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ニゲラ

吹雪がやみかけている中、蘭斗(らんと)は走る。持ち前の脚力でぐんぐんと進んでいく。

白く冷たい雪が肌に当たっては溶ける。呼吸する度に取り込まれる空気は冷たいのに不思議と体はぽかぽかと温かい。


雪道をただひたすらに全力疾走する姿は完璧爽やか男児というよりか、さながらマラソンの大会に出場が決まっているランナーのようだ。

しかし当の本人は困惑している。何故自分はこんなに焦っているのだろうかと。そもそも自分は焦っているのだろうか、良く分からない感情に突き動かされている気がしてならない。


そんなことを考えているうちに自宅に着いた。

蘭斗は全身に積もる雪を払うことなくゆっくりと歩を進める。

自宅の一軒となりにある幼馴染みの家。

ほとんど雪掻きをせず、そのままの状態を保っている玄関先に目を遣る。

蘭斗の予感が的中した。

二重になっている玄関の前で座って先程買ったカップ麺を積み木がわりに遊んでいる幼馴染みの姿。

正直こうして見ると高校生に見えない。


「…お前、何やってるんだよ」

やっと気づいたのか手元のカップ麺のタワーから目をあげて蘭斗を見つめる。そしてあからさまに忌々しそうな顔をした。

「げっ!?蘭斗じゃん。なに?可憐な女子高生の手をつないでセクハラした上にストーカー?今までは幼馴染みだからって大目に見てたけど流石にそろそろ通報するよ?『お巡りさーん変態につきまわされてまーす♪』だよ??」

相変わらずの憎まれ口を叩く幼馴染みをスルーしカップ麺タワーを挟んで前に立つ。

しんしんと雪が降る中、少し息を切らした爽やかイケメンと少女。それだけならば全国の女の子なら少なからず《きゅん…》という文字が顔面付近に発生することだろう。

しかし、聳え立つカップ麺がそのシュチュエーションをぶち壊す。その幻想をぶち殺す!!と言わんばかりに。

数秒の無言。

やがて蘭斗が口を開く。

「お前、手が真っ赤じゃねぇか。アホなのか?」

「…ばかですぅ」

と拗ねたように口を尖らせる。

「いや、お前はどっちもだろ」

「失礼なっ!何さ、どうせ私のアホっぷりを笑いに来たんでしょ。別にいいんですぅ~私はこれからなくした鍵を笑顔で拾ってくれた白馬の王子様を待ってるんでぇ~。残念でしたぁ~」

人を小馬鹿にするような口調で掌を鼻の横でひらひらさせて雪は言う。

いつもなら挑発に乗って考えつく限りの貶し文句で反撃する蘭斗だが、今回は鼻で笑った。

「はっ、残念だったな。その『白馬の王子様』ってのが俺で」

その言葉を聞いた瞬間、雪の瞳孔を開き一歩後ずさる。

「…まさか貴様…っ!!」

いつの間にか片腕を押さえ剣を構えているかのようなポーズをとっている。

「今頃気づいたか…哀れな娘よ。そう、我こそがお前の実のあ……じゃなくて、」

華麗なノリツッコミをしつつコートのポケットから手を出す。

「ほら、忘れてっただろ。鍵」

ん、と無造作に差し出す。それをキョトンとした顔で見つめる。

あえて言うなら某アニメーション映画の傘を差し出すシーンのようである。


「あ、なるほど。そう言う事か」

やっと納得した雪は恭しく片膝をついて両手を差し出し「ありがたく頂戴いたす」と言って鍵を受け取る。

「全く、こんな手冷たくしてよ…。…あ、そうだ優しい優しい蘭斗様がいい事をしてやろう」

「?」

怖いくらいのドヤ顔をしている蘭斗を雪が首を傾げて見ていると、じわっと手があったかくなった。

「どうだ《変態野郎》に手をあっためられる気分は」

悪戯をしている小学生のように、にやにやと楽しそうにずっと俯いたままの雪を覗き込む。


「…か、」

蚊の鳴くような声で呟く。

「…どうしたぁ?」

雪はやがて我慢しきれなくなったのか、

「痒いっっっ」

と叫んで、ばっと手を離した。

一瞬何があったのかと硬直する蘭斗。

それもそうだろう。いつもの如く『変態っ!』とか『セクハラ!』とか言われると予想していたのだから。まさか、予想の斜め上を行くとは思わないだろう。


「痒いっどういうことだよ!?俺はアレルギー物質か!?無機物まで降格したのか!?」

とりあえずツッコム。

「いや。そうじゃなくて、何か急に手とか熱くなって全身が42.195キロのフルマラソンを走った後みたいになって痒くなった…?というか、蘭斗とアレルギー物質とかもう正直比べるまでもないわ」

「なんで疑問形なんだよ。つか俺はお前の中で何なんだよ」

ともかく、と

「鍵がなかったら流石に凍え死んでたよ。折角カップ麺買ったのにカップ麺とともに心中だよ。」

鍵を片手にドアに手を掛ける。


「まぁ、死んでたら墓参りくらいは行ってやるよ」

「そこは社交辞令でも、死ぬなとかいいなさいよね!?」


カチャリとこ気味のいい音がする。


そして、振り返って笑顔でいう。


「ありがとう。」




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