パフィオペディラム
「いらっしゃいませぇ」
蘭斗は私の前にたってからそう言った。顔にはお得意の営業スマイルが張り付いている。
それから淡々とマニュアル通りに、会計をしていく。
ちなみに私は用意周到なデキル子だからお金はしっかり用意しておいているのだ!
淡々と会計を進めてから蘭斗は心配そうにそれでいて仰々しくこう言った。
「お客様、いつまでもこのような栄養の偏るものばかり食べていては大変な事になりますよ。お客様はただでさえ残念なお顔を中身なのですからせめて生活だけでも一般的なものにしてはいかがですか?」とヤツは言った。笑顔、それもどす黒い笑顔で。
私は一息つく。ここで冷静さを欠いては奴の思う壺だ。落ち着いてからこちらも笑顔で返す。
「あら、なんて失礼な店員なのでしょう。お客様は神様という言葉をご存知で?知らないのであれば人を蔑むことしかできないその脳内に叩き込んであげますわよ」
わたし達二人誰もいないコンビニで見えない火花が散る。
「なるほど、そうでしたか。お客様のような方のことを《神様》というのですね。恥ずかしながら自分は《神様》などこれまで見たことがないものでして。お客様のことは塵以下の存在にしか見えていませんでした。いやぁ、世界とは広いものですね。塵以下の存在も見方をかえれば《神様》になれるとは」
あぁ、何と言うことでしょう。自分で言った言葉を逆手に取られるとは…。
もしもこの世界に怒りメーターというものがあるのならきっと、今の私のメーターは振り切っていることだろう。
どういうことかというと、とにかく箱根の山が噴火するレベルでキレているのだ。
そして、蘭斗は更に続ける。
「お客様〜何をそんなに気にしているのですか?もしかして自分、また失礼なことを言ってしまったのですか。大変申し訳ございません。自分、本能に忠実なもので、つい本音がでてしまうのです」
プツンと私の中で何かが切れる音がした、ような気がする。
しかし今、私がとる行動は一つ。
腰を少しおとし、上半身をやや右に回す。(この時に重心を定めておくことが重要)
そして脇を締めて、強く拳を握り、思い切り前に突き出す。
察しの良い方は気づいていただろう。
蘭斗を殴った。正確にいえば殴りかかったのである。
パアァン…
手応えバッチリ。ナイス私、クリティカルヒット。
『柳選手K.O.勝ちです』
わあぁぁ、という歓声を浴びながらリングの上で審判に片手をあげてもらって勝利のポーズを決めているイメージが脳内再生されていた。のだが現実はそう甘いものではなかったようだ。
実際、私のスーパービクトリーブレイクパンチ壱号はひょいと華麗によけられた、というよりは軽く受け止められてしまった。
更には受け止めていない右手でレジを打っているという余裕っぷりだ。
これは私の攻撃が弱かったというよりは蘭斗が強かったのだ。断じて、私が弱いわけではないのである。
余談だが私は小さい頃から近所の合気道のおじさんから護身術だ といって少し教えてもらっていたから一般的な男子中学生よりは強いのである。先日も学校を騒がす不良のグループに絡まれていた健気な女子生徒を見事助けたのだ。
まぁ、そのあと呼び出されて、こっぴどく怒られたけど。
長いこと回想に耽っていたら変に思ったのかじいっと蘭斗がこちらをみていた。
「何見てんだよ変態」
私は嫌悪の眼差しを込めて言った。すると蘭斗はにやにやし始めたのだ。
もしかしてほんとうに壊れたか。
流石は私のグレイトブリリアンドラゴンパンチ弐号。蘭斗の脳内を破壊してやったぞ。
でもさすがにおかしい。心做しか嬉しそうにも見える。
「お、おい。蘭斗。大丈夫?」
私が恐る恐る尋ねると蘭斗はこっちをチラっと見ておかしなことをいう。
「いやぁ、君がそんな風に思っていたとは思わなかったなぁ」
蘭斗は、はははと笑った。
わたしの頭の上でクエスチョンマークが大量発生していると蘭斗は答えた。
「もしかして無自覚?
そうかそうか。そんなに僕に手を繋いでいて欲しかったとはねぇ。やっぱり君も《女の子》なんだね」
▼ユキは目の前が真っ暗になった。
ナンダッテ?
テヲツナイデイテホシカッタ…?
現実を見たくないと思いながらも私は自分の右手を見る。そこにはすっぽりと私の拳が憎き蘭斗の手の中に収められていた。
「はっ!掴んでんだよ。超ド変態!!」
ぱっと自分の手を引き抜く。
ぐいっ
「…!?何してんだよ。はなせって」
思い切り引き抜こうとしているのに全然抜けない。というか、どんどん力が強くなっている気がするのは気のせいではないようで、蘭斗の顔が近くまで迫っている。私は反射的に目を瞑った。
息がかかる。
チャリン
「…ん?」
私の手の中にはレシートとお釣り。
目の前には営業スマイルの蘭斗。
「300円のおつりでございます。またのご利用お待ちしております。」
私がしばらく惚けていると、手が伸びてくる。
「お客様どうしました?お顔がたこのようになっておりますよ?」
持ち前の反射神経を駆使して蘭斗の手をはらった。
「触んな!この超ウルトラド変態!!!!」
私はそのままカウンターの上にどっさりと乗っているカップ麺たちを持ってコンビニを飛び出した。
別に後ろめたいことがあるわけではないのだが何故か体がそう動いてしまったのだった。
「全くだから嫌なんだ、蘭斗に会うのは……あれ?」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
走って出ていってしまった幼馴染を見送ってから蘭斗はカウンターの上に崩れる。
「何やってんだ。俺…」
自分の行動に疑問を抱きつつ蘭斗は立ち上がって、あることに気がついた。
「…あれ?」