異世界詐欺師『ラノベ総選挙2017』17位 感謝SS
この度は、
BOOK☆WALKER様主催の
「次のヒット作はこれだ!新作ラノベ総選挙2017」におきまして、
本作『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』が17位という、
とてもありがたい順位にランクインさせていただきました!
紛れもなく、一片の迷いもなく、
皆様の熱い応援のおかげです! どうもありがとうございます!
この感謝の気持ちをダンスで……表現すると、体の一部がホットホットになっちゃうので、
なんとかSSで表現することにいたしました。
お時間のございます方は、是非ごゆるりとお楽しみください。
尚、本SSは、
書籍版『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』4巻の後の話になります。
WEBとは少し異なる出来事があったり、
エステラがまだ切れ者だったり、
ヤシロがまだ少し黒かったり、
ジネットがまだちょっと遠慮がちだったりします。
大体4巻の後くらいを思い出して書きました。
軽くネタバレも含みます。
以上の点をご注意の上で御笑覧くださいますよう、お願い申し上げます。
陽だまり亭のテーブルに、一枚の大きな紙が広げられている。
そこにはずらりと名前らしきものが書かれている。びっしりと。
「なんだ、これは?」
「よくぞ聞いてくれたね」
ふふんと、得意げな表情を浮かべてエステラがその紙をバンッと叩く。
そして、拳を握って高らかに宣言する。
「開催するのさ、四十二区お店総選挙を!」
総選挙?
なんだそりゃ。
「ここに書かれているのが、ノミネートされたお店だよ」
「たくさんありますね」
ジネットがノミネート店一覧を覗き込んで楽しそうに言う。
ロレッタとマグダも便乗して、そこに書かれている店の名を指さして一店舗ずつ順に見ている。
「これ全部、四十二区にあるお店ですか?」
「……全店集合?」
「いや、四十二区にはもっと多くのお店があるよ。ここに書かれているのは、その中でも選りすぐりの二百店舗さ」
二百店舗とは、また……
「どうせ選りすぐるなら、もっと絞れよ。十店舗くらいに」
「そこまで絞ると角が立つだろう、いろいろと」
一覧の中には、ウクリネスの服屋やパウラの酒場の名前も並んでいた。
店の種類もバラバラのようだ。
確かに、それを領主の独断で十店舗には絞れないか。
各業種の中から数店舗ずつ集めてきたって感じか。
「『檸檬』? ……知らねぇな」
「それは、大通りにある小さなお店で、ご夫婦で経営されている落ち着いたお茶屋さんですよ」
「ジネットは知ってるのか」
「はい。同じ飲食業ですので、交流があるんです」
そういや、四十二区の飲食業にも一応ギルドらしきものがあるらしいな。
ギルドという形はほとんどなくて、寄り合いみたいなものらしいが。
飲食店ってのは、各々の経営方針が異なり過ぎるからな。
「あっ! 見てください、ヤシロさん! 陽だまり亭の名前がありましたよ! ノミネートされています!」
「いや、まぁ……そりゃあ、なぁ」
「嬉しいですねぇ」
にっこにこしているジネットだが……エステラが選出したんなら絶対入ってるだろよ。
むしろ、ノミネートすらしてないのにここでそんな話を持ち掛けたんだとしたら、相当の鬼畜だぞ。
ノミネートされているからわざわざ話しに来たんだよ、エステラは。
「数あるお店の中から二百店に選ばれるなんて……感無量です。頑張ってきて本当によかったです」
精霊神か、はたまた祖父さんに祈ってるのかは知らんが、両手を組んで窓の外の空を見上げるジネットは満たされた顔をしている。もう思い残すことは何もない的な顔だ。
「これからが本番だろうが」
「本番……ですか?」
「そうですよ、店長さん! がしがし宣伝して、陽だまり亭を一位にしてやるです!」
「……四十二区ナンバーワン。お店大賞……どのような称号でも、陽だまり亭の名に箔が付く」
「え……っと、ノミネートされただけでも十分凄いことだと思うんですけれど」
まったく、こいつには覇気がない。店長がそんなことでどうするんだ。
ライバル店を潰してでもトップに上り詰めるのが資本主義だろうが……くっくっくっ。
「ちなみに、不正行為は厳重注意の後失格だからね。分かったかい、そこの邪悪な顔をしている従業員」
「エステラ。お前なんて酷いことを言うんだよ、ロレッタに対して」
「あたしのことだったですか!?」
「君のことだよ、ヤシロ」
俺のどこが邪悪だよ。
『陽だまり亭のそよ風』と呼ばれている(かもしれない)この俺が。
「で、投票はいつ、どこで、どうやって行うんだ?」
「告示は追ってするけど、とりあえず公正を期すために投票は領主の館で行うよ」
投票権は一人一店舗まで。
期間は一ヶ月。
次の納税の際に投票用紙が配られ、専用の紙で投票するらしい。
不正には厳罰。……妙に気合いの入った企画だな。
…………こいつは。
「アッスントの入れ知恵か?」
「よく分かったね」
行商ギルドと四十二区の住民は、先日大通りで大立ち回りをやって、最終的に和解という決着を見た。
これで、四十二区の連中はアッスント率いる行商ギルドに搾取されずに生活が送れるようになった。……のだが。
現在、四十二区は一つの重大な問題に直面していた。
「滞った物流を無理矢理押し流す作戦だな」
「へぇ……これだけでよく分かったね」
心底驚いたように、エステラが目を丸くする。
当然だろうが。アッスントが考えそうなことだ。
というか、アッスントが言い出してなきゃ、俺がこういう何かをやろうと言っていたところだ。
大雨によって作物は多大なるダメージを受けた。
四十二区の食料危機は、依然くすぶっている状態だ。
つまりどこもかしこも金がないのだ。
行商ギルドから物を適正価格で買えるようになったといっても、所詮は四十二区。手持ちがないのだ。貯蓄なんて夢のまた夢。
じゃあ、どうするか?
これまで最も搾取されていたのは生産者で、恩恵を受けていたのは商売人だ。
とうに底を尽いた底値以下の値段で作物などを買い叩かれていた生産者。その犠牲のおかげで店を構える経営者は最貧区四十二区でもなんとかやって来られていた。
陽だまり亭にしても、ゴミ回収ギルドなんてものを作ってまで仕入れ値を安く抑えようとしていた。
そうしないとやっていけなかったのだ。
とはいえ、なんとかやって来られたのもまた事実。
ならば、多大なる犠牲を払ってくれていた生産者に、今度は店を構える経営者側から還元してやるしか経済を回す手立てはない。
「店を競わせることで、店側は票欲しさにサービスに力を入れる。値下げや大盛り、アフターサービスを無料で付けたりもするかもしれない」
「そう。それが今回の目的なんだ」
金のない生産者どもは、――モーマットなんかもそうなんだが――外食をしない。服を新しく買わない。農具を新調しない、手入れを自分でやっちまう、旅行にいかない、娯楽に金を使わない……など、とにかく金を使わないヤツがほとんどだ。
だから、こういうイベントでもやって『金を使うリハビリ』をさせてやるのだ。
行ったことのない店に足を運ばせたり、いつもは買わないものを「折角だから」と、「お得だから」と買わせて、買うことを習慣付けさせる。
さらに、街を上げて大々的にやることで「じゃあ、俺も見てみようかなぁ~」ってヤツを芋づる式に引き摺り出せる。
「見るだけはタダだから」なんて言ってるヤツは、必ず何かを買う。
そういうヤツこそがカモなのだ。
「そのためには、店側にサービスを強要しなければいけない」
「強要とは、人聞きが悪いね……」
「悪いのは人聞きじゃなくて、こんな方法を思いついたアッスントの底意地だろうが」
領主からの強制は一切ない。
エステラがそんなことをさせるはずがない。
だが。
こうやってランク付けされると知ったら?
誰だっていい順位につけたいと思う。
出来ることなら上位に入りたいと思う。
最下位は嫌だと、思わずにはいられない。
その心が、『自ら進んで』サービスを生み出すのだ。
票を獲得するために値引きしたり、サービスをよくしたり、店の見栄えを気にするヤツもいるかもしれないし、人海戦術で宣伝を行うヤツもいるだろう。
そのどれもが、「これまで外でお金を使う習慣がなかった連中」に金を使わせるリハビリになるのだ。
で、物流が活発になれば、行商ギルドの利益はどんどんと膨れ上がっていくってわけか。
アッスントめ。
上手いところを突きやがる。
「それで、その悪巧みにまんまと乗っかったのか?」
「悪巧みではないと判断したから乗ったんだよ。アッスントは、君に言い負かされてから、本当に心を入れ換えたらしいよ」
「なんでそんなに信用出来るんだよ。アッスントだぞ?」
「ボクは、人を見る目にだけは自信があってね」
「胸に自信がない分か?」
「その分は上乗せされてないよ! ……なくはないよ!」
自信、あるのかよ……その、ベテランクライマーですら裸足で逃げ出しそうな絶壁で?
「とにかく、こういう企画をやるから、君たちも盛大に頑張ってね」
「なんでわざわざそんなことを言いに来たんだよ? 俺たちを勝たせてくれるのか?」
「まさか。不正はしない。正々堂々戦ってもらうよ」
「正々堂々って観点じゃ、事前情報を漏らした時点で俺たちが有利になるだろうが」
「それはそうなんだけどね……」
くすりと、エステラが静かに笑う。
「貧しさから守りに入った各店舗を動かすには、君みたいな人に四十二区中を引っ掻き回してもらわなきゃいけないと判断したからだよ」
「人をトラブルメーカーみたいに言いやがって」
「あはは。否定は出来ないだろう?」
ぽんと、俺の肩を叩いてエステラが耳元に顔を寄せてくる。
そして、囁くような声で言う。
「致死量の猛毒でなければ、多少の毒が必要になることもあるんだよ」
そんな言葉を残して、エステラは陽だまり亭を出て行った。
どうもあいつはアナフィラキシーショックってのを知らんらしいな。
この程度と油断していると、思いもよらないところで命を失うこともあるってのに。
「買いかぶり過ぎだ、バカが」
すでに見えなくなった背中に毒を吐いておく。
俺の毒があいつの危機感を呼び起こさせるきっかけになればいいけどな。
「これ、優勝すると何か商品とかあるですかね!?」
「……きっと、凄い賞金が転がり込んでくる」
「さぁ、それはどうだかなぁ。貧乏人だからな、ここの領主は」
まぁ、メダルかトロフィーくらいは用意してもらいたいもんだが……
「それよりも、一位になれば知名度が上がる」
「知名度、上がるですか?」
「あぁ。そして、『話題のあの店』という肩書が手に入れば……」
「……自ずと客がやって来る」
「これは、なんとしても優勝しなけりゃです!」
「……腕が鳴る」
「あ、あの、みなさんっ」
盛り上がる俺たちを、はらはらした目で見つめるジネット。
なんだか乗り気ではないようだ。
「あの……陽だまり亭は、そういった競争とか、そういうものには…………のんびりと寛げる、穏やかな食堂が売りですので」
「でも、店長さん! 一番になったら、きっとみんな来てくれるです! お客さんいっぱいになって、もっともっと多くの人が陽だまり亭の味を知ってくれるですよ!」
「そ、それは、そうなんですが……」
「……収入が上がれば、お店を大きくすることも可能」
「大きく、する予定は今のところ……」
煮え切らない。
まぁ、ジネットの考えていることくらい容易に想像出来るが。
要するにこいつは、誰かを蹴落としたり出し抜いたりするのが嫌なのだ。
ウチが勝てばどこかが負ける。
その、負けるどこかに悪いなぁ~と、そんなことを思っているのだ。
……嘆かわしい。
競合他社など、率先して引き摺り下ろしてやるべき存在だというのに。
だが、ジネットが難色を示している以上、陽だまり亭として総選挙に挑むわけにはいかない。
って、そんなこと看過出来るか。
一位になれば売り上げが爆上がりするってのに。
なので……乗せてやる、神輿に。そして躍らせてやる、俺の手のひらの上でな。
「ジネット。エステラが言っていたろ? こいつは経済を回すための起爆剤だ」
「起爆……ですか?」
「もし、陽だまり亭が一位になり、客が押しかけてくるようになれば、どうなると思う?」
「えっと……忙しく、なります」
「そうだな。そうすりゃ、もう少し店員を増やすことになるかもしれないだろ?」
ロレッタを呼び、ジネットの前に立たせる。
こいつは、仕事を欲して陽だまり亭のドアを叩いたのだ。
あの時の陽だまり亭には、金銭的に余裕こそなかったが、それでも潰れそうなほど困窮はしていなかった。だから、無理をしてロレッタを雇うことが出来た。
「利益が上がれば、ロレッタみたいなヤツを雇ってやることも出来る」
「あ…………そう、ですね」
続いて、マグダを呼んでジネットの前に立たせる。
「それに、ウチが儲けていれば、マグダが怪我をした時にも十分な治療をしてやれる」
マグダの耳がピクッと動く。
過去の嫌な出来事に触れられて気分を損ねたか?
とりあえず、耳の付け根をもふもふしておく。
「…………むふー」
よしよし、誤魔化せた。
「確かに、あの時……ウチにお金があれば……それだけじゃなくて、教会の子供たちが病気になった時も…………」
貧乏故に治療が出来ない。それが当たり前の四十二区において、『そうではない』存在になれれば、もっと多くの人を救うことだって出来る。
陽だまり亭にある置き薬を心底気に入っているジネットのことだ、今後も幾度となく無償奉仕という名のおぞましい行為に進んで身を投じるのだろう。
それをしやすくなる環境を作る。そのためにも金は必要だ。
「それに、陽だまり亭に客が増えれば、その分作る料理が増える。そうなれば使う食材も増えて、モーマットにデリア、それからネフェリーや他の生産者から食材を今よりもっと多く買うことになる。そうなれば……」
「……みなさんが、豊かに…………なり、ますね」
「そうだ、ジネット。それが、経済を回すってことだ」
そして、生産者の懐が温かくなれば、連中は外食をするようになり、飲食店はまた客を増やせる。さらに……
総選挙で一位になれば、客は陽だまり亭に集中するというわけだ。
「それにな、なにも他の店を蹴落として一番になろうってんじゃないんだ」
ジネットが一番引っかかっているポイント。
そこに刺さった『棘』を抜いてやる。
「今、マグダとロレッタは少しずつ料理を覚えているだろ? マグダが頑張ればロレッタが負けじと頑張って、そうしたらマグダはもっと努力して、それを見たロレッタはもっともっと…………って、そうやって競い合う相手がいれば、お互いを高め合うことが出来るじゃねぇか」
「確かに……お二人は競い合いながらも、仲良く、技術をどんどん上げていっています!」
いや、技術は全然上がってないだろ?
まだ魚を焦がすぞ、こいつらはどっちも。が、今はそこはどうでもいい。
「切磋琢磨すれば、陽だまり亭も、ライバル店も、もっといい店になる。ひいては、四十二区がもっと素晴らしい区になれる! そう思わないか?」
「思います! ヤシロさん、わたし勘違いしていました。総選挙、素晴らしい催しだと思います!」
はい。棘抜けた。
一丁上がり。
「じゃあ、まずは俺たちが、その第一歩を踏み出してやろうぜ」
「はい。他のお店の方にやってみようって思ってもらえるように、わたし頑張ります」
あぁ、頑張れ。
そして、ライバル店が到底追いつけないスピードで逃げ切るぞ。
一位以外に興味はない!
他の店など潰れればいい!
足を…………引っ張りまくってやるぜぇ! ぅえへっ! ぅへへへへ!
――という思いを心にしまい込んで。
「頑張ろうな、ジネット☆」(白い歯「きらりーん」)
「はい! 頑張りましょう」(おっぱい「ぷる~ん」)
未来の成功を目指して、俺とジネットは握手を交わす。
さぁ、全力を出させてもらうぞ、覚悟しておけ四十二区っ!
「……店長がまんまと」
「言いくるめられたですね……お兄ちゃん、恐るべしです」
そんなわけで、俺は早速行動を開始した。
★★★★★★★★★★
陽だまり亭でヤシロを焚きつけた翌日。
四十二区全域に総選挙開催の告示がなされた。
ノミネートから漏れた店から問い合わせやクレームが来たりもしたのだが、ナタリアが「あなたのお店は開店休業状態ですよね?」と尋ねたところで店主は黙って引き下がった。
一応、ノミネートの際に店を見て回って、商売を行っている実績があることと、その店の評判は調べさせてもらった。選出の参考にね。
アッスントからの情報もとても役立った。
大通りでの一件以降、アッスントは生まれ変わったかのように協力的になっていた。
相当の恐怖だったのか……いや、あれは憑き物が落ちたような顔だったし、きっとそうした方が儲けられると純粋に思えたのだろう。
完膚なきまでに叩きのめされたわけだ、ヤシロに。
で、アレ以降ヤシロを避けに避けまくっているみたいだけど。……トラウマなんだろうな、きっと。
ボクでも、ヤシロを敵に回したらと思うとぞっとする……だって、普通はしないよ。『精霊の審判』の抜け穴を探すために、あんなことまで…………あんな………………
ぽっ……。
ん、んんっ!
ぞっとするって言ったのに、なんでぽっとしてるのさ、ボク。
だ、だいたい、ヤシロがらしくもなく真面目な顔をしているからいけないんだ。
あの日。決戦を決意したあの日。
ヤシロがボクを頼ってくれて……凄い決意を秘めた眼で……ボクもそれに当てられて…………だから、ヤシロに向かってあんな、言葉を……
『ボクは領主の娘をやめ、君を連れてこの街を出る…………どこか静かな場所で、二人で――』
「ぅわぁああああ!」
脳内で色鮮やかに再生されるあの日の記憶を、大きな声で吹き飛ばす。
……お、思い出さなくていいから。あ、あれは、その……その場の空気というか、極限状態の心理状況が………………ぅうううあああああ! 忘れろぉ……!
と、とにかく!
あの決戦を経て、アッスントは変わった。
とりあえず、現段階では信用してもいいと思えるくらいには。
そして、そう思えるほどに、ボクも成長したのだ。
命を懸けるつもりで戦ったからね、ボクも。
ヤシロのおかげで、ようやくスタートラインに立てた四十二区。
今度はボクが、この総選挙で踏み出させるんだ。これからどんどん変わっていく四十二区の、最初の一歩を。
そんなわけで、街の状況を視察に来たわけだけれど……
「あっ! お兄さん、超ヒマそうですね! アンケート答えてです!」
「……協力者には、もれなく陽だまり亭名物ハニーポップコーン(小)を贈呈」
……道行く人全員を呼び止める勢いで騒いでいる二人がいる。
大きな木の板を持って通行人に声をかけている。板に貼りつけた紙に何かを書いてもらっているようだ。
アンケート調査……陽だまり亭の知名度を探ろうってことかな?
ついでに、陽だまり亭って名前を覚えてもらって、ポップコーンをプレゼントすることで親近感を植えつけようとしているようだ。
なんだか、ヤシロらしくない地道な作戦だな。
「ロレッタ、マグダ。頑張っているね」
「へ? はぅっ!? エステラさんです!」
「……作戦P。エステラに遭遇したら、アンケートを見せないように速やかに撤収」
言うや否や、二人は大通りを走って逃げていった。
………………えぇ~……
「ちょっ、待ってよ!」
怪しい。
怪しさがゲシュタルト崩壊しそうな勢いで怪し過ぎる!
足の速さにはボクも自信がある。二人を追いかける。……が、二人とも足が速過ぎる!
くそ、これじゃ追いつけない。
と、思ったら。
足が速過ぎる二人の速度に耐えられなかったのか、木の板に貼りつけてあった紙が風に飛ばされて宙へと舞い上がった。
「しまったです!?」
「……急いで戻る」
「あまい! もらった!」
距離的アドバンテージを得ていたボクが二人より先に舞い上がった紙をキャッチする。
その紙に書かれていた内容は――
※※※※※※※※※※※※
Q1
陽だまり亭を知っていますか?
A1
1 知っている
2 今、知った
Q2
四十二区に貧困をもたらし苦しめていた行商ギルドとの交渉において住民のためにその身を犠牲にしつつも愛と平和のために無償で危険な役目を担った、優しさと愛情に満ち溢れた食堂、陽だまり亭をどう思いますか?
A1
1 好き
2 嫌いではない
※※※※※※※※※※※※
なんとも奇妙なアンケートだ。
なんとも押しつけがましいというか……そもそも回答の選択肢がおかしいというか……
「ねぇ、これって一体……」
マグダたちに尋ねようと振り返ると、二人の姿はもうすでに小さくなっていた。
……逃亡?
あぁ、なるほど……
「…………ヤシロか!」
ろくでもない予感がして、ボクは陽だまり亭へと走った。
過去最速のタイムで四十二区を駆け抜ける。
そして、陽だまり亭に着いた時、ヤシロが何かを大慌てで片付けようとしていた。
「見せるんだ、ヤシロ!」
「ちょっ!? バカ、やめろ! これはまだ……!」
抵抗するヤシロをいなして、ヤシロが片付けようとしていた看板を見る。
そこには、こんなことが書かれていた。
※※※※※※※※※※※※
認知度、好感度
共に 100% !!(※1)
平和と憩いの陽だまり亭はこちら!
※1 当社、大通り調べ
※※※※※※※※※※※※
「インチキだ! 印象操作だ!」
「バ、バカ! 人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ! きちんと大通りで調査した結果、たまたまこうなっただけでだな!」
「何を選んでもこういう結果になるような選択肢しかなかったじゃないか! 何が『共に100%』だよ!?」
「戦略だよ! バンドワゴン効果つって、多少大袈裟ではあるが決して嘘ではないいい印象を提示することで、見る者は『あ、いいものなんだ』と思い込む――複数の選択肢がある中で一つの選択肢が多くの支持を集めていた場合、人はそれを正しいのだと認識する……そうだな、例えば『全米ナンバーワンヒット』とか言うと『面白くない』『見る価値無し』って複数の選択肢の中から『面白い』って選択肢が信憑性を増すっていう――そういう戦略なんだよ!」
「長々とうるさい! 誇大広告は禁止!」
「ちぇ~」とか言いながら、ヤシロは渋々看板を片付けていた。
まったく、ヤシロは。すぐそういうことを思いつくんだから……嘘にならないところがまた小憎たらしい。
「とにかく、正々堂々と! いいね!」
監視するように、ヤシロが店内へと入っていくのを見送る。
ズルして勝っても、ジネットちゃんは喜ばないと思うよ、ボクは、
それに。正直なところ、正々堂々と戦っても陽だまり亭はいいところまで行くと思う
ウーマロたちのようなファンもいるし、大通りでの一件で陽だまり亭を知った人もたくさんいるしね。
「ジネットちゃんの笑顔に恥じない戦いを期待するよ、ヤシロ」
それにしても……
『ゼンベイ』って、なんだろう?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「くっそぉ……エステラめぇ。なんで看板ダメなんだよぉ……同族嫌悪かな?」
ヤシロさんが不貞腐れて店内へと入ってきました。
外でエステラさんと何かがあったようです。
「ヤシロさん、なんだか頑張ってますね」
シスターが紅茶のカップを置いて言います。
「大切に、思っていてくださるんですね」
優しい笑みからもたらされたそんな、少し気恥ずかしくなるような言葉に、わたしは精一杯考えて、一所懸命考えて、短く返事しました。
「……はい」
きっと、ヤシロさんは陽だまり亭を大切に思ってくださっています。
これまで、ヤシロさんと過ごしてきた日々を思い返してもそうです。口では、たまにきついこともおっしゃいますが……それでも、いつでも、どんな時でも、絶望に飲み込まれそうな時も、諦めそうになった時でも、最後はヤシロさんが『アノ顔』をして――わたしたちを、陽だまり亭を守ってくれました。
だから、無責任ではなく、思い込みでもなく、自惚れでもなくて、素直な気持ちで思います。ヤシロさんは、陽だまり亭を大切に思ってくださっていると。
そして、もしかしたら…………
「むきゅっ!」
不意に、あの日のことが思い出されて、顔が熱くなりました。
心臓が、どきどきして……息が…………震えて…………
自分自身の体を抱きしめようとした手を見て、腕を見て――この腕の中に、あの逞しい背中が収まっていたのだと思うと――
「むきゅきゅ~ぅっ!」
「ジネット。面白い声が出ていますよ」
シスターに注意されてしまいました。
でも……どうしても…………あの時のことを思い出すと…………恥ずかしくて。
「すみません……懺悔、します」
「何か、あったのですか?」
「もきゅんもきゅんっ!?」
「そうですか……、では、聞かないでおきますね」
あぁ……
言葉になっていないおかしな言葉で返事をしてしまいました……
シスター。そのお心遣い、今は本当に、切実に、感謝します。
誰かに話すことなど、出来るはずもありません。
ヤシロさんが、わたしを抱………………
「ぷにぃ~ぃ~~ん…………」
「ジネット。その音はどこから漏れているんですか?」
優しく、気遣うようにわたしを撫でてくれる母の手。
シスターの手は、本当に不思議です。
触れていてくれるだけで、不安も戸惑いも、恥ずかしさでさえ抑えてくれるのです。
不安…………
そうか。
そうだったんですね。
わたし、不安だったんですね。
ヤシロさんが総選挙で一位を取ろうと言ってくれて、マグダさんやロレッタさんが一位を目指して頑張ってくださっているのを見て、わたしは、不安だったんです。
陽だまり亭が変わってしまうのではないかと。
この穏やかな空気がなくなってしまうのではないかと。
ヤシロさんが陽だまり亭にくださったものは数えきれないくらいたくさんあって、そのどれもがかけがえのないもので。
マグダさんやロレッタさんが新しく従業員となってくれて――そのどれも、どの変化も、わたしは楽しいと、幸せだと感じていました。
それは、みなさんが陽だまり亭に入ってきてくれたから。
けれど、今回のことは。
この総選挙は、少し違う。
何百というお店の中からノミネートされた二百軒。
それは、そのお店の、ありのままの姿が評価されたことだと思います。
手前味噌になりますが、この陽だまり亭も、懸命に頑張ってきたからその二百軒の中に含めていただけたのだと。
でも、今わたしたちがやろうとしていることは……
「よし、ジネット! 看板作戦がダメになったから次の作戦だ!」
「え、どんな作戦ですか?」
「その名も! 『揺れる! 弾ける! チラ見えしちゃう!? お色気うっふん大作戦』だ!」
「懺悔してください」
「違うんだ! 名前こそちょっとアレだが、内容はいたって真面目で、この布の少ないビキニ型ウェイトレスコスチュームをジネットたちが着て……」
「懺悔してください」
ヤシロさん。
それは布ではありません。紐です。
それを着て陽だまり亭に立つことは出来ません。
陽だまり亭は、いつも通り――そうです、わたしは、いつも通りの陽だまり亭が好きなんです。
嘘ではないけれど、真実とも言えない誇大広告を掲げるのではなく。
無理をしてまで料金を値引きするのではなく。
紐みたいな服……というか、服という名の紐を着てお店に立ったりするのではなく。
いつも通りに。
だって。
お客さんを呼ぶために、ちょっと騙すような看板を立てたり、無理をしたり、過剰なサービスをして……それって、陽だまり亭の姿を偽ることだと思うんです。
精霊神様は、偽りを好まれません。
何より。
陽だまり亭は、姿を偽らなければいけないような、恥ずかしい場所ではありません。
きっと、利益や今後のことを考えると、ヤシロさんのお考えの方が断然正しいのでしょうね。
これはきっと、わたしの自分勝手なわがままです。
けれど、わたしは……
「あの、ヤシロさん。それに、マグダさんとロレッタさんも」
わたしは、
「少しだけ、お話を聞いていただけますか?」
この優し過ぎる従業員のみなさんに、勝手なわがままをお願いしました。
大切な場所で、大切な人と、大切な時間を過ごせるように。
☆★☆★☆★☆★☆★
「結局、十七位……か」
大通りの掲示板に張り出された、四十二区お店総選挙の結果発表を眺める。
ため息が出るね。
なぜかって?
トップ10にも入っていないってのに――
「すご……すごいっ、すごいです、ヤシロさん! み、見てくださいっ、じゅ、じゅう、じゅななな位ですっ!」
――ジネットが『十七位』すら言えないくらいに興奮して俺の肩をペシペシ叩いているからだ。
なんで泣きそうになってんだよ。つか、泣いてんじゃん。
「う…………嬉しい……です」
「トップ10には、領主と行商ギルド四十二区支部から賞金と商品が出るらしいぞ」
「そうなんですか。きっとみなさん、喜ばれるでしょうね」
目尻の涙を指で拭って、他人の誉れを我がことのように喜んでみせるジネット。
これが日本だったら、「またまたぁ~」とか思うんだが……こいつ、マジだからな。心底喜んでやがるんだよな、他人の幸せを。
理解出来ん。
「はぁぁ……十七位…………くぅ~!」
すげぇ噛みしめてるな、『十七位』って言葉。
噛みしめ過ぎて味無くなってないか、その『十七位』? そろそろ飽きてきただろう、さすがに。……全然飽きてないな、あの顔は。
しかし、ジネットが「総選挙のために何かするのをやめましょう」と言い出した時は驚いた。
あいつが自分の意見を、それも、俺たちとは対立するような意見を言うとはな。
「陽だまり亭は、陽だまり亭のままで」
……あんなこと言われたら、逆らえねぇっつの。
あぁ、くそ!
俺が本気を出していれば、この先の利益も、優勝賞金である10万Rbも、全部俺たちの物だったのに! つか、俺の物だったのに!
「一位に選ばれた理由はなんだと思いますか?」
「いやぁ~、オイラたちは自分たちのやるべきことを全力でやっていただけッスから、そこを評価してくださったみなさんのおかげッス」
どこから引っ張ってきたのか知らんが、どこぞの小慣れた男が授賞式の真似事をして、ウーマロがアホみたいな顔でインタビューを受けている。
今あいつらが立っている場所陥没しないかなぁ……大通りだし無理かぁ。
ついこの前ハムっ子たちと下水作って、補強して、綺麗に均したところだもんな。
そんな下水工事と、大雨の際のろ過装置の建設が多くの住民に評価され、第一回四十二区お店総選挙の第一位は、ぶっちぎりでトルベック工務店ということになっていた。
……その技術、全部俺から聞いたもんじゃねぇか。
しかも、まだ「支部作ろうかな~」って段階で完全に引っ越しも済んでないくせに!
なにノミネートされてんだよ! 辞退しろよ! 謙虚さ発揮しろよ!
ちょっと恩売ったからって、もう四十二区民面か!?
……まぁ、ハムっ子どもの評価が同時に上がったから、今回は見逃してやるけども。
ただし。
「ウーマロ。一ヶ月間マグダ禁止」
「なぁぁああ!? ヤシロさん! なに言ってるッスか!? 聞こえてるッスからね!?」
「つーん」
「オイラっ、オイラは陽だまり亭に一票入れたッスから! ホントッスから!」
なんか喚ているが、10万Rbももらえたんだ、しばらくはマグダ禁止で苦しめばいい。
「こ、この10万Rb全部使って、トルベック工務店の祝勝会を陽だまり亭で盛大に執り行うッス!」
うん。
それしてくれるなら、マグダ解禁してやってもいい。
まぁね。利益があるならね。こっちもね。ね。
ほんの少しだけ機嫌がよくなり、改めて陽だまり亭の従業員を見てみると。
「はぁぁ……この紙、欲しいです」
「……うむ。部屋に飾っておきたい」
ロレッタとマグダまでもがそんなことを言っている。
「十七位だぞ? ウーマロより十六個も下だ」
「でもでも! ありのままの陽だまり亭が、これだけの人に認めてもらえたってことです! これは凄いです! 上とか、正直どうでもいいです!」
「……激しく同意。陽だまり亭を好きでいてくれる人がこれだけいるという事実。それは、一位などというものよりも遥かに価値があるもの」
なんだかんだと、こいつらも好きだよなぁ、陽だまり亭。
我が子可愛さに冷静な判断力を失っている親バカを見ている気分だ。
「十七位♪ 十七位♪」
ジネットに至っては、作詞作曲の上に振付けまでして喜びを表現し始めている。
なんでだろうな……ジネットのオリジナルソングなのに、はっきりと音が外れているって分かるのは。
まぁ、よ。
お前らがそれでいいなら、それでいいよ。
今回は、な。
「十七位~♪ 嬉しいですね~十七位~♪」
そんな調子外れのユニークソングを聞きながら、俺は不機嫌ぶってそっぽを向く。
そして、右手でそっと――勝手に緩んでニヤケる口元を隠した。




