戸惑い 7
「絵の真贋といえば、こんな話があるんだ」
話題を変えようと、気の利いた話をしようとしたのに、なぜか出てくるのは、真贋話だから、どうも間が悪い。
「ルネッサンスの頃の画家のラファエロは、ある日、泊まった宿で、お金を持っていないのに気付いた。付き人もいないし、金を取りに行くには、彼の住んでいる街は遠い。一文無しのラファエロは、明日の朝には、宿の主人から言われた金貨を用意しなければいけなく途方にくれた。その時、ある名案が浮かんだ。さて、ラファエロは、どうしたんでしょう?」
「うーん……、窓から逃げるとかでは、真贋とは関係ないから……。宿の主人の肖像画を描いてあげたでも、ないか。わかった、自分の絵の贋物が飾ってあるのを見つけて、その上に本物を一晩で描いた!」
クイズの答を語る馨は、無邪気な仔猫のような悪戯っぽい目をしている。
「ブー! 翌朝、暗いうちにラファエロは出て行ったんだ。ドアを開け放しにして『金貨はテーブルの上に置いた』と言って」
「金貨って?」
「宿の主人がテーブルの上を見ると、必要な額の金貨が載っていた。明るくなってから、主人がよく見ると、金貨と思ったのは、テーブルクロスに描かれた絵だったんだ」
馨の顔が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ、ラファエロは贋の金貨をテーブルクロスに描いて、逃げたんだ」
目を丸くし、ちょっと呆れたように、馨は笑った。
「そう、通貨偽造罪……とは、言わないか? でも今の話は、まったくの嘘なんだ。ラファエロが生きている頃に作られた話で、ラファエロなら、さもあり得るだろうと伝えられているだけなのさ。ただね、このラファエロが描いたといわれる金貨の布は、ときどき忘れられた頃に絵画市場に出て話題になるんだ」