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霧のペルシア  作者: ウニコ
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青い瞳の女 1

 外は、雨が降っていた。

 俺は、朝からずっと、昭和三十年代の美術雑誌をむさぼり読んでいる。昨日も昼前からこの国会図書館に来て、午後七時の閉館までいた。これで、ほぼ二日間、缶詰めだ。

 思わぬ国会図書館通いをしたのは、一昨日の電話が引き金だった。

「室町か、鎌倉の珍しい古瀬戸が手に入ったから、ちょっと見に来ません?」と、電話を掛けてきたのは、早稲田の古本屋街にある古物商胆胆堂の店主の林だった。

 俺が働くファースト・オークションは、古美術から現代作品までを扱うオークションハウスだ。

 オークションハウスは、欧米ではロンドンのクリスティーズが一七六六年、サザビーズは一七四四年と、日本の文明開化の百年以上も前に設立されている。だが、この分野での日本の遅れは甚だしい。

 そもそも日本では、古物営業法でオークションができなかった。法が改正され、昭和四十四年五月二十七日に、芝・御成門の東京美術倶楽部で、クリスティーズと東京美術倶楽部が共催したクリスティーズオークションが最初だ。今から四十年前だから、会社設立三十四年のファースト・オークションは十分この業界では老舗だった。

 成城の家から歩いて通える、小学校からエスカレーター式の大学を卒業した俺は、大学では、西洋美術史を学んだ。どうにか学芸員の履修科目を終え、四年で無事卒業できたのは、祖父が大学の名誉教授であったおかげだろう。働いているファーストでは、空きポストに収められる形で、陶磁器を担当する美術第二課に配属された。

 上司の田部井美術第二課長に胆胆堂の話をしたら、ふわりとした穏やかな笑い顔を見せていた。

「どうせ、オーナーのカモ太郎さんが、どこかで古瀬戸の写しを掴まされて、林さんが困って愚痴を聞いて貰いたいんだろう。鎌倉どころか、室町時代の古瀬戸なら大変なもので、永仁の壺どころじゃないよ……」

 胆胆堂の店主のカモ太郎こと林が、俺に話を持ってくるのは、間違いなく贋作だ。いけないもの(贋作)でないなら、林は課長に直で連絡し、ときには、うちのオークションを使って売る。

「昔は、僕が君の役だった。おかげで、林さんには随分と鍛えられた。あれで、うちの教育係のつもりなのかも知れない。物によって相手を分けて怪しいものは新人と割り切っているのも、昔と変わらないんだな。きっと、自分の鑑定眼を後で疑われるのが嫌なんだろう。まあ、時間を見つけて、顔を出してあげてください」

 課長は、贋作間違いなしと保証しながら、胆胆堂に行くように指示をした。俺が永仁の壺について訊くと「若い人は知らないんだなあ」と、感慨深げに話して、国会図書館で調べてくるように勧めた。

 永仁の壺事件は、昭和十八年に道路工事現場で出土した永仁二年(一二九四年)の銘がある瓶子が引き起こしたものだ。この瓶子は、年銘の入った最古の古瀬戸として評価され、昭和三十四年に重要文化財に指定されたが、直ぐに贋作説が囁かれ、翌年には陶芸家の加藤唐九郎が昭和十二年に焼いた自作であるのを認め、重要文化財の指定が解除される。

 永仁の壺を強く推した、文部技官・文化財専門審議会委員小山富士夫は責任を取って辞任し、文化財専門審議会の権威は失墜した。たが、一方で、自作が鎌倉時代の古瀬戸とおカミから認められた唐九郎は、重要文化財級の作品を作れる男として、時代の寵児となった。

 まあ、どこにでも同じような話はあるもので、学生時代に、俺が学んだ西洋美術史の世界にもあった。ミケランジェロは、パトロンのロレツオ・デ・メディチの歓心を得るため、自分の彫った『眠れるキューピッド』を庭に埋めた。発見された作品は、ミケランジェロが告白するまでは、ローマ時代の作品として扱われた。その後の、ミケランジェロの活躍は素晴らしいもので、これぞ、永仁の壺事件のイタリア版といったものだ。

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