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【84話後感想返信】ナタリアとミルクレープを[小説形式]

 エステラをデートに誘うにあたり、色々と世話を焼いてくれたのがナタリアだった。あいつには、何かと世話になっている。……もっとも、それ以上にいらんことをされているような気もしないではないが……

 まぁ、なんにせよ、礼はきっちりとしておくべきだろう。ちょうど『さり気なく』おねだりなんかもされているし……

 そんなわけで、俺はそのおねだりに乗っかる感じで――


 ナタリアをデートに誘った。


「よう、待ったか?」

「三日三晩」

「そこまでは待たせてねぇよ……」


 待ち合わせ場所は、お馴染の中央広場だ。そこでナタリアが俺を待っていた。


 今日のナタリアは、いつもと雰囲気が違う。

 なぜなら……


「やはり落ち着きませんね。メイド服でないと」


 今日のナタリアは、私服姿なのだ。俺がそうリクエストした。デートなのだから、いつもの仕事着ではなく、ちゃんとオシャレしてくるようにと。


「似合ってるじゃないか」

「そうでしょうか? やけに人の視線を感じるのですが……」


 それはきっと、道行く人がお前に見惚れているからだ。

 私服姿のナタリアは、普段の一分の隙もない近寄りがたいオーラはなく、普通に綺麗なお姉さんでしかない。それこそ、思わず注目を集めてしまうほどの。


「まさか……丸腰だと思い、刺客が狙っているのでは……」

「お前は普段、どんな世界で生きてるんだよ?」


 ナタリアは、少しそわそわとして落ち着きがない。

 もしかしたら、さっきの言葉は照れ隠しなのかもしれない。

 そう思うと、なんだか可愛らしく思えた。


「それで、少し小さくて申し訳ないが……」


 そう前置きをして、小さな花束を差し出す。白とピンクの花が計五本。腰に差して上着で隠せるくらいの、小さな花束だ。

 一応、エステラと同等の扱いはしない方がいいかと思って、サイズだけは小さくした。ただ、このピンクの花はミリィ一押しの珍しい花らしく、そこそこ値が張った。なので、サイズはミニでも思いだけは目一杯こもっているはずだ。


「素敵な花ですね……私、花束をいただくのは初めてです」

「これからは、もっと頻繁にもらえるようになるさ」

「けれど、今のこの嬉しい気持ちに勝る花束は、今後そういただけるものではないと思いますよ」


 ん?

 それは、今物凄く嬉しいんだぞと、そういう意思表示か? こいつもあんまり感情を表に出さないからな。赤面したところとか見たことないし。職業柄か、性格によるものか……

 まぁとにかく、喜んでもらえたようで何よりだ。


「このお花……花言葉は『今夜うちに来いよ……滅茶苦茶にしてやるぜ』、ですね」

「うん、全っ然違うよ。かすりもしてない」


 そんな花言葉があってたまるか。

 ミリィが卒倒するわ。


 嵩張らない花束を持ったナタリアを連れて、俺は陽だまり亭へと向かう。

 道中、ナタリアは何度も花を鼻に近付け、香りを嗅いでは口元を緩めていた。




 陽だまり亭の前まで来ると、ナタリアが不意に足を止めた。


「どした?」

「いえ……なんとなく気恥ずかしくて……私服、ですし。いつもの私になれないというか…………変、ではないでしょうか?」

「そんなことねぇよ。今日は仕事とか普段のこととか忘れて、ただの客として入ればいいんだよ」

「そう……ですね。いけませんね、考え過ぎてしまって。では、普通のお客としてお邪魔させてもらいましょう」


 こくりと頷くナタリア。自分の中で納得出来たらしい。

 では改めて、と、俺は陽だまり亭のドアを開けた。レディーファーストでナタリアを先に店内へと入れる。


「ようこそ、陽だまり亭へ」

「気安くしゃべりかけるでない、愚民め」

「おいっ!」


 どうした!?

 何がしたいんだ、お前は!?


「す、すみません……いつもの従者癖を払拭しようとした結果、振り切れ過ぎてしまいました……ジネットさんも、申し訳ございません」

「い、いえ……ちょっと驚きましたが、お気になさらないでください」


 俺が一番びっくりしたっつうの。


 ジネットに案内され、店内奥の落ち着く席へと案内してもらう。予約しておいたのだ。

 ロレッタがナタリアの持つ花束にピッタリのサイズの花瓶を持ってきて、テーブルの脇へと置く。


「至れり尽くせりですよね、このお店は」

「俺が徹底して教育しているからな」


 遊び感覚では商売など出来ないのだ。……とはいえ、ここはかなり緩い店ではあるけどな。

 やるべきところはちゃんとやる。そういうのが大切なのだ。


「ご注文はお決まりですか?」

「ミルクレープとアールグレイをっ!」

「ふにゃっ!? は、はい。かしこまりました」


 間髪を容れずに「くわっ!」とした表情で言われ、ジネットが一瞬怯んだ。

 決めていたのか……

 俺も同じものを注文し、ジネットは厨房へと戻っていく。


「好きなのか、ミルクレープ?」

「えぇ。そうですね。ですが、好きというよりは……」


 テーブルの上に載せた手を組み、指を絡ませ、ナタリアは薄い笑みを浮かべて語り出す。


「実は、ミルクレープの生地だけを食べさせていただいたことがあるのですが……こう、五枚ほど重ねて」

「……何やってんだよ」

「あまり美味しいものではありませんでしたね」

「そりゃそうだろ」


 ほんのり甘い程度だからな。


「やはり、主役は生クリームなのだと実感しました」

「ん~……そうなのかもなぁ」

「ですが、生クリームがお皿に『ドン!』っと盛られて出てきても、心はときめかないのです」

「食材だからな、それじゃ」

「はい。主役なのに……それだけじゃ物足りないんですよね」


 なんともとりとめのない話だ。

 そんなもん、当たり前じゃねぇかの一言で済むような話だ。


 だが、ナタリアは深く澄んだ瞳で、ゆっくりとこんなことを言った。


「私も、お嬢様のお役に立てているのではないかと、そう思えたんです」

「ミルクレープを見て、か?」

「えぇ。私はさしずめ生地です。お嬢様は生クリームで……生クリームはミルクレープ以外でも、どんな場所でも輝けます。ですが、生地は生クリームがいなければ見向きもされません」


 言いたいことは分かるが……自分を見向きもされない存在だと言い切るのはどうなんだ?

 迂闊に否定もしにくい流れだ。


「私はこれまで、そんな生き方に不満を覚えることなどありませんでした。当然だと、思っていましたから。ですが……」

「お待たせしました」


 そこで、ミルクレープが運ばれてくる。

 ナタリアの前にミルクレープが置かれる。

 そのミルクレープを見つめ、ナタリアはそっと息を漏らす。


「私もこのように、お嬢様を支え、引き立たせることに一役買っているのではないか……そう思えた時、とても満たされた気持ちになったのです。いやしくも、私自身の価値を見出せたような、そんな気がしたんです」


 それはちっともいやしいことではない。

 己の価値を理解している者だけが、他人を正しく理解出来るのだ。

 こいつはまた一歩、大きく成長したということだろう。


「それから、お嬢様のおそばにいることが以前よりもっと楽しくなったのです。幸せだと、思えるようになったのです」

「そりゃよかった。こいつはただのスウィーツだが、……誰かにとっては特別な意味を持つ。そういうことはよくあることだ。お前がそれで前向きになれたのなら、ミルクレープも大喜びしてるだろうよ」

「『みるみるみるるぅ~!』という具合にですか?」

「いや、ミルクレープの鳴き声とか知らねぇけども……」


 そっと手を合わせ、軽く瞼を閉じ……ナタリアはフォークを手にする。

 そして、三角にカットされた先端部分にそっとフォークの先を当てる。

 プツプツプツ……と、生地が切断されていく音がして、一口サイズにミルクレープが切り分けられる。


「私は今、とても楽しいです。デートに誘ってくださり、心から感謝しています」

「まぁ、普段から世話になってるしな」


 ミルクレープを口元へ運ぶ間、ナタリアはとても自然な笑みを浮かべていた。

 素直に笑うこいつの顔は、とても可愛らしく見えた。


「お嬢様のおそばにいる時は満たされ、幸せなのですが」


 そして、そんな可愛らしい笑みを俺に向けて、こんなことを言う。


「あなたといる時は、もっと別の……心が温まるような幸せを感じます」


 そして、ミルクレープを口へと入れる。

 美味しそうに咀嚼するナタリア。


 ………………で。

 そんなことを言われて、俺はどうすりゃいいんだよ?

 メッチャ恥ずかしくて紅茶も飲めんわ!


「…………」


 と、幸せそうにケーキを咀嚼しいていたナタリアの顔が、徐々に赤く、真っ赤に、真紅に染まっていく。


「やっ、あのっ……!」


 目を見開き、珍しく取り乱した素振りを見せ、フォークを握った手をぶんぶんと振り回す。


「あのっ、さ、さっきの発言は、その、ついぽろっと……ゆ、油断したというか……とにかく、き、聞かなかったことにしていただけないでしょうか!?」

「…………は?」

「ですから…………さっきのは、言う予定ではなかった発言で……本来、心にしまっておくべきものでした…………どうか、忘れてください」


 つまり……本音がポロリしちゃって恥ずかしい、ってことか?


「………………ゎ、忘れて、ください……」


 両手で顔を押さえ、背を丸めて俯く。

 つむじから一筋の湯気が立ち上っている。


 …………こ、こいつ…………っ


「う、うんっ、そだなっ、わぅ、わっ、……忘れ、た……ぞ」

「………………はい。どうも」


 そんな反応されりゃ、余計恥ずかしくなるっつうの! こっちが!


 その後、ナタリアは俯いたまま静かにミルクレープを完食し、足早に帰っていった。

 いやぁ……ホント、あれだなぁ…………デートって、超難しいな。リア充、なんでこんなことしてんだろ…………体力持たねぇぞ、マジで …………


 もうしばらく、デートは御免だなどと思いつつ、俺は冷めたアールグレイを飲み干した。






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