仕たちへプレゼントされる』と解釈したようですね」

「いや、俺じゃなくて、それぞれが適当な男に……」

「簡単なもので構いませんので、よろしくお願いしますね」

「いや、だから俺じゃなくて!」

「士気が落ちますので、早急に」


 くっ、ナタリアめ……断りにくい雰囲気を醸し出しやがって。

 喜びから一転、「なんだ違うのか……」って消沈した給仕たちをバックに背負って俺を見るんじゃねぇよ。

 ……ハムっ子でもこんなことあったなぁ、くそ。


「……簡単な物しか作れんぞ」


 わぁっと歓声が上がる。

 料金はきっちり請求させてもらうからな。

 エステラが払わないつもりなら、さっき俺が見せてもらえなかった長持ち(おそらく下着が入っている)の中身をもらい受けるからな!


「寮内にはありませんでしたね」

「まて。まだ一ヶ所残ってるだろう」

「……と、言いますと?」


 惚けるナタリア。

 だが、そんなもんを許す俺ではない。


「お前の部屋がまだだろ?」

「……ふぅ。では、こちらへ」


 観念したのか、俺たちを引き連れて寮の裏へと回るナタリア。

 寮の奥に小さいながらも一軒家が建っていた。

 給仕長ともなると一軒家が貸し与えられるようだ。


「代々オーウェン家が借り受けている借家です。父母の部屋は基本何も手を付けておりませんので、調べるのは私の部屋だけにしてください」


 ナタリアの両親はもう鬼籍に入っていると言っていたな。

 今はこの一軒家に一人暮らしということだそうだ。


 寮から少し離れているのは、給仕長の家族ということで信頼があるとはいえ男子禁制を謳う女子寮から男性を遠ざけるためなのだとか。

 ナタリアの親父は女子寮のそばに暮らしていたのか。けしからんな。


「お前の父親が健在だった時、覗き犯とか目撃されてなかった?」

「もしそんな噂が立てば、私よりも優秀であった母が即座に犯人を捕まえていたでしょうね」


 なるほどね。

 父親も母親を恐れて下手なことはしないと、そういうわけか。

 というか、ナタリアより優秀だったってのは本当なのだろうか。思い出補正がかかっているような気がしてならない。

 だって、ナタリアより優秀って、人間の規格を逸脱してないか?


 まぁ、今となっては比べようもないけどな。


「こちらが玄関です。何もお出し出来ませんが、どうぞ」


 ナタリアの家に来客が来ることはほとんどないそうで、お茶の用意などはしていないのだとか。


「そもそも、私も基本は寝に帰るだけですので」

「全裸でな」

「はい、全裸で」

「そこ、改めて強調する必要あった?」


 普段生活感を一切見せないナタリアの私室。

 そこに自分がいると思うと、ちょっと不思議な感じだ。

 ジネットやマグダも興味深そうにしている。


「給仕の部屋よりかは物があるな」

「歴史がありますので。生まれてからずっとここで育ちましたから」


 ナタリアの歴史を刻む部屋。

 床や壁も年季が入り、木目が落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 簡素なベッドと机が綺麗な状態を保って置かれている。

 突然の訪問にもかかわらず、ここまで綺麗とは……疲れないのかねぇ、こんなにきっちりした生活してて。


「こちらが下着入れです」

「では、拝見――」

「ヤシロさんはダメですよ」

「……マグダが調べる」


 ちっ。

 ジネットとマグダに割り込まれ、阻まれた。

 俺に見えないようにして、エステラを混ぜた三人で中を覗き込む。


「……ナタリアって、意外と……さ」

「可愛い下着が多いんですね」

「……ネコ、くま、これは……?」

「つくしです」


 どんなパンツ穿いてんだ!?

 っていうか、そういうキャラ物ってあるの!? あぁそうか、ウクリネスなら作りかねないか。


「ボクの下着は紛れ込んでないね」

「当然です」

「……あとは、枕の下に」

「いえ、マグダさん。それはないのでは……」


 甘いなジネット!

 パンツを枕の下に敷いて寝ると、甘美な夢が見られるじゃないか!


「よし、俺が見てやろう」


 と、ナタリアのベッドに手を伸ばしたら――


「ダメです!」


 物凄い勢いでナタリアが俺の腕を掴んできた。

 わぁ、もうぴくりとも動かない。


「なんだよ。見られちゃまずい物でもあるのか?」

「いえ、そうではないのですが……」


 たまに見せる、ナタリアのマジ照れの表情。

 恨みがましそうにこちらへ視線をチラッと向けてくる。


「誰もいない家の中に、他人の気配がすると……寂しくなるかもしれないじゃないですか」


 夜、誰もいない広い一軒家に帰ってくる。

 いつものことだと慣れるのかもしれないが、そこに他人の気配が残ってしまうと、確かに寂しくなるかもしれない。

 家に友人を呼んで騒いだ後のような、一人が当たり前なのに不意に物悲しくなるあの感覚のように。


「ですので、ベッドにはお手を触れないでください。匂いが、移りますので」

「そこまで臭くねぇよ」

「いいえ……あなたの匂いは、鼻が覚えてしまって、他の匂いに対するよりも敏感に反応してしまうんです」


 なにその、小っ恥ずかしい告白。

 分かったよ。じゃあ触らねぇよ。


「主譲りなんです、匂いフェチ」

「ちょっと!? ボクの風評被害まき散らすのやめてくれるかい!?」


 俺の手を離し、襟元を正して、照れ隠しを挟む。

 本当に恥ずかしかったようだ。


「ヤシロさん」

「……ヤシロ。め」

「分かったよ、気を付ける」


 ジネットとマグダに諭されてしまった。

 女子の部屋だもんな。不用意なことはしない方がいい。

 分かったよ、もう。


「特に怪しい物は見当たりませんね」

「……卑猥な物もなかった」

「マグダ、なに探してたの!?」


 結局、給仕が間違って持って帰った説は否定された。

 ここで見つかってくれれば被害はほぼなかったと言えたのだが……


「じゃあ、外部に?」

「ということになりますね」


 エステラの表情が曇る。

 こうなったら仕方ない。


「見つかるまで付き合ってやるよ」

「そうですね。わたしたちが同行した方が、うまく誤魔化せるかもしれませんし」

「……マグダもとことん付き合う所存」

「ごめんね、みんな」

「では、回る家をリストアップいたします」


 改めて、『領主御一行、突撃隣の家庭訪問』が開始された。







 陽だまり亭のオープンは遅らせることになった。

 代わりに、妹たちが店の前で屋台のメニューを販売してくれる。

 タコスにポップコーンにお好み焼きとたこ焼きだ。

 あと、年長組の妹を監視役として、厨房の使用許可を出した。これでおにぎりくらいは作れるだろう。


 教会への朝飯の寄付を終え、改めて家庭訪問隊が集結する。

 と、ここでメンバーが一人増えた。


「ここからはあたしもお手伝いするです!」


 ロレッタが元気よく挙手をする。


「あたしもナタリアさんのお家見たかったです」

「……エロスとタナトスの坩堝だった」

「あんな様を見られて……もうお嫁に行けないかもしれません、めそめそ」

「何があったです!? どんなお家だったですか!? むはー、気になるです!」


 などとからかわれている。


 まぁ、時間もないからさっさと回っていこう。

 最初は教会だ。


「じゃあ、ベルティーナの私室に――!」

「ヤシロさんはここで子供たちと遊んでいてください」


 ジネットに待機を命じられてしまった。

 俺も見てみたいのにぃー、ベルティーナの私室ー!


「ガキども、ベルティーナの部屋に行ったことあるか?」

「あるよー!」

「どんな部屋だ?」

「いー匂いするのー!」

「ミルキーな香りか!?」

「よくわかんないけど、たぶんそんなかんじー!」


 くそぉー、やっぱりミルキーはママの味なのかぁ!


「ヤシロ。君がバカなことやってる間に終わったよ」

「早いな!?」

「シスターには正直に話したよ。そうしたら協力してくれてね、すぐにないって分かった」

「私はエステラさんのところで何もお預かりしていませんでしたから」


 ベルティーナはガキどもの書類関連の更新で領主の館を訪れたらしい。

 滞在したのもほんの十数分。

 手荷物もなかったので最初から容疑者としては弱いと思われていたのだ。


 だがそんなことよりも!


「そんなんどーでもいいからベルティーナの部屋見たかった!」


 特に、下着の収納場所とか、ベッドの感触とかを!


「ヤシロさん。家庭訪問が終わったら懺悔室でお待ちしていますね」


 懺悔室なんかもう見飽きたっつーの!

 ベッドで添い寝をしながら懺悔を聞いてくれたり、しないもんかねぇ。







 で、続いてやって来たのがデリアの家だ。


「おー、ヤシロ! みんなも。どうしたんだ?」

「家庭訪問だ」

「なんだそれ? おもしろそうだな」

「みんながどんな部屋に住んでるのか見せてもらってるんだ」

「あたいの部屋も見るのか? なんもないぞ?」


 デリアは実にさばさばとしていて、こういう時に渋ったりしないところがいい。


 デリアの家は割と年季の入った一軒家で、住居の隣に川漁で使う道具がしまわれている倉庫が併設されていた。

 というか、倉庫の横に居住スペースが備わっているという感じだ。


「立派な倉庫だな」

「凄いだろ? 親父が一人で建てたんだぞ」


 確かにプロの仕事のような繊細さはないが、素人が作ったとは思えないような重厚感がある。

 倉庫の一角には水場があり、その隣にはちょっとした調理場がある。


「魚の血抜きとか、あそこでするのか?」

「おう! あの水場では網を洗ったり、銛を磨いたりするんだぞ」


 デリアが率先して中を案内してくれる。


「あの地面が濡れてる辺りは?」

「あそこは体洗ったりするところだ。タライが立てかけてあるだろ?」

「風呂場か!?」

「そんないいもんじゃないけどな」


 いいや、いいもんだ!

 そうか、ここで風呂に入ってるのかぁ。


 と、視線を巡らせると、棚の陰にカラフルな布が干されていた。

 あれは、パンt――


「わぁっ! そっちは見るな!」


 途端に首の骨が大きな音を鳴らして明後日の方向へ捻じ曲げられた。


「今朝、洗濯したところなんだよ! 今干してるから、見ちゃダメだぞ、ヤシロ! 他のヤツは見てもいいけど」

「いえ、見ませんよ、デリアさん」


 ジネットが手を振って否定する。

 が、ナタリアはさっと視線を走らせてエステラのパンツが紛れ込んでいないかと確認をしていた。


「……デリア。ここ最近、自分以外のパンツが家にあったりしなかった?」

「はぁ? なんだよマグダ? ないぞ、そんなもん」

「デリアはそういうところで嘘は吐かないだろうし……デリアも違うかな?」

「エステラ様の解釈で合っていると思います。もうここには用はありませんね」

「えっ、あたしデリアさんのお部屋見たいです!」

「見てってもいいぞ、ロレッタ。それか、今度泊まりに来るか?」

「わぁ! いいですか!? 来るです! お泊まりするです!」


 関係ないところで関係ない約束が交わされる。

 それはそうと、首、痛いんですけど。

 ちょっと泣きそうなんだけれども?


「では、次の方のところへ向かいましょうか」

「なんだ、もう帰るのか?」

「はい。また改めて遊びに来ますね。その時はお菓子を持って」

「本当か、店長! やったー! いつでもいいからな! いつでも来てくれ!」


 こうしていつでも招き入れる用意があるヤツが何かを隠し持ってるってことはないだろう。

 デリアは白だな。

 パンツは割とカラフルなのが多かったけれど。


「では、次はイメルダさんのお宅です」


 ナタリアが宣言して、俺たちはお馴染みの木こりギルドへと向かった。







「ありませんわ、パンツなど」


 イメルダが断言する。


「……一枚も?」

「自分の物はございますわ!」

「参考までに見せてもらうわけには……?」

「いきませんわ!」

「こら、マグダとヤシロ、ふざけないの!」

「そしてロレッタさん、乗り遅れないように」

「あたしへの注意が不当ですよ、ナタリアさん!?」


 イメルダの家は広過ぎるので、ここでもサクッと事情を話した。

 イメルダ相手に、エステラの痴態を隠す必要もないしな。なにせ、イメルダの中ではエステラは完全に「そーゆー人」と認識されているのだから。


「ちなみに、イメルダはシルクのパンツとか持ってるのか?」

「普通の顔をしてとんでもない質問をされますのね、ヤシロさん」


 ん? そうか?

 普通だろ、こんな質問。


「まぁ、今さらですわね。一応、所持はしておりますわ。今日は違いますが」

「エステラは今日、モダール素材の水色なんだぞ」

「なんでバラすのさ!? っていうか、忘れてよ!」

「『会話記録カンバセーション・レコード』!」

「呼び出すな!」


 エステラが俺に飛びかかるのとほぼ同時に、イメルダが無言ですっくと立ち上がった。


「……着替えてまいりますわ」


 そして足早に応接室を出て行った。


「……被ったのか」

「……みたい、だね」

「……パンツ被りのイメルダ」

「マグダっちょ、それ違う意味に聞こえるですよ!?」

「あのみなさん、もう、次へ行きましょうか?」

「では、次はミリィさんのお宅です」


 ジネットとナタリアが席を立ち、イメルダが戻る前に俺たちは木こりギルドを後にした。







「ゎあ、みんな、ぃらっしゃい」


 小さな花屋の前でミリィが如雨露を抱えていた。


「今日は、ぉ花?」

「今日はミリィの部屋を見に来たんだ」

「へぅ!? ぁ、ま、待って! 今、ちょっと、散らかって……ぁぅう! 片付けてくるぅ!」


 如雨露を俺に押しつけてぱたぱたと店内へ駆け込むミリィ。


「……で、俺にどうしろと?」

「とりあえず、お花に水をあげておきなよ。ミリィの代わりに」


 ミリィの片付けが終わるまでの間、俺は店先の花に水を与えてやった。

 あ、売り物じゃなくて花壇に咲いてる方のな。



「ど、どぅぞ……」


 十数分かかって、俺たちはミリィの部屋へと上げてもらった。

 落ち着いた、小ざっぱりとした部屋。

 棚にポプリが並んでいるのも相変わらずだ。


「くんかくんかっ! はぁぁあ、いい匂い!」

「にゃぁぁあ! 嗅がないでぇ~!」

「ヤシロ、摘まみ出すよ?」


 エステラにそんな権限はないはずだ!


「ヤシロ様、どう思われますか?」


 ミリィの部屋は結構狭いため、ナタリアがこっそりと部屋を調べるなんてことが出来ないのだ。

 となれば、ミリィに事情を話して協力してもらうしかないのだが……


「ミリィはさっき慌てて片付けをしたよな?」

「はい。つまり、普段は結構荷物を出しっぱなしにしているということですね」

「だな。それを慌てて詰め込んだとしたら……」

「他人のパンツが紛れ込んでいても気が付かない……」


 ちょっと調べさせてもらう必要がありそうだ。


「では、上手い言い訳をして見せてもらうとしましょう」


 二人だけの内緒話を終えて、ナタリアがミリィに向かって口を開く。


「ミリィさんのパンツに興味があります」

「おい待て、そこの給仕長!」

「ヤシロさんと同じくらいに!」

「お前、どんだけ興味津々だ!?」

「君も興味津々なのかい、ヤシロ……?」


 あぁ、津々だとも!


「ぁ、ぁの……見せられ、なぃ……ょ?」

「大丈夫です。私なら匂いで分かります」

「それも、むりぃ!」

「あぁ、ごめんねミリィ。実は……」


 結局事情を説明して、ミリィには自分で見覚えのないパンツがないかを確認してもらうことになった。


「そんなあっちこっちで理由を説明するなら『エステラのパンツ探してます!』って看板に書いて街を練り歩こうぜ」

「出来るわけないだろう!? ……ミリィは信用出来るから言ってもいいと判断したんだよ」


 張り紙でもすれば誰かが持ってきてくれるかもしれないってのに。

 よくあるだろ? 『迷いネコ』とか『迷い鳥』を探してますってヤツ。

『迷いパンツ』を見かけたら領主までご一報をって書いておけばいいんだよ。


「ぁの、なかった、ょ」

「そうか。ごめんね、ありがと」

「ぅうん。見つかるとぃいね、えすてらさんの……ぁの……」

「……黒パン」

「そういう略し方止めてくれるかな、マグダ!?」

「……エロパン」

「エロくない! 普通!」

「ってぇ、ちょっと!? なんで無言であたしを見てるですか、お兄ちゃん!?」


 いや、普通って言うからさ。

 つい視線が、つい、な。


「では、次はニュータウンですね」


 ミリィのところも不発だったので、次の家へと向かう。

 次の家は――







「あたしの家じゃないですか!?」


 ロレッタの家だ。

 一軒家が二軒。渡り廊下でつながっている、ある種の豪邸だ。住居人密度は凄まじいけどな。


「じゃ、ロレッタの部屋へ行こうか」

「待ってです! あたし、何も持って帰ってないですから!」

「はっはっはっ、ロレッタ。持ち帰ってなくても持ち出すことは出来るんだぞ?」

「何を持ち出す気ですか!?」

「マグダ、お勧めは?」

「……先日買ったばかりの『ちょい大人レース』」

「なんで買ったの知ってるです、ウクリネスさんとこの新商品!?」

「じゃあ、それを」

「絶対部屋に入れないです、特にそこの危険人物二人は!」

「家庭訪問にならないだろう!?」

「お兄ちゃんが目論んでるのは家庭訪問じゃなくて空き巣です!」


 ロレッタの必死の抵抗と、「ここまで付き合ってて『そういえば!』ってなってないことも鑑みて、ロレッタは白だよ」というエステラの判断によってロレッタの家への家庭訪問は免除となった。


「では、次は少し変わった方のお家です」


 思わせぶりなセリフを吐いて歩き出したナタリアについて歩くと、次の目的地は意外と近くにあった。







「こちらが、トルベック工務店です」

「わっ!? な、なんッスか!? 何事ッスか、この顔ぶれは!?」

「お前のパンツを漁りに来たんだよ」

「何事ッスか!?」

「いや、なに。エステラがな……」

「ウーマロにその説明はしなくていいから!」

「なんか酷いッスよ、エステラさん!? ちょっと諸事情により、そっちは向けないッスけども!」


 ウーマロが俺だけをガン見してエステラに抗議する。

 俺を見んな。


「あの、ウーマロさん」

「ん? その声は店長さんッスね? そっちは向けないッスけど、気にせず続けてッス」

「では。実は、ウーマロさんのお部屋を見せていただけないかと思いまして」

「オイラの部屋ッスか? 散らかってるッスし、女性をオイラみたいな男の部屋にお上げするのはちょっと気が咎めるというッスか……」

「……マグダも見たいなぁ~」

「ご案内するッス! もう、隅から隅まで、余すことなく見て行ってッス!」


 単純だなぁ、こいつは。本当に。


「あっ、このドア! ウチのと同じです! あ、この床板も!」

「同じ時期に作ったッスからね。あ、こっちが作業場ッス」


 ウーマロの家も、大きな作業場がどどーんと構えていて、その隣に居住スペースがあるような造りだった。


「うはぁ……めっちゃ綺麗です」

「普段から綺麗にされているんですねぇ。さすがウーマロさんです」

「……大工の鑑」

「むはぁぁ! マグダたんに褒められたッスー!」

「いや、あたしと店長さんも褒めたですよ!?」

「うふふ。ウーマロさん、嬉しそうですね」


 ジネットたちが絶賛するように、ウーマロの作業部屋は『大工ミュージアム』をこの瞬間から始められそうなほど綺麗で見事だった。

 無数の道具が整然と並べられ、その一つ一つがピカピカに磨き上げられている。床にも塵一つ落ちておらず、天井にくすみの一つもなかった。


「どうやって維持してんだ、こんな広い場所……」

「特別なことは何もしてないッスよ? 道具と仕事場は大工の魂ッスから。普通にしてればこうなって当然ッス」


 いいや。きっとグーズーヤの家はもっと汚いはずだ。

 あ、グーズーヤレベルじゃ自宅に作業場とかないのか。


「それじゃ、こっちが居住スペースッス」


 作業場を褒められて機嫌をよくしたのか、軽やかな足取りでウーマロが自室へ案内してくれた。


「汚っ!?」

「足の踏み場がないですよ、ウーマロさん!?」

「やはは。男所帯なんて、どこもこんなもんッスよ」


 いやいやいや! 落差よ!?

 作業場があんなに綺麗だったのに、なんで居住スペースがこうなんだよ!?

 ゴミ屋敷ってほどではないにしても、お前の性格からしたらもうちょっと片付いててもいいだろうに。こんなもん、ベッコとかグーズーヤの部屋だぞ、イメージ的に。


「オイラ、基本作業場にいて、たまに作業場で寝たりして、食事は陽だまり亭ッスし、居住スペースはほとんど物置なんッスよ」

「それにしてもよ……」


 まぁ、料理をしないウーマロだけあって、生モノがないだけましか。

 悪臭もしてないし、ただ単に片付けられていないだけだ。引越し直後みたいな感じだな。


「ナタリア、ありそう?」

「いえ、ここにはないでしょう。足を踏み入れた形跡すらほとんどありませんし」


 ウーマロも容疑者から外れたか。


「ウーマロさん、表のあの建物はなんです?」


 ロレッタが指差した先。作業場からちょっと離れたところに小さな小屋が建っていた。

 サイズは小さめだが、豪華な印象を抱かせる建物だ。


「あそこッスか!? 見たいッスか!? 是非どうぞッス! さぁさ、みなさんも!」


 ……あ。

 このテンションで分かってしまった。


「ここは、マグダたんミュージアムッス!」


 やっぱりか……つか。


「眩しっ!?」

「床が、そして壁や柱が、作業場が目じゃないほどに磨き抜かれているです!?」

「ここには、マグダたんにもらった物や、マグダたんが触れたオイラの私物、マグダたんが褒めてくれた私服なんかを展示保管してあるんッス」

「ほとんどお前の私物じゃねぇか!?」

「マグダたんが関わった瞬間、それはトレジャーに変わるんッス!」


 変わんねぇよ。


「あの、ウーマロさん。この分厚い紙の束はなんですか?」

「さすが店長さんッス! お目が高い! これは、『会話記録カンバセーション・レコード』から書き起こしたマグダたんの発言全集なんッス!」

「書き写したんですか?」

「そうなんッス! いやぁ不思議なもので、マグダたんの発した言葉を紙に書き写していると、心が穏やかになって、人に優しくなれたりするんッス」


 写経かよ。

 お前、間違った方向に悟りを開きかけてんじゃねぇの?


「……では、このミュージアムの一角に、これを」


 言って、マグダが髪留めを外す。


「こ、これを、ミュージアムに置いてもいいんッスか!?」

「……ちょっと、嬉しかったから」

「感激ッスー! オイラ、もっともっとミュージアムの内容を充実させて、いつか中央区にもっと大きなミュージアムを建設してみせるッス!」


 いやいやいや!

 お前以外さほど興味持たないからな、マグダミュージアム!

 で、展示物の八割以上がお前の私物だから!


「はっ!? この髪留めが最も映える台座を作らなければいけないッス! すみませんッスみなさん! オイラ仕事が入ったッスので、これで失礼するッス!」


 俺らを置き去りに、作業場へと駆け込むウーマロ。

 その直後、すぐに木材を切る音が響き始めた。……お前は、どこまで行ってしまうんだ、ウーマロ。


「……完成したら、また見に来る。みんなで」

「えぇ……俺も?」

「いいじゃないですか。みんなで来ましょう。ロレッタさんも」

「来るです!」

「はぁ……じゃあまぁ、次に行くか」

「次はノーマさんのお宅ですね」


 ノーマの家なら何度も行ったことがあるな。

 そんなことを思いながら大通りに向かって歩き出した。







「ノーマ~、ちょっと下着入れ見せてもらうな」

「許可出来ないさよ!?」


 勝手知ったる他人の家。勝手に上がって勝手に漁ろうとしたら全力で止められた。


「なぜ?」

「説明が必要さね!?」

「失礼します、ノーマさん」

「ナタリア。あんたも一緒なんかい?」

「えぇ。ちょっと下着入れ見せてもらいますね」

「ダメだって言ってるんさよ!?」

「……なぜ?」

「誰かこの二人を止めておくれな!」


 ナタリアも、ノーマの家にはよく顔を出しているようだ。

 以前、二人で家飲みをしたとか言っていたっけな。


「ノーマさんは非常にそそっかしい方ですので、他人のパンツを間違って穿いて帰ってきたりするのではないかと」

「したことないさよ、さすがに!」

「しかし、以前私のブラをつけてホックを壊しましたよね?」

「それは、あんたが先にアタシのブラを付けたから間違っちまったんさね!」


 え、お前ら家飲みのどこでお互いにブラを外したの?

 えっ、全裸飲み!?

 えっ、なにそれ、詳しく聞きたい!


「アタシはそんなうっかりはしないさよ。とにかく、お茶を出すから、それ飲んだら帰っておくれな。たぶんだけど、アタシには関係のない話だろうし……さ」


 しゃべりながら手を動かしていたノーマの言葉がふいに止まった。

 半開きの食器棚を覗き込むと、萌黄色の丸まった布が湯呑みに混じってぽ~んと置かれていた。


「ジネットと同じ人種がここにいる!?」

「ノーマさん、そこまで天然だったですか!?」

「……ノーマ、店長と同レベルはヤバイ」

「みなさん、酷いですよ!?」


 まさか食器棚パンツ二世がこんなところにいたとは。


「ち、違うんさよ。これは、洗濯物を取り込んでいる時に考え事をしてたから……」

「言い訳はいいから、その湯呑み(パンツ)でお茶を頼む」

「これは湯呑みじゃないさね!」

「……平気。そこにお茶を染み込ませて、絞れば」

「不衛生極まりないさね!」


 意外な天然を炸裂させたノーマに背を押され、俺たちは外へと追い出された。

 その際チラッと見えたのだが、萌黄色のパンツには結構な大きさで「一途」と言う文字が書かれていた。


「文字パンか」

「うぅうううるさいさね! もう、今日は帰っておくれな!」


 ノーマの自爆により碌な調査が出来なかった……と思っていたのだが。


「新しい下着はありませんでした」

「ナタリア……君はノーマの下着をすべて把握しているのかい?」

「もちろんです。給仕長ですから」

「そんなスキルは求めてないんだけどなぁ、給仕長に……」


 ナタリアが調査済みだったようなので、俺たちは次のお宅へと向かった。







 言わずと知れた、カンタルチカ。

 パウラの家だ。


「そういえば俺入ったことないなぁ。お邪魔しま~す」

「だめぇ!」


 店の奥へ入っていこうとしたら、パウラが体を使って行く手を阻んできた。

 なんだよ、パウラ。開店準備してろよ。


「なんなの、急に? どうしてあたしの部屋に? なに、これ?」

「大丈夫だパウラ。ちょっとパンツを調べるだけだ」

「全然大丈夫じゃないし! ちょっと、エステラ……は、こういう時意外とダメな娘になるから、ジネット説明して!」

「今の暴言は酷くないかい、パウラ!?」


 ついに、エステラのポンコツ具合が領民に周知され始めたようだ。

 正しい認識だぞ、パウラ。


「え、えっと……なんと説明していいのか……」


 突如話を振られたジネットが助けを求めるように俺やエステラを見るが、パウラはジネットの説明を聞きたがっている。俺たちが口を挟むわけにはいかないだろう。

 エステラの事情を口外せずに家庭訪問の理由を説明するには……と、きっと小難しく考えたのだろう。


「パ、パウラさんは、黒のシルクのパンツはお持ちですか!?」


 そんな質問をぶつけていた。

 そして、そんな突拍子もない質問を受けて、――パウラが取り乱した。


「えっ、えっ!? く、黒、の? シ、シルク? えっと、それは、その……」


 こいつ、持ってやがるな?


「横から失礼します」


 すかさずナタリアが前に出る。

 突然距離を詰められて、パウラが平常心を失う。


「それはいつ頃手に入れられたものですか? 最近ではありませんか?」

「へ? な、なんで知って……」

「最近手に入れたのですね?」

「そ、そうだけど……それがなんなのよ!?」


 ちょっと涙目のパウラ。

 さっきからチラチラ俺を見てくる。

 ……目、逸らしとこ。


「すみませんが、その下着を見せていただけませんか?」

「ここでっ!?」

「いえ、お部屋の衣類棚をチラッとで構いません」

「でも……その…………今、あの……」

「穿いていると?」

「にゃああもう! そうよ! だったらなんなの!?」

「失礼いたします!」

「へっ!? ちょっ、ぅきゃあぁああ!?」


 突然、ナタリアがパウラの体を抱え上げ、そのまま店内奥の居住スペースへ続く階段へと消えていく。

 あとに残された俺たちは何も出来ずただそこに突っ立っていた。


「ちょっ、なんでっ、えっ、ウソでしょ!? 脱が……まって! せめて、自分で……ぅにゃぁああああ!」


 遠くからパウラの焦ったような悲鳴が聞こえてくるばかりだった。


 そして、数分後。


「別物でした」


 やりきった表情のナタリアが戻ってきた。


「……なんなのよ、もう……っ」


 そして遅れること二分。

 よれよれになったパウラが戻ってきた。


「理由を説明しなさいよ、理由を!」

「なぁに、たいしたことじゃないさ☆ じゃ、店頑張れよ」

「説明するまで帰さないからっ!」


 またしても全身で進行方向を塞がれ、しょうがないので経緯を説明した。

 順調にエステラの痴態が広まっていってるなぁ。







 次に訪れたのは馴染み深い養鶏場。ネフェリーの家だ。


「おーい、パーシー。ネフェリーの下着について情報をくれー!」


 呼びかけてみるも、返事は返ってこなかった。

 珍しく四十区に帰っているらしい。


「こんな時に限って、使えない。なんのためのストーカーだよ」

「少なからず好きな女子の下着事情を暴露するためではないと思うよ」

「あ、でもパーシーさん、洗濯物とか湯浴みは絶対覗かないって言ってたですよ。なんでも清らかな関係でいたいとか、ピュアハートプラトニックラブがどうとか……意味分かんなかったですけど」


 ま、パーシーがいないなら本人に聞くしかないか。


「おーい、ネフェリー!」

「あ、ヤシロ! ……と、みんな?」


 結構な大所帯の俺たちを見て、ネフェリーがクチバシを黄色くする。

 ……あ、違った。目を丸くする、だ。


 さて、ネフェリーの下着を調査するわけだけれど……


「じゃ、あとよろしく」

「なんかお兄ちゃんが急に消極的です!?」


 俺なぁ、飼い犬や飼い猫に服着せてるのもまだちょっと違和感あるタイプなんだわ。

 だから、な? 分かるだろ?


「たしか、男子禁制なんだよな、ネフェリーの部屋は」

「う、うん。まぁ、一応ね」

「え~、あたしは何回も入ったことあるですよ?」

「お前女子じゃん」

「けど、恥ずかしがるような部屋じゃなかったです。綺麗に片付いてたですし。可愛いぬいぐるみとか置いてあったですし」

「ちょっとロレッタ! あんまり言わないで!」

「……本棚の裏に自作のポエム集を隠している」

「マグダは何も言わないで!」

「あっ、マグダっちょ。アレ知ってるです? 桐の箱に入った――」

「……『穿かれない勝負パンツ』?」

「二人とも黙ってー!」


 ネフェリーがロレッタとマグダの口を押さえて家の中へと駆け込んでいく。


「じゃあ、ついでに」

「お邪魔させていただきましょう」


 エステラとナタリアがそれに続いて入っていく。


「ジネットは行かないのか?」

「でも……」

「俺はニワトリでも見て時間潰してるから、行ってこいよ。見てみたいだろ?」

「はい。では、すぐに戻りますので、少し待っていてくださいね」


 ぺこりと頭を下げて、ジネットがみんなの後を追う。

 まぁ、ネフェリーのところにはないと思うけどな。

 ネフェリーの性格上、間違って持って帰ってきたら届けに行くだろうし、言い出せずに返しそびれるなんてタイプじゃないから。



 案の定、ネフェリーは白で、黒シルクパンツは見つからなかった。


「桐の箱、素敵でした」

「何を見てきたんだよ、お前ら?」

「もう! 次に来る時は前もって言っておいてよね」


 手扇で顔に風を送りつつネフェリーが頬を膨らませる。

 頬っ!?

 ニワトリの顔に頬が!?


 すげぇ生物の進化を目の当たりにした。


 そんな妙なドキドキが残る中、俺たちは最後の家へと向かった。







「ここにないことを心底祈るよ」


 エステラが呟いて、薬剤師ギルドのドアを開ける。


「なんやのんな? 今日はまたえらいぎょ~さんで来やはったなぁ~」


 カウンターに突っ伏していたレジーナが目を丸くする。


「レジーナ。すまないけれど、私室を見せてくれるかい?」

「ウチのことお嫁はんにもろぅてくれるんやったらかまへんで?」

「よし、ここにはないようだ。帰ろう!」


 さすがにアレを一生養うのは嫌だったか。

 そして何より、エステラは早く帰りたそうだ。


 俺も、自分のパンツが何かの間違いでレジーナの手に渡ったらとか、考えたくもないもんな。何をされているか……


「エステラ様。ここは正直にお話して協力を仰ぐのが手っ取り早いかと」

「そうだね……まぁ、レジーナだしね」

「なんやのんな、なんかず~っと失礼な雰囲気やけども」

「実はね……」


 観念したエステラが事のいきさつをレジーナに話して聞かせる。


「領主はんの卑猥布が?」

「パンツをそこまで卑猥な響きに仕立て上げないでくれるかい!?」


 エステラからのクレームをスルーして、いつも被っている帽子を取り、髪の毛を右手でわしゃわしゃ触る。


「持ってへんなぁ」

「なんでいの一番に頭を確認したのさ!?」

「パンツやろ?」

「パンツだよ!」


 やめとけエステラ。

 常識の範囲内にそいつは収まってないんだよ。


「残念やけど、領主はんのパンツはここにはあらへんなぁ。転売もしてへんし、太古の遺跡に『神器』として祀ってもおらへんし……心当たりないわぁ」

「心当たりの選択肢が酷いね、君は!?」


 けたけたと笑うレジーナ。

 あの顔は本当に知らないんだろうな。

 ナタリアも同じように感じたらしく、目で合図を送ってきた。


「じゃ、帰るか」

「そうですね」


 レジーナの店を出て、俺たちは再び領主の館へと戻った。







「結局見つからなかったね……」


 エステラが応接室のソファに沈む。

 完全な徒労に終わってしまった。


 というより、見つからない気持ち悪さのようなものを感じているのだろう。

 まさか、本当に下着泥棒に持っていかれたんじゃないだろうな……


「エステラ様、ミルクティーを入れました」

「ありがと、ナタリア……」

「汗をかかれていますね」

「結構歩いたからねぇ……」


 へとへとになっているエステラ。

 微かに汗をかいている。


「あとで軽く汗を流したいな。準備させてくれる?」

「かしこまりました」


 ナタリアが手を叩くと二人の給仕が応接室へと入ってきた。

 なんでも、今週の浴室担当の二人らしい。


「エステラ様が汗を流されます。準備をしてください」

「「はい」」


 二人の給仕が揃って頭を下げる。

 と、そのうち一人がこちらを窺った後でナタリアに耳打ちをした。


 ナタリアの動きが一瞬止まる。


 そして、真顔で何事かを給仕に囁く。

 しばし内緒話をして、おもむろに給仕が懐からグレーの布地を取り出す。

 ナタリアがぴろんと広げると、そこにはまん丸いイワトビペンギンのようなイラストが。

 そして、ナタリアの動きが止まる。明らかに見られてはマズい物を隠すように可愛らしいイワトビペンギンのイラストパンツを懐にしまう。


 ……ふ~ん。

 そっかそっか。

 そういうことか。


 なぁ、ナタリア。

 今隠したパンツだけどさ。今のお前の行動と、お前の部屋にあったパンツの傾向から考えても……お前のパンツだよな?


 顔をを向けると、さっと視線を外された。


 ……ほほぅ。

 まだ白を切るか。そーかそーか。


「なぁ、エステラ」

「な~に~……」


 気力が尽きてソファに沈み込んでいるエステラに、念のために確認しておく。


「お前、ここ最近ナタリアと一緒に風呂に入ったりした?」

「うん。昨日の晩にね。たまに入るんだよ」

「その時、変わったことなかったか?」

「変わったこと? …………あ、給仕がボクの着替えを出し忘れててね。そんなこと初めてだったから驚いちゃったよ」

「出し忘れ?」

「うん。給仕は確かに出したって言ってたんだけど、ボクのカゴに入ってなかったんだよね」


 つまり、ナタリアと一緒にお風呂に入った際、用意してあったはずのエステラのパンツがなくて、パンツを穿いて出たはずのナタリアのパンツが脱衣所に残っていた……と、そういうわけだ。

 よし、状況証拠は揃った。


「マグダ、ロレッタ」

「……了解」

「確認してくるです」


 同時に動き出したマグダとロレッタ。それと同時に弾けるように駆け出したナタリア。

 バタバタと館の中を駆け回り、「ナタリアが執務室へと籠城した」という情報を持ってマグダとロレッタだけが戻ってきた。


「え……なに? どういうこと?」


 にわかに慌ただしくなった館内に、エステラが体を起こして俺を見る。

 同じく状況が理解出来てないであろうジネットも一緒に、事の顛末を話して聞かせてやる。



 要するに、なくなったって騒いでいたお前のパンツな。

 昨日の夜からずっとナタリアが穿いてたんだよ。

 今もなお、な。




 それから数分が経ち、涼しい顔をしてナタリアが応接室へと戻ってきた。


「エステラ様、探し物が見つかりました」

「ナタリアぁああ!」

「いえ、ついうっかりです、ついうっかり」

「そこになおれぇぇええ!」


 若干ほかほかした布を握りしめて再び逃げ出すナタリア。

 俺たち陽だまり亭一同は、家主がいなくなった応接室で、給仕が入れてくれたミルクティーを飲み、「今日の半日なんだったんだよ」と揃って脱力するのだった。


 そんな中、ジネットだけが――


「『ついうっかり』って、やっぱりありますよね。ナタリアさんみたいなしっかりした人でもあるんですから、きっとみなさんあるんですよ」


 ――なんて妙に生き生きしていたが……ねぇよ。




 ひょんなことから『家庭訪問』なんて春らしいイベントが開催されたわけだが……残念なヤツが多過ぎるだろう、四十二区。


 俺が担任なら『がんばりましょう』に丸をつけるだろうな。







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