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異世界詐欺師のなんちゃって経営術【SS置き場】  作者: 宮地拓海


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【書き下ろし】ベルクリ~ベルティーナのクリスマス~[小説形式]

※SSに書かれているお話は、本編とは異なる時間軸のパラレル設定です。

本編ではまだ一度しかクリスマスを迎えておりませんが、今回のお話は――


異世界詐欺師のなんちゃって経営術

『挿話14 陽だまり亭のクリスマス』


異世界詐欺師のなんちゃって経営術SS置き場

【書き下ろし】クリスマスの贈り物[小説形式]


――の、二回クリスマスをやった後でのクリスマス、という設定になっています。




★★★★★★


 深夜。

 教会の子供たちを寮母さんにお願いして、私は陽だまり亭へとやって来ました。


 ジネットの許可を取り、みんなが寝静まった住居スペースへと足を踏み入れます。

 ぎし、ぎしと、踏んだ床が音を鳴らし、その度に私の心拍数は上がっていきます。


 少し呼吸を整えて……


 私は、ヤシロさんの寝室のドアを、そっと開きました――



☆☆☆☆☆☆


 深夜。

 きっと何かが起こるのだろうと、俺はベッドの中で寝たふりを続けていた。

 いや、今朝からジネットの様子があからさまにおかしかったからな。

 なんだか妙に俺を寝かしつけようとしていたし、「今日は何時頃眠る予定ですか?」とか聞いてきたし……そんなもん、いつも決まってねぇよ。


 いつもは先に寝てしまうジネットが、今日は遅くまで店の床掃除をしていた。

「今日はキレイにしたい気分なんです」と、見え透いた言い訳をしていたが……まぁ、きっと何かを企んでいるのだろう。


 ――と、思っていると、廊下の床がぎしぎしと軋みを上げた。


 忍び足に意識が行き過ぎて逆に耳に付く足音が廊下を近付いてくる。

 ……素人だな。

 マグダやナタリアならもっとうまく気配を消す。

 足音で俺に勘付かれるなんてエステラクラスか、いやそれ以下の……ジネットクラスの無防備さだ。


 一体誰が入ってくるんだ?


 侵入者が入りやすいように、分かりやすい寝息を立ててやる。

 俺の寝たふりは一級品だ。

 さぁ、安心しきって部屋へ侵入してくるがいい。


 ゆっくりとドアが開き、黒い人影が寝室へと侵入してくる。


「…………えっ」


 思わず声が漏れた。……聞こえてはいないと思うが。

 侵入者の姿に、さすがの俺も驚きを隠せなかった。


 ……ベルティーナ?

 こういうイタズラとは無縁の、清廉潔白なシスターが、真夜中に男の寝室へと忍び込んできた。そりゃ驚くだろう。

 しかも、これはジネットが手引きをしたものであるらしいし……何をする気だ?

 夜這い……ってわけはないだろうし。


 最大限の注意を払いつつ、俺は寝たふりを続行する。

 すると、ベルティーナは俺の顔を覗き込み、「……ふふ。よく眠ってますね」と、聞き取れるかどうかという声量で囁いて、手に持っていた荷物を床へと降ろした。


 そこそこ大きな荷物だ。

 千両箱程度の大きさの木箱が風呂敷に包まれている。

 大きな結び目をほどき、しゅるしゅると衣擦れの音を立てて風呂敷が広げられると、予想通りの――置いた時の音ではっきりそれと分かったんだが――木箱が姿を現した。


 蓋を開け、その中にしまわれていたものを取り出すベルティーナ。

 アレは……ポット、か?

 そして、何かが載っているらしい小皿を二つ。ご飯の盛られている茶碗、箸……それらを再び蓋をした木箱の上へと並べ、小皿に載った何かをご飯の上に載せて、ポットから湯気の立つ熱々のお茶を注いで……さらさらと食べ始めたっ!?


「何やってんだお前は、人の部屋で!?」

「きゃっ!? ヤ、ヤシロさん、なぜ起きているんですか!?」

「なぜはこっちのセリフだ!」


 なんで真夜中に人の部屋に忍び込んできてお茶漬けを食ってんだこのシスターは?

 あぁ、小皿の中身は梅干しと高菜だったんだな。俺も好きだよ、梅高菜お茶漬け。


「飯なら店で食えよ」

「い、いえ。それでは意味が……ずぞぞ……ぷはっ……ありませんので」

「食いながらしゃべるな。見つかった後もマイペースに食うな。いいから箸を置け」

「ずぞぞ……分かりました………………あと一口だけ」

「分かってないよね!?」


 物凄い明確な嘘吐いてないか、このシスター?

 カエルにされちゃうぞ。


「実はですね、ジネットから聞いたのですが――」


 と、お茶漬けを綺麗に平らげてから、ベルティーナはことのいきさつを語り出す。


「ヤシロさんの故郷で行われている『クリスマス』という行事のこと、なのですが」

「あぁ、そういやもうすぐそんな時期か」

「夜中、子供の部屋に忍び込んでお茶漬けを食べる習わしなんですよね?」

「どこでそうなっちゃったんだ!?」


 ベルティーナに伝わるまでの間のどこかで、クリスマスの設定がねじ曲がってしまっている。どこから出てきたんだよ、お茶漬け?


「たしか、去年の今頃、ヤシロさんの枕元に美味しそうなお供え物が山と積まれていたような記憶が……」

「あぁ、なるほど。あの辺から間違え始めたのか……」


 デリアが鮭を持ってきたあたりからおかしくなってきたんだよな、確か。

 今年は先手を打っておかないと、去年の二の舞になりそうだ。


「それでですね、私もヤシロさんの母親代わりとして、きちんと枕元でお茶漬けを食べたいと思いまして」

「まぁ、待て。いろいろ間違い過ぎているから」


 いつから母親代わりになったのかは知らんが、子供の枕元でお茶漬けを食う母親は怖過ぎる。

 さらにそれがベルティーナなら、食われかねないという恐怖が追加される。


「ヤシロさんが喜んでくれるようであれば、教会の子供たちにも……と、思っていたのですが」

「お前、何杯お茶漬け食う気なの……?」

「子供たちのためでしたら、何杯でも!」

「いや、お茶漬けは食わなくていい」

「食べなくてもいいということは、食べてもいいということでもありますね!」

「だから待てっつってんだよ! おかわりしに行こうとすんじゃねぇよ! 座って聞け、俺の話を!」


 茶碗を持って立ち上がるベルティーナを長持ちの上に座らせる。……そこしかないんだよ、座るところ。ベッドに座らせるわけにもいかないしな。


「ん。座布団」

「ありがとうございます。……これはヤシロさんの枕では?」

「敷いとけって。ないよりマシだから」

「ふふ。優しいですね」

「…………あとで間接お尻を楽しむためだよ」

「くす……。め、ですよ」


 こつんと、軽いげんこつが頭を撫でる。

 痛くもかゆくもない。ただただむず痒い。あ、かゆいのか、じゃあ。


 俺の枕を受け取り、長持ちの上に座り直すベルティーナ。

 さて、クリスマスの正しい知識を教えてやるか。……いや、その前にベルティーナの真意を聞いておくか。


「教会のガキどもにクリスマスをやってやりたいってことでいいのか?」

「はい。それと――」


 深夜に男の部屋に忍び込んでお茶漬けを食っていた女とは思えないような、慈愛に満ちた聖母の微笑がベルティーナの顔に浮かぶ。


「教会にはいないけれど、とても大切な『子供たち』にも、クリスマスを贈ってあげたいです。とても楽しい日なのでしょう?」


 そんな無邪気な顔で言われるとなぁ……


「……ま、ガキとリア充には楽しい日であることは確かだな」


 恨み節も影を潜めてしまう。

 楽しみたいなら楽しめばいいさ。

 こっちにはキリストさんも生まれてないだろうし、宗教同士の衝突もないだろう。

 日本風の、宗教の絡まない楽しいだけのクリスマスを満喫すればいいさ。


「ヤシロさんは、人を楽しませる天才ですから、私もあやかろうかと思いまして」

「やめてくれる、そうやって人のことを善人に仕立て上げるの。あと微妙にハードル上げるのも」

「ジネットがよく言ってますよ?」

「お前ら母娘は、本当に俺のことを勘違いし続けているよな」

「うふふ。それは、どうなんでしょうね?」


 勘違いだっつうの。


「それで、まずは正しいクリスマスをご存じのヤシロさんで予行演習を、と思いまして」

「しといてよかったな、予行演習」


 クリスマスの日にガキどもが「きょとーん」とするところだったぞ。

 しかし、正しいクリスマスか……俺もなんちゃってクリスマスしか知らねぇしなぁ。


「とりあえず、どんなクリスマスにするかが重要だな」

「うふふ……」

「……なんだよ?」

「いえ、お願いしなくても、ちゃ~んと手伝ってくださるんだなぁと思いまして」

「わぁ、きゅーにねむたくなってきたー、おやすみ……」

「うふふ。そういう意地悪をすると、隣でみゅうみゅう鳴きますよ。起きてくださるまで」


 いや、それはそれで見てみたいけども。

 ……くそ。ここの母娘はどうにも調子が狂う。

 手を貸さなきゃいけないような強迫観念が…………これもう一種の詐欺だろ。


「それで、どのようなクリスマスがあるのですか?」

「そうだな……美味しいクリスマスか、楽しいクリスマス。どっちがいい?」

「美味し………………楽しいクリスマスで」


 よく我慢したな。

 脳が考えるよりも早く口から「美味しい」って言葉が出かけてたけどな。


「あの、それでですね……」


 左手を軽く握って口元を隠し、右手でちょいちょいと俺を呼ぶ。

 心なしか楽しげな含み笑いが浮かんでいる。


「……サプライズというものをしてみたいんです」


 また、突拍子もないことを。

 ベルティーナが誰かにサプライズを仕掛けるなんて……ちょっと想像出来ないんだが。

 どっちかっていうと、こう、安寧とか安らぎとか、そういう穏やかな空気を纏っているからな、こいつは。

 そのベルティーナがサプライズときたか。

 誰に影響されたんだが……


「ヤシロさんが、よくみんなを楽しませようとなさっているのを見て、ちょっとマネをしてみたくなりました」

「俺かーい!?」

「ふぇ!? な、なんですか?」

「いや、なんでもない」


 俺は誰かのためにサプライズなんか……そんなにはやっていない、はずだ。うん。たぶんそんなにやってない。と、思う。たぶん……


「どうせなら、サプライズしてもらえよ」

「そうですね、お誕生日会の時のジネットは、本当に幸せそうでしたものね」


 あぁ……あそこらへんの記憶で『俺=サプライズ』みたいなことになってんのね。

 あんなもん、たまたまだ。希だ。激レアだっつうの。


「けれど、ジネットのためにと力を合わせて準備されていたみなさん、特にヤシロさんのお顔は、もっと幸せそうでしたよ」


 誰が……と、反論したかったがやめておく。

 どうせ、何を言ったってにこにこ微笑むだけなんだ、こういう時のベルティーナは。


「まぁ、サプライズは仕掛ける方が楽しいってのは一理あるかもな」

「はい。あります」


 だが、ベルティーナに出来るだろうか?

 他人に何かを隠し通す――なんてことが。

 ガキどもに「なにしてるのー?」とか聞かれたら「内緒にして仲間はずれにするのは可哀想かもしれませんね」とか思いそうなんだよな。


 どうせやるなら、最後まで完遂させてやりたいし………………あ、そうか。


「よし。じゃあベルティーナ。俺と組むか?」

「はい。是非!」


 ぱぁっと表情を輝かせて、ベルティーナが近付いてくる。

 ……近い近い!

 俺、ベッドに入ってんだけど!?

 あんま近付くな、変な気を起こしそうだ。


「とりあえず、サプライズの相手は教会のガキどもでいいのか?」

「そうですね。……出来れば、ジネットや他のみなさんも驚かせてみたいです」

「とはいえ、協力者は必要だから、全員ってわけにはいかないぞ?」

「それもそうですね……寮母さんたちには協力をお願いしませんと……」

「あと、ウーマロたちと、ミリィもこちらに引き込む」

「何か作っていただくんですか?」

「あぁ」


 ウーマロとミリィには、クリスマスパーティの会場を設営してもらう。


「あとは、ハムっ子(弟)だな」

「弟さんたちだけ、ですか?」

「妹の方は、驚く側だ」

「うふふ。なんだか不思議な感じですね」


 ハムっ子二分計画にくすくすと肩を揺らすベルティーナ。


 エステラとイメルダは……向こう側だな。

 こっちに引き込むのは、あとは……


「レジーナとウェンディを巻き込もう。ついでにセロンもこっちだ」

「なんだか珍しい顔ぶれですね」

「普段そういうことをしない連中がそういうことをする方が、サプライズ感が増すだろう?」

「はい。確かに……うふふ」


 あぁ、それそれ。その顔だわ。

 サプライズを仕掛けるヤツが心底楽しんでる時の顔。


「あとは、ウクリネスとデリアと……ネフェリーだな」

「ウクリネスさんは、…………な、なにか、衣装を着るのでしょうか?」

「あれ? 俺って、そんな際どい衣装ばっかり作らせてるイメージあるか?」


 ベルティーナの顔が微かに引き攣る。

 ベルティーナに着せたのは、水着くらいだと思うんだが……あ、だからか。


「えっと、ノーマさんがこちら側にいらっしゃいませんので、私がいろいろ着なければいけないのかと……」

「とりあえず、ベルティーナの中でもノーマのポジションが変わらないってことが知れてよかったよ」


 ノーマは弄られっ娘。

 これは不動の地位なんだな。

 コスプレクイーンの称号を授けたいくらいだ。


 だが、今回のウクリネスは衣装担当ではない。


「ツリーをホワイトクリスマス仕様にしようかと思ってな」

「ほわいとくりすます?」


 ウクリネスのところで余っている綿をもらってこようと、そういうわけだ。

 出来れば端切れなんかも欲しい。オーナメントを作る材料にする。


「ちょっと待ってろ。完成予想図を描いてやる」


 ランタンの灯りの下で、適当な紙にクリスマスツリーのイラストを描く。

 イラストが華やかになるにつれ、ベルティーナの瞳もきらきらし始めた。


「ヤシロさん。それはなんという歌なんですか?」

「ん、歌?」

「今、口ずさんでいましたよ、こういうメロディの――」


 そう言ってベルティーナが口ずさんだのは、クリスマスの定番曲。

 西川・前川・氷川に共通する名前――から始まるクリスマスソングだった。


「俺、そんなの歌ってた?」

「はい。楽しそうに」

「…………まぁ、あれだ。俺の故郷のクリスマスソングだ」

「いいメロディですね。教えていただけますか?」


 えぇ…………

 そんなもん、小学校の先生に教わってくれよ……まぁ、いないんだけど、小学校の先生。


「じゃあ……」


 それからしばらく、俺はクリスマスソングをベルティーナに教えてやった。……くっそ恥ず……っ!


「とにかく、明日の朝一で行動を開始しよう。時間を作れるか?」

「はい。寮母さんたちに協力をお願いしておきます」


 クリスマスツリーのイラストを手に、意欲に燃えるベルティーナ。

 ふと眉を緩め、自然体の笑顔で聞いてくる。


「ところで、デリアさんとネフェリーさんには何を?」

「デリアは、準備が整うまでの間ガキどもの相手をしてもらう。あいつはそういうのが得意だからな」

「ウチの子たちも、デリアさんにはよく懐いていますしね」

「で、ネフェリーは…………まぁ、必要なんだ」


 とあるアホを釣り上げるエサとしてな。


「このイラスト、いただいてもいいですか?」

「落として作戦を台無しにしないと約束出来るならな」

「うふふ。私はジネットみたいなドジっ娘じゃありませんよ」


 はっはっはっ。五十歩百歩だぞ、この似たもの母娘。

 なにせ、深夜に男の寝室に忍び込んでお茶漬けを食うシスターだからな、お前は。


「では、また明日」


 ぺこりと頭を下げて、ベルティーナは部屋を出て行った。

 送っていこうかと思ったのだが、それは辞退された。

 あまり一緒にいるとジネットにバレそうだから――らしい。


 そんなわけで、俺はサプライズの手はずを頭の中で練りながらベッドに潜り込んだ。



★★★★★★



 昨晩。

 シスターがクリスマスの予行演習をしたいと、ヤシロさんのお部屋へ忍び込みました。

 嬉しそうにお茶漬けを持ち込んでいましたが……はたして、クリスマスというのは、アレで正しいのでしょうか?

 たしか、ヤシロさんがしてくださったクリスマスは、もっと違う料理が並んでいたような……チキンとか、ケーキとか……


「ジネット」


 教会への寄付が終わり、後片付けをしていたわたしの元へ、ヤシロさんがやって来ました。

 きょろきょろと辺りを窺い、誰もいないことを確認して足早に近付いてきます。

 ……何か大切なお話でしょうか。ど、どきどきします。


「今日、ちょっと買い物を頼まれてくれないか?」

「お買い物、ですか?」

「あぁ。アッスントに言っていろいろ揃えてもらいたいんだ」

「はい。ではあとで行ってきますね」

「ただし、内密に……な」

「……へ?」


 内密に……?

 い、一体、何を買いに行くことになるのでしょうかわたしは……ど、どきどきします。


「とある理由で、あまり人には知られたくないんだ」

「は、はい……危険なもの、ですか?」

「いや、卵とか小麦粉だ」

「卵でしたらネフェリーさんにお願いすればいいのではないでしょうか?」

「それがな、ちょっと都合が悪いんだよ。だから、アッスント経由で頼む」


 ネフェリーさんとケンカでもされたのでしょうか?


「あと、マグダ」

「……ここにいる」

「ふぇえ!?」


 いつの間にか、マグダさんがわたしの真後ろにいました。

 おかしいです……さっきまで談話室で子供たちと遊んでいたはずですのに……いつのまに。


「……マグダに隠れて内緒話とは、感心出来ない」

「お前に内緒に出来るとは思ってねぇよ。……力を貸してほしい」

「……ふむ。ヤシロの頼みならばやぶさかではない」

「ジネットも」

「はい。出来ることでしたらなんでも」

「よぉし、じゃあちょっと耳を貸してくれ」


 ヤシロさんに手招きされて、わたしとマグダさんは可能な限り耳を近付けました。

 その耳に囁かれたのは――


「……ふむ。おもしろい」

「頼めるか?」

「はい! 任せてください」


 ――ヤシロさんらしい、とっても素敵な提案でした。




☆☆☆☆☆☆



 教会の子供たちを寮母さんとデリアさんにお願いして、私はヤシロさんと二人、ミリィさんのお店へとやって来ました。


「こんにちは、ミリィさん」

「ぁ、シスター、それにてんとうむしさんも。ぃらっしゃいませ」


 ミリィさんがエプロンを翻して駆けてきます。

 今日も、大きなテントウムシの髪飾りがとっても可愛いです。


「二人一緒って、珍しい、ね?」

「そうですね。初めて、かもしれませんね?」


 ヤシロさんに尋ねてみると、「そうだな」と返事が来ました。

 なんだか気恥ずかしいですね。一緒にお店へ足を運ぶというのは。


「これから二人でぉ出かけ、なの?」

「出来れば三人で一緒がいいんだが、ミリィ、時間あるか?」

「へ?」

「森へ連れて行ってくれないか?」

「ゎあ! ぅん! 行く! 一緒に行きたい!」


 ミリィさんは人見知りさんで、知らない人の前では声も小さくなりがちなのですが、ヤシロさんの前ではとても元気で、素直に奔放に気持ちを出しているように見えます。

 ヤシロさんは、きっとミリィさんにとって特別な存在なのでしょう。

 ウチの子たちもよく人見知りするのに、ヤシロさんには平気だったりしますし。ヤシロさんの包容力がそうさせるのかもしれませんね。


「森に行く前に、ギルドの誰かに店番をお願いしたいんだが」

「ぅん、みりぃがぉ願いしてくる、ね」

「あぁ、いや。俺も一緒に行く」

「一緒に?」

「あぁ。えっと……、うん、急なお願いで申し訳ないからな」

「ぅん。でも、大きいぉ姉さんたちきっと許してくれると思う、ょ」


 迷惑をかける相手にはご挨拶を。

 ヤシロさんはそういうところもきちんとされているんですね。さすがです。


 それから数分後、生花ギルドの方がお見えになり、ミリィさん、ヤシロさんの順でお話をされていました。

 ただ、ヤシロさんはなにやら小声で、小さな紙を手渡していました。

 アレは一体なんなのでしょう?


「あの、ヤシロさん。先程お渡しになった紙は……」

「さぁ、行こうか」


 質問の途中で遮られてしまいました。

 聞こえていなかったのかもしれません。まぁ、どうしても気になるわけではありませんし、それよりも森へ行くということで少しどきどきします。

 子供たちがよくやっている『ぼうけんごっこ』のようで、ちょっとだけわくわくしています。






「これなんか、どう、かな?」


 森への道すがら、ヤシロさんは私たちのサプライズ計画をミリィさんに伝え、協力を申し出ていました。

 ミリィさんは二つ返事で快諾してくださり、今現在、こうしてクリスマスツリーに最適なモミの木を紹介してくださいました。


「ここに飾り付けをするんですね……素敵ですね」

「ぅ~んとキレイにしてもらぇると、この木もょろこぶと、思う、な」


 1メートルほどの小さなモミの木は、美しい三角形のシルエットで、立派に立っていました。この硬く細い葉にたくさんの飾り付けをするのだそうです。

 思い出しました。以前陽だまり亭でのパーティにも、美しく飾られたツリーがありました。

 今度は教会に飾れるんですね。なんだか特別な場所のような気がして、嬉しさが溢れてきます。


「じゃあミリィ、昼過ぎに教会へ持ってきてくれるか? ――誰にも見つからないように」


 後半の言葉は声を潜めて、でも、私やミリィさんにはしっかりと聞こえるような声音で。

 ヤシロさんは盛り上げるのが本当に上手ですね。

 ミリィさんも嬉しそうに笑っています。


「ぅん……さぷらいず、だもんね」


 とっておきのイタズラを企む子供のように笑います。

 ミリィさんも、サプライズを仕掛けるのがお好きなようです。


「ぇへへ……声、かけてくれてぅれしかった、ょ。ぁりがとぅね、てんとうむしさん。シスター」


 そう言ったミリィさんの顔は、森に棲む精霊のように無邪気な笑顔でした。

 この後、根を傷付けないように周りの土ごと持ち運ぶための準備をするそうで、ミリィさんとは森で分かれました。


「モミの木が届くころには、会場もある程度整っているだろう」

「ウーマロさんたち、張り切っていらっしゃいましたものね」


 張り切るウーマロさんを思い浮かべると、思わず笑いがこぼれてしまいました。

 朝一番で私たちはニュータウンへ向かい、ウーマロさんにクリスマスパーティの会場設営をお願いしました。


 他のお仕事があるとおっしゃっていたのですが――


「マグダに最高の感動と楽しみをプレゼントしてやりたいんだが」

「やるッス!」

「その後、一緒にパーティを……」

「出たいッス!」

「じゃあ、会場を……」

「最高のものにしてみせるッス!」


 ――そんな感じで、教会の談話室をクリスマス仕様に飾り付けてくださることになりました。

 本当に、ヤシロさんは素敵なお友達に恵まれていますね。


「この後はウクリネスさんのところですか?」


 ここから近いのはウクリネスさんの服屋さんです。

 ですがヤシロさんは少し考えた後で――


「いや、先にセロンのところへ行こう。それからネフェリーのところに行って、レジーナのところを回ってからウクリネスだな」


 随分と回り道をしているような気がするのですが……

 でも、こうしてヤシロさんと二人で街を歩く機会もなかなかありませんし、折角ですのでお散歩を満喫させてもらいましょう。歩くのは嫌いではありませんから。

 それに……実は、見つからないようにこっそり移動するのって、ちょっと楽しかったりするんです。こんなどきどき、普段は味わえませんからね。


 きっと、誰にも見つからないルートを、ヤシロさんなりに考えての道順なのでしょう。

 今日は、ヤシロさんにお任せしましょう。


「じゃ、行くぞ」

「はい」

「こっそりとな」

「はい。こっそりと」


 心持ち静かな声で笑って、私たちはセロンさんのお宅を目指しました。




☆☆☆☆☆☆



「おーい、ネフェリー。いるかー?」


 ヤシロの声がする。

 こんな時間にヤシロが来るなんて珍しい。

 私は鶏舎を出て養鶏場の入り口まで駆け足で向かった。


 ……駆け足は、ついよ、つい。

 だって、あんまり待たせると悪いし…………深い意味はないんだけどね。


「あれ? シスターも一緒なの?」

「こんにちは、ネフェリーさん」


 なんだか珍しい組み合わせ。

 っていうか、シスターがウチに来ること自体が珍しい。

 一体なんの用で…………はっ!?


「卵、出荷しちゃった!? 足りるかな!?」

「うん、ネフェリー。ベルティーナを見た時の正しい反応ではあるが、今日は卵をもらいに来たんじゃないんだ」

「うふふ。酷いですよ、お二人とも」


 あ、違うんだ。

 てっきり、新鮮たまごの大食い大会を開催するのかと……


「なぁ。以前陽だまり亭でやったクリスマス覚えてるか?」

「うん。ウチの鶏を美味しい料理にしてくれた時でしょ?」


 なんだかすごく豪華なローストチキンになってたんだよねぇ。

 あとケーキ。ウチの卵の美味しさが味に深みと濃厚さを出してたっけ。


「あの時に、オーナメントを作ったろ?」

「おーなめんと? ……あぁ、あのツリーに飾ったやつね」


 ヤシロが木で作った飾りに端切れを貼りつけて、みんなでカラフルな飾りを作ったんだっけ。

 懐かしいなぁ。


「あぁいうのをまた作りたいんだけどさ」

「えっ、またクリスマスパーティするの!?」


 そのお誘いに来てくれたんだ!

 やった! 絶対参加しなくちゃ。


「そうなんですが、ネフェリーさん……そのことは内密に、です」

「へ……? な、内密?」


 話を聞くと、シスター主催で、ジネットたちにサプライズパーティをプレゼントするとのこと。

 そのメンバーに、私、選ばれたみたい。

 やったね!

 やっぱり、何も知らされないよりも、こうやって相談されたり頼られたりするのって嬉しいじゃない。


「それで、私は何をすればいいの? 卵? 鶏?」

「いや。ハムっ子(弟)に飾り付けを作らせてほしいんだ」

「……へ?」


 予想外の要求にちょっと戸惑った。

 私……実は、手先がそんなに器用じゃないんだよね。

 練習してはいるんだよ? ジネットにお裁縫習ったり、ジネットにお料理習ったり、ジネットに…………ジネット、なんでも出来るんだもん、すごいよねぇ……

 あ、でも今回はジネットが手伝えないから、私に白羽の矢が立ったのかな?

 一番弟子だとでも思われてるのかな…………プレッシャーだなぁ。


「ノ、ノーマとかは?」

「ノーマも向こう側だ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、こっち側って誰がいるの?」

「デリアとミリィとウェンディ&セロン、あとレジーナだな」


 な、なんか、家事が苦手なメンバーばっかりじゃない?

 ウェンディはお料理下手だし、ミリィもあんまり手先は器用じゃないって言ってたし、デリアとレジーナは論外だし。


「あと、ウクリネスさんもこちら側ですよ。ね、ヤシロさん」


 ウクリネス!

 ウクリネスは服屋さんだし、自分で服も作るし、手先の器用さならジネット以上じゃない。

 これは頼もしい味方だね。


「あぁ、悪い。ウクリネスは中立なんだ」

「中立……? どういうこと?」

「まぁ、ウクリネスには頼れないってことだ」


 まぁ、そうだよね。

 本職だしね。軽々しくお願いは出来ないよね………………あれ、ヤシロって本職のウーマロさんたちに軽々しくお願いしているような……?


「そんな難しいもんじゃないんだ。俺がお手本を見せるから、それをハムっ子(弟)に教えてやってほしいんだ」

「だったら、ヤシロが教えてあげた方がいいんじゃないの?」

「俺はまだ行くところがあるんだよ。それに、ただ教えるだけじゃなくてだな……」


 少し言い難そうに、ヤシロは顔を近付けてきて、声を潜めてこんなことを言った。


「パーティまでの間、連中を見張っててほしいんだ。あいつら外に出すと全部しゃべっちまうからよ」


 あぁ、なるほど。納得。


「要するに、飾りを作りつつ、パーティまで子守をしていればいいのね」

「頼めるか? デリアが教会のガキどもを見てくれてるから、そいつらとかち合わないようにしてほしいんだ」

「分かった。じゃあ、木こりギルドのパーティの時に使った多目的ルームを使わせてもらっていい?」


 木こりギルドの完成パーティの際、会議室となっていたあの小屋は、現在多目的ルームとして存在している。……っていっても、ほとんどヤシロが何かを企てる際の密談ルームなんだけど。


「イメルダに見つからないように、ハム摩呂を使ってハムっ子(弟)を集めてくれ」

「うん。任せといて」


 それから三十分ほど、飾りの作り方を教わった。

 ヤシロの教え方がいいのか、私の要領がいいのか、本当に簡単に覚えられて出来栄えも申し分ない飾りが数種類完成した。

 これなら教えられそう。ロレッタの弟君たちでも、きっと上手に作れるはず。


「材料は、寮母さんが用意してくれているはずですので、教会に寄ってから多目的ルームへ向かってください」

「はい。分かりました、シスター」

「よろしくお願いします」

「はい。お願いされました!」


 そうやってふざけると、シスターはくすくすと笑ってくれた。

 シスターと話をするのって、なんだかちょっと特別な感じ。私もこういう大人になれたらなぁ……


「じゃあ私、出かける準備してくるね」

「おう。あとでウクリネスが会いに行くと思うから、対応よろしくな」

「ウクリネスさんが?」

「パーティだからよ。ちょっとオシャレしてもらおうと思ってな」


 あぁ。だからウクリネスさんは中立なんだ。

 きっとジネットたちもオシャレしてくるんだろうな。


「それじゃ、また後でね」

「おう。またな」


 手を振って別れる。

 あとで着替えるなら、今は動きやすい服にしておこう。

 なにせ、元気いっぱいだからなぁ、ロレッタの弟君たちは。


 そんなことを考えながら玄関に入ると――


「というわけで、お前も協力しろ」

「ちょっ!? なんでオレのいる場所が分かったし!?」


 ――パーシー君の声が聞こえた気がした……んだけど、そんなわけないよね。パーシー君、四十区の人だし。そうそう四十二区にいるわけないもんね。


 そんな錯覚よりも、可愛い飾り付けを作らなきゃ。

 ……弟君たち、学習能力高い上にすっごい器用だから……追い抜かれないように頑張らなきゃ。先生としての面目もあるしね。うん。




★★★★★★



 ゆっくりと日が暮れて、私たちが教会へ戻った時、教会の談話室は素敵なパーティ会場になっていました。


「これは……とても素敵ですね」


 思わず息が漏れてしまいそうな、きらきらと輝く、それでいてとても楽し気な空間になっています。


「机を退かせて、カウンターや椅子を配置したッス。この作り付けに見えるカウンター、実は簡単に外せるッスから後片付けも楽ちんなんッスよ」

「――と、ウーマロが言ってるぞ」

「はい。聞こえていましたよ」


 ウーマロさんは、私の方を向いて話してはくださいません。

 極度の緊張から、女性と会話するのが苦手なのだとか。これはもう性分ですので非礼無礼には当たりませんね。高所恐怖症のようなものでしょう。

 ウーマロさんの誠実さはよくよく分かっていますので、とやかく言うつもりはありません。


「てんとうむしさん、ツリー、この辺でぃい、かな?」

「ヤシロ。飾り付けどう? 結構可愛く出来たと思うんだけど」


 一足早くドレスに着替えたミリィさんとネフェリーさん。

 談話室――いえ、今はパーティ会場です――の中央に飾られたクリスマスツリーの飾り付けをしてくださっていたようです。


「とても素敵ですね。綿が特に可愛いです」


 ホワイトクリスマス――と、ヤシロさんが言っていた意味が、今になってようやく分かりました。

 ウクリネスさんからいただいた綿が、モミの木の枝にふわっふわっと乗っかって、まるで雪のように枝を白く染めていました。

 深い緑の葉も美しいと思いましたが、こうして白が混ざると急に可愛さが増しますね。

 ヤシロさん、さすがです。こんな素敵なものを教えてくれて、素直に感謝です。


「おにーちゃん!」

「お部屋の飾り付け手伝ったー!」

「劇的な、ビフォーアフターやー!」

「おう、ご苦労だったなハムっ子(弟)ども!」

「「「よきにはからえー!」」」


 クリスマスツリーのみにとどまらず、パーティ会場の壁や天井、窓と、あらゆるところに可愛らしい飾り付けがなされています。

 いつも見ている談話室が、まるで別世界のようなきらびやかさです。

 クリスマス、すごいです。


「ふっふっふっうっふ~ん!」

「途中から卑猥さが滲み出てるぞレジーナ」

「あちゃー、ぽろっと出てもうたかぁ。ぽろりしてもうたなぁ」

「いや、もういいから」


 飾り付けがなされたクリスマスツリーの周りに、ヤシロさんとレジーナさん、そしてウェンディさんとセロンさんが並びます。

 ツリーを植える大きな鉢は、セロンさん特製のプランターだそうで、威風堂々としていてとてもオシャレなデザインです。少し欲しくなるくらいに素敵です。


 ですが、「そんなプランターがどーでもよくなるようなとっておきの飾り付け」というものを、これからヤシロさんたちが行うそうです。

 俄かには信じがたいです。あんなに素敵なプランターが霞むほどの飾り付けなんて……疑ってはいませんけれど。


「それじゃあ、まずはレジーナだな」

「ほいな。このどろどろねばねばの【自主規制】みたいなゲル状の液体を――」

「余計なことを挟むな」


 ……もう、レジーナさんは。

 ………………ところで、【自主規制】とは、なんのことなのでしょうか?

 ヤシロさんに尋ねてみたら……きっと怒られるでしょうね。やめておきましょう。


「これをやな、こーやって刷毛で枝にべた~ってつけたると……こんな感じや」


 レジーナさんがツリーにつけたのは、どろっとした液体――固体?――のようなもので、少しとろっとしたかと思うとすぐに固まってしまいました。

 そして、固まると……


「わぁ……! なんですかこれは?」


 それは白みを増し、うすぼんやりとした灯りを放ち始めました。

 黄緑色の、蛍のような美しい光。


「これは蛍光塗料の一種でな、固まってから一晩くらいは鈍く発光する性質があるねん」


 けーこーとりょーという物らしいのですが、光るレンガとはまた違った明かりで、とても綺麗です。

 でも、これで終わりではありませんでした。


「じゃあ、ウェンディ、セロン。頼む」

「はい、英雄様。さぁセロン、一緒に」

「うん。せーの!」


 セロンさんの掛け声で、ウェンディさんとセロンさんがツリーに何かの粉を振りかけました。

 その瞬間――


「これは……」


 先ほどのけーこーとりょーに反応するように、キラキラ、きらきらと、無数の光がツリーの枝に灯りました。

 きらめくように、数瞬ごとに色を変える数多の輝き。

 それはとても幻想的で、夜空の星をツリーの枝に宿したかのような光景でした。


「これは、光るレンガの光量を上げるために使用している鱗粉なのですが、この鱗粉は受けた光を四方へ拡散するんです」

「拡散された光が別の光とぶつかりまた違う光を放つ――それが幾重にも重なって、このような輝きを生み出すんです」


 ウェンディさんとセロンさんが説明をしてくださいます。

 詳しいところはよく分かりませんが、うすぼんやりと光るけーこーとりょーと、その光を反射する光の粉……これは、世界に比類なき美しさなのではないかと、少なくとも今の私は思っています。


「よし、ウーマロ。こいつに箱をかぶせてくれ」

「はいッス!」


 ヤシロさんの計画したサプライズはこうです。

 まず、ジネットたちを夕飯に誘います。

 そして、みんな一緒に談話室へと入ってきてもらい……そこで、この最高のクリスマスツリーをお披露目する。

 こんなにも美しいクリスマスツリーですから、きっとみんな驚いてくれることでしょう。


 お料理は、寮母さんたちが用意してくれる予定になっています。

 ジネットたちが来た後でみんなで準備をする手筈です。


「じゃ、明かりを消すぞ」

「え?」


 ヤシロさんの言葉に、驚きました。


「暗くするんですか?」

「ウーマロ力作のパーティ会場も、サプライズの一環だからな」

「なるほど。そうですね」

「それに、暗いところで見るとクリスマスツリーの光は一層綺麗に見えるぞ」


 どこまでもこだわりを見せるヤシロさん。

 人を感動させるために余力を残さぬ構えです。それが、ヤシロさんがヤシロさんたる所以なのでしょう。


 そうして、談話室の灯りが消され数分後――


「来たようだな」


 陽だまり亭の屋台、二号店、七号店の車輪の音が聞こえてきました。

 楽しそうに話す声も遠くから近付いてきます。ジネットやマグダさん、ロレッタさんたち姉妹とノーマさんたち――ご招待したお客さんたちでしょう。


「じゃあ、迎えに行ってくるから、合図をしたらまずは箱を取ってクリスマスツリーを見せてくれ」

「はいッス。ワンタッチでぱっかり開くように作ってあるッス」

「で、次の合図で灯りを付けたいんだが……ネフェリー、それからセロンとウェンディ、頼めるか?」

「任せといて」

「必ずや」

「お役に立ってみせます」

「……固いっつの。あとハムっ子(弟)ども」

「「「どんなお仕事もおまかせー!」」」

「いいって言うまで大人しくしてろ」

「「「それ、一番苦手ー!」」」


 楽しいやりとりをした後、


「暗闇でばらけるのは危険だから、全員この辺に固まっていてくれ」


 と、私たちに指示を出して、ヤシロさんは外へと出て行かれました。

 さぁ、あとは待つばかり。

 ……ふふ。いけませんね。ジネットたちがどんな顔で驚くだろうかと想像するだけで頬が緩んでしまいます。


 ほどなくして、暗い部屋に戸惑いつつも複数の足音が談話室へと入ってきました。


「真っ暗ですね」

「……ロレッタ。コケてはいけない。絶対にコケてはいけない」

「そーゆーネタ振りやめてです!?」

「「「おねーちゃん、おいしいー!」」」

「おいしさとか、今は求めてないです!」

「もう、ロレッタ、うるさい」

「はぅっ!? パウラさん酷いです……あたしだけ」

「ほら、静かにするさよ。足元気を付けるんさよ」

「エステラ様。コケてはいけませんよ。絶対に、コケては……」

「マグダがやり終わったボケをなんでもう一回やろうとしたんだい、ナタリア!?」

「エステラさん、お静かになさいまし」

「なんでボクに言うのさ!? ……って、これもロレッタが今しがたやったボケじゃないか!」

「静かにしろって言ってるんさよ!」


 賑やかな会話に、思わず笑ってしまいそうになりながら、それでも必死にこらえてヤシロさんの合図を待ちます。

 窓が開いているのか、時折涼しい風が吹き込んできます。……窓、開いていましたっけ?


 そんなことを思っていると――


「ウーマロ!」


 ヤシロさんの合図が聞こえ、ウーマロさんが素早く箱を開きました。


「わぁ……っ!」

「おぉっ!」

「へぇ~……」


 そんな感嘆の声が、あちらこちらから漏れ聞こえてきます。

 これは、大成功でしょうか。

 うぅ……早く灯りをつけてみなさんの驚いた顔を見てみたいです。

 合図は、まだでしょうか?


「よし、灯りをつけろ」


 ヤシロさんの合図にネフェリーさんとセロンさんそしてウェンディさんが灯りをともします。

 その瞬間――


「わぁ……っ!」


 またしても感嘆の声が上がりました。

 それは、ジネットたちだけにとどまらず……今度は、私も声を漏らしました。


「お料理が……」


 ウーマロさんの作ってくださったカウンターに、とても美味しそうなご馳走が所狭しと並んでいました。

 ローストチキンに温かそうなスープ。とても大きなケーキまであります。


「ジネット、これは……」

「シスター! すごいです! 談話室がこんなに素敵に!」


 駆け寄ってきたジネットに尋ねようとして、でもジネットの勢いがすごくて、えっと……なんだかよく分からなくなってしまいました。

 これは、つまり……


「ふふん。大成功だな。『どっちも』」


 腰に手を当てて、自慢げな表情で私たちを見ているヤシロさん。

 あぁ、そういうことですか。

 つまり――


「私たちは、みんなサプライズを受けていたわけなんですね」

「え? ……あっ、そういうことなんですか」


 ジネットと顔を見合わせて笑います。


 これは、ヤシロさんが仕掛けた壮大なサプライズ。

 私たちを二手に分けて、お互いがお互いにサプライズを仕掛けるように仕向けたのでしょう。

 私たちは会場を、そしてジネットたちはお料理を。

 ということは、寮母さんたちは双方のサプライズを知っていたのでしょうね。ヤシロさんなら、お料理を無駄にするような真似はしないでしょうから。


 あ、先ほど窓が開いていたのは、このお料理を室内に手早く運び込むためだったんですね。

 妹さんたちがテキパキとお料理を並べる様が目に浮かぶようです。

 弟さんたちは飾り付け、妹さんたちはお料理。お手伝いも分散されていたというわけですね。


「この御馳走はヤシロさんに言われて?」

「はい。シスターに美味しいクリスマスパーティをプレゼントしようと提案してくださいまして」


 美味しいクリスマス。

 楽しいクリスマス。

 ヤシロさんは結局、どちらも実現させてしまったのですね。


 私たちはみんな、すっかりと騙されてしまったわけですね。

 自分は驚かせる方だと思い込んで。

 サプライズは、仕掛ける方が楽しい。でも、仕掛けられた方は幸せな気持ちになれる。

 そのどちらをも、私たち全員にプレゼントしてくださったのでしょう。


 まったく、ヤシロさんは……


 お礼を言おうと思ったのですが、それを察知したのか、ヤシロさんはふいっと顔を背けてしまいました。

 ジネットと顔を見合わせて、思わず笑いました。

 実にヤシロさんらしい反応ですね、と。


「ジネット、素敵なドレスですね」

「ありがとうございます。シスターは着替えないんですか?」

「私は……」

「着替えませんか? 折角のパーティなんですから」


 ドレスは、ウクリネスさんからお借りした物があります。

 ですが、少し恥ずかしいといいますか……


「はぁぁああん! 大人っぽいドレス姿のマグダたん、マジで、マ・ジ・で天使ッスゥ!」

「……無論。ドレスは女性を美しく見せる」

「美しいッス! マジ天使ッス!」


 ドレスは、女性を美しく見せる――その通りなのでしょう。ですので、やっぱり恥ずかしいです。

 美しくなろうと努力する様を、……お見せするのは。


「まぁ、着たくなったら着ればいいんじゃないか?」


 躊躇う私に助け舟を出してくれたのは、ヤシロさんでした。

 着たくなれば着ればいい。

 身構えずとも、自然体で。そんな、分かりやすい言葉で、心の中の緊張を和らげてくれました。


「それでは、パーティを始めましょうか」

「はい」


 綺麗に飾り付けられた部屋に、美味しそうなご馳走が並び、パーティの準備は万端です。

 万端なはずなのに、


「いや、まだだ」


 ヤシロさんは待ったをかけました。


「クリスマスに必要なのは飾り付けとご馳走、それからもう一つあるんだ」

「もう一つ……ですか?」


 皆目見当がつかず小首を傾げると、外から元気な声が聞こえてきました。

 この時を待っていたとばかりに、いつもこの部屋を賑やかにしている声たちが。


「せぇーのぉ!」

「「「「「めりーくりすまーす!」」」」」


 そんな声と共に、真っ赤な服に身を包んだ子供たちがパーティ会場になだれ込んできました。

 教会で共に暮らす、大切な子供たち。

 私にとっては息子や娘であり、ジネットにとっては弟や妹である子供たち。


 そんな子供たちが、私とジネットを取り囲みます。

 そして、子供たちと同じ服を着たデリアさんが豪快にニカッと笑い。


「子供たちから、シスターと店長にプレゼントがあるんだ」

「私たちに……ですか?」

「え? あの……え?」

「ほら、お前ら。練習したとおりにやってみろ。さん、はい!」

「「「「「いつも、ありがとー!」」」」」


 子供たちの手から、色とりどりの紙で作られた花飾りと、私とジネットが笑っている似顔絵を渡されました。

 これは…………泣いてしまいます。


「み……んな……」

「……うぅっ」


 私はなんとかこらえましたが、ジネットは嬉しさのあまり涙をこぼしていました。


「ヤシロに頼まれてさぁ、あたいの家でみんなで作ったんだぜ。な?」

「「「「「うん!」」」」」

「ありがとうございます、みんな。とても嬉しいですよ」

「はい…………大切に、しますね」

「「「「「わーい!」」」」」


 一体、いくつのサプライズを用意していたのでしょうか。

 ヤシロさん…………頑張り過ぎですよ。もう、泣いちゃったじゃないですか。


「んじゃ、サプライズもやり終わったし、そろそろ始めるかクリスマスパー……」

「待ってください」


 開会宣言をしかけたヤシロさんの言葉を途中で遮り、少しだけ、時間をいただきます。


「着替えてきますので、少しだけ、待っていてください」


 こんなにも素敵な日なんですもの。

 オシャレくらいしなければいけない気がしてきました。


 ジネットに手伝ってもらって、真っ白なドレスに袖を通します。

 ……少し、肩がはだけ過ぎているような気もしますが……今日は特別です。

 今日は、素敵なパーティの日ですから。


 ドレスに着替えてパーティ会場に戻ると、そこにはクリスマスツリーの形をした大きなパンケーキが用意されていて、そのツリーの枝にも、白くふわふわした物が載せられていました。

 綿あめ。

 ネフェリーさんの家の前でパーシーさんにお願いしていたのは、このための準備だったんですね。

 あぁ、それでノーマさんは向こう側だったんですね。綿あめの機械を持っているのはノーマさんですし。


 そして、ツリーを飾るのは大きなイチゴ。

 これはきっと、生花ギルドの方に手渡していた紙に書かれていたことなのでしょう。あそこでも、ヤシロさんはサプライズを仕込んでいたんですね。


 本当に……ヤシロさんは、どこまでも周到なんですから。


「こちらは、食べられるクリスマスツリーですよ」

「ふふ。こちらもホワイトクリスマスですね」

「ほわいとくりすます?」


 ジネットは知らないようだったので教えてあげました。

 ヤシロさんから教わったことを、そのまま。


 そうだ。

 ヤシロさんから教わったものが、もう一つありましたね。

 いつもいつも、こうして素敵な時間をくれる。みなさんに感謝しているのは私の方なんです。

 ですので、たまにはお返しを――ジネットのように美味しい料理を作れるわけでもなく、ヤシロさんのように感動を生み出せるわけでもなく、私には返せるものなどいかほどもないのですが、それでも――今感じた感謝の気持ちを伝えたいと、そう思いました。


「あの、みなさん。私からみなさんへ、感謝の気持ちを伝えさせてください」


 少し緊張しますが……大丈夫、いつも子供たちには子守唄を歌ってあげていますから……

 静かに息を吸って、ヤシロさんに教えていただいた、素敵なメロディのクリスマスソングを歌いました。

 感謝の気持ちを込めて。精一杯。

 きらきらと光を放つクリスマスツリーと、美味しそうなケーキの前で。



 それはとても静かな、そしてとても温かな――特別な夜でした。





☆☆☆☆☆☆



 ベルティーナが突然歌い出し、俺は正直驚いていた。

 まさか、サプライズの意趣返し、だったりするのだろうか? 考え過ぎか?


「素敵な歌ですね」

「まぁな」


 曲もさることながら、ベルティーナの歌声は澄みきっていてとても綺麗だった。

 あの声で子守唄を歌ってもらえたら……どんな不眠症患者も二分で爆睡してしまうだろう。


「いやぁ、歌が上手いんだなぁ、ベルティーナ『は』」

「はぅっ…………ど、どうせわたしは、歌が得意じゃありませんもん……」

「いやいや、ジネットの歌には味があるぞ」

「味ではなく、正確な音感が欲しいです……」

「あはは、ジネット。……リズム感も必要だろ?」

「むぅ! 意地悪です、ヤシロさん」


 ジネットの歌は個性の塊だ。

 原型なんかどこにも残さない。

 ヘビーメタルが童謡に聞こえるくらいの個性派だ。


 ふと辺りを見渡すと、今回の作戦に参加してくれた連中が不規則に並んでいる。

 どいつもこいつも、よく見知り過ぎた顔だ。


 ベルティーナの作戦を聞き、ベルティーナ班とジネット班にメンバーを分けた。

 あとはそれぞれがかち合わないようにスケジュールを立てて、ジネット班への指示は基本的に手紙で伝達しておいた。マグダとロレッタがいればうまくやってくれると思ったしな。


 おかげで、なかなか印象に残るクリスマスになった、……よな、うん。


「ふぅ……おそまつ様でした」


 ベルティーナが歌い終わり、拍手が起こる。

 マーシャよりも上手いんじゃないだろうか、実際。……マーシャの歌、まともなのないからな。


「シスター。とても素敵でした」

「ありがとうございます」

「なんという曲なんですか?」

「これは、えっと……」


 ちらりと俺を見て、そして思い出したのか、つい先ほど自分が歌ったクリスマスソングのタイトルを答える。


「『キヨシたちの夜』です」

「誰だよ、その複数のキヨシ!?」


 クリスマス感、一気に吹き飛んだな、おい!?

 字面は惜しいけど、まったく違うからな!?


「そんなことよりもヤシロさん! ケーキです、チキンです、綿あめですよ!」


 ベルティーナのテンションがみるみる上昇していく。


「さぁ、美味しくて楽しいクリスマスパーティを始めましょう!」


 ベルティーナの開会宣言は、なんともベルティーナらしいものだった。



 そんなこんなで賑やかに、美味い料理に話も弾み、クリスマスの夜は更けていった。




 まぁ、あれだな。一応……




 メリークリスマス。





 ……なんてな。







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