ユキヤナギ
最初の冬に貴方に出会った
15の冬に恋に落ちた
次の冬に貴方と別れ
20の冬にひとつになった
そして、最期の冬にあなたとーーー
今日も私の住む街は寒い。1年間で20度を超えることなんて両手で数えるくらいしかない。そういえば今日も気温は0度を下回ると、朝のお天気お姉さんが言っていたような気がする。ついでにいうと、雪なんかも積もったりしている。
ふと外に目をやると足跡のない真新しい雪道に出て、小学生たちがはしゃいでいる。
全く冗談じゃない。こちとらこの雪のせいで学校は休校になるわ、買い物には行けないわでテンションがだだ下がりだというのに…
まあ、学校がなくなったことに関しては万々歳なのだか、買い物に行けないのは大変困る。
正確に言えば「行けない」訳ではない。しかしこの雪の中、片道30分近くかかる道を我がスカーレット2世がスリップするかもしれないという危険を冒してまで営業スマイルを振りまく店員の巣窟に行かなくてはいけないのかと思うと行く気も失せるのである。(ちなみにスカーレッド2世というのは私の愛馬…愛用の自転車で、どういうことか事故りまくって傷だらけになってしまった真っ赤な自転車である)
一応、近くに小さいコンビニが一軒あるのだがあそこにだけは絶対に、行きたくないのだ。
理由は、いろいろあるのだ。いろいろ、と。
しかしいつまでもコタツの餌食になっているわけにはいかないのが現実。
そう、私こと柳 雪 は今、非常事態に瀕しているのである。
この雪がつもりに積もっている中、さっきのお昼で冷蔵庫さんはその名の通り寒々しい姿に変貌してしまったのだ。要するに、冷蔵庫の中身が空なのである。冷蔵庫さんが空なのはまぁいいとしても、ストックのカップ麺までも底をついてしまったのだ。
これは由々しき事態である。
今晩の夕飯を抜きにするだけならまだいい。しかしどうだろう、もし明日が今日より吹雪が吹き荒れていて、学に行くどころかドアが凍って外に出られなくなったら。
恐らく私は氷柱のひしめき合うベッドの上に絶望と困惑でコーティングされた顔をした女子中学生の遺体Aという形で発見されるであろう。
それに比べたらほんの少しばかり我慢してコンビニに行くことなど、雑作もない。多分。
そうと決まれば、さっきまで私を暖めてくれていた大天使コタツエル様に一礼をして・・・
そうだ、財布を探しに行こう。
さて、いつものごとく超防寒対策グッズを装備した私はすっくと立ち上がる。
「財布も見つかったことだし行きますか」
こうして勇者 ヤナギ ユキ の旅は幕を開けるのであった。
幾多の雪道との死闘の末たどり着いたのは魔王城こと全国規模で発達する支店の一つコンビニエンスストア。
私が自動ドアの前に立つと『貴様が来るのを待っていた』と言わんばかりにポップな音と共に開いていく。
「らっしゃいませぇ」
若者特有の一文字目の発音が聞こえない、妙に間延びした声が耳に入る。
まったく、最近のバイトは日本語もろくに喋れんのか。
更年期のおば様のようなことを考えながら買い物かごを両手にお湯を注ぎ込めばBUMP OF BEEFの曲を聞き終わる前に出来あがるという、すばらしき食料へ歩を進める。
両手のカゴいっぱいにすばらしき食料をつんでレジに向かう。
今日は"ヤツ " もいないみたいだし早急にGHQしなければ。
GHQというのは私が中一の時の担任が言った『go home quickly』の略語でクラスのみんなはなんでも略せばいい訳じゃないんだぞとシラケていたが私の中で根強く残っていた名言の一つである。
そんなことを考えていたら私の予想だにしていないことが起こった。
「山田さーん、そろそろ交代っすよね。雪が酷くなる前に帰った方がいいっすよ。」
「うっすかぁ。ぁざーす常葉」
カウンターの奥から現れたのは常葉と呼ばれた青年。細身ですらっとした体つきに耳が少し隠れるほどの綺麗な黒髪、血色が良く透きとおるような肌、そして言葉の通りアイドル顔負けの整った顔の持ち主。
私の宿敵にして幼馴染み、常葉 蘭斗。
蘭斗はにこにこと営業スマイルを顔に貼り付けこちらに向かってきた。
そして
「いらっしゃいませ」
と相変わらずの透明感のある声でいうのであった。