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異世界詐欺師のなんちゃって経営術【SS置き場】  作者: 宮地拓海


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【書籍二巻購入特典風SS】聖女の慈愛、少女の甘え

 カッコーンと、小気味よい音が教会の裏庭に響き渡る。

 寂れた教会のさらに裏手ともなると、本当に人の気配を感じない。なんとも寂しい場所だ。そこにマグダと二人。

 俺たちは今、重労働に勤しんでいる。……訂正。俺は休んでいる。

「……全部割れた」

 大量に割られた薪を背に、マグダが涼しげな顔で言う。

 俺が四本目くらいで音を上げた薪割り作業を、マグダは小一時間休むことなく続け、用意されていた薪をすべて割ってしまった。

「疲れたか?」

「……これくらいは平気。ヤシロは?」

「俺は見てただけだからな」

「……やはり、ヤシロも…………」

 いつも無表情なマグダの顔が、ついっと地面へと向く。その後、感情の起伏を一切感じさせない半眼が俺を見つめる。

「……女性の汗は、正直堪らん…………と、聞いたことがある」

「誰だ、お前にそんなこと教えたヤツは!?」

「……狩猟ギルドの男衆が」

 なんて危険な集団なんだ!? まったくとんでもないオッサンどもだな。

「……タンクトップで運動している女子の、谷間付近に出来る汗ジミが最高と言っていた」

「…………」

 …………うむ。

「…………共感した?」

「ししし、してねぇよ!?」

 危ないところだったが、大丈夫だ。俺はまだそっち側の人間じゃない。

「とにかく、マグダを陽だまり亭に連れてきたのは正解だったようだな」

 そんな危険なオッサンが徘徊する寮に幼い少女を放り込んでおくのは、なんかこう……いろいろよくなさそうだ。

 …………いや、別にマグダに何があろうが俺が心配してやる必要はないんだが、ジネットがマグダを可愛がっている様を連日目の当たりにしているとだな、こう…………えぇい、くそ。なんで俺が他人のことでやきもきしてやらねばいかんのだ!

 ジネットの甘さが伝染ったんじゃないだろうな? 気を付けよう。

「あら」

 短い感嘆の声が聞こえ、振り返ると――

「薪割り、もう全部終わらせてしまったんですか?」

 穏やかな表情を浮かべたシスターベルティーナがこちらへ歩いてくるところだった。

 ベルティーナは、美しいと言われるエルフの中でも五指に入るのではないかと思える、超が付くほどの美貌の持ち主で、その上性格は穏やかでどこか子供っぽさも併せ持った、外も中も文句なしの美人なシスターであり、……このくっそ面倒くさい重労働を俺たちに押しつけた張本人でもある。

 おまけに、礼儀にうるさくタメ口を利こうものならすげぇ怒られるのだ。

「何か楽しそうでしたが、なんのお話をされていたんですか?」

 私も交ぜてくださいと言わんばかりの口調で俺たちに笑みを向ける。

 なんの話っつっても、大した内容じゃ……

「……ヤシロが、マグダの汗をガン見、後に満たされた気持ちになっていたという話」

「のぉおい、マグダ!?」

 いつ!? いつそんな話をしたかなぁ、俺たち!?

「……ヤシロは、マグダを連れてきてよかったと言っていた」

「そういう意味合いに受け取っちゃった、さっきの話!?」

 こっちは、自分の思考にちょっと背筋が寒くなるような善人まがいの感情だと思っていたんだが、随分最低な発言になって伝わっちゃったみたいだな。これが人望ってヤツかな!? ……けっ!

「ヤシロさん…………そのような特殊な趣味に走るには、まだ二年ほど早いです」

「割とすぐだな!?」

 くすくすと、口元を隠して笑うベルティーナ。

 こいつは分かっていてこういうことを言っているのだ。……だから余計に性質が悪い。

「マグダさん、汗をかきましたか?」

「……少し。放っておけば乾く」

「あら。それはダメですよ。汗はきちんと拭かなければ、風邪を引いてしまいます」

「……平気。マグダは風邪を引かない」

「ダメです」

 有無を言わさない雰囲気で、ベルティーナはマグダの前にしゃがみ込み、懐から取り出したハンカチでマグダの額や首周りの汗を拭う。

「教会にいる『子供』は、みんな私の可愛い子供たちです。マグダさんも、ここにいる間は、私の言うことを聞いてもらいます」

「……マグダは、子供ではない」

 そんな小さな反論を、ベルティーナは愛おしげな笑みで受け止める。

 一瞬止まった手が、先ほどより一層優しさを増して動き出す。

「そうですか。では、マグダさんは『子供』ではなく『お姉ちゃん』ですね」

「……おねえちゃん……?」

「お姉ちゃんは、小さな子供たちのお手本になってくれる人です。ですので、マグダさんはきちんとここのルールを守れますよね? お姉ちゃんですものね」

「………………守れる」

 まんまと丸め込まれている。

 結局、『ここにいる間は、私の言うことを聞いてもらいます』というベルティーナのルールを守ることになっているじゃないか。

 しかし、ベルティーナもなかなか口が上手いもんだ。

 もっとも、その『上手い口』が有効なのは、ガキどもに対してのみだがな。

 俺には通用しねぇぞ、そんな誤魔化しは。

「ヤシロさんも、お疲れ様でしたね」

 マグダの汗を拭き終え満足げに立ち上がったベルティーナが、今度は標的を俺へと移す。

「俺は四つしか割ってませんからね」

「えっ、……四つも?」

「う~っわ。俺、ものすげぇ期待されてなかったっぽい」

「そんな無理をなさったのでは、きっと手にマメが出来て、あまつさえ潰れてしまっているかもしれません……」

 頬を押さえ、俺の目の前を行ったり来たりする。

「あぁ、どうしましょう……教会には高価なお薬はありませんのに…………ツバをつけておけば治るでしょうか?」

「……シスター、ダメ。それではヤシロが喜んでしまう」

「って、こらマグダ」

 誰が喜ぶか。で、別に喜んだっていいだろうが。いや、喜ばねぇけど。

「でしたら、このハンカチを冷やして」

「……それにはマグダの汗がしみ込んでいる…………故に、ヤシロが喜ぶ」

「俺、何フェチだ!?」

 なんなの、この俺が置いてけぼりな俺の性癖討論会?

「ヤシロさん……そのような特殊な趣味に走るには、まだ一年半ほど早いです」

「半年縮まったね!? なにその半年!? 俺の精神が同年代より半年分ほどオッサン寄りだってことかなぁ!?」

 精神年齢的な規定でもあるのか? なら最年少記録でも更新してやろうかな!? 最年少『そっちの方に走っちゃった』記録レコードホルダーだ。全然嬉しくないけど!

「くすっ……うふふ」

 イタズラ大成功と言わんばかりの笑みだ。ベルティーナは俺といる時、よくこういう冗談を言っては楽しそうに笑う。おそらく、俺がからかいやすいとでも思っているのだろう。……心外な。

「いけませんね。ヤシロさんといると、ついつい甘えたくなってしまいます」

 甘えてたのか、これ?

「私は、ずっと昔から、ずっとずっと教会で暮らしてきました。そのため、お友達と呼べる方はとても少ないんです」

 ベルティーナの周りにいるのはガキばかりだ。同年代の友人なんてのは見たことがない。

 もっとも、エルフは人間よりはるかに長寿だと言われている。

 幼い頃に遊んだ友人など、もう……

「ですから、ヤシロさんとお話するのがとても楽しいんです」

 そんなことを、恥ずかしげもなく言ってのける。

 俺は『お友達』になど、なった覚えはないのだが。

「……シスター」

 なんと答えたもんかと考えていると、俺より先にマグダが口を開いた。

 ベルティーナの前に立ち、アゴを持ち上げてジッと見上げている。

「どうしました、マグダさん?」

「……シスターは運がいい」

「運、ですか?」

「………………マグダは今、友達募集中」

 マグダも、狩猟ギルドにいた頃はずっと独りきり……友人と呼べる者などいなかったのだ。

 ベルティーナの話に、何かしら感じるものがあったのだろう。

 そわそわと落ち着きなく尻尾が揺れている。

 ベルティーナもそれに気が付き、美しく整った顔をくしゃりと歪めて子供のように笑う。

「それは幸運ですね」

 腰を屈め、目線を合わせて、マグダの小さな頭をそっと撫でる。

「是非お友達になってくださいね、マグダさん」

「……むぅ」

 しかし、マグダは少し不満げな声を漏らす。

「……マグダは子供ではない」

 どうやら、ベルティーナの撫で方が子供にする手つきのようで、そこに不満を持っている……というジェスチャーだろう。言葉とは裏腹に、尻尾は嬉しそうにピーンと立っている。

「私は、ジネットにもよくこうしますよ」

「……店長にも?」

「はい。友好の証です」

「…………そう」

 ジネットも同じようにされていると聞き、納得出来る何かがあったのだろう。マグダは抵抗することをやめ、大人しく髪を撫でられることにしたようだ。

 ……だが。ジネットは紛れもなくベルティーナの『子供』だ。

 ジネットと一緒ってことは、それはつまり『子供扱い』してるってことだろうが。

 嘘は言わずに相手の不満を上手く取り除いていく。なんとも子供慣れした手腕だ。さすが、何人もの子供を持つ『母親代わり』だ。年季が違うな。

「ヤシロさん」

 マグダを撫でていた手が伸びてきて、なんの断りもなく俺の髪に触れる。

 そして、髪を梳くように、丁寧に、ゆっくりと、俺の頭を撫でる。

 …………おい。なんの真似だ?

「ふふ……、友好の証です」

「いや、さすがに俺は……」

「友好の証です」

 すべての意見を封殺する満面の笑みから放たれる、溢れ出すような慈愛光線を至近距離から浴びせかけられる。

 ……反論、出来ねぇ。反則だろ、それ。

「子供扱いじゃなくて、恋人扱いだと、撫で方変わるんですかね?」

 せめてもの抵抗に、そんな問いを投げかける。

 それでも、ベルティーナは慌てることも取り乱すこともなく、いつもの穏やかな笑顔を崩さない。

「それはどうでしょうね。そのような特別な方がいらしたことはないので、分かりかねます」

 くわ……シスターとしての模範解答だな、おい。

「……ヤシロ、嬉しそう」

 されるがままの俺を見つめてマグダがそんなことを言う。……誰がだよ。

「…………ヤシロは、まだまだ子供」

「やかましい」

 減らず口を叩くマグダの頭を少々乱暴に撫で回す。

 ベルティーナに頭を撫でられながらマグダの頭を撫でる。そんなよく分からない状況はこの後もしばらく続き、俺は――すねにこすりつけられるマグダの尻尾が少しくすぐったいなぁ――なんてことを考えていた。







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