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異世界詐欺師のなんちゃって経営術【SS置き場】  作者: 宮地拓海


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【書き下ろし】毛糸と手編みとクリスマス[小説形式]

★★★★★



「うぅ……寒っ」


 空が真っ赤に染まる夕刻。

 気温がぐっと下がって、あたしは思わず肩をすくめた。

 いつも着けてるカンタルチカのエプロンじゃ、まったく防寒の役には立たない。


「妹たちだけじゃ不安だし、お客さんが増える前に早く買い物済ませなくちゃね」


 現在も営業中のお店のことを思い、あたしは少し足を速める。

 大通りに並ぶ商店では店じまいを始めるところもちらほら目につき、職人さんたちもそろそろ本日の作業をおしまいにする頃合いだろう。

 けれど、飲食店は違う。

 これからが稼ぎ時。カンタルチカの本領発揮。


 だからその前に少しだけ時間をもらって、あたしはウクリネスさんのお店へと向かっていた。

 これまで愛用していたマフラーがダメになっちゃったんだ。気に入ってたのに、穴が開いちゃって。

 だから、お小遣いで新しいのを買おうってわけ。

 最近、冷え込む日が増えてきたから。

 首元を冷やすと風邪を引くって前にヤシロが言っていたから、早く手に入れなきゃ。


 なんてことを考えながらウクリネスさんの店のそばまで来た時。


「いー……っきし!」


 遠慮なしの大きなくしゃみをしながら、ヤシロがウクリネスさんのお店から出てきた。

 あたしはなぜだか分からないけれど、咄嗟に物陰に身を隠しちゃった。

 ……だってほら。ヤシロに言われたからマフラー買いに来たとか、知られたらちょっと恥ずかしいじゃない? まるで、すごくヤシロの言うこと気にしてるみたいだし、いつもヤシロのことばっかり考えてるみたいだし……


「くっそ。ホント暖かくならねぇな、この街は」

「うふふ。肌寒いと人肌が恋しくなって人は寄り添うものですもの。きっと、精霊神様が『恋をしなさい』とおっしゃってるんですよ、ヤシロちゃん」


 お店からウクリネスが出てきて大きな袋をヤシロに渡す。

 なに買ったのかな、ヤシロ?


「年がら年中くっついてたら仕事になるかよ。恋より防寒具の方が有用だ……ってことは、『寒いなら金を使え』って言ってやがるんだな。なんてあこぎなんだ精霊神は!」

「そんなことを考えるのはヤシロちゃんだけですよ」


 ウクリネスが笑って、そしてぽんっと手を打つ。


「そうだわ。今年もやるのよね、クリスマス?」


 クリスマス。

 それは、ヤシロがやり始めた、年の瀬の素敵なイベント。

 温かい部屋にキラキラ輝く飾りつけをして、美味しいご飯をみんなで食べる、とても幸せなイベント。


「おい。まだオフレコな部分もあるんだ。大声で言うなよ」

「あら、ごめんなさい。そうでしたね……うふふ」


 ウクリネスさんが口元を隠して笑う。

 ヤシロ、また何かウクリネスさんにお願いしたのかな?

 たしか以前は変な真っ赤な服を作ってもらってたみたいだけど……


「それで、そのクリスマスなんですけどね、ちょうどいいから誰かにプレゼントしてもらったらどうですか? ヤシロちゃん、マフラー持ってないでしょ、たしか?」

「お前は、俺が持ってる衣類を全部把握でもしてるのか……」

「大体は分かりますよ。プロですから」


 ウクリネスさんの笑顔に、ヤシロがちょっと嫌そうな顔をする。

 四十二区で衣類が買えるのってウクリネスさんのお店だけだから、ウクリネスさんだったらそういうの分かっちゃうのかもね。

 あたしも、お客さんの好物は大体把握してるし。


「じゃあお前がプレゼントしてくれよ。たぶんそれが一番クオリティ高いだろ?」

「あら? 私の手編みでいいんですか? 大きく『I LOVE YASHIRO FROM:U』って文字を入れますよ?」

「……やめて。重過ぎて肩が凝りそうだから」


 冗談を言ってくすくすと笑うウクリネスさん。


「けど、クオリティよりももっと価値のあるものでしょう、想いの詰まったプレゼントって」

「クオリティ至上主義のお前がそれを言うか?」

「あら。私はいつだって溢れんばかりの愛情を注いで服を作っているんですよ?」

「無節操に愛情を振り撒きまくってるから、特定の誰かが定まらないんじゃないのk…………いや、ごめん。謝るからその顔やめて。超怖い」

「……私、お仕事が恋人なのよ。ううん。伴侶」

「そ、そう……ですよね。ウクリネスさんのお仕事はとても尊いものです。いつもありがとう。感謝してるし尊敬してますごめんなさい。…………それじゃっ!」


 大きな荷物を抱えて、ヤシロが脱兎のごとく逃げ出した。

 ……もう、ヤシロってば。女性にそういうこと言っちゃダメなのに。


 …………でも、ウクリネスさん。浮いた噂一つも聞かない、よね?

 ………………いないのかな、恋人?


 ………………恋人、か。


 想いの詰まったプレゼントって、クオリティの高いものより価値があるのかな。

 ……プレゼントしたら、喜んでくれる、かな?


「マフラー……持ってないんだ、ヤシロも」


 お財布をぎゅっと握りしめる。

 お小遣いには、余裕がある。


「……よしっ」


 意を決してあたしはウクリネスのお店へと駆け込んだ。


「いらっしゃいませ。あら、パウラちゃん。お店は?」

「あ、へへ。ちょっと抜けさせてもらったの」

「そうなの。それで、今日はどのようなご用件で?」


 用件……それは、ヤシロに手編みのマフラーを…………そういえば、ヤシロって何を買ったんだろう? あんなにたくさん…………もしかして、誰かにプレゼントを?


 思わず視線が毛糸へと向かう。

 ……棚が、ぽっかりとあいている。これって、ヤシロが買ったって、こと?

 ヤシロ……誰にプレゼントするつもりなんだろう…………想いの詰まった、手作りのプレゼントを…………

 確かめたい。

 けど、さり気なく……


「あ、あれ!? なんだかヤシロの匂いがしない? この辺! この毛糸の棚の辺りに!」


 あーうち! ミステイク!

 なに口走ってるのあたし!?

 匂いなんか、そんなに残るわけないじゃない!

 そもそも、何か匂いが残ってたとしても、それがヤシロの匂いだなんて分かるわけがない!

 これじゃ、覗いてたって白状したようなものじゃない……もう!


「あらあら、よく分かりましたね。すごいわ、最近の女の子って」

「最近の……?」

「先日もエステラちゃんがね、『あれ? さっきまでヤシロここにいた? なんか匂いが残ってるけど』って」


 ……エステラ。あんた、なんで匂いでそんなこと分かるのよ。イヌ人族でも滅多に出来ない芸当なのに。

 そういえばナタリアさんが、『エステラ様は嗅ぎっ娘ですから』って言ってたっけ……ヤシロって、そんなに匂いしないと思うんだけど…………


「実はね、ヤシロちゃんに教えてもらって、羊毛にアルパカの毛を混ぜた毛糸を作ってみたんですよ。これがそうなんだけどね」


 と、ごっそりと商品が減っている棚から毛糸の玉を一つ取って手渡してくれる。

 ふわっとしていて、温かい。


「これでマフラーなんかを作ると、きっと温かいわよ」


 ドキッとした。

 まるで心を見透かされているようで。

 思わずウクリネスさんの顔を見たら、意味ありげなウィンクをもらった。……見透かされ、てる?


「マ、マフラーね。ちょうど、今まで使ってたヤツがダメになっちゃったんだよねぇ。ホント、偶然」


 それは嘘じゃない。

 けれど、あたしは今懸命に事実を隠そうとしている。

 ……だって、恥ずかしいから。


「マフラーって、その……素人でも、編んだり出来るものなの……かな? なんて」


 あたしのぎこちない作り笑顔を見て、ウクリネスさんが頬を薄っすら染める。

 そして愛おしそうな笑みを浮かべてあたしの肩に手を乗せた。


「任せて。初心者でも簡単に出来る編み物のやり方を教えてあげる」


 すべてを悟ったような笑顔でウクリネスさんは言う。

 それが恥ずかしいやら、頼もしいやらで……


「……うん。お願い、します」


 あたしは視線を下げたまま、頭を下げた。




☆☆☆☆☆



「うぅ……寒ぅ~い」


 カンタルチカを出た私は、吐き出した途端に白くなる自分の息を見て首をすくめた。

 夜風が首筋を撫でて体温を奪っていく。


「ネフェリーちゃん、お土産」

「ありがとうございます、マスター」


 パウラのお父さん、マスターが小包を手渡してくれる。

 手に持つとじんわり温かい。きっと、中身は魔獣のフランクフルトだろう。


 ここ数日、パウラが寝不足で調子が悪いからと、私はカンタルチカのお手伝いをお願いされていた。

 養鶏場の仕事は、ロレッタの妹たちが手伝ってくれているから、私が抜けても大丈夫なのよね。……それはそれで、ちょっと寂しいけど。

 けど、本当に妹たちには大助かり。あ、鶏舎の大掃除をしてくれた弟君たちにも感謝してる。

 今度、お礼にウチの卵をいっぱい持って行ってあげようかな。


「ネフェリーさん、お疲れさまー!」


 カンタルチカの手伝いに来ていた妹ちゃんが私の腰に飛びついてくる。

 十二歳の妹ちゃんは、もう十分しっかりしていて、まるで小さいロレッタみたい。

 なんだか無性に可愛くて、それによく懐いてくれて、本当の妹みたい。


「パウラは?」

「お部屋こもっちゃった」

「また?」


 ここ最近、パウラはちょっと様子がおかしい。

 仕事が終わるとすぐに部屋に閉じこもって朝まで出てこないんだとか。

 それなのに寝不足だなんて……一体部屋で何をやってるんだろう?


「これから帰るなら、お家まで送ってあげようか?」

「平気だよ。帰り道明るいから」


 確かに、街道には光るレンガが設置されているからとても明るい。

 けど、まだ幼い妹ちゃんを一人で帰らせるなんて心配。大通りにはまだちらほらと酔っぱらったオジサンたちもいるし、夜道の一人歩きは危険だよ……いや、それは私にも言えることなんだけど。


「じゃあ、街道の入り口まで」

「いいの?」

「もちろん」

「わーい! ありがとう、ネフェリーお姉ちゃん!」


 きゅんっ!

 もう、なにこの娘!? もらっちゃうわよ!?


 ロレッタたち姉弟って、本当に人を喜ばせるのが上手なんだから。

 これが計算じゃなくて本心から出た言葉っていうんだからすごいよね。尊敬しちゃうよ。


「おね~ちゃんっ! ……手、つないでい~い?」

「もちろん」

「えへへ~」


 嬉しそうにはにかんで、妹ちゃんが私の手を握る。

 まだ小さくて頼りない手は温かく、寒い夜でもこうしていると温かいなって思えた。


 おしゃべりをしながら大通りを歩いていると、街道へと続く曲がり角が見えてくる。

 その先は街道。

 妹ちゃんとのお散歩もここでおしまい。

 少し名残惜しい気持ちになっていると――とんでもない光景が飛び込んできた。


「妹ちゃん、隠れて」

「えっ? なに?」

「いいから、早く!」


 声を殺して、近くの物陰に飛び込む。

 妹ちゃんの腕を引き、抱きかかえるようにして身を低くする。


「わぁ……あったかぁ~い」


 そんな可愛い声を聞きながら、私の心臓は早鐘を打ち始める。

 曲がり角に建つお店――ウクリネスさんのお店に、よく見知った男性があからさまに怪しい変装をして入っていったのだ。


「おぉ~い、ウクリネス! 来たぞぉ!」

「ちょっ!? なんですかその目立つ格好は?」

「なにって、変装だ。どこからどう見てもワシだとは気付かれまい?」

「どこからどう見てもハビエルさんにしか見えませんよ……もぅ」


 スチュアート・ハビエル。

 木こりギルドのギルド長にして、私たちの友人イメルダのお父さん。


 そんなハビエルさんが、こんな夜中の……店じまいをしたはずの服屋さんに、一体なんの用事が……?


「分かってるんですか? あなたがここに来ることは、誰にも知られちゃいけないんですよ」

「大丈夫だ。イメルダにだって内緒にしているし、アリバイもきちんと作ってある」

「とにかく、あなたは目立ち過ぎるんですから、早く奥に入ってください」


 ……アリバイ?

 え? え? なに? どういうこと?


「あ、お店じゃなくて、奥の部屋にあがってください。右手の奥が私の寝所になってますから、そちらに……」


 寝所!?


 まさか……ハビエルさんがウクリネスさんと…………ふ、ふ……


「『ふりん』って、いうやつかな?」


 突然の妹ちゃんの発言にどきりとさせられる。

 ……誰が教えたのよ、十二歳の子にそんな言葉を。


「き、きっと……そういうんじゃない…………と、思う……けど」


 というか、思いたい。

 だって、もしそれが事実だとしたら……イメルダになんて言えば……


「……帰ろう」

「うん」

「それからね……」

「今見たことは絶対ヒミツ……だね」


 ……本当に、最近の子供は大人びてるなぁ。

 そんなことを思いながら、妹ちゃんの手を引いて街道を一緒に歩く。

 あそこでバイバイするのは、ちょっと不安だなって思ったから、私は結局妹ちゃんを家まで送っていくことにした。




★★★★★



「むぁぁああ! どうして歪むの!?」


 完徹三日目。

 あたしは穴ぼこだらけの歪んだマフラーもどきを床に叩きつけた。

 ……ウクリネスさんの嘘吐き。初心者には難し過ぎるよ、編み物……


 丁寧に書き込まれた編み物の解説書を眺めてため息を漏らす。

 ……『強制翻訳魔法』によってあたしに分かる言葉に翻訳されているはずなのに……書かれていることが理解出来ない。

 やっぱり、あたしだけじゃ無理なのかな。


「こういう時、頼れるのって……」


 あたしは毛糸と編み棒をカバンに詰め込んで立ち上がり、部屋を飛び出した。

 父ちゃんに断りを入れて、午前中は仕事を休ませてもらう。


 そうして向かった先は、陽だまり亭。


 そう。

 こういうのを頼めるのはもう、ジネットしかいないんだよね。

 店はまだオープン前。この時間なら、話くらい聞いてくれるはず。

 ……ただ、ヤシロには内緒にしなきゃだから、慎重にいかないと。


 なるべく音を立てないように、そ~っと陽だまり亭のドアを開ける。

 ――と。


「う、うはは~い、おにーちゃ~ん!」

「違うぞ、ロレッタ! 『うはは~い』じゃなくて『ぅはは~い』だ! 妹はそう言う!」

「もぅ! なんであたしが妹のマネなんかしなきゃいけないんですか!?」


 ヤシロがロレッタに変なことをさせていた。

 ハムスターの耳までつけさせて、妹が使っているちょっと小さいエプロンをつけさせて。

 ……なに、ヤシロ。あなたもハビエルさんみたいな病気にかかっちゃったの?


「ロレッタ。お前は純真さをどこに落としてきたんだ?」

「落としてないですよ!? 今でも純真で可愛いロレッタちゃんです!」

「ちがーう! 妹は自分のことを『ロレッタちゃん』なんて言わない!」

「そりゃあ、あたし以外にロレッタがいないからですよ!?」


 ……なんだか分からないけれど、ヤシロは今ロレッタと遊んでいるみたいだから、裏口から回ってジネットにこっそりお願いしよう。

 そっとドアを閉めて振り返る。

 ――と、目の前にマグダが立っていた。


「……いらっしゃいませ」

「きゃあ!?」


 び、びっくりした……

 気配を消して真後ろに立たないでよね!


「……赤ちゃんプレイに目覚めたヤシロをこっそり覗き見?」

「の、覗き見だなんてしてな…………目覚めたの、ヤシロ!?」


 だとしたら一大事なんだけど!?


「……実は先日、ヤシロはお店に来ていたご婦人の子供(推定年齢十ヶ月)をじっと見つめていた。乳もまだ膨らんでいないような幼女を」

「それは、単純に赤ちゃんが可愛かったから、つい見つめちゃったんじゃないの?」

「…………ヤシロが?」

「あぅ……それは、ないか」


 赤ちゃんを可愛がるヤシロなんて、想像出来ないし……


「……おまけに、その子供(推定年齢十一ヶ月)の着衣に関して母親に話を聞いていた」

「なんで一ヶ月成長したのよ、その短期間で……って、え? 赤ちゃんの服のことを?」

「……『ウールを着せてムズがらないか』とか『まけたりしないか』とか」


 ヤシロがそんなことを?

 ただの世間話?

 それとも、子供服で一山当てようとしている?

 でも、陽だまり亭に子供服なんて…………


 でなきゃ……まさか………………


「ねぇ、マグダ……最近、ヤシロに変わったこととか、ない?」

「……最近ヤシロは、衣類の肌触りについて、よく気にかけている模様」


 やっぱり……でも、そんな…………


「ヤシロ、まさか…………」

「……『まさか』?」

「う、ううん! なんでもない!」


 そんなことあるわけない。

 あるわけない……けど。


 昔、お母さんから聞いたことがある。

 父ちゃんは結婚するまで子供嫌いで、仕事一筋の仕事人間だったって。

 けど、あたしがお母さんのお腹に宿ったって知った瞬間から、子供服を見て回ったり、おもちゃ屋さんをはしごしたり、子供への接し方を猛勉強したり、人が変わったようだったって。


 ……まさか、ヤシロも…………え、じゃあ、相手は誰?


 目の前が、暗くなる。

 違う。

 そんなわけない。

 きっと、何かお金儲けのことを考えているだけ……きっとそう。そうに違いない。


 どんなに言い聞かせても足の震えが止まらない。

 ダメだ!

 考えても答えが出ないことを考えたって時間の無駄。

 こんな時は、自分がやるべきことをやらなきゃ!


「ねぇ、ジネットは?」

「……店長なら、自室にいる。ここ最近、よく自室にこもっているから」

「ちょっと、お邪魔するね」

「……うむ」


 マグダに見送られて、あたしは裏口を通って陽だまり亭の二階へと向かう。

 階段を上がってすぐのところにあるジネットの部屋のドアをノックする。


「はぁ~い」


 穏やかな声が聞こえて、ジネットが部屋から顔を出す。


「あら、パウラさ……どうされたんですか、顔が真っ青ですよ!?」

「あぁ、うん……なんでもない」


 あたしの変な勘繰りは話さずに、ジネットに編み物を教えてくれないかとお願いする。

 ジネットに言っても、心配させちゃうだけだろうし。ジネットには黙っておいた方が……


「それでしたらちょうどよかったです」


 ぽんっと手を叩き、ジネットが自室へと招き入れてくれる。

 そこには――


「わたし、今ちょうど編み物をたくさんしているんです。練習しながら一緒に作りませんか?」


 ――子供用の小さなマフラーがたくさん並んでいた。

 どれも、大人用ではなく、明らかに子供用の小ささだった。


「え……これって……」

「これは、その……必要にかられまして」


 薄く頬を染めてたおやかに微笑むジネット。


 お母さんが言っていた。

 あたしが生まれるまでの間、嬉しくて嬉しくて、いくつも子供服を編んじゃったって。

 父ちゃんに「こんなにたくさん着れないだろう」って呆れられたもんだって。


 …………え、じゃあ、ヤシロの子供のお母さんって……ジネット?


「さぁ、一緒に作りましょう」

「う…………うん」


 手を引かれてあたしはジネットの隣へと腰を下ろす。

 そこから先、あまり記憶はないのだけれど、あたしはジネットに教わりながら小さなマフラーをたくさんたくさん編んだ。

 無心で。放心状態で。




☆☆☆☆☆



「今日も、眠れなかった……」


 朝陽が昇って、鶏舎の鶏が鳴き声を上げる。

 あの衝撃のシーンを目撃してから、私はずっと寝不足だった。


 結局私は、何も出来なかった。


 ウクリネスさんを止めることも、誰かに相談することも。

 イメルダにだって、何も告げられていない……

 一人で悩んで、何も出来ずに……


「ごめんくださいましー」


 そんな時、イメルダの声が聞こえてきた。

 こんな早朝に、一体なんの用事で?


 ……まさか、ハビエルさんの件で!?


 寝間着の上に上着を羽織って、慌てて一階へ駆け下りた。


「パーティーへのご招待ですわ」


 寝不足の瞳に眩しいくらいの輝く笑顔で招待状を渡された。

 ……え~ん、イメルダ、なんにも気付いてないっぽい。


「パーティー……って?」

「クリスマスパーティーですわ。今年は陽だまり亭ではなく、我が木こりギルド四十二区支部、クリスマス特設会場にて開催いたしますの。ヤシロさんからど~~~~~~~~~~してもと懇願されて、仕方なく場所をお貸しすることになったんですわ」


 誇らしげだ。

 イメルダって、ヤシロに頼られるのが本当に好きよね。

 ……まぁ、気持ちは分かるけど。


 けど、分かってるの?

 あなたのお父さんは、今こうしている間にも……


「ね、ねぇ、イメルダ……」


 一瞬、心臓が軋みをあげた。

 本当に言っちゃっていいの? ……と、私に警告するように。


 けど、このままじゃいけない。

 だって、何も知らないでこんなに幸せそうな顔をしているイメルダが……可哀想じゃない。


「じ、実は、私……み、見ちゃったの! あなたのお父さんが……!」

「あぁ。『お父様の秘密』の件ですわね?」

「……へ?」

「存じ上げておりますわ。……まったく。変装するならもう少し上手くおやりになればいいのに……あれでは『やましいことをこっそりしていますよ』と宣伝して歩いているようなものですわ」


 呆れたようにため息を漏らすイメルダ。

 けれど、怒っている様子は……見受けられない。


「けれど、まぁ、お父様がお楽しみになっておられるのですから、娘としてはある程度多めにみて差し上げなければ」

「いいの!? 大目に見ちゃって!?」

「『ある程度は』ですわよ。……度が過ぎればハンドアックスの錆にしてくれますわ」


 いやいや……深夜に未婚女性の寝所に出入りしている時点で、十分度が過ぎていると思うんだけど……


「そんなことよりも、パーティー、いらしてくださいましね」

「え……う、うん……」


 優雅にドレスを翻し、イメルダは颯爽と帰っていった。

 こんな早朝なのに……お父さんのことも全部知った上で…………強いなぁ。


 ――と、そんな感心や猜疑心が全部勘違いだったと、私はこの後すぐに気付かされることになる。




★★★★★



「ありがとございます、パウラさん。おかげでなんとか間に合いました」


 あれから、なんとなく毎日ジネットの部屋を訪れては編み物を一緒にして、そして本日ついにその編み物教室が終了したらしい。

 ……あたし、一体何をやっていたんだろう、この数日。


「パウラさん、本当に上手になられましたね」


 そう言って、あたしが編んだマフラーを広げて眺めるジネット。

 確かに、網目も均一で歪みもない。

 マフラーに入れた大きな文字『H』は、イニシャルか何かなのか、とても目立って可愛らしさを際立たせている。

 とても綺麗な仕上がりだと、自分でも思う。


 ……けど、それって、ヤシロとジネットの…………


「……じゃあ、あたし帰るね」


 気分が重く沈み込んで、あたしはフラつきながら立ち上がる。


「あっ、ちょっと待ってください!」


 そうしてジネットが一枚のカードを手渡してくる。


「これは?」

「招待状です。みなさんで、楽しいクリスマスパーティーをしましょう」

「クリスマスパーティー?」



 ――そうして、それからすぐ……あたしは今世紀最大級に恥ずかしい勘違いをしていたことを思い知らされる。




☆★☆★☆★



「メリ~クリスマスじゃ~! ふぉっふぉっふぉっ!」


 真っ赤なサンタコスを身に纏ったハビエルが陽気にプレゼントを配り歩いている。

 白い口髭までつけて、完全にサンタクロースになりきっている。


「わ~い、さんたさ~ん!」

「しゃんたた~!」

「しゃーたぁー!」

「はぁぁあああ! 妹ちゃんたち可愛いっ!」

「度が過ぎますと、ハンドアックスが振り下ろされますわよ、『サンタさん』?」

「よ、……よい子のみんなに、クリスマスプレゼントだよ~、あは、あははは」


 真っ赤なサンタの服が赤黒く染まる寸前だったな。

 サンタの背後にぴたりと暗黒お嬢様が張りついている。

 まぁ、サンタとサタンはよく似ているからなぁ。死ぬなよ、ハビエル。


「……なんだ、ハビエルさん。このサプライズのための衣装合わせだったんだ……」


 ツリーのそばでネフェリーがくたくたくたぁ……と地面に座り込んだ。

 なにやら、感じる必要のない心労に悩まされていたようだ。


「私、てっきりウクリネスさんがハビエルさんと……」

「あらあら。そんなことあり得ませんよ」


 ネフェリーの背を撫でつつ、ウクリネスがいささか心外だと言いたげな顔で反論をする。


「筋肉の盛り上がった方は、着られる服に制限がかかるんですよ。私が選ぶのであれば、手足の長い、細身の男性にします。それから……私は、もう少し若い男の子がいいですね。……うふふ」


 ぞくぞくぞくっと、正体不明の寒気が駆け抜けていった。

 ……「うふふ」じゃねぇよ、オバサン。

 なに若いツバメを狙ってんだよ。…………くっそ、金持ってるからあり得なくもないのか。

 よし、必殺見ないふり作戦決行だ。……他人事他人事っと。


「みなさん、喜んでおられますね」

「だな」


 サンタに群がり、大はしゃぎする弟妹たちを眺め、ジネットがほっと息を漏らす。

 やっぱり、子供はサンタクロースを信じてなんぼだからな。


 以前、俺がサンタに変装してプレゼントを渡した時は、どういうわけか物の数分で正体を看破されてしまったからな。

 若過ぎたのか……イケメンオーラを隠しきれなかったのか……


 だが、ハビエルなら大丈夫だ。

 他所の区のオッサンだし、ジジイのコスプレがよく似合っている。

 バレることもないだろう。


「「「「ありがとー、ハビエルおじさんー!」」」」


 ……ん?

 バレテーラ?


「まぁ、無理もありませんわね。幼い女子を相手にあそこまでだらしのない表情をさらす変態は、あの『見覚えもない赤の他人のおじ様』くらいでしょうから」


 イメルダがご立腹だ。

 というか、あきれ果てている。


「ん~ん~! もうもう! ハビエルおじさんじゃなくて、サンタさんじゃぞ~!」

「「「「ハビエルおじさん、ありがとー!」」」」

「ん~~~~! でも、嬉しーいっ!」


 ……まぁ、あんなのが何人もいたら、危険過ぎて日常生活がままならないもんな。

 この街に『サンタクロース』伝説が根付くのは、一体何年後になるんだろうな?


「わぁー!」

「かわいいー!」

「もふもふー!」

「ふくふくー!」

「着てみてい~い!?」


 プレゼントを開けた弟妹たちが、その中身を手に俺やジネットのもとへと群がってくる。

 こらこら。なんで俺たちに聞くんだよ?

 プレゼントをくれたサンタの変質者……もとい、サンタのオジサンに聞けよ。


「このマフラー、おにーちゃんの匂いするー!」

「これ、てんちょーさんのにおい~!」

「は?」

「へ?」


 俺とジネットは、揃って自分の体の匂いを嗅ぐ。……そんなに匂うか?


「あはは。気にするようなことじゃないよ。そういうのはね、分かるもんなんだよ。特に、優しい想いを込めて作ってもらったものならね」


 と、エステラがにやにや顔で俺の肩を掴んでくる。

 何が言いたい?

 ハムっ子どもはお前みたいな嗅ぎっ娘じゃないから、男の匂いとかには敏感じゃねぇんだよ。自分独自の常識を他人に押しつけるな。


「これー、パウラおねーちゃんのにおいー!」

「わー! ほんとうだー!」

「おねーちゃん、ありがとー!」

「え? え? あの!?」


 妹の何人かがパウラのもとへと駆け寄り、パウラを取り囲んで、一斉に抱きつく。

 もみくちゃにされながら、パウラは対応に困ったような笑顔を浮かべていた。


「これ、みんなへのプレゼントだったんだね…………よかったぁ……」


 何がよかったのか、パウラは心底安心したような長い長い溜め息を零した。


「……ヤシロ、店長。お疲れ様」

「あたしたち、編み物は苦手で……お手伝いあんまり出来なくてごめんです」

「いいえ。その代わり、お二人がお店を見ていてくださいましたから、わたしたちは編み物に集中することが出来ましたよ。ねぇ、ヤシロさん」

「まぁな」


 今回は、陽だまり亭を挙げての企画だったのだ。


 発端は、ロレッタの妹が風邪を引いたことだった。

 二号店で売り子をしていた妹が風邪を引いたと聞いたジネットが「わたしの責任です」と酷く落ち込み、落ち込み……落ち込み過ぎだったので、俺が業務改善案を提出したのが始まりだ。


 要するに、この季節に外で働いても風邪を引かないような防寒具をプレゼントしよう。ってな。


 で、時期的にクリスマスが近かったからクリスマスプレゼントにしてしまおうと、そういうことになったのだが……その場にイメルダが居合わせてな……


「でしたら、ワタクシの家で豪勢なパーティーを行いましょう!」


 ……という感じで、会場が木こりギルドになったり、「会場を華やかにするためにウーマロさんとベッコさんを動員なさいまし!」と、会場が想像以上に豪勢になったりしたのだが、まぁ、それはもういい。どうせイメルダの金だ。好きにやればいい。


 で、ついでだからハビエルにサンタ役をやってもらおうって話になったのだ。

 一応、イメルダにもそのことは話したのだが……


「お父様は幼女相手だとはしゃぎ過ぎますので、『倫理を逸することのなきよう』ワタクシには秘密ということにしておいてくださいまし」


 ……と、そういうことになった。

 つまりアレだ。「イメルダにバレないようにこっそりやれ」という名目でハビエルの暴走を最小限に抑えようとしたわけだ。

 そうでなければ……あのオッサンはクリスマス前から四十二区に泊まり込むとか言いかねないからな。


 そんなわけで、俺とジネットが手伝いに来る妹たちのために防寒具を作ることになったのだが……


「これで、陽だまり亭のお手伝いに来た妹たちに防寒具を貸してやれるですね! 嬉しいです! 妹たちもきっと喜ぶです!」


 というロレッタの言葉に、俺とジネットが言葉を失ったわけだ。

 いや、だって、なぁ?

 プレゼントだつってんのに、陽だまり亭の管理なのかって話で。じゃあ今陽だまり亭の手伝いに来ている妹にあげるかってことになったら、「それでは、もらえない妹さんが可哀想です」って、当然のようにジネットが泣きそうな顔になって、「じゃあ妹全部にやるか」って譲歩したら「弟さんには何かプレゼント出来ないものでしょうか!?」と、これまた想像通りの嘆願が寄越されて……まぁ、最初から予想出来た不運だから比較的受け入れるのは容易であったわけで…………結局、ロレッタの弟妹全員にマフラーを編んでやることになったのだ。


 ……しんどかったぞ?

 それはもう、朝も昼もなく編み物をして、夜も遅くまでずっと編み編み編み編み……俺はどこの田舎のおっかさんだっつの。


「でも、パウラさんがお手伝いしてくださって、本当に助かりました」


 そうなのだ。

 俺は知らなかったのだが、ここ数日はパウラが手伝いに来てくれていたらしい。

 朝早くから、日中ずっと。

 その間、カンタルチカは人手不足になるということで、ネフェリーがその穴埋めをしてくれていたらしい。


 そのせいか、パウラもネフェリーもすごくやつれた顔をしている。

 無理をさせてしまったようだ。


「ねぇ、マグダ……ということはさ?」


 パウラが、妹たちのもみくちゃ地獄から解放されて、マグダのもとへと這い寄る。


「あんた……ヤシロやジネットの状況知ってたんだよね?」

「……もちろん。マグダはすべてを知っていた」

「じゃあ、なんであんなややこしい情報を寄越したのよ!?」

「……面白いかと思って?」

「面白くないわよ、全然!」


 パウラのお手伝いには、マグダが一役買ったらしい。

 ……一役買った、のか?

 まぁ、おかげで間に合ったわけで、結果オーライとしておこう。


「あったか~い!」

「肌触りが気持ちいいね」

「ねぇ~」


 年少から年長まで、妹たちが嬉しそうにマフラーを巻いている。


「しゅばばーん! とーう!」

「見て見て! マフラーを地面に付けないように猛ダッシュ!」

「ろーずうぃっぷ! ろーずうぃっぷ!」


 ……弟共は、年齢が上がるほどにアホな遊びを開発しているようだが。


「こらぁ! 大切なマフラーをぞんざいに扱っちゃダメです!」


 ロレッタが飛び出していって、アホな弟どもに制裁を加えていく。


「みなさん。これは私からです」


 ぎゃーぎゃー騒ぎまくるハムっ子の前にベルティーナが立ち、弟妹全員に綺麗な色のニットを手渡していく。

 見せてもらったら、それはお揃いの腹巻きだった。


「マフラーは外出用。腹巻きは寝る時用です」


 と、こともなげに言うベルティーナだが……


「シスターは、わたしよりも編み物が上手なんですよ。わたしの師匠ですから」

「へぇ……」


 この大量の弟妹全員分の腹巻きを一人で作ったのか……すげぇな、ベルティーナの母性。


「教会の子たちには、ボクから」


 そう言って、エステラとナタリアが教会のガキどもに綺麗にラッピングされた袋を手渡していく。

 中身はお洒落なニットの手袋で、とても手編みとは思えないクオリティだった。


「まさか、ナタリアが?」

「いえ。こちらは購入したものです」

「ジネットちゃんとベルティーナさんがハムっ子用のニットを作るって聞いて、教会の子供たちの分は難しいかと思ってね」


 ってことは、これを作ったのはウクリネスか……


「……さすがだな、プロの技」

「すごいですね。完成度が桁違いです」


 ウクリネス製の手袋をまじまじと観察して感嘆の息を漏らす。

 いや、お見事だわ。

 ウクリネスのヤツ、どんどん技術が上がってんじゃないか? 以前はここまで歴然な差はなかったと思ったんだが……


「私は、教会の子たちの分も作りましたよ」


 またまたこともなげに言って、ベルティーナが教会のガキどもに腹巻きを配っていく。

 すげぇな、ベルティーナ!? いや、ほんっとに!

 ちゃんと寝てたんだろうな?


「あっ!?」


 突然パウラが大きな声を出し、そして自分の首をそっと触る。


「……忘れてた、マフラー…………」


 そう言って俺を見て、俺の首を見て、また俺の目を見て、ガクリとうな垂れた。

 マフラーを忘れたって……そういえば、いつも首に巻いていたお気に入りのちょっとぼろっちぃマフラーをしていない。

 ここ最近してなかったからついにダメになって捨てたのかと思っていたんだが……


 まぁ、なんだな。

 いろいろと迷惑をかけちまったようだし、パウラにもネフェリーにも。


「パウラ。ネフェリー」


 げっそりと痩せ細った二人を呼んで、綺麗にラッピングした包みを手渡す。

 ジネットの作業割合が増えたおかげで出来た時間に作ったものだ。

 ついでなのでプレゼントしておく。


「お疲れさん。メリークリスマスだ」

「へ? ……これ?」

「私たちに?」

「おう。気に入ってくれるといいんだがな」


 顔を見合わせて、急いで中身を確認するパウラとネフェリー。

 その中身はお揃いのマフラーで、一応俺の手編みだ。愛情は、込めてねぇけどな。感謝をちょっとだけ入れておいた。


「わぁ……」

「……かわいい」


 白っぽくなっていた二人の顔に、さっと赤みが差す。

 うんうん。それくらいの顔色がちょうどいいよ、お前らには。


「あ、ありがとう、ヤシロ!」

「大切にするね!」

「へいへい」


 そして、従業員を心配し過ぎるあまり無茶を背負い込んでしまった店長と、その店長を助けるために奮闘した従業員、ついでに、ジネットに負けず劣らず編み物を頑張ったベルティーナにも慰労の思いを込めてプレゼントを渡しておく。

 中身は妹たちともお揃いのおんなじマフラーだ。それぞれに似合いそうな色合いにした、色違いのな。


「ありがとうございます、ヤシロさん!」

「……これは温かい」

「むっはぁー! 可愛いです、あたしの色!」

「大切に使わせていただきますね」


 そして、場所を提供してくれたイメルダと、ちょいちょいジネットの様子を心配して見に来ていたエステラに、そのエステラのサポートで骨を折ったナタリアにも。


「ワタクシに相応しい美しさですわ!」

「君は……一体いつ眠っていたんだい? ……ありがたく頂戴するよ。ありがとうね」

「就寝時に、使用させていただきます」


 いや待て、ナタリア。

 お前寝る時全裸だよな?

 裸マフラーって……どんなフェチシズムだよ?


「おーい、ヤシロー! シャケ持ってきたぞー!」

「ニシンのパイ包みを焼いてみたんさよ。ちょぃと試しておくれな」

「てんとうむしさん、ぁの、ぽいんせちあ、きれいなの、持ってきたょ~!」

「うぅ~さむさむっ。あかんわぁ、上着の下全裸やと、やっぱ冷えるわぁ~」


 続々と見知った顔がやって来て、パーティーはいよいよ盛り上がりを見せる。

 ……最後のアホ薬剤師は追い返そう、そうしよう。


「ヤシロさん。特設ステージに面白いギミックを取り付けたんッスよ! ぜひ見てほしいッス!」

「拙者も、こだわった装飾を会場のそこかしこに施したのでござる! さぁさ、是非ご覧あれ!」


 妙にテンションが高いこの二人は……きっと徹夜で会場を仕上げたんだろうな。

 うんうん。今日ばかりは労ってやるから、今晩はぐっすり眠れ。

 顔に死相が出てるからな、お前ら。とにかく、今日はゆっくり休めよ、な? な?


 ざっと会場を見渡すと、招待状を送ったメンバーは全員顔を見せているようだった。

 なら、そろそろメインイベントに移ってもいいだろう。


「それじゃあ、本日初お披露目のクリスマス用ケーキ、ブッシュドノエルの登場だ!」


 大きな切り株をイメージしたチョコレートケーキに歓声が上がる。


「ありがとうございます、ヤシロさん。子供たち全員の腹巻きを作った疲労もこれで吹き飛びます!」

「ベッコさん! 今すぐ食品サンプルを作ってくださいまし!」

「ヤシロ! 切り株といえば森! 森といえばクマ人族のあたいが一番じゃないか!?」

「いいから落ち着け取り乱し三人衆!」


 こうして、寒い冬の日に行なわれたパーティーは賑やかに夜遅くまで行われ、会場は温かい空気に包まれていた。

 歌って踊って大騒ぎして、それぞれが思い思いに時間を過ごす。


 そうして夜も更けた頃、パーティーはお開きとなった。





○●○●○●○●



 深夜。

 みなさんがすっかり寝静まった頃、わたしはこっそりと起き出して部屋を抜け出します。

 夜の空気は張り詰めるように冷たく、肩が自然とすぼまります。


「ヤシロさん、お休みになられたでしょうか?」


 わたし自身も、何度となく眠気の波に襲われていますが、今日、最後にどうしてもやっておきたいことがあったのです。


 ヤシロさんはこの数日、本当によく頑張っておられました。

 わたしの不注意が招いた妹さんの風邪に端を発し、それからわたしやロレッタさん、それにマグダさんやシスターの心配を払拭しようと、クリスマスパーティーのプレゼントという名目でご弟妹みなさんに防寒具を贈ろうという案を出してくださいました。

 それが、簡単なことではないと重々承知の上で。


 常時お手伝いに来てくださっている数名分でしたら、おそらく然程の苦もなくプレゼントは用意出来たでしょう。

 しかし、それではもらえないご弟妹が可哀想だと、きっとヤシロさんは思われたのでしょう。


 いつものように、わたしたちを説得するように懇切丁寧に、不公平はよくないというお話を展開されて、最後には――「まぁ、そういうことならしょうがないから、全員に作ってやるしかねぇんじゃねぇの?」と、最初からそうするつもりであった結論へと帰結されました。


 うふふ。

 いつものように必死に照れ隠しされる姿を思い出すと、申し訳ないんですが、少し笑みが零れます。


 そして、他の誰よりも動き回り、歩き回り、多方面に根回しをして、……そして、わたしたちにも内緒でもう一つのプレゼントを、わたしたちへのプレゼントまでもを用意してくださって……

 本当に、頑張り屋さんで優しい人です、ヤシロさんは。



 そんなヤシロさんに、少しでも喜んでいただきたくて。



 わたしは、静まり返った廊下を進み、こっそりとヤシロさんのお部屋のドアを開けます。

「すぅ……すぅ……」と、ヤシロさんの寝息が聞こえてきました。

 おやすみになられているようです。


「お邪魔します」


 小さく言って、そっとヤシロさんの私室へ足を踏み入れます。

 気付かれないように、こっそり、そっと……


「……ジネット」

「――っ!?」


 名を呼ばれ、起こしてしまったのかと身を固くしてヤシロさんの様子を窺います。


「…………の、揺れる音がした……むにゃむにゃ」

「…………」


 ……寝て、いるようです、ね?

 寝言だったようです。


 そっと、そ~っと歩を進め、ヤシロさんの寝顔を覗き込みます。


「……すぅ……すぅ……」


 子供のような、無邪気な寝顔。

 少し、前髪が長いですね。もう少しだけ短く切りそろえれば、お顔がもっとはっきり見られますのに。


 ゆっくりと手を伸ばし、ヤシロさんの前髪をそっと左右に分けます。


「……くす。可愛いです」


 一定のリズムで寝息を立てるヤシロさん。

 無性に頭を撫でたい衝動にかられますが、それはさすがに自重します。許可もなくそのようなことは出来ませんから。


「ヤシロさん……、これは日頃の感謝の気持ちです」


 ヤシロさんの枕元に、自分なりに一所懸命可愛くラッピングをした包みを置きました。

 中身はマフラーです。

 妹さんたちのとお揃いの色違いですので……偶然にも、わたしが頂いたマフラーとお揃いということになります。またまた偶然なんですが、ヤシロさんがわたしにと選んでくださった毛糸の色と、私がヤシロさんへと選んだ毛糸の色がたまたま一緒で……わたしのマフラーとは、お揃いです。色違いでもなく、完全に。


「…………た、たまたま、ですから、ね」


 少し恥ずかしいような気もしますが、やましいことはありませんので気にすることはないでしょう。

 それに、お揃いは嬉しいもの、ですから。


「いつか、お揃いのマフラーをつけてお散歩しましょうね」


 そう言って、ゆっくりと頭を下げます。

 ヤシロさんが、穏やかな夢を見られますように。


「あ、それから」


 最後に、ヤシロさんの寝顔へ向けて一言だけ言葉を追加しておきます。

 さっきの寝言に関することです。


 ……もう、ヤシロさんは。


「懺悔してください」




 そして、もう一言――





「ヤシロさん。メリークリスマスです」







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