小さな絵 3
口の悪い社員が、ドサ周りと呼ぶ福岡、大阪への出張を終え、鈴木を含めた美術第一課の社員が東京に戻り、一週間ぶりに出社した。
東京に帰ってきてからの鈴木は、日に日に心配が増すばかりの俺とは逆に、肩で風を切る勢いで会社の中を歩いている。
「鈴木さん、広報から内線です」
鈴木の隣の席の女性が電話を受け、明日からの下見会の準備で立っていた鈴木に呼び掛けた。
「ええ、また!」
面倒くさそうに叫ぶ、鈴木の甲高い声が響いた。だが、心の中は逆であるのが、露骨に見透かせる。
テレビ局の取材があるため、広報から担当として出品依頼が来た時や、最初に見た印象を訊かれているようだ。
「俺のピカソも、鈴木ちゃんに、喰われたよ!」
国内オークション・レコードも狙えるピカソの油彩の出品に漕ぎつけたベテラン社員に冷やかされて、鈴木は満更でもなさそうだ。
「鈴木ちゃんの絵なら、日本人画家のレコードが作れるかも?」
よくも、そんな馬鹿馬鹿しい話ができるものだと俺は思う。さすがに「そこまでは」と鈴木も謙遜した。
国内のオークションでの日本人画家のレコードは、八年前に落札された岸田劉生の『毛糸肩掛せる麗子肖像』だ。一連の『麗子像』の傑作で、落札価格は三億六千万円だった。落札主は、国内オークション・レコードのピカソの『旗を持つ男』と同じで、今は中国地方にあるウッドワン美術館に共に飾られている。
確かに、『霧のペルシア』は前評判と噂だけは先行しているが、三十八歳で夭折した人気の高い物故作家の大傑作と比較はできないだろう。
「いやあ、いろいろあったけど、評論家も太鼓判を押している作品だし、出品できて良かったです」
最後は鬼の首を取ったように、どんな時でも、出品を慎重にするようにアドバイスした第一課長に、チクンと針を刺すのを鈴木は忘れない。
得意になって話す鈴木を見ると、俺はこんなはずではなかったと、つい歯ぎしりをしてしまいそうだ。お前が担当しているオークションの絵は贋作で、実は真作があるんだと鈴木に知らせたら、どんなに驚くだろう。自らを煽て上げて木に登った鈴木豚を、奈落の底まで突き落としてやりたいと、一度ならず思った。
ただし、鈴木を困らせたく思う一方で、馨を思うと、絵が贋作だとストレートに明らかにはできなかった。
しばらく、こちらは休筆して、ラ・カンパネラだけを書きます。