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異世界詐欺師のなんちゃって経営術【SS置き場】  作者: 宮地拓海


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【2周年書き下ろしSS】夢でも会えたら

 朝、目が覚めると――俺は、家にいた。

 陽だまり亭ではない。

 木目の浮かんだ古い天井。ぶら下がった蛍光灯。枕元には、中学の頃にハマっていたアーティストのポスター。

 そして、懐かしい香り。


 ここは、俺の家だ。

 親方と女将さんと、三人で暮らしていた家の、俺の部屋。


「……あぁ、そうか。夢か」


 こいつは夢だ。

 俺は今、夢を見ているのだ。

 そう確信するのに、時間は必要なかった。


「けど……懐かしいな」


 体を起こす。

 自分の体を見てみると、今――陽だまり亭にいる今だが――と変わらない体をしている。

 つまり、十七歳の肉体だ。


 この年齢の頃に、この家にいたことはないのだが。


 ベッドを降りると、懐かしい畳の感触が足の裏に伝わってきた。

 足下には鉄アレイが転がっている。

 マンガに影響されて体を鍛えようと買ってもらったのだが……まぁ、使わなかったな、ほとんど。

 4Kgと刻印された鉄アレイ。マグダなら、綿棒を扱うような気軽さでつまみ上げられるだろうな。


 壁際に学習机があり、いつのものだか分からない宿題が広げられている。ノートは真っ白だ。勉強、嫌いだったからな。

 俺が勉強するようになったのは、知識を身に付ける必要に駆られてだ。

 ここにいた頃は、本当にただの小生意気な中学生だった。


 意味なく、椅子に座ってみる。

 据わりが悪い。あんまり座ってなかったもんな、椅子。基本ベッドか床だ。

 椅子に座ると、勉強しなきゃいけない気がしてな……


 椅子の背もたれをぎしぎしきしませていると、台所の方から「トントントン……」と、包丁の音が聞こえてきた。

 毎朝、俺が目を覚ますと聞こえていた懐かしい音。日常の音。当たり前の音……


 自然と腰が浮き、俺は廊下を進んで台所へ向かった。


 夢だと分かっている。

 夢であることは間違いない。

 夢の中だけれど……女将さんに会えるかもしれない。


 そんな思いで台所に行って、そこに立つ後ろ姿に、俺は驚愕した。


「あ、ヤシロさん。おはようございます」


 そこに立っていたのは、ジネットだった。

 いつものように微笑んで、いつものように料理をしている。


「どうしたんですか? ふふ……なんだか可愛い顔をしてますよ」


 呆ける俺の顔を笑って、寝癖をつんつんと指で突く。


 ……いやいや。おかしいだろ。

 なんでここにジネットが?


「なに、やってんだ?」

「朝ご飯を作っています」


 それは、見れば分かる。

 そうではなく……


「なんで、ジネットがここにいるんだ?」

「え? えっと……台所が一番料理しやすいから……です、けれど?」


 あ~……うん。

 そういうことでもないんだが…………まぁ、夢だしな。

 あり得ないことが起こってもおかしくはない。

 むしろ、あり得ないことしか起こらないと言ってもいい。


 きっと俺の中では、もう――朝ご飯っていえばジネット、って認識になってるんだろうな。


「――っ!?」


 ……なんか、それはそれで、ちょっと……恥ずいぞ。


「おっぱい、ぼーん!」

「ふにょっ!? な、なんですか、急に!?」


 うるさい。

 特に意味などない。

 決して、照れているわけではないのだ。決して。


「他のみんなは?」


 ジネットがここにいるということは、マグダやロレッタもいるのだろう。

 ――と、思ったのだが。


「……他のみんな?」

「え……?」

「あの、誰のことですか?」


 いやいや。

 いるんだろ?

 え?

 どういう設定なの、この世界?


「あ、……もしかして、女将さんたちのことですか?」


 ジネットの表情が曇る。

 なんだ? もしかして、親方と女将さんは亡くなった設定なのか?

 そうかもな。俺、高校生だし。


「女将さんたちは、もう……」


 俯き、沈んだ表情で言いにくそうに、ジネットが言葉を発する。


「エジプトに着いた頃合いですかね?」

「エジプト!?」

「はい。『行けなかった新婚旅行に行ってくるぜぇ~い!』って、昨日の夜出発していきましたよね」


 そんな陽気な設定なのか!?

 元気そうでよかった! つか、だったらだったで、昨日でもよかっただろう、夢に見るの。会わせろよ、一目でもよぉ!


 ……で、ジネットが俯いてたのは時計を確認していたんだな。

 フライト時間を計算していたから言い淀んでいるように見えたのか。


 そして、そうじゃないんだ、俺が聞きたかったのは。

 まぁ、親方と女将さんが元気そうだって知れてよかったけども。


「マグダたちは?」

「あれ? 今日おいでになる予定でしたっけ?」


 おいでになる――ってことは、マグダはこの家には住んでいないのか……………………じゃあ、なんでジネットだけここに住んでるんだ?

 え、なに?

 これって、もしかして俺の願望?

 ジネットと二人きりで暮らしたいとか、深層心理ではそんな妄想してるとかいう、そういう感じのヤツなのか!?


「おっぱい、どどーん!」

「ふにょにょ!? だ、だから、なんなんですか、急にっ! もう、懺悔してください」


 ぷにっと、菜箸で鼻を摘ままれた。

 おい、やめろよ、菜箸で顔に触れたら汚ぇだろ…………誰の鼻が汚いか! 失敬な。


「え、えっと……ジネットは……」

「はい、なんですか?」


 にこにこと、無防備な笑みを向けてくる。

 好感度が高くて泣きそうになるな。……こりゃ、やっぱり一緒に住んでるって設定なんだろうな。


「どの部屋使ってるんだ?」

「へ?」

「お前の部屋だよ。どこだ?」


 親方の家は、平屋で古かったが、空き部屋は結構あったからな。

 ジネットが使うとすれば、奥の洋間だろうか?

 いや、仏壇の部屋とかかもしれないな。畳とか、似合いそうだし。


「え……えっと、あの……それって…………」


 せわしなく、自分の髪をいじり、ちらちらとこちらへ視線を寄越したり逃がしたりするジネット。

 菜箸の先がそれに合わせるように、くるくる円を描いている。


「……いつかは一緒に住もうって…………その、……プロポーズ、ということでしょうか?」

「プロポーズ!?」

「うにゅぅっ!」


 俺がデカい声を出すと同時に、ジネットは両手で顔を覆ってうずくまってしまった。

 え、なに!?

 どういうこと!?


 つか、どういう設定なのこの世界!?


「じゃ、じゃあ、お前は今どこに住んでるんだよ?」

「お、……お隣です」


 となり?


「う、生まれた時からお隣同士で、お互いの両親が仲良しで、家族ぐるみのお付き合いをしていて、それでその……」


 なんと!?

 この世界では、俺とジネットは幼馴染みだというのか!?

 しかも、家族ぐるみで、家を行き来しちゃうような、良好な関係の!


 で、ウチの両親(親方&女将さん)が遅い新婚旅行に出掛けた今日、俺のために朝飯を作りにやって来てくれたと、そういう設定か!?


 むっはぁー!

 なに、それ!?

 ってことは、え? えっ!?


 爆乳美少女幼馴染み(家事スキルMAX)なのか、このジネットは!?


 人生勝ち組じゃねぇか、そんな幼馴染みがいるって!

 ある種のチートだぞ!


「あの……その……それで…………たった今、プロポーズを……」

「ちょっと待とうか!?」


 プロポーズとか、そういうことじゃないから!

 いや、だって、今まで一緒に住んでたからさ! いつもの感じで「どこの部屋なのかなぁ~」って思っただけで……『今まで一緒に住んでた』って、なんか物凄ぇ言葉だな、改めて考えると!?


「おっぱい、ダイナマイツッ!」

「ぅにょう!? なんなんですか、今日は一体!?」


 別に照れているわけではない!

 大きな声を出して精神の安定を図っているだけだ!

 戦略的大声だ!


「飯を食おう!」

「そうですね。早くしないと遅刻しちゃいますね」

「遅刻……?」


 と、ジネットを見ると…………おぉう。ブレザーを着ている。

 紺のブレザーの下にグレーのニットを着ている。完全女子高生スタイルだ。

 ニットに何か恨みでもあるのかってくらいに生地が伸びてるな、おい。


「ごちそうさまです!」

「まだ何も食べてないですよ!?」


 いいえ、もうお腹いっぱいです!

 しかし、心は満たされても胃袋は納得しなかったようで、腹がグーグーと鳴り始める。


「さぁ、座ってください。一緒に食べましょう」

「お、おう」


 ジネットと一緒に食事、というのは、実は結構珍しい。

 俺が飯を食う時、こいつは大体厨房にいるからな。

 教会での朝食の時に、たまに一緒になるくらいだ。その時は、周りにガキどもがいるから、こうやって差し向かいで飯を食うことってのは、本当に少ない。


 …………あれぇ。なんで緊張してんだろう、俺。

 ジネットだぞ、ジネット。毎日顔を合わせているし、こいつの手料理も食い慣れている。

 何も緊張することなんか……


「たくさん食べてくださいね」

「…………おう」


 向かいの席でにっこりと笑うジネットの顔を見たら、美味そうな朝食の味が一切分からなくなった。

 あぁ、そうか。これ夢だもんな。夢だから味が分からないんだろうな、うん。そうそう、そうに違いない。


 そんなことをぐるぐると考えながら、俺は温かい飯を胃の中へと流し込んだ。






 ジネットと並んで登校。

 まさか、そんな日が来るとは……


「よぅ、お二人さん! 相変わらず仲がいいねぇ、ひゅーひゅー!」

「もう、パーシーさん。やめてください」


 ジネットが苦笑を浮かべてあしらっている。

 きっと、こういうからかいはいつものことなのだろう。


「ジネット」

「はい?」

「お前……誰と会話してるんだ? そこに、誰かいる……のか?」

「オレだよオレ! ちゃんと見ろし、あんちゃん! 相変わらず、いじりが辛辣過ぎっし、マジで!」


 ちっ。

 あんましゃべりかけるな。知り合いだと思われるだろうが。


「あ、ヤシロ。おはよう」

「ん? よぅ、ネフェ………………」


 硬直。

 そりゃするよ。


 鶏が、セーラー服着てやがる。


「どうしたの、面白い顔して?」

「セーラー服……だな」

「そうよ。私はセーラー派だからね」

「ぅはぁぁあ! ネフェリーさんっ! 今日もマブいっ! 激・マビィ~!」

「うふふ。お世辞言っても、何も出ないわよ。パーシー君」

「名前呼んでくれたっ! うはぁ! オレもう死んでもいい!」

「じゃあ……」

「ダメですよ、ヤシロさん。その、どこからか取り出した刃物はしまってください」


 ジネットがやんわりと、俺の手から凶器を没収する。

 くそぅ……折角いいところに凶器があるなぁ~とか思ったのに。


 ネフェリーが言うには、ウチの高校はブレザーとセーラー、好きな方を選べるらしい。

 ……教師の趣味か、おい?


 で、そんなことじゃねぇんだ、俺が言いたいのは。


 ……日本に、ネフェリーみたいな完全獣顔の獣人がいるこの違和感よ。


「おう、ヤシロ! 今朝も野菜食ってきたか?」

「あ、おはようッス、ヤシロさん」


 モーマットとウーマロが学ランを着ている。

 だから、違和感!

 誰か気付よ、この違和感に!


「……おはよう、ヤシロ」

「おはようです、お兄ちゃん!」


 前方の曲がり角から、マグダとロレッタが顔を出してきた。

 マグダはセーラー服で、ロレッタはブレザーだ。


「はぁぁああん! セーラー服を完璧に着こなすマグダたん、マジ天使ッス!」


 ……こいつの病気はここでも顕在か。気の毒に。


「マグダさん、ロレッタさん。おはようございます」

「……おはよう、店長」

「おはようです、店長さん!」

「ちょっと待て、こら!」


 揃って小首を傾げる陽だまり亭三人娘。


「店長ってなんだよ? 高校生って設定なら、ジネットが店長ってのはおかしいだろ?」

「お兄ちゃん、何言ってるです?」

「……店長は、店長」

「あの、何かおかしいですか?」


 えっ!?

 俺が変なこと言ってる扱い!?

 じゃあ、どこの店長なんだよ、ジネットは!?


「あだ名ですよ、ヤシロさん」

「あだ名?」

「はい。『ジネット』から一文字取って、『店長』です」

「なんだ、そういうことか…………どこの一文字取った!?」


 そして、なんでまた俺が「何騒いでるの?」みたいな目で見られてんだよ!?

 おかしいのは俺じゃないだろう!?


「おっはよう~! 今朝も相変わらず変だね、ヤシロ」


 後方から駆けてきて、抜き去り際に俺の背中をぺしりと叩いていくパウラ。

 尻尾をわっさわっささせてるお前に「変」とか言われたくねぇわ。

 セーラー服のスカートめくれちまうぞ。


「ごきげんようですわ、皆様」


 パウラが通り過ぎた後から、暑苦しい男子生徒(?)の群れが現れた。

 群れの中心にいるのは、イメルダだ。

 なんか懐かしいな。初めて四十二区に来た時、こいつはこんな感じだったよな。

 木こりのオッサン共に囲まれて。


 ……つか、男子生徒(?)どもよ。

 暑苦しいよ。あと、年齢が絶対学生じゃねぇだろ、オッサン共。


「Hi! 麗しき我がプリンセス、まどもぉあ~ぜる・イメルダ様。二人で素敵な登校など、いかがでしょうか……ん~まっ!」


 イメルダの前方に、とてつもなくスタイリッシュな男子生徒が現れ、深紅のバラの花束越しにイメルダへと投げキッスを飛ばす。……顔は鳥なのだが。

 あいつは確か、木こりギルドのスタイリッシュ・ゼノビオス。


 ゼノビオスからの熱烈な求愛を受けたイメルダは、以前俺がプレゼントした日傘をくるりと回し、投げキッスをガードした。


「お断りしますわ。えぇ、お断りしますわ」


 二度断った!?

 一回につき二度のお断り。これはきつい!

 しかしそこはさすがのゼノビオス。泣き崩れたりはしないで、「それじゃ、またの機会に。アデュー☆」と、スタイリッシュに去っていった。

 ……こんなのが日常的に繰り返されてたのか、四十区。病んでるなぁ。


「それはそうと、ヤシロさん。お喜びなさいまし。特別に、ワタクシと一緒に登校する権利を差し上げてもよろしいですわよ。あなたが、どうしてもと懇願するのでしたら……うふふ」

「あ、間に合ってますんで」

「今なら二割引で、とてもお買い得ですわよ!」

「自分を安売りすんじゃねぇよ……」

「さらに、木こりのメンズもついてきますわよ!?」

「それがいらねぇんだ! むしろそれこそがいらない!」


 あからさまな敵対心を俺に向けてくる暑苦しい木こりのオッサン共。なんだ、お前らは木こり部か? ねぇよ、そんな部活。


「木こり部のみなさん、解散なさいまし!」

「「「うっす!」」」


 あったよ、木こり部!

 じゃあ、イメルダはマネージャーだね!

 全国大会でも目指しちゃえば!?


「さぁ、ヤシロさん。これで一緒に登校を……」


 と、言いかけたイメルダと俺の間に巨大なリムジンが割り込んでくる。……危ねぇな。


「やは~☆ ヤシロ君☆」

「マーシャ」


 リムジンの窓からマーシャが顔を出し、手をひらひらさせている。

 なんだ、このイメルダ以上のお嬢様設定は?


 耳を澄ませると、車内からちゃぷちゃぷと水の音が聞こえる。


「車の中どうなってんだ!?」

「や~だ、ヤシロ君のエッチ☆ 覗いちゃダメだよぉ~☆」

「エッチ、ってことは、上半身はブレザーだが、下は水着――もしくは、いつも通り真っ裸なんだな!?」


 それは見たい! 是非見たい!


「うふふ~☆ 残念だけど、見せてあげられないよ~☆ じゃ~ね~☆」


 俺が窓を覗き込むより早く、リムジンは発進してしまった。水の音を響かせて。

 ……く、惜しかった。


「ヤシロさんは、先輩とも仲良しさんなんですね」

「先輩? マーシャは先輩なのか?」

「そうですよ。どうしたんですか、今さら?」


 そうか……高校なら先輩後輩がいるわけか。

 俺が十七だから、どっちもいるわけだ。

 ベルティーナあたりは先輩なのかもしれないなぁ……なんて思っていると、そのベルティーナが向こうから走ってきた。


「きゃ~、遅刻遅刻~っ」


 などと言いながら、小脇に抱えた羽根つき釜から炊きたての炊き込みご飯を搔っ食らいつつ走っている。


「食パンくらいにおさめとけよ、せめて!?」

「あ、ヤシロさん。あげませんよ? 一人前しかありませんので」

「いらんわ! つか、釜ごと持ち出して、お前の一人前、どんだけだよ!?」

「ほんの十二合です」

「力士でも音を上げるわ!」


 この人と曲がり角でぶつかったら、恋が始まる前に胃がもたれるだろう。


「「「あ~、おにーちゃん!」」」


 黙々と、幸せそうに炊き込みご飯を掻き込むベルティーナの向こうから、ハムっ子たちがわらわらと現れた。

 弟も妹もみんな制服を着ている。……こいつら、全員後輩なのか?


「ぴかぴかの、一年生やー!」

「やっぱり後輩なんだな、ハム摩呂たちは」

「「「「「「「「はむまろ?」」」」」」」」

「……で、やっぱり誰一人として認識してないんだな。仲いいよな、お前らは」

「「「「「「「「うんー! みんな仲良く一年六組ー!」」」」」」」」

「全員!?」

「「「「「「「「うんー!」」」」」」」」

「大丈夫か担任!? 見分けつくのか!?」

「「「「「「「「それは無理っぽいー!」」」」」」」」

「じゃあバラけさせろよ、学校側も!?」


 大丈夫なのか、この高校?

 ……存分に大丈夫じゃない連中が混ざってるからな。底辺高校なのかもな……校舎の中、荒れてませんように。


「ダァ~~~~~リィィイイ~~~~~~~ン!」

「番長がきたぁー!?」


 どっす、どっす、どっすどす! と、若干リズミカルな地鳴りを響かせてメドラが突進してくる。

 ……うわぁ……セーラー服だぁ…………ツインテールにしてるぅぅぅううう! ツインテールがぴこぴこ揺れてるぅぅぅうう!


「おはようだよ! ダーリン!」

「いえ、あの……人違いです」

「何言ってんだい、ダーリ……あぁ、そうかい」


 腕を腰の後ろで組んで、恥ずかしそうに身をよじるメドラ。


「みんなの前だと、恥ずかしいんだね。んもう、照れ屋なんだから……かわいいっ☆」

「よかった、さっきベルティーナの炊き込みご飯食わなくて……吐いてたところだ」

「それじゃあ、名前で呼ぶね☆ ヤシロせ・ん・ぱ・い」

「後輩かよ!?」


 お前絶対先輩だろう!?

 いやむしろ、教師!

 なんなら校長とか理事長くらいのポジションだろう、普通!


「おい、ロレッタ! お前がサボってるから、この世界の普通がおかしくなっちまったじゃねぇか!」

「あたし関係ないですよ!?」


 気が付けば、俺たちは非常に騒がしい大所帯になっていた。

 よくもまぁ、こんなに次から次へと群がってくるもんだ。


「あ、予鈴です。みなさん、急ぎましょう」


 遠くから、懐かしいチャイムの音が聞こえてくる。

 ジネットの言葉に、俺たちは揃って走り出した。なんだか、青春してるなぁ、これ。


「うふふ」

「どうした?」

「いつものことながら、楽しいですね、登校」

「……いつもこんななのかよ」


 俺、学校にたどり着く前にへとへとだよ。登校拒否になりそうだ。





 バタバタと駆け込んだ教室で、デリアがぷんすかと怒っていた。


「遅いぞぉ、お前たち」

「よう、デリア。なんか約束でもしてたか?」

「何言ってんだよ。お前たちが遅刻すると、クラス委員のあたいが困るだろう?」

「クラス委員!?」


 なんでデリアが!?

 そういうのは、ミリィみたいな優等生タイプがやるべきポジションだろう!?


「どうせ、勢い任せに立候補したんだろ?」

「いや、推薦だったぞ」

「マジで!?」

「満場一致で可決しただろう? 覚えてないのか?」

「大丈夫か、このクラス!?」


 何を思ってデリアにクラス委員を!?


「とにかく、ギリギリに来るのはやめろよ。もし遅刻したら……」


 ドゴゥ! と、デリアが渾身の右ストレートを放つ。

 寸止めだったにもかかわらず、俺の髪が風圧でオールバックになった。


「頭、ぽかり――だぞ」


 頭、ぽろり――の、間違いじゃないか、それ?


「ほら、お前らも。もう先生が来るから席に着け」


 デリアに促され、俺たちは席に着く。

 ふと見ると、俺の両隣の席が空いていた。

 休みか? …………イジメじゃないよな? 「オオバ君の隣はイヤで~す!」的な…………違う、よな?


 ドキドキしながら先生を待つ。

 先生か…………ベルティーナは先輩だったし。となると、先生はきっとあいつだな。

 お色気むんむんで、女教師とか似合いそうだ――ノーマなら。


「ギリギリセーフさね!」


 勢いよくドアが開き、ノーマが教室へと飛び込んできた。……セーラー服で。


「おい、誰だ? 教室に夜のお姉さんを派遣してもらったのは?」

「誰が夜のお姉さんさね!? クラスメイトさよ!」


 えぇ!?

 だって、やわらかボインに押し上げられて、セーラー服の裾からおへそがチラリしちゃってるなんて、夜のコスプレ風味満載じゃないか! 谷間に万札挟んだりしたらいいんだろ、確か?


 ……あ、ルーズソックスだ。クラスで唯一、ノーマだけがルーズソックスだ。…………90年代の香りがする。


 そんな、若干可哀想な雰囲気を醸し出すノーマが俺の隣へと腰掛ける。

 お前の席だったのか。


「もしかして、こっちの空いてる席はレジーナじゃないだろうな?」

「レジーナ先生なら保健室さね」

「……養護教諭なのか?」

「そうさよ。なんだい、今さら?」


 ……なんてぴったりな配役なんだ…………そして、そのせいで保健室が一気にいかがわしい場所に思えてきた。


「ヤシロ、あんた。顔色悪いさよ? 保健室に行ってくるかい?」

「絶対行かない。今回、あいつは絶対に出してやらん」

「ん? なんの話さね?」


 分からんでもいい。

 単なる所信表明だ。……あいつを出すと話がとある方向に向かってばく進するのだ。

 触れないでおこう。


 しかし。となると、俺の隣は空いているということか。

 真ん中の列のほぼ中央。

 こんな中途半端な席が空いているってことは……フラグだろ、どう考えても。


「あ、先生が来たさね」


 その言葉通り、教室のドアが開かれ、このクラスの担任が入ってきた。


「ぁの……みなさん、ぉはょう……だょ」

「ミリィが担任なのか!?」

「ぁう……ご、ごめん、ね? 頼りない先生で……で、でもね、みりぃ、がんばるから、ね?」

「おい、ヤシロ。先生を困らせんなよ。クラス委員のあたいが許さないぞ」


 いや、不満なわけではない。

 むしろ、ミリィが担任だなんて物凄くいいクラスだ。

 ロリっ子担任ばんざーい!

 だが、配役!

 なんでメドラが後輩でミリィが教師なんだよ!?

 おかしいにもほどがあるぞ!


「ぁ、ぁのね。今日は、ね。み、みなさんに、新しいぉ友達を、しょうかいする、ね?」


 新しい友達……やはりか。

 俺の隣の席が空いているということは、ここに転校生が座るということだ!

 そして、ここまでで登場していないヤツで、そんなおいしいポジションを持って行くヤツと言えば……


「どうも、ナタリアです」

「お前じゃねぇ!」


 すっと、さも当然のように入ってきて頭を下げるナタリア。

 お前なら、こういうおいしいところ大好きだろうけれど!

 そうじゃないだろう!? いるだろう、こういうポジションに相応しいぺったんこが!


「冗談です。私はお嬢様のお付きの者です。気軽に『絶世の美女』とお呼びください」

「気軽に呼べるか」


 この世界でも、ヤツはお嬢様らしい。

 学校にメイドを連れてくるとか……どんな大富豪だよ。


「ぁの、それじゃ、入ってきて、新入生さん」


 ミリィに呼ばれて、エステラが教室へと入ってくる。

 ……まぁ、こうなるよな、やっぱ。


 黒板の前まで来て、俺たちの方へと向いて立つ。

 と、その瞬間、俺とばっちり目が合い、エステラは驚いたような表情を見せた。


「あぁー! 君は今朝の!」

「いやいやいや! そのフラグは立ててねぇよ! 会ってないし、今朝!」


 よくありがちだけど、手順はちゃんと踏め!

 先にぶつかるなりしてからの、「あぁー! 今朝の!」だよ!

 そして、そのぶつかりそうなフラグはベルティーナが台無しにしてたぞ。


「しらばっくれても無駄だよ! ボクは君の顔を忘れない!」

「人違いだろう。今朝、俺はお前に会っていない。証人だってたくさんいるぜ。なぁ、ジネット?」

「はい。今朝はずっとわたしと一緒でしたし……お会いしていないと思いますよ」

「……会っていない」

「あたしも証言するです」


 次々に、俺の正当性を裏付ける証言がもたらされる。

 しかし、エステラは力強い瞳で、自信たっぷりに言い放った。


「ボクが走っていた時に、『俺レベルになると、揺れなくても風の抵抗を聞き分けてカップ数が分かるんだ! お前はAカップだ!』って、ボクのカップ数を言い当てたじゃないか!」

「ヤシロさんッス! 間違いないッス!」

「そんな芸当が出来るのはあんちゃんしかいねぇし、マジで」

「ヤシロ、お前いつの間に転校生と出会ってたんだよ」

「なんだ、その綺麗な手のひら返し!?」


 どうなってんだ、俺のこの凄まじいまでの信用度!

 全員、絶対的な自信を持って俺を信用してやがらねぇ。


「ぁの、じゃあ……えすてらさんは、てんとうむしさんのお隣の席、ね?」


 えぇ……俺、担任から「てんとうむしさん」って呼ばれてるの?

 何、その設定。何しでかした生徒なんだよ、俺は。


「ボクはエステラ。よろしくね、思春期少年」


 そんなイヤミを言いつつ、エステラが手を差し出してくる。

 仕方がないからその手を握り返してやる……つもりだったのだが、後ろから伸びてきた手が、エステラの手を先に掴んだ。


「よろしくお願いします、エステラさん」


 ジネットだ。

 俺の後ろの席から身を乗り出して、エステラに挑戦的な視線を向けている。

 ……なんて珍しい光景だ。


「君は、彼の――『何』なのかな?」

「わたしは……」


 ちらりと、ジネットの視線が俺を見る。


「…………幼馴染みです」


 何かを言いかけて、やめたようだった。……恥ずいんですけど。


「へぇ、……そう」


 手首を返し、今度はエステラがジネットの手を握り返す。


「それじゃあ、宣戦布告といこうかな」

「せんせんふこく……?」

「ボクと君と……どちらが彼に相応しいか、勝負だよ」


 おい、ちょっと待て!

 なんだその展開!?


「い、いいでしょう! 受けて立ちます!」


 ジネット!?

 なんだ?

 なんでこんなことに!?


「ヤシロさん!」

「ヤシロ」


 ジネットとエステラが、二人並んで、真剣な表情で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


「「巨乳と貧乳、どっちが好き!?」」

「巨乳!」

「即答かぁ、ちきしょー!」


 エステラが頭をかきむしって身を仰け反らせる。


「ん~? な~んや、この教室から保健体育的な会話が聞こえてきよるなぁ~。どれ、ウチも覗いてみたろ……」





 ガバッ!




「…………夢、か」


 なんだか、不吉な声が聞こえてきたので、大急ぎで無理矢理眠りの世界から帰還した。

 …………なんだか、凄く疲れた。

 なんで、あんな夢を……


 辺りを見渡すと、そこはいつもの風景。陽だまり亭二階の、俺の部屋だった。


 なんだか、酷くほっとした。

 なんだかんだ、ここが落ち着くんだな、俺は。


 部屋を出て、一階へと降りる。

 中庭を抜けて厨房へ続く扉に手をかける。

 ふふ……これで女将さんが立っていたら、面白いんだけどな。


「あ、おはようございます。ヤシロさん」


 当然というか、厨房に立っていたのはジネットだった。

 いつものように微笑んで、いつものように料理をしている。


「どうしたんですか? ふふ……なんだか可愛い顔をしてますよ」


 呆ける俺の顔を笑って、寝癖をつんつんと指で突く。


 なんだかな。

 すげぇデジャブだ。


「実は、ちょっと面白い夢を見てな」

「どんな夢なんですか? 聞きたいです」


 エプロンで手を拭き、ジネットがわくわくとした瞳をこちらに向ける。


「お前たちがみんな、俺の故郷にいてな。そこで普通に暮らしている夢だ」

「わたしたちが、ヤシロさんの故郷に?」


 ジネットの大きな瞳が一層大きく開かれ、ことさらキラキラと輝き出す。


「興味深いです。ゆっくり聞かせてください」


 そうだな。

 なんとなく、話してみたい気分になった。

 ゆっくりと、差し向かいで、朝飯でも食いながらな。


「では、ちょっと準備をしますね」


 いそいそと、軽食とお茶の用意を始めるジネット。

 そんな後ろ姿を見て、こいつはどこにいても変わらないんだろうなと、そんなことを思った。


 そうそう、変わらないと言えば……


「先に言っておくが、エステラは、相変わらずぺったんこだったぞ」

「え? ……もう、酷いですよ、ヤシロさん」


 くすくすと笑って、ジネットが俺を優しく叱る。



 いつの日か、こんな日々を懐かしむ日が来るのだろう。

 そして、夢に見て、「あぁ、そんな日もあったな」なんて、思うのだろうか。



 ……なんてな。

 そんなもん、ジジイになってからで十分だ。


「……なにやら、楽しげな予感」

「あたしもお話聞きたいです!」

「ちょっと不愉快なワードが聞こえたのは……ボクの気のせいかな? ん? ヤシロ?」

「おーおー、揃いも揃って」


 振り返ると、見知った顔がずらりと並んでいる。

 過去を思い出しているような暇は、もうしばらくないだろう。


 こんな賑やかな連中に囲まれている、今はな。







4月7日

ヤシロの誕生日にして、『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』開始からまるっと二年でございます!


ここまで続けてこられたのは、ひとえに応援してくださった皆様のおかげです。

ささやかではありますが、ショートストーリーのプレゼントでした。

お楽しみいただけたのなら幸いです。



ヤシロ&『異世界詐欺師』

ハッピーバースディ!(ノ。・ω・)八(。・ω・。)八(・ω・。)ノ



今後ともよろしくお願いいたします。

宮地拓海


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