小さな絵 2
オークションのちょうど一週間前にあたる六月二十一日(土)、午後に《Cat's》で俺は馨と会っていた。この日は、ずっと気になっているが尋ねなかった、一課の鈴木との関係を訊いた。
「鈴木さんは今日、東京に帰って来るんですよね。この前の日曜日に、明日から福岡と大阪に出張に行くから、お土産を買ってこようか、って電話があったんです。その時も、映画を誘われました。鈴木さんはホラー映画が好きで、私が嫌がると、わざと詳しく話すんです」
楽しい想い出でも話すように語る馨は、嫌がるどころか、鈴木を気に入っている感じがする。鈴木の出張の日程まで知っているのが、何より気に入らなかった。
「それで?」
俺は、怒りを含めた冷たい口調で、つい訊いていた。
「お土産も断ったし、映画だって、一緒に観に行く気なんかないです。映画は、オークションが終わってから考えましょう、って返事をしました」
俺が喜ぶ答だと思ったのか、笑窪を浮かべていた。
だいたい、カタログの掲載も終わっているのに、出品者に度々電話をするのがおかしい。本当は、諏訪画廊の窓口は馨ではなく、馨の父親がやればいいのだ。そうすれば、馨も鈴木に映画を誘われたりしないはずだ。
「そんなに頻繁に、出品者に連絡する必要なんかないんだけどな。馨じゃなくって、お父さんが、ファーストの窓口をやればいいのに?」
俺の言葉に、どんな反応を示すのかと、俺は馨の顔を覗き込むようにして見た。
「ただ、父も、鈴木さんが苦手みたいで……」
悪戯っぽく俺を見て、「父も」という馨の口には、「ヒロと同じで」と枕詞がついているような気がする。
馨の父が「鈴木が苦手」と聞くと、俺は苦笑いするしかなかった。
PAULで馨と会ってから、ちょうど一ヶ月になる。モディリアーニ展に一緒に行ってからは、二週間が過ぎていた。
気が付けば土曜日を含めて、少なくとも週に三度か四度は、俺たちは顔を合わせていた。PAULの夜からは、手も握る機会はなかったが、俺の頭の中の馨は、より近いものになっていた。




